第45話 トンカラトンと言え
「ト……」
包帯の怪人は、歯をむき出し、涎を泡にして叫ぶ。
「トンカラトンとぉ……言えぇええええええ!!!!」
千百合は唖然とその男を見つめる。
何だこれは。誰だ……いや、何だ?
包帯の男は、千百合の視線を受けて狼のように吠える。
「と、トン、トッ……トンカラァアアアアアアッ!!!」
もはや何を言っているかわからない。怪人は日本刀を千百合に向かって迷いなく振り下ろす。
「――っ!」
千百合はそれを、すんでの所で回避する。急な展開に思考がおいつかないが、幸運にも躱すことは出来た。
「と、と、トトトト」
「な、何なんだよお前はっ!」
千百合は叫ぶ。
眼前の包帯男は――トンカラトン。
いわゆる
かつてと怪談系のテレビアニメで描かれ爆発的に流布され、全国で存在が確認されるようになった――伝承と口伝が形作る怪異。
その伝承とは、自転車に乗って現れる包帯の怪人。彼に出会った時、「トンカラトンと言え」と言われる。言う通りにすれば殺されないが、言わなかったら刀で斬り殺され、そして被害者はトンカラトンになってしまう……というものだ。亜種として、言っても斬り殺される、複数で現れるというのもある。
しかし、千百合はそれを知らない。
遠野の伝承、古くからの妖怪に詳しい知識を持つ座敷わらしは、その本義ゆえに……新しい妖怪である都市伝説系に対して疎いのだ。
修吾ならば容易に対策を立てられるであろう都市伝説系妖怪トンカラトン。しかし、千百合には――
「うわあっ!?」
千百合は悲鳴を上げながら、その場から逃げる。
そもそも千百合は戦闘力のある妖怪ではない。
座敷わらしの中には、かつて十段の柔道家三船久蔵を軽く投げ飛ばしたという逸話を持つ強者もいるが……それはあくまでも例外だ。千百合は自他共に認める、戦闘能力の無い――ただの守り神でしかない。
だから逃げるしかない。
しかし――
「と、とん、トンカラァァアトンとぉおおおお!!」
トンカラトンは自転車に乗っている。いわゆるママチャリを狂ったようにこぎながら、刀を振り回して追いかけてくる。
「な、なんなんだよあれはっ! こわっ!」
「い、いいイいヰい言えぇええええええッッッ!!!!」
頭を振り、目を血走らせ、涎をまき散らしながら叫び自転車を漕ぐトンカラトン。その姿はまさしく鬼気迫るもので――
「――っひぃいっ!?」
恐怖に駆られた千百合は思わず振り返ってしまう。
そこには――
「あ……」
千百合は絶句した。
「と、とトンカラ「トンカラト「トンカ「トンカラトンと「トンと」」」」
「「「「「「「「言えぇええええええっ!!!!」」」」」」」」
「増えてるうううううっ!?」
増えていた。
十体近い包帯の怪人が、自転車に乗っかって追いかけてきている。
これがテレビや動画なら笑える光景かもしれない。しかし当事者にとっては恐怖でしかなかった。
「――あっ!」
千百合は足をもつれさせ転倒してしまう。
「うぅ……」
立ち上がろうとするが、足が震えて力が入らない。
その間にも、包帯男たちは迫ってくる。
「やだ……やだぁ……」
千百合は泣きそうな声で呟く。
こんなところで死ぬのか。嫌だ。死にたくない。
だけど、どうしようもない。
だって自分は戦う力を持たないから。
だからもう、終わりなのだ。
「たすけ――」
千百合が助けを求める声を上げたその時だった。
一陣の風が吹いた。
いや、違う。
炎だ。
「――っ!?」
炎が吹き荒れ、そしてトンカラトンを包む。
「と、トンンンンンッ!?」
一体の包帯男が火だるまになって転げまわる。
他の九体の包帯男も突然のことに戸惑い、動きを止める。
千百合もまた、呆然とそれを見た。
燃え上がる包帯男の後ろから、人影が現れる。
巫女服に狐耳の少女――鈴珠だった。
「だ、大丈夫ですか、千百合様!」
「き、狐……!?」
鈴珠は千百合を庇うように立つ。
「こ、ここは私が、時間を稼ぎますから……に、逃げてください!」
「で、でも……」
「早く!」
鈴珠が叫ぶ。
「……トン?」
炎に包まれたトンカラトンが、転げまわるのをやめて不思議そうに自身を見る。
燃えているが、しかしダメージは無いことに気づいたようだ。
「……っ」
鈴珠が焦る。
そう、鈴珠の炎は幻術だ。そして彼女の力では、見た目しか騙せない、まさに幻でしかなかった。
「と、トンカラトンと言ええええ!」
翻弄されていたことに気づいたトンカラトンが激昂する。
トンカラトンが刀を振り下ろした。
「――っっ!」
鈴珠は千百合を突き飛ばす。そして――。
「あ……っ」
千百合は目を見開く。
刀は――鈴珠の背中を切り裂いていた。
そして、鈴珠は倒れこむ。
「き、狐っ!」
千百合は慌てて駆け寄る。
「だ、だいじょうぶです。かすり傷です……っ」
鈴珠は笑って答える。だがその声は震えている。
「そんな、なんで――」
血が止まらない。深手だ。
「と、トンカラトンと、い、言え……」
トンカラトン達が歩いてくる。
血に濡れた刀を掲げて。
刃が月光に煌めく。その刃が、千百合と鈴珠を映す。
「と、とととと、とんから」
トンカラトンが――嗤う。
「トントイエェエエエエエエエエエ!!!!」
そして刃が振り下ろされ――
「こなくそぉおおおおおおっ!!」
修吾の乗った自転車の前輪が、トンカラトンの顔面に激突した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます