第10話 冥界の少女、豫母都志許賣

 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!


 がしゃどくろが声にならない声をあげて、崩れていく。そして俺は地面に落下する。


「ぐへっ」


 衝撃で肺の中の空気が押し出される。


「大丈夫?」

「まあなんとか」


 俺は立ち上がると、服についた土埃を払う。


「勝ったな」

「うん、やったね」


 千百合が笑顔で応えてくれる。


『すごい』

『何が起きた?』

『巨大ロボットみたいな骸骨に食べられたと思ったら中から破壊した』

『わからんが凄いことだけはわかる』

『よくやった!』

『強い』

『あそこから勝つとは』

『シュウゴさんはやっぱり最強だった』

『さすがスーパー遠野人』

『キチク強い』


 コメント欄も大盛り上がりだ。

 俺は何があったのかを説明する。


「~ということです。正直、コメント応援が無かったら気づく前にミンチにされてたと思います。

 本当に助かりました、ありがとうございます」


 俺は頭を下げる。


『無事で安心した』

『礼儀正しいな遠野人』

『いや気づいたから耐えたっておかしい』

『今更』

『本当に良かった』

『これでダンジョンクリア?』


「多分、それで合ってるはずです。ボスも倒したので扉も開くでしょう。行きましょうか」


 俺達は部屋を進む。そして――。


「……開いたな」

「うん、開いてるね」


 進んだ先に、洞穴のように道が続いている。その入り口には大きな岩があった。おそらくはこれが今までは塞いでいたのだろう。


「この先に……ダンジョンコアがあるということでしょうね。

 それを破壊したら、マヨイガは元に戻るはずです。

 では、進みます」


 そして先に進む。道は完全に鍾乳洞のような洞窟になっている。

 足元が滑りやすいので慎重に歩を進める。

 しばらく歩くと――広い空間に出た。


「ここは……祭壇? いや、社か?」


 そこには、神社や祠のようなものが建てられていた。

 そしてその中央に――。


「あれが……ダンジョンコアですね。かなり大きいな……」

「うん、あんなの初めて見たよ……」


 ダンジョンコアは巨大な水晶の塊のようだった。

 といっても、綺麗にカットされたものではなく、自然にゴツゴツとした水晶の塊だ。

 そして注連縄が巻かれている。


「……」

「どうしたの?」

「まだ、何かいる」


 気配を感じた。

 俺は警戒を強める。あのダンジョンコアが最後の敵なのか? それともまた別の敵がいるのか……。

 どちらにせよ油断はできないな。


「千百合は下がっていろ」

「うん、わかったよ」


 千百合が下がるのを確認すると、俺はゆっくりと歩き出す。


「誰かいるのか。出てこい」


 ダンジョンにいる妖怪が会話できるとは思わないが、声をかける。

 すると……。


「ふ、ふふ。わ、私の存在に気付くか。なかなかに良い目をしている」

「!」


 背後から声がする。慌てて振り返ると、そこにいたのは――女だった。

 黒い髪に、紅の瞳。肌の色は雪のように白い。

 目つきは悪くクマが出来ているが、しかしそれを差し引いても結構な美少女だった。


 いや、ていうか……


「喋った……?」

「ふ、ふふ。喋ったら悪い? そりゃ数百年ほど、だ、誰とも喋ってないけどさ……。ていうか、こっち見んな」


 どうやらこの娘は人見知りらしい。柱に隠れてこっちを睨んでいる。


「となると人間じゃないようだが……何なんだ?」

「ふ、ふふふ。私はこの場所を守る、使命を帯びた者」

「じゃあ敵か」


 マヨイガを穢し、ダンジョンに変えた張本人ということだな。


 俺は拳を構える。


「ち、ちちちちち、違うよ!? ほんとに違うよ、敵対する意志ないから!」


 土下座する勢いで釈明する少女。

 何なんだろう、勢いがそがれる。


『何この子』

『めっちゃかわいい』

『可愛いは正義』

『卑屈かわいい』

『いじめたくなる』


 コメント欄も盛り上がっている。

 お前らさあ……。


「で、結局お前は何なんだ。敵対しないなら教えてくれないか」

「う、うん、わかった。えっと……まず自己紹介。

 わ、私は……見たらわかると思うけど、よ……豫母都志許賣」

「ヨモツシコメ……?」


 どこかで聞いたような。


「古事記から伝わる、黄泉に住む存在だよ」


 千百合が言う。ああ、それか。確かイザナミイザナギの……。


「そ、そう。私は伊耶那美命に使える眷属。黄泉の民。み、見ての通りの醜い女。

 ここは……黄泉平坂に通じる道の、ひ、ひとつ。現世と道が通じたから、か、監視して守る使命を……い、嫌だけど命じられて、ここにいる。

 いやだけど、本当にいやだけど」

「そうか、つまり敵か」


 俺は構える。

 ここを守るっていうなら倒さないといけないな。


「だっだだだから敵対する意志ないよ!? い、伊邪那美様なんてくそくらえだよ! あんな腐れババア! だから助けて殺さないで! なんでもするから!」


 土下座する勢で懇願する少女。というか土下座した。

 いや、もうちょっと頑張ろうよ。


「ねえシュウゴ、流石にこの人やっつけるの気が引けるんだけど」

「うん、俺もそんな気がしてきた」


 どうしようこの空気。


「というか、女の子が何でもするからとか言うんじゃないよ。俺が変態だったらどうなるかわかったもんじゃないぞ」

「へ、へへへ、御冗談を。わ、私みたいな醜女に対して欲情する男なんて、い、いるわけないし」


 愛想笑いを浮かべながらそんなことを言う。

 ……そうか?


「いや、お前かわいい部類に入ると思うけど」

「……は?」


 心底「何言ってんだコイツ」という顔をしてくる豫母都志許賣。


 ん?


「豫母都志許賣って、泉津醜女とも書くんだよ。直訳すると、あの世のブス」


 千百合が言う。直訳しすぎだろう。


「ブスって……そうか?」

「うん、ボクほど可愛いわけじゃなくても十分に美人だと思うけど」


 その俺の言葉に、豫母都志許賣は首を横に振る。


「は、ははははは、何を言ってるんだか。わ、私みたいな肌が小麦色じゃないし胸も手足も腹もでかくなく、顔だって丸くないし、眉だって太くない、目も細くないそんな女なんて、き、綺麗なはずないだろう、ばかにすんな」


 ……。

 ああ、そういうことか。


 それを察した千百合が、しゃがんで話しかける。


「えっとね、豫母都志許賣ちゃん。今って、伊邪那岐伊邪那美のあの事件から数千年はかるくたってるんだよ。

 当時と今の時代と、美的感覚違うんだよね」

「……へ……?」

「うん、君みたいな子って、昔では綺麗じゃなかったかもしれないけど、今だと綺麗な方なんだよ」

「は、ははは、嘘だぁ」


 豫母都志許賣は信じていない。


『いやすごく可愛い』

『スレンダー美少女』

『普通にかわいい』

『でも確かに当時の価値観からしたら不細工扱いかも』

『古代人見る目ねえな』

『俺は好き』

『千百合たんの次くらいに』

『俺は好きだ』

『貧乳いいよね……』

『シコメちゃんシコれる』


 コメント欄も概ね好意的に受け止めている。

 ていうかシコる言うな。


「え、え、これ……生きてる連中が言ってるの、私を見て?

 え、わたしきれい?」


 口裂け女みたいな台詞だな、と思ったけどそれは関係ない。

 この子、口も小さいほうだしな。


「つ、つまり……わ、私の時代が来てるって事? ふ、ふふふ、そうだとずっと思ってたんだ私ってもしかして美少女じゃないかって、うん、私は綺麗、私は美人、私の時代来た!」


 豫母都志許賣は笑い始めた。


 自分に自信を持つことはいい事だ。

 自信持ちすぎな気もするけど。ちょろいな。


「さて、話は終わったことだし……ダンジョンコア壊して帰るか」

「そうだね」


 これでダンジョンクリアだ。


「ち、ちちょっと待って!」


 しかし、そこで豫母都志許賣が待ったをかけてきた。


 自信を取り戻したので俺と戦う気か?

 俺は拳を構える。

 いいぞ、受けてたとう。


「だから違うよぉ!?」


 豫母都志許賣がまた叫んだのだった。

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