第9話 襲来、がしゃどくろ

 巨大な骸骨。

 これが――ボスということか。


「あれは……がしゃどくろ!

 埋葬されなかった死者の骸が集まった妖怪だよ」


 千百合が解説を入れる。

 俺はその怪物を見る。その大きさは20メートル近くあるだろう。

 モ〇ルスーツ並みだ。


「でかすぎるだろ……」


 思わず呟く。あんなもんどうしろと……


『がんばれ』

『がんばるんだ』

『お前ならいける』

『がんばれ』

『ファイトだ』

『ガンバレ』

『がんばれ』

『頑張れ』


 コメント欄も応援ムードだ。みんなありがとう……。

 よし、やるしかないな。


 俺は覚悟を決める。拳を握った。


「行くぞ!」


 地面を踏み抜く勢いで走り出す。


 からからからから!!


 迎え撃つように、がしゃどくろが吠える――いや、音を立てる。

 振り下ろされる巨大な拳。

 それを跳躍することで避けると、俺はその肩に乗る。


「うらぁっ!」


 がしゃどくろの顔に向けて拳を突き出した。

 その一撃は、がしゃどくろの頭を容易に吹き飛ばす。


 だが――。


「なっ!」


 くだけた頭蓋骨が再生する。いや――組み上がる。

 そうか、こいつは……千百合も言っていたな、死者の骸の集合体だと。


 細かいパズルのようなものだ。パズルをいくら叩いても、バラバラになるがそれはただばらけただけであり、いくらでも復活する。

 厄介すぎる。


 だから数の暴力は嫌いなんだ。まさに多勢に無勢……

 どうすればいい?

 再構成出来ない単位まで粉々に破壊する――無理だ、現実的じゃない。

 一体一体すり潰している間に力尽きてしまうだろう。


「……!」


 俺が逡巡している隙をついて、がしゃどくろの巨大な腕が横薙ぎに振るわれる。


「ぐっ!」


 俺はそれをもろにくらってしまい、吹っ飛ばされる。


「シュウゴ!」


 千百合が叫ぶ。俺は壁に激突し、もろい土壁をぶち抜いて倒れる。


「が……っ!」


『え?』

『キチクがダメージくらった?』

『うそ』

『おい』

『まさか……』

『え?』

『マジ?』

『そんな』

『嘘だろ』

『そんなことって……』

『え?』

『え?』


 コメント欄が混乱している。

 いや、だからお前ら本当に俺を何だと思っているのか。

 昔トラックに轢かれた時だって普通に骨折して入院したぞ、俺。


 からからからからからから。


 がしゃどくろが笑い、そしてゆっくりとこっちに来る。

 舐めるなよ。


「遠野の人間が……妖怪に負けるわけにはいかないんだよ!!」


 俺は立ち上がると、全力の正拳突きを放つ。

 ドゴォン! という轟音が響き、がしゃどくろの上半身が吹き飛んだ。

 見ると、今度は骨がばらけているだけではなく、確実に砕けている。


 これなら――。


「……っ!」


 だけど。

 地面から湧いて出た骸骨たちが、飛び上がり組み上がっていく。

 そして大きな骸骨――がしゃどくろに。


「これでも駄目かよ!」


 もうこうなったら、一撃で消滅させるしか手が無いんじゃないか。

 そしてそんな攻撃、俺には無理だ。


 どうする……。


『逃げて』

『逃げろ』

『流石にこれは無理だろう』

『マジで逃げろ!』

『ギルドに報告しといたから今は逃げて』


 リスナーたちも逃げろコール一色だ。


「だけど……ダンジョンのボスは出現すると扉が閉まる。逃げ出せる確率は……」


 そもそもこのマヨイガダンジョン自体が、攻略しないと出られないダンジョンだ。


『がしゃどくろマジやばい』

『いいから逃げろってマジで』

『がしゃどくろって人を食うらしいぞ』

『もう見てられない切る』


「っ……!」


 そうだ、逃げるしかない。それはわかっている。

 だが――。


 からからからからからからから!!!


「……っ!」


 がしゃどくろが大きく音を鳴らす。吼える。


「……っ、これはっ……!」

「っ、うるさ……っ!」


 ぎいいいいん、と耳鳴りがする。全身が痛む。

 強力な音だ。スマホの画面にもヒビが入る。衝撃波が俺たちの自由を奪う。


 そして――


「! シュウゴっ!」


 千百合が叫ぶ。だがその声は俺に届かない。がしゃどくろの放つ音でかき消される。

 そして。

 がしゃどくろの手が俺を掴みあげ、


「く……っ!」


 そして……俺をその巨大な顎で、飲み込んだ。



『え?』

『うそっ』

『食われた』

『逃げて』

『千百合ちゃん逃げて』

『もうだめ』


 コメント欄が悲鳴で埋まる。

 そんな中、俺は――


 コメントのひとつを思い出していた。


『がしゃどくろって人を食うらしいぞ』


 がしゃどくろは人を食べる。しかし、消化器官もない骨だけのものがどうやってモノを食べるのだろう、という単純な疑問。


 それは……がしゃどくろは、大量の骸骨の集合体ということが答えだろう。

 つまりがしゃどくろは、食道や胃袋などで食べて消化するのでは無く、犠牲者を、自身を構成する骸骨の集合体の中に取り込むということだろう。

 そして当然のように俺は、骸骨の群れの中に飲み込まれる。


 その中は例えるなら――ミキサーだ。


 骨と骨と骨と骨と骨と骨と骨と骨と骨と骨と骨と骨と骨……

 それらが俺を噛み砕こうとする。


 だが。

 そこは頑張って我慢する。人間、我慢したら大抵の事は耐えられる。


 そして。


 前に東京のダンジョンで遭遇した事があるが、どれだけ破壊しても再生するゴーレムというモンスターがいた。

 そいつは、体のどこかにある中枢の魔石を破壊すれば倒せるのだ。

 そしてその中枢は――体内だ。外からわからないなら、中から探す!


 リスナーのコメントが気づかせてくれた。本当にありがたい。


「……っ、ぐっ……!」


 そして普通なら――こんな巨体の中にある、小さな魔石を見つけ出す事など不可能だ。


 そう、よほど幸運で無ければ。


 幸運が――味方でなければ!


「がんばれ、シュウゴっ!」


 声が聞こえる。

 千百合だ。そうだ、俺には座敷わらしが――幸運の女神がついている。千百合だけじゃない、


『がんばれ!』

『食われてまだ生きてるの!? すげえ!』

『負けるな!』

『今来た、応援してる』

『がんばれー!!』


 コメント欄からも応援の声が聞こえてくる。

 応援してくれているリスナーたちだっているんだ。負ける気がしない。

 だから、


「っ!」


 俺は目を開く。全身全霊の力を込めて、その手を伸ばした。


「あったぁ!!」


 掴み取る。握りつぶす。


「おおおぉおあああっっっ!!!」


 全身の骨が軋む。筋肉が引きちぎれる。だが構わず力を込める。


「お、お、お、お、おああぁあぁあぁっ!!!」



 俺の手の中で、魔石が――砕け散った。


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