第25話 迷惑系配信者に、俺はなる

「水虎テクノロジーの所有するダンジョンの中……?」

「はい。花巻にある蛙禍洞ダンジョンです」


 蛙禍洞ダンジョン。どっかで聞いたような……。


「元々は総全長が日本最長の23.7キロメートルの鍾乳洞ですね。本来は500メートルほどは一般公開されていたんですが、ダンジョンと繋がって水虎テクノロジーが購入したあとは一般の入場は禁止されています。私有地ですからね」


 受付のお姉さんが説明する。


 企業私有ダンジョン。ダンジョン協会の東雲さんも言っていた。ダンジョンの権利は、基本ダンジョンが発生した場所の土地権利者と、そして第一攻略者が持つ。

 それをどうするかは基本は権利者の自由だが、ほとんどの場合は国が地上げ、もとい買い取る。しかし一部の大企業が国より先に買い取り占有する事もある。

 占有することで、ダンジョンから出るモンスタードロップなどのアイテム、資源を自由に使えるということだ。


「でもなんでそんな所に……」

「可能性はふたつ。自分で潜入したか、あるいは連れ去られたか。前者なら、タガメ氏は同胞の河童たちがそこにいると睨み証拠を掴むため潜入した。後者なら、密猟者に捕まってそこに連行された、でしょうね。

 どちらにしろ、タガメ氏は……ここにいる」

「じゃあ、迎えにいかないと!」


 水面ちゃんが言う。しかし……。


「駄目だ」


 俺は言う。それは無理だ。


「企業私有ダンジョン。企業が権利を持っていて、それも……その企業が完全に自分たちの関係者しか入れないようにしている」


 無理に入れば不法侵入だ。

 ダンジョンそのものは異界であり、そこは厳密にはこの世界、この国ではない。しかし、そこに通じる土地は現実に存在する。

 そこを押さえた者と、そしてダンジョンを制覇した者がダンジョンの権利を持つ。


「そんな……それじゃあ」

「正式な抗議は?」


 俺は受付のお姉さんに聞くが、彼女は首を横に振る。


「国や市政は表向き、妖怪なんていない、空想の存在だと認めていませんからね。それに……ダンジョンの存在が逆に仇となっています」

「どういうことですか?」

「妖怪はモンスターの一種。ダンジョンにモンスターがいるのは何らおかしくない、と」

「確かに……そう言われたらなあ」


 言い返すことは出来ない。

 テイマーでもない人間が、モンスターの所有権を主張することは出来ないのだ。


「じゃあ……どうしたら……」


 水面ちゃんが顔を曇らせる。


 ……。

 俺たちにはどうする事も出来ない。

 配信でこの事を話題にするか? 今の俺のチャンネル登録者数なら……。


 無理だ。

 証拠が無い。GPSの反応も、捏造だと言われたらどうしようもないだろう。

 これを配信で話題にして、水虎テクノロジーの耳に入れば、すぐさまタガメが特定され始末され、証拠は無くなってしまう。


 企業を舐めてはいけない。


 一介の高校生程度が、大企業に立ち向かって勝つというのは……漫画や小説の中だけだ。

 そして俺は、漫画や小説の主人公じゃない。

 ただの……。



 ◇


 俺と水面ちゃんは観光協会を後にし、歩く。

 伝承苑へと戻る道すがら、水面ちゃんはずっと黙り込んでいる。


「大丈夫かい?」

「……はい」

「まぁ、難しいよな。

 あんな風に言われちゃ」


 企業に勝てるはずがない。それが常識的な判断だろう。


「私……悔しくて……」

「うん」

「友達が困ってるのに何もできないなんて……」

「そうだね」

「……ごめんなさい、キチクさんにまで迷惑かけて」

「気にすんなって」


 俺に出来る事はもう無いんだから。


「ありがとうございます……」

「……」

「……」

「……えーと、水面ちゃんはさ」

「はい」

「タガメを……友達を助けたいんだよな」

「はい」

「そっか……」

「私、小学校の頃……一人ぼっちで、いじめられてたんです」

「……そうだったのか」

「はい……その、私、小学校の頃からその、大きくなって」

「……」


 彼女は背が小さいから、別のものが大きくでっかく成長したのだろう。

 それがきっかけで、か。


「それで友達も出来なくて……いつもひとりで本を読んでて。

 そんな時、おじいちゃんに連れられて行ったカッパ淵で、タガメ君と出会ったんです」

「……そっか」

「最初は怖かったけど、すぐに仲良くなれて。彼、すごく優しくて。

 だから、今度は私が助けたいんです」

「……そっか。俺もたぶん、似たようなもんだよ。

 遠野の河童ってさ」

「……はい。子供の友達なんです」


 カッバ淵で河童を釣れるのは、子供だけだったりする。


 大人がいくら必死にキュウリを垂らしても、ほとんどかからない。

 そして、子供たちにとって……河童という大物を釣り上げるのは、最高にエキサイティングな体験だ。


 遠野の子供たちは、そうやって育っていく。


「たぶん、私だけじゃない。もっと多くの子供たちを、タガメさんは……助けて、遊んで、救ってると思います。

 私がおじいちゃんの後を継いで、カッパおじさんになったのも……そんなカッパ淵を、守りたかったんです」


 だけど、そんなカッパ淵は……今、ピンチだ。


 河童たちが減っている。外来種に侵食されている。

 それに対して、俺たちは何もできない。


 ただの子供だから。


 いくら妖怪とやりあった経験があっても。ダンジョンに潜って攻略出来ても。

 それでも、出来ない事があるんだ。


 だけど。


 それでも……俺は。


「やっぱ、さ。諦めたく、無いよな……友達を」


 そうだ、友達なんだ。


「でも……大人には」


 水面ちゃんが言う。そうだ、相手は大人で俺たちは。


「ああ、俺たちはまだまだ子供だ。

 ……だから」


 さて、配信者として、俺が嫌いな人種がいる。


 未成年だから罪にならない。

 子供のやった事だから大目に見ろよ。

 そう言ってはばからず、迷惑行為を繰り返す、いわゆる迷惑系配信者。


 俺はああはなりたくないと思う。


 だけど。


「……キチクさん?」

「ああ、そうだ。認めます、俺はキチクです。

 その名に恥じない配信を、しちゃおうかなーって。

 だって俺、無敵の未成年様だし」


 友達のためだ。


 やったろうじゃねえか。



 俺、迷惑系配信者デビューします。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る