第88話 第五関門 妖怪大相撲 第一試合 華麗vs尻

 探索者も、三割程度しか残っていない。

 しかしまだ、それだけの者が残っているのだ。

 きっとマヨイガダンジョンを攻略できる――どんな敵がいようとも。

 そう思い、探索者達は扉を開ける。

 そこには――


 ゴリラがいた。


 探索者達は黙って扉を閉めた。


「なんだあれ」

「いやゴリラだろ」

「……まあ確かに」

「ゴリラだよな?」

「ゴリラ……ですわね」

「ゴリラ以外の何に見えるんだよ」

「ゴリラだったよね」

「なんであんなところにゴリラがいるんだ?」

「知らんけど、絶対強いよなアレ」


 探索者達がざわめいた。


 改めて、探索者達はもう一度扉を開ける。


「ウホ」


 ゴリラだった。


 まごう事なくゴリラだった。


 日本の東北地方、岩手県遠野市にゴリラだった。


「なんでだよ!?」


 探索者が叫ぶ。


 すると……


「話せば長くなりますが、私は経立と呼ばれる妖怪の一種であります。奥州サファリパークで育ち、名前は石川と申します。かつてサファリパークに現れた天狗に連れ去られましたが、途中で撃退し逃走。しかし山の中で道に迷い、そのまま山猿たちの群れに紛れて暮らし、いつしか知恵を持ち妖怪化したものでございます」


 流暢に話してきた。


 というかどういう経歴だ。


「そしてお恥ずかしながら人間達に捕まり売り飛ばされそうになった所を、菊池様に助けられ、このマヨイガの居候として働かせていただいている次第です」


 ゴリラの石川さんは頭を下げる。

 探索者達もつられて頭を下げた。


「そういうこった」


 その後ろからひょこっと顔をのぞかせたのは、赤い河童だった。


「俺ぁタガメっていう河童だ。一応カッパ淵の河童たちのまとめをやらせてもらってる。

 さて、この第五関門では……相撲をやってもらうぜ!

 俺や石川さんたちとこの土俵で真剣勝負よ!」


『ちょっと待てwwwwww』

『確かにカッパといえば相撲かもしれないけどさあ』

『ゴリラと……?』

『無理ゲーだろオイ』

『探索者さんたち大丈夫……?』


 コメントでもみな心配している。


「安心しな、俺達以外にも力士は色々だぜぇ!」


 そしてスポットライトが当たる。


「石川と同じく水虎テクノロジーより開放された帰還者! 人間型ながら逆さがデフォなんで対戦相手は慣れないと翻弄されるであろう妖怪尻目!」


 尻目だった。

 全裸ののっぺらぼうに、尻の穴に大きな目玉がついている。

 いちおう局部はついていないので、放送コードはギリギリクリアしているっぽい。


「次!同じく解放組、ぷるんぷるんだるんだるんの肉の塊! この伸びる皮膚は投げづらいぞ、ぬっぺふほふ!」


 ぬっぺふほふだった。

 巨大な肉団子みたいな姿に手足が生えている。


「次にこいつも解放組、こいつと当たる奴ぁラッキーだ、どう見ても弱いぞただし吹雪を吐くので油断するな、雪ん子ぉ!」


 雪ん子が出てきて、小さく手を振っていた。

 かわいい。小学生……いや下手したら幼稚園児くらいだ。

 別の意味で心配だ。


「そしてこいつぁ厄介だ、油まみれなので掴めないがそれはこっちも同じ事、ぬるぬる坊主!」


 黒塗りの何かよくわからない、ぬるりとしたものが現れた。

 いや何だろうこれ。


「そして最後に、俺の相棒、四代目カッパおじさんだあああ!」


 第二関門の水虎池で出てきた女の子、若生水面ちゃんだった。


「うう~、なんでおらまで……」


 泣きそうな顔になっている。


『これはひどいw』

『四代目ちゃん場違いwwwww』

『いろんなのがいるな』

『まあ探索者たちはモンスターと戦うのが仕事だから大丈夫』

『でも普通のモンスター退治と違って殺しちゃだめだしな』


 妖怪サイドは六体。

 探索者サイドは三十三。

 妖怪たちはだいたい六人ほど相手にする感じか。


「あー、あと四代目と戦うのは女探索者のみだかんな。そこんとこは了承してくれ」


 タガメが言った。まあそれはそうか。


『えっ』

『マジで!?』

『それってつまり……』

『ガチレズキャットファイト?』

『興奮してきた』

『女探索者が……マワシひとつで相撲……』

『あーいけませんそれはいけませんよREC』


「いや違げぇからな!?」


 タガメが叫んだ。


 ……ちっ。これだから視聴者サービスをわかってない奴は。


「ルールを説明するぜ。まず――」


 探索者はくじをひき、対戦者を決める。

 勝てば進める、負ければ脱落というシンプルなルールだ。


 そして第一試合がはじまる。。


「ひがぁ~しぃ~、怪盗山ぁ~!」


 海藤カナタだ。なんだその適当な四股名は。


「にぃ~しぃ~、尻目海~!」


 マワシをつけた尻目が現れた。


 ちなみに、人間の顔の所にマワシをつけている。ぱっと見、変態にしか見えない。


「ふっ……華麗なボクがこんな変態妖怪と相撲を取らされるとはね……だが、華麗に勝って見せよう!」


 ……しかし彼の姿は、シルクハットに仮面、そしてマント、あとは裸にマワシだった。


『どっちも変態だ』

『変態では』

『夕菜ちゃんのチャンネル汚さないで』

『変態たな』

『おい誰かこの二人を止めろよ』

『もう好きにしていいよ……』


「それではぁ、はっけよぉい……のこったぁ!」


 タガメが号令をかける。


 そして戦いが始まった。


「ふっ、さあどこからでもかかってきたまえ!」


 カナタは手を広げて構える。

 周囲からブーイングが響いた。


「相撲だぞこれ!」

「ぶつかれよ!」

「お前がふざけてんのか!」

「真面目にやれやコラァ!」


 ごもっともだった。


「やだなあ、相撲はちゃんとやるよ。ただちょっと、この天才的な美技を披露するために準備体操をしているだけじゃないか!」


 カナタは言い訳をする。


「それに、この勝負はボクの勝ちだ! なぜならボクにはこのスキルがある! 【窃盗スティール】っっっ! !!」


 カナタが叫び、閃光が走る。


 次の瞬間、カナタの手には、尻目のマワシが握られていた。


「! ――勝者、怪盗山ぁ!」


『え?』

『なんで?』

『どういうこと』


 コメントが混乱する。


「何が起きたんだ……?」

「むう、あれは“不浄負け”……」

「知っているのか教授!」

「うむ。不浄負け……相撲勝負規定第十六条、前褌が外れて落ちた場合は負けとする……反則負けなのだ。本来はマワシはがっちりと固められているから大抵の事では外れず、めったな事では不浄負けは起きないが……まさか【窃盗】スキルでマワシを奪うとは……」

「なんと恐ろしい変態……」

「ああ……奴が仲間などでは無いただの他人であることを神に感謝する……」


 教授が解説した。流石は教授の二つ名は伊達じゃないと言う事か。

 しかし……。


『俺達は何を見せられているんだろう』

『いやまあ確かにすごいけど』

『これはひどい』

『うわぁ……』

『俺達の知ってる相撲と違う』

『こんなの相撲じゃねえよ!』

『相撲はもっと神聖なものなんだよなぁ』

『これはひどい(二回目)』

『なんという卑怯な男だ』


 コメントも荒れているというか困惑しているというか引いているというか混乱していた。

 本当になんだこれ。


「ふはははははは! 諸君、応援ありがとう!」

「応援してねえよ!」

「何やってんだお前は!」

「醜いですわ!」

「引っ込め!」


 カナタの勝ち誇りに探索者たちからもブーイングが飛んだ。


 第一戦からこれか……。


 不安である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る