第74話 菊池修吾の昔日
その日、俺は東京の親戚の所に遊びに行っていた。確か、家族旅行だったと思う。
家族とはぐれた時、それは起きた。
地震だ。
世界がひっくり返るのではないかと思うほど、地面が揺れ……そして、地割れが起きた。
後から知った事だが、地割れというよりは、局所的な陥没というか……ようするに、穴が開いたのだ。
それがダンジョンである。
そして俺は、そこに落ちた。
気が付けば、そこは真っ暗闇の中。
意識があるだけで真っ暗闇の中で動けないのか、それとも夢を見ているのかすらもわからない状態だった。
身体の感覚があるのか、ないのかもわからない。
痛いのか痛くないのかもわからない。
自分が生きているのか、死んでいるのかすらも――わからない。
ただ、闇だけがそこにあった。
寂しい。
暗い。
苦しい。
つらい。
それだけが延々と続いた。
考える事は、ただただ、何故こんなことになったのか、何故こんな目にあっているのか、何故、何故、何故何故何故何故何故何故――。
答えは無い。
当たり前だ。ここには誰もいない。
ただ、静寂だけが――――。
――。
いや、違う。
何かが聞こえる。いや、気のせいだろう。
だってここには何もない。
ただ、闇だけが――――
その時、光が見えた。
真っ暗闇の視界に差す、光。
そして。
「――ぶか、大丈夫か、君……!」
声が聞こえた。
幻覚だと思った。
闇に吞まれてとり残された自分の心が見せた幻覚だと。
だけど違った。
その人は確かにいて、俺を闇から引っ張り出してくれた。
ダンジョンの壁に埋まっていた俺を。
「……よかった、生きていて……生きていてくれてよかった……!」
その青年は、泣いていた。
泣きたいのは俺のはずなのに、その人が泣いていた。
熱い涙のしずくが、俺に落ちる。
その熱さで、俺はようやく――現実なのだと実感した。
「本当に、ありがとう……生きていてくれて……!」
その青年の名は、神崎刃と言った。
◇
「神崎、刃……それって」
「ああ、日本最強と名高い、伝説のS級探索者、神崎刃。俺は彼に助けられた。
びっくりしたさ、気が付いたら一年もたってたんだからな……」
なお、俺は故郷では神隠しにあったとされていた。
それで済むんだから遠野ってのも大概だと思う。
「テレビで見たよ。何人か、ダンジョンから救出されたって。その中の一人が……」
「ああ、俺だよ。まだガキもガキだったから名前は公表されてないみたいだけどな。
その後俺は、あの人に憧れて、強くなりたいと思って、弟子入りしたんだ」
「……あの神崎刃に!?」
「いや、天狗に」
「なんで!?」
藤見沢が驚く。いや、なんでといわれても。
「そりゃ強くなりたきゃ天狗に弟子入りって基本だろう。ていうか、なんで神崎さんに弟子入り出来ると思うんだよ、ただ助けられただけで接点ないぞ」
俺はただの救助された被害者に過ぎないからな。
助けてもらっただけでも有難いのに、そこから弟子入りなんてあり得ないだろう。あつかましすぎる。
「いや、話の流れでいくとそうなるよ!? ていうかなんで天狗なの!?」
「だからなんでって……天狗って結構面倒見がいいんだぞ? 各地の山々で大天狗が派閥作って弟子募集してて、人間でも弟子入り出来てるし」
「え……そうなの?」
「ああ、有名なのは鞍馬山僧正坊とか愛宕山太郎坊とか。鞍馬の天狗は別名護法金色魔王尊って言ってかなりの勢力だしな。
んで、遠野の早池峰山にも天狗がいて、遠野物語にも出てくる。山で迷った村人を里まで送り届けたりして、気のいい人たちなんだ」
「そ、そうなんだ……」
「ああ。ダンジョンから救助されて遠野に戻った俺はそのまま山に行って天狗に弟子入りさせてくださいと頼んで、弟子にしてもらったんだ」
「フットワーク軽っ、ていうか行動力」
「その結果、俺は……才能無いって言われたなあ」
「無いの!?」
「ああ」
見事になかった。天狗の師匠たちも呆れてたな。
「お前は天狗にはなれん、って言われたよ。いや別になるつもりも無かったけどさ。言われたなあ、もっと傲慢になれって」
「え、天狗ってそっち?」
「まあそれは冗談だと思うけど。結局俺は、師匠たちのような神通力も法術も全く使えなかったよ。才能無いって。
なのでひたすら基礎のトレーニングで身体を鍛えたな」
今思い出すと、かなりの地獄のトレーニングだった。
「んで、やっぱり才能無いから、そこらへんで諦めろと言われて下山。なんかまた数か月ぐらいたってたな、また神隠しにあってたんかいって言われたよ」
「いや、それですむ話なの修君!? ていうかその山ってダンジョンなんじゃ!?」
「……ああ、その発想は無かったな。まあそれで結局対して強くなれなくて……といってもリハビリは十分に出来て健康は取り戻したかな。んでその後俺は家庭の事情でまた東京に行った、それが五年前。あとは探索者やりはじめたけど、まあ師匠たちが才能無いと言った通り、なんか上手くいかなくて零細のままでまた東京を離れた……ってかんじかな」
「うん、もう突っ込まないからね?」
「? ……まあ何が言いたいかっていうとだ。俺はダンジョン発生に吞まれてそれから一年間生きてた。飲まず食わずで、だぞ?
だったら……藤見沢のお兄さんも、生きてる可能性、あるだろ」
「……」
「現に実例がここにいるんだ。一年も十年も誤差だろ」
「……そうなの、かな。うん、でも確かに……ダンジョンは不思議な事、多いもんね」
「ああ。不思議な事だらけだよ、ダンジョンは。
今回だってまさかSL銀河がいきなり動き出すとか思わなかった、しかも魂を運ぶ銀河鉄道と合体してのダンジョン化だ。びっくりだよ。
この世界には、不思議な事は俺達が思っている以上に多いんだ。俺達遠野の人間には身近だったけど、東京だと妖怪なんて「そんなのいるわけない」と思われてただろ?
だけど実際にいる。
だから、お前のお兄さんが生きていて助けられる可能性だって十分にあるんだよ。
それに、さ。
さっき言っただろお前。銀河鉄道で、お兄さんに会えるかもって」
「うん。でもそんな事……考えちゃ駄目だったよね」
「なんで?」
俺は言う。こいつ、視界が狭まってるな。もっと広くでっかく考えるべきだろう。
「カムパネルラが言ってただろう。元々の幽世の銀河鉄道はこの世とあの世と、幽世……夢の世界を繋ぐって。
あのカムパネルラだって飛頭蛮だの抜け首だのと言ってるけど、その正体は本人も言ってるように、寝てる人の夢だよ。
それがどういうことか……わかるだろ?」
「……それって」
「ああ。今起きてる異常を、このSL銀河のダンジョン化を元に戻したら……幽世の銀河鉄道を使えば、死んだ人の魂に会う事も、不可能じゃない」
元々の銀河鉄道の物語も、ジョバンニは銀河鉄道で様々な死者の魂と出会った。
今だって、俺たちはさっきの食堂車で死者たちに「食堂車では静かにしろ」と叱られたし。
アンデッドモンスターではない死者の魂たちは、存外に人間とそう変わらないのだ。
「現世と常世は直接繋がっては……いけない。それは世界のバランスを歪めて壊してしまう。だけど、それでも……決して届かない世界じゃなくて、それを銀河鉄道は繋げてくれるんだろう。
だから、狂ってしまったダンジョンの銀河鉄道はぶっ壊して元に戻して、それから改めて乗って探せばいいだろう、お兄さんの魂を。
死んでても生きてても、絶対に会える」
「……会える、かな」
「当たり前だろ。いや違うな。会える会えないじゃない。探し出すんだよ。だって俺たちは……」
そう、俺たちは。
「探索者なんだから」
それが全てだ。
結局、なんだかんだ理由をつけたり言い訳をしたりしても、俺たちは……好奇心と探求心に突き動かされて進むしか出来ない人間なんだから。
「……そうだね、うん。そうだよ」
藤見沢が笑う。
その笑顔を見て、俺は思った。
この状況配信されてなくて本当によかった。
彼女のファンたちに見られてたら俺、ぶっ殺されるな。
くわばらくわばら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます