第94話 奴の名はキチク
マヨイガのダンジョンマスター、キチク。別名菊池修吾。
そして彼と組むのは、座敷童、妖狐、幽鬼女の三名。ハーレムだな。妖怪ハーレムだ。もげればいいのに。
なお、ハチマキをつけた騎手は、座敷わらしの千百合ちゃんだった。キチクではない。
キチクは馬の前面にいる。
ぱっと見、さえない学生と少女幼女のチームでしかない。
しかし俺達リスナーは知っている。
たとえこのキチクを追っていなくても……偶然と幸運とコネだけで、幾つものダンジョンを踏破し、チャンネル登録100万の配信者になることなど出来るわけがないと。
無論、この配信で初めてキチクを知る者もいるだろう。しかし彼らも知る事になる。
あのキチクのおかしさを――
話を戻そう。
そんなキチクに対するのは、A級探索者三人のいるチーム、藤見沢夕菜、東雲優斗、西園満月、あとB級探索者一人。最後の一人は俺は名前を知らないが、しかしここまで残った探索者だ、実力者なのは疑いようが無い。
東雲が先頭に立ち、騎手は夕菜ちゃんだ。鉄板の布陣だろう。
普通に考えれば、女の子の騎手同士がお互いのハチマキを狙ってもみ合うキャットファイトじみた戦いになるだろう。
「この戦い、どう見る」
檻の中の探索者の声が聞こえる。
「A級三名とB級一名のパーティーだ、しかも東雲優斗は先日の敗北を経てさらに強くなっている。「便利なのでパーティーに是非一名欲しいけど縁の下の力持ちなだけ」と言われる人気外れスキル【アイテムボックス】を相手の攻撃の衝撃を収納し、そして解放し攻撃にも転用するという画期的な方法など思いつかなかったし、実際に使うにしても難易度はS級だろう。それをやってのけた彼は間違いなく強い」
「じゃあ……」
「西園満月も成長している。今までの戦いでそれは見て取れた。その二人が連携し、夕菜ちゃんの【聖歌】スキルで援護すれば今の彼らならS級モンスターでも倒せるだろう」
「つまり勝利は確実ということか」
「いや……わからん。相手はあのキチクだ。
ダンジョンによるステータス上昇無し、スキル獲得無しのEランク不適格者。しかし過去動画では単独で幾つもの東京のダンジョンの深層に到達し、S級モンスターやボスモンスターを倒している。その配信を見た者はみな口をそろえて、「リアリティの無いフェイク動画」「AI生成作品」などと言い、誰も信じていなかったが……」
「事実だったというのか」
「ああ、俺も聞いた事がある、ダンジョンの奥深くに私服やジャージ姿で現れてモンスターボコって去っていく謎の人間型モンスターの噂……」
「おいおい、まさか」
「ああ、あれはきっとキチクの目撃談だったんだ。あまりにあり得なさ過ぎて幻覚かそういう「擬態に失敗してありえない恰好をしたモンスター」だと思われていたが……キチクだったんだ」
「それが本当ならなんというか、常識はずれだな」
「ああ。奴には常識が通じない。
10年間誰も見た事の無いマヨイガダンジョンを発見し一日で攻略し、マスタースキルも無いのにダンジョンマスターとなり、妖怪を従え、企業に喧嘩を売り水虎テクノロジーの所有するダンジョンに突撃して巨大なボスモンスターを素手で殴り殺しダンジョンを破壊。地元の街中で妖怪を切り刻み、毒素で満ちた殺生石ダンジョンに乗り込んで、現実のような幻覚の炎ならなら現実と同じに消せると――」
「何を言っているんだお前は」
「消したんだよ奴は、ばっさばっさと扇いで幻覚の炎を。先日のSL銀河ダンジョンでも、霊には触れるとか言い出して普通に殴る、S級探索者のコピーを偽物なら勝てると言ってボッコボコにする――常識が全く通用しないんだ、奴には」
「話を聞くだけなら小学生レベルの屁理屈にしか聞こえんな……だが事実なのか」
「ああ。そんなキチクを相手にして、まともな戦いになるとは思えない――どうする!」
解説ありがとう。
そんなキチク相手に果たしてどう戦うのか。
夕菜ちゃんの騎馬はゆっくりと進み――
「離っ脱ぁーーーーつっ!!」
東雲がそう叫び、一人飛び出した。
そんなのありか!?
「っ!?」
東雲はそのままキチクに殴りかかる。
「それありなのか!?」
「ああ、騎馬戦は騎手の足が地に付かなければいい――馬を構成する三人のうち、後方の二人で騎手を担いでいるなら、馬の分離も可能なはずだ!」
『……』
「審判の雲外鏡は――動かない! この行為を黙認だ!」
「つまり少なくとも、ここのルールではアリということか!」
「ああ……常識の通じないキチク相手には、常識の枠外の戦法を取るということだな!」
探索者達の解説通りなのだろう。
東雲のパンチは、そのままキチクに直撃する。
「……っ」
だがキチクは耐えている。動かない!
あの東雲の渾身のパンチを耐えるとは……!
「……そう来るかよ」
「ああ、先手必勝、まともにやったらお前に勝てるかどうかわかんねえしな!」
「優斗さん、あんたはもっと真っすぐ来ると思ってたけどな、いやこれもある意味めっちゃ真っすぐだけど!」
「こりゃ喧嘩じゃねえんだ、ゲームだろ、だったら勝つために信条だった曲げる!」
そして東雲は蹴りを繰り出す。
「自分が最後まで残りたい、自分が勝ちたい、そう思ってた奴らはたくさんいた、だけどな! みんな俺達を進ませるために犠牲に、捨て石になった! だったら俺だってちいさなプライドにこだわるわけには――いかねえだろうが!」
両手が塞がったキチクを東雲は攻撃する。攻撃し続ける。はたから見たらそれは卑怯に見えるかもしれない、しかし違う。
そうでもしなければ、勝てない相手なのだ。
そんな東雲を卑怯者と謗る声など存在しない。
見守る探索者も、そして俺達リスナーも。
だが――
「く、くひひひひ、そろそろおイタ、やめよ?」
そう、キチクの後ろにいる日狭女ちゃんが笑う。そして――
「っ!」
東雲が飛びのく。その瞬間、地面から湧いた「手」が空を切った。
「くひひ、惜しい」
地面から大量の「手」が生えている。ホラーな光景だ。
「今度はこっちから……い、行くよ?」
そして、「手」が。大量に、津波のように襲い掛かる。
「くっ――合体!」
東雲が馬に戻る。
「おいおいおい、なんなんすかアレっ! クイズ部屋で見た……」
探索者Aの言葉に、西園が答える。
「キチクの配下の妖怪、ヨモツシコメの妖力です。死者の腕の召喚――触られたら引きずり込まれますよ」
西園はそう言いながら、【魔弾】で牽制する。聖なる力でも込めているのだろう、効果は覿面――しかし物量が違い過ぎる。
「大丈夫、なあ頼むぜお嬢っ!」
東雲は夕菜ちゃんに言う。そして――彼女は歌う。
聖なる歌を。
そう、スキル【聖歌】――鎮魂歌だ。
「――――」
その光輝く清浄な波動に。
ゆっくりと、「手」たちは崩れていく。
『すげえ』
『さすが夕菜ちゃん』
『マジ天使!』
そんなコメントが流れる中。
「……っ」
キチクは、口の端を歪める。
まるで効いてないかのように。
事実聞いていないのだろう。あの日狭女ちゃんという妖怪も、単純なアンデッドモンスターではなく、冥界に生きる住民という矛盾した存在だという。故に死霊を操る事は出来るが、自分自身が死者ではないので対アンデッド攻撃は効かないという。
しかしそれでも――攻撃手段は封じた、それは事実だ。
「今度はこっちからだ、生きましょう西園ニキ!」
「ええ!」
後衛の西園と、探索者Aが攻撃を放つ。西園は【魔弾】による射撃、探索者Aは鉄球付きの鎖を振り回して投擲する。
それらはキチクに直撃――するかと思ったその時。
「幻覚だ」
攻撃はキチクの身体をすり抜けた。無論、その後ろにいる日狭女ちゃんや鈴珠ちゃんにも当たっていない。
「! これは――あの小さい妖狐の幻覚か!」
探索者Aが叫ぶ。
「いや……違う、これは……手ごたえがある? どういうことだ!」
彼はそう叫んだ。幻覚なのに手ごたえがある? いや、しかしすり抜けている――まさか!
「ふっ、そういうことだ!」
次の瞬間、キチクの姿が一瞬ゆらめいて――
顔面に鉄球がめり込んでいながら、しっかりと立っているキチクの姿があった。
鼻血も出ている。
【魔弾】による焼け焦げたような跡もある。
これは――
「まさか!」
「どういうことなんだ?」
檻の探索者達が叫ぶ。
「キチクは、幻覚で回避したんじゃない、回避したように見せただけだ!」
「それにどういう意味、意図がある?」
「わからん! わからんが――」
「私にはわかるわ!」
そこに口を出したのは……
「どういうことだもふもふハンター水無月ユミナ!」
「自慢よ」
「?」
「どういうことだ?」
「あの幻覚は、かわいいかわいい鈴珠ちゃんの妖術。つまり――ウチの子はこんなことも出来るぞどうだすごいだろう! という、お披露目よ!」
「な、なるほど!」
「つまり戦略的にも戦術的にも……」
「まったく意味ないわねっ!」
なるほど。
意味はなかったらしい。
『何がやりたいんだキチクwwww』
『草』
『まあキチクだしな……』
『ヤツを理解するのやめたほうがいい』
『馬鹿にしてんじゃねえの』
『余裕こいてやがる』
『でも実際あれだけ食らって立ってるとかおかしい』
余裕――じゃあないのだろう、きっと。
そう、これは……『魅せプレイ』だ。
プロレスと同じだ。プロレスは派手な技を身体全体で受けきるのが基本という。
それと同じ――
違うのは、そう。
下手くそなのだ、キチクは。
魅せプレイが下手。だからこう、馬鹿にしている、余裕見せている、意味がわからないと不評になる。
忘れてはいけない。
キチクは千百合ちゃんが出てくるまでずっと――登録者数1桁を守り続けた零細配信者。
そう、盛り上げ方が、くっそ下手くそなのだ!!
今のキチク人気は、ぶっちゃけキチクの天然のズレっぷり、おかしな強さ、常識はずれっぷりなどが大きいだろう。
キチクよ。お前は変に頑張らなくていいぞ。ありのままでいけ。リスナーはみんなそれを望んでいるのだ。
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