第78話 最強の探索者

 神崎刃かんざき じん


 S級探索者の中でも最強と呼ばれ、多くの伝説を残している男。

 ダンジョンマスターでこそないものの、十二のダンジョンの一号攻略者であり、モンスタースタンピートや、池袋でのモンスター流出の未然阻止、魔王級モンスター討伐など功績は枚挙に暇がない。


 そしてダンジョン黎明期、今ほどダンジョンが安定していない危険な時期にも率先してダンジョンに潜り、多くの人々を救い出した伝説の男。


 それが、俺を助けてくれた男の名。


 そして……今、目の前にいる男だ。


「……神崎……刃」


 もちろん、偽物だ。

 雲外鏡が俺の心を映し出して作り上げた幻像、虚像。


 しかし……。


「……神崎さん、ですね」

「ああ、本物とは数えるほどしかあったことないが……」


 縛っていた「手」を振りほどいた優斗さんと満月さんが構える。


「……こりゃあ、まさしく……」

「ええ……」


 二人は緊張の面持ちだ。神崎刃は有名人だ、ましてや協会直属のA級探索者、その実力を知っているんだろう。


「さて、どうしますかね」

「オイオイ、どうするも何も――」

「ええ、戦うしかないでしょう」


 満月さんと優斗さんの二人が武器を構える。


「いくぞ満月!」

「ええ、優斗!」

「ほう、やる気だな」


 二人の意気込みに、偽神崎は笑う。


「だが、お前たちも俺の強さを知っているはずだ。たあの時、目の当たりにしたのだからな。自分たちが一番理解しているだろう、勝てないと。

 それでもやるというのか?」

「ああ、男にはな、負けられねぇ戦いがあるんだよ!」

「少しでも時間を稼げばその間に――修吾たちが、本体の鏡を破壊しますからね!」


『やべえ、二人とも死ぬ気だ』

『ゴッドエッジのコピーとか無理ゲーだろ』

『ここまでなの?』

『いや二人が言ってる通り、時間稼げばなんとか』

『キチクなら隙を見て本体破壊出来るはず』

『とにかく頑張って』

『死なないで二人とも!』


 コメントも二人を心配し、応援する声がたくさん流れる。


 だが、偽神崎はそれら全てを一笑に付す。


「くくく、だが一秒とて、お前らではこの神崎刃を止める事など――」


 なんかもうむかついてので、俺は偽神崎をビンタした。


「はぶっ!?」


 ぎゅるるるるる、といい音をさせて偽神崎は盛大に回転し、転倒した。


「えっ」

「えっ」

「えっ」

「えっ」


『えっ』

『えっ』

『えっ』

『えっ』

『えっ』

『えっ』

『えっ』


 皆の声がハモった。いや、意外そうな声をされても……。


「な、何をする貴様! まだ俺が話をしている最中だろうが!」

「うるさい、お前の目的は時間稼ぎだろう、常世と現世が繋がるまでの。つきあってられるか」

「ふ、ふん。いいだろう、お前から死にたいのなら望み通りにゃぶっ!?」


 またビンタした。


「こ、この最強のごべっ! 神崎刃の真のちごぶっ! あっ! ぼっ!」


 本当にしつこいなこいつ。俺は黙ってこいつの頬を叩き続ける。


「お、おい修吾? お、お前何を……」

「修君? それ……」


 優斗さんたちが聞いてくる。見ての通りこいつをビンタしてるんだけど。


「あのさ、コイツ自分から言ってただろ、神崎刃の偽物だって。

 偽物が強いわけねーだろ」


 自明の理である。


 そもそも、あの神崎刃は最強だ。誰もが認めている。本当に強く気高く、そして遠い。二人が勝てないと死を覚悟し、決死の時間稼ぎを選ぼうとするのも当然だ。


 そんな最強を――こんな古ぼけた鏡程度がコピーできるわけがない。


「そもそもこいつ、俺の心を読んで虚像を作り出してるんだ、俺程度のイメージが本物の神崎刃に届くわけねーじゃん」


 当たり前の話だ。


「あの人が1神崎とすると、目の前のこいつは0.00000000000001神崎程度だろう」


 それをちゃんと認識し、気圧されすることが無ければ、負ける道理はない。

 だって偽物なんだし、こいつ。

 敵を知り己を知れば百戦危うからずという奴だよ。


『いやその理屈おかしいんだが』

『えっと……シリアスな場面だったよね』

『二人は死を覚悟してたのに』

『空気読もうよキチク』

『……この人すげえな』

『理屈通じない空気読めないもここまでいくと才能』

『やべえよ……こいつなんだよ』

『ファンになりそう』

『これがキチクです』


「ふ……ふざけるな、そんな事があってたまるか! いや、お前の認識がおかしいとしてもだ! 今の本物を知る東雲優斗と西園満月の記憶からも作られたこの神崎刃が――」

「うるせーな、まだ言うか」


 俺は偽神崎の足を掴んで、地面に何度も叩きつける。


「ぎゃっ! べっ! ぷっ! ばっ!! ぴょっ!!」


 そして俺は偽神崎の頭を足で挟み、そのまま――


「必殺! 遠野フランケンシュタイナー!」


 床に叩きつける。


 偽神崎は、頭を床に突き刺したまま逆立ちの姿勢で動かなくなった。


 見事な直立だった。


『なにあれ』

『見事なプロレス技』

『いやそうじゃなくて俺達何を見せられてんの?』

『ゴッドエッジの風評被害だろアレ弱すぎ』

『いやキチクが強すぎる』

『あのびたんびたん床に叩きつけられるのってアメリカのトゥーンアニメみたいだった』

『草すぎる』

『なんなのコレ……』

『ま、まあ偽物だし』


「さて、と」


 俺は上にある雲外鏡の本体を見る。

 あれを壊せばもう偽物は出てこなくなるだろう。


 その時――偽夕也が、動いた。

 恐るべき速さ、そして――。


「すんませんでしたあああああああっ!!」


 見事な土下座だった。


 日狭女といい勝負が出来るだろう。


「私、雲外鏡は、この通りキチク様、いえ菊池修吾様に服従します! 忠誠を誓いますッ! 今までの事すべて伏して謝罪いたしますッ! ですからどうか、破壊だけは勘弁してくださらないでしょうかッ! この奥のダンジョンコアならいくら壊しても構いませんのでッ! どうか私めだけはッッ!!!!」


 実に見事な命乞いだった。


「いや、お前ダンジョンコアを守護するボスモンスターだろ、使命を放り投げてどうすんだよ」

「それがですね、確かに私はこのSL銀河ダンジョンのダンジョンコアを守護するボスモンスターではありますが、本来はSL銀河の機関室に置いてあった古い鏡なんです! いわゆる付喪神になりかけていただけのケチな鏡でございまして!」


 そういえば、雲外鏡は鏡の付喪神だったな。


「SL銀河のダンジョン化が後押しとなってこうして雲外鏡と相成ったわけでございますが、そういう出自なんでダンジョンのボスモンスターとしての性質、使命よりも付喪神としての本義の方が大部分でありますから、ダンジョンよりも私の命といいますか! 死にたくないのです命だけは勘弁くださいませえええっ!!」

「ええと……どうする?」


 俺はみんなに聞く。


「ま、まあ……命乞いしてる奴をぶっ殺すのも気が引けるしな」

「なんだか、毒気抜かれました」

「う、うん……私も気にしてない、かな」

「俺の顔で土下座されるのは不愉快だけど……別にそこまで許せないってわけでもないしな」


 皆は同情しているようだ。


 ……仕方ないな。


「じゃあ、二度と人間に危害を加えないと約束できるか?」

「ははーっ! この雲外鏡、胆に銘じて! 胆はありませんが!」


 こうして。


 俺達はダンジョンコアを守護するボスモンスター、雲外鏡を制したのだった。

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