第79話 再会の約束

 偽の夕也と神崎刃の姿は消失した。


 そして、雲外鏡が地面に降りてくる。


 鏡面に顔が浮かんでいる。雲が髭面の男性のようになっていた。

 その像が喋って来た。


「命乞いを聞き届けて下さり、まことにありがとうございますご主人様」


 いや、誰がご主人様だよ。


「それはいい。それより、もう敵は出ないのか?」

「放っておけばそのうちまた亡者どもが湧いてくるでしょうが……ボスモンスター的なものはいませんね。私がここのラスボスなんで」

「そうか」


 なら、あとはダンジョンコアを破壊するだけだな。


「時間はどのくらいある?」

「今すぐに常世に到着、ってぇわけじゃないですが、そんなに時間は無いですね。あと半刻もありません」


 ということは一時間足らずか。まあ余裕はありそうだな。


「……お兄ちゃん」


 そんな話をしていると、藤見沢がカムパネルラ……夕也さんに話しかける。


「なんで……なんでずっと黙っていたの。なんで姿を見せてくれなかったの……? 私、ずつと……」

「すまない」


 夕也さんは言う。


「俺がスキルに気づいて、自在に離脱出来るようになった時には……三年の月日が流れていた。その時、お前はまだ十歳だったからな。

 まだ幼く、そして傷ついて苦しみ、引きこもっているお前の夢に現れてありのまま事実を伝えたとして、受け入れられるか、受け止められるかわからなかった。

 そして……」


 夕也さんは言った。


「そうこうしてたらタイミング逃した」

「逃さないでよ!」


 ごもっともである。


「……そうはいうけど、俺だって 混乱してたし、まだまだ十五のガキだったんだ、どうしたらいいかわからなかったんだよ」

「ま、まあそうかもしれないけど……。

 でも、お兄ちゃん、無事なんだね」

「無事かどうかは……どうだろうな。少なくとも生きているのは確実だ。俺は死霊じゃない、それは銀河鉄道で確認したよ」

「う、うん……その人からは、死の気配が……してないね、うん」


 アンデッド探知機の日狭女も保証した。


「肉体はダンジョンの奥で仮死状態ってことなんだろう。なので俺は俺で、ダンジョンで自分の身体を探してるんだ」

「探してる、というと?」


 俺も質問してみた。


「肉体から出たら、気が付けばランダムでダンジョンのどこかにこの幽体は現れているんだ。だから、俺の肉体がどこにあるかはわからない。感覚的に、地下深くではあるだろうけど……」

「……そっか」


 藤見沢は安心したように息を吐く。


「……本当に、生きてたんだ。うん、うん。よかった」

「……夕菜、すまなかった。俺は……」

「ううん、いいの。また助けてもらったね、お兄ちゃん」

「俺の力だけじゃない。彼らがいなかったら、無理だったさ」


 夕也さんは俺たちを見る。


「うん」


 藤見沢は笑う。そして言った。


「……待ってて、お兄ちゃん。必ず私が、ダンジョンの奥にいるお兄ちゃんを探し出して、助けてみせるから」

「……無理はするなよ、夕菜。ダンジョンは危険だ。何があるかわからない」

「うん。でも大丈夫、私にはみんながいるから!」

「……そうだな。みなさん、夕菜を……よろしくお願いします」


 その言葉に、俺たちは……。


「いや、俺たちに頼まれても困るんだけど」

「だよなあ、そもそも固定パーティー組んでるワケじゃねえし」

「私たちはあくまで協会経由の雇われですしね」


 普通にそう返した。


 いや、本当に困るんだけど。そもそも俺の行動範囲は遠野だし。


「えー!? そんなぁ、この流れだと快く受けてくれるパターンだよね! 修君、クラスメートじゃない!」

「元、だろう。そもそもろくすっぽ話したことねーぞ」


 これだから陽キャは困る。

 いや、俺も別に陰キャってわけじゃないよ?


「それに、お願いしますってんなら、俺たち以外にもいるだろ。

 たった今、藤見沢を応援して見守ってる、たくさんの友達がさ」


 俺は浮いているドローンカメラに表示されているコメントたちを指す。

 俺たち三人より、よほど藤見沢とつきあいの長い連中だ。

 リスナーなんて頼りにならないって? そんなことはない。俺も藤見沢も、つらい時に配信によって元気づけられ助けられてきたからな。

 それに俺は何回も、リスナーたちのアドバイスによって活路を見いだしたことがある。


「……そうだな。

 みなさん、今まで妹をありがとう。これからも、よろしくお願いします」


 夕也さんはカメラに向かって頭を下げる。


『こちらこそお義兄さん!!』

『おk』

『ずっと応援してる』

『お義兄さんも頑張って』

『ダンジョンであったらよろしく』

『昔モンスターと勘違いして追いかけまわしてすみませんでした』

『よろしくお義兄さん!!』

『こっちも元気もらってる』

『末永くよろしくお願いします』

『いいお義兄さんやないか……』

『捜索隊くもうぜ』

『俺もペストマスク買おう』

『みんなでお義兄さんを探しだそう!』


 藤見沢のリスナーたちからの反応もいい。

 やたら俺に対してキツいが、彼らも悪い奴らではないしな。


 さて……。


「それじゃあ、壊すか」


 俺たちは機関車の火室に向き合う。


 機関助士の制服を着た骸骨が熱心に石炭をくべている、そこに――ダンジョンコアがある。


「これを壊せばいいんだな」

「そうです。それでダンジョン化は解け、幽世の銀河鉄道とSL銀河は分離するはずです」


 雲外鏡は説明する。


「――いいですね、夕也さん」

「ああ」

「お兄ちゃん、これで――お別れなの?」


 藤見沢が寂しそうに言う。夕也さんは彼女の頭を優しくなで、笑った。


「いいや。確かにダンジョン化が解ければ、俺は実体化が解け、銀河鉄道と共に去るだろう。

 だけど俺の本体は生きているし、銀河鉄道の乗客に過ぎず、そしてダンジョンを、人々の夢を渡り歩く幽世飛行士、飛頭蛮だ。

 ダンジョンにいけば遭遇する事もあるし、それに……もうばれてしまったんだ、会いたくなったらいつでもお前の夢に会いに行くよ」

「……うん。待ってる。だから待ってて、私が必ず助け出すから」

「ああ」



 二人の話が終わるのを待って、そして――

「んで、誰が壊すよ」

「それはもう、経験者でしょう」


 優斗さんと満月さんが言う。

 ちょっと待て。


「俺っすか」

「おう」

「はい」

「そうだね」

「頼んだよ」

「頑張れー」

「まあ、そうだよね……」

「きゅーん」


 満場一致だった。


「……仕方ねえな。いや、コアは火室の中だし、遠距離攻撃出来る満月さんとかが適任だと思うんだけどなー……。

 とりあえずみんな下がって」


 俺はみんなを下がらせる。


 そして落ちている石炭を拾い……


「必殺! 遠野ストーンバレット!!」


 適当な必殺技名を叫んで、全力で投げつけた。


 それは一直線に、火の中で輝くダンジョンコアを貫き――


 次の瞬間、衝撃と共に、世界が二重にブレる。


「これは……!」

「SL銀河と銀河鉄道が分離してるんです!!」


 雲外鏡の言うとおり、ふたつの重なっている機関車が別れ始めた。

 実体と、幽体に。まるでゆうたい離脱のように。


 そして、夕也さんと共に、銀河鉄道はそのまま、空を登っていく。


 SL銀河は――


「ん?」


 もしかして、いやもしかしなくてもこの展開は……。


「お、落ちてるぅうううううううう!!?」


 浮遊感。これはあれだ、ジェットコースターに乗っている時のあれだ。

 そう、空を飛ぶダンジョンで無くなったSL銀河は――そのまま一気に墜落を始めた!


「うわあああああ! またこうなのショウゴぉおおっ!!」

「おいおいおいおいマジかよおおおおッ!!」

「ちょ、なんとかならないんですかこれっ!!」

「きゃああああああっ!!?」


 みんなが叫ぶ。

 そうだよな、よく考えたらこうなるよな!!


「ご主人様、もう邪魔者いないんだし銀河鉄道の運転席に行って操縦して、地面に降ろしてからダンジョンコア壊せばよかったのでは!?」


 雲外鏡が言う。そうだな、全く持ってその通りだよ!!


「先に言えよこのアホ鏡ぃッ!!」


 さて。


 前も同じ台詞を言った気がするが、しかし言わせていただこう。 


「俺は悪くねええええええええッッッ!!!!」




 そして、SL銀河は――見事に、盛大に、釜石線の線路に轟音と共に不時着した。

 俺たちが死ななかったのは奇跡だろう。


 日狭女の妖力によって大量の「死者の腕」――先程雲外鏡が俺達を捉えたホラーなアレだ――を召喚し、クッションにしたから何とかなったというのもある。座敷わらしである千百合のもたらす「幸運」も大きい。


 こういう時、ダンジョンに依らず妖力妖術を行使できる妖怪がいてくれるのは実にありがたい。二人がいなかったら確実に死んでいた。


 しかしながら、当然と言うかなんというか――岩手の誇りの一つでもあるSL銀河は、原型はとどめているものの、盛大に破壊された。


 ……誰が弁償するんだろうこれ。


 東雲さん言ってたよね、責任は全て持つって。頼んだよマジで。

 蒸気機関車と客車四両、それに線路なんて合わせたら軽く数千万もてや億行くと思うんだけど。


 ……。


 大丈夫だ。きっとなんとかなる。なんとんなるに決まっている。

 俺達は、現世と常世のバランスを守ったのだから。


 そうだろう?



 ど、どんどはれ。

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