第五章 挑戦者たちとマヨイガダンジョン

第81話 マヨイガダンジョン攻略宣言

『はいみなさんこんにちはー、夕菜でーす!

 今日はここ、盛岡駅に来ていまーす! え? 普段東京なのになんで東北にいるのかって?

 それはですねー、なんと私は今回、あのマヨイガダンジョンに挑戦しようと思ってるんです!

 あ、一人じゃなくて、また協会の用心棒の東西コンビさんと一緒にですね。

 そして、あのマヨイガダンジョンのダンジョンマスター、菊池修吾さんも一緒なんです!

 といっても、接待プレイじゃなくてガチ攻略ですよー!』


 藤見沢夕菜の明るい声が流れる。


 彼女は有名な実力派美少女インフルエンサーだ。ダンジョン攻略と配信をメインに活動しており、チャンネル登録者数は200万を軽く超えている。動画の内容は多岐にわたり、探索やモンスター討伐はもちろん、ダンジョンで料理をしたりダンジョンで歌ったりといった内容も多い。その全てが高クオリティであり、若者を中心に圧倒的な人気を博していた。


 そんな彼女が、マヨイガダンジョン攻略を表明した。しかも、事前予告である。

 彼女のような有名人は、混乱を避けるためにこっそりとゲリラ的に攻略配信を行う事が多い。事前にいつどこのダンジョンに行くと予告すれば、それを目当てに探索者や見物人が殺到する事が考えられるからだ。


 だが今回は違う。事前に告知しての攻略宣言なのだ。

 当然のようにSNSが騒ぎとなった。


『おいおいマジかよ』

『ついにこの時が来たんだな』

『これ絶対ヤバい事になるぞ……』

『どうせいつもの宣伝だろ?』

『でも今までこんな事あったっけ?』

『ないはず。つまりこれは本気……なのか?』

『A級探索者の東西ニキたちもかよ……本気だな』

『マヨダンまだ未攻略だろ』

『「今の」マヨイガダンジョンは誰も攻略出来てない』

『こりゃあ……嵐が来るぞ』

『女房を質に入れてでも見に行かないと……女房いないけど』


 ここまで騒ぎになるのは理由がある。

 マヨイガダンジョンは、異色異質のダンジョンだからだ。

 10年前のダンジョン事変の時に発生した古参ではあるが、つい先日まで世に出なかった珍しいダンジョンであり、その理由は……遠野に伝わる伝説の怪異、マヨイガがダンジョン化したものだからだ。


 そしてそのダンジョンを攻略したのが、Eランクのダンジョン不適格者の少年、菊池修吾。


“キチク”の二つ名で呼ばれる彼は、ダンジョンステータス上昇もダンジョンスキルも無い身でありながらマヨイガダンジョンを踏破し、そしてあろうことか、ダンジョンマスターになるのに必要なスキルも無いまま、ダンジョンマスターになったと言う異質な存在だ。


 そして彼の手によって、マヨイガダンジョンは変貌した。

 最も安全で最もな厄介な、千変万化の意思持つダンジョン。それが今のマヨイガダンジョンである。

 人類に友好的な怪異であるマヨイガは、体内のモンスターを極力排除、あるいは無力化し、そして無害な傾向のモンスターを産む。

 探索者が命の危険があると強制的にダンジョン外に排出する。

 そういった、この十年の常識を覆すダンジョンである。


 もっとも、その代償としてダンジョンから得られる資源は通常のダンジョンよりも少ないという欠点があるが、しかしそれでもマヨイガを攻略しようとする探索者は少なくない。


 その理由が、マヨイガの伝承にある。


 マヨイガに行き遭い、招かれたものはそこにある品物をなんでもひとつ持って帰って良い、という伝承だ。


 遠野物語では、マヨイガに迷い込んだ嫁が「どれだけ米を掬っても米が尽きないお椀」を手に入れ、そしてその家は大金持ちになったと言う。

 そのような不思議なアイテムが、マヨイガ攻略者にはひとつ与えられるという。

 探索者達はそのアイテムを求めて、遠野を訪れ、マヨイガを攻めるのだ。


 しかし、マヨイガダンジョンは危険度が下がったが、難度は上がってしまった。

 今までのダンジョン攻略の常識が通じないのだ。

 構造は毎回変わり、様々なトラップが張り巡らされている。

 出てくるモンスター……いや妖怪には、知恵がある者も多い。

 そんなダンジョンであり、攻略者はいまだ一人もいないのだ。


 そのマヨイガダンジョンを、A級探索者三人が攻略を宣言したのだ。


 これはもしかしたら攻略が成るのかもしれない。

 そして……そこに自分たちも行けば、そのおこぼれに預かれるかもしれない。そうでなくても、攻略の確実性は増すだろう。


 皆、そう思った。


 チャンスだ、と。


 今、彼ら三人と同じタイミングでマヨイガダンジョンに行けば……今度こそ、あの難攻不落のダンジョンに一矢報いる事が出来るのでは、と。


 挑み敗れた者は、決して忘れてはいない。


 あのダンジョンで、肥溜めふうのチョコレートの桶に叩き落された屈辱を。


 あのダンジョンで、服だけ溶かすトラップがあるのに、そこに男だけ念入りに罠にかけられた時のがっかり感と怒りを。


 あのダンジョンで、高所恐怖症だと言ったら次の部屋でバンジージャンプに挑戦させられた恐怖を。


 あのダンジョンで、ダイエット目的でダンジョン探索しているのに、大食い勝負になってしまって3キロ太った時の憎悪を。


 あのダンジョンで、無様に罠にはまって転倒して水に落ちた所を配信され、クラスで笑われた時のあの絶望を。


 マヨイガダンジョンに挑み敗れた者たちは、決して忘れてはいない。


 許すまじ、マヨイガダンジョン。


 今度こそ、今度こそマヨイガダンジョンに一矢報いて、そして……

 あのダンジョンマスター、キチク野郎に一泡吹かせてやる、と。


 菊池修吾は特に何かやったわけでもないが、そうやって一部の探索者達から恨みを買っていた。

 ダンジョンマスターとは、きっとそういうものなのだ。大いなる権利には義務と責任が付きまとうとはよく言ったものである。


 かくして。

 藤見沢夕菜の配信によって、探索者達に火がついた。


 ある者は好奇心。


 ある者は使命感。


 ある者は名誉欲。


 ある者は思慮恋慕。


 ある者は復讐心。


 様々な思惑を抱え、各地のダンジョン探索者達は、終結する。


 遠野に。


 マヨイガダンジョンへと。

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