第82話 遠野観光協会にて
こんにちは。いらっしゃいませ。
私ですか? 私は見ての通り、ただの遠野の観光協会の事務員です。名前? そんなことはどうでもいいですよ、ただのモブなんで。
それより今日はどういったご用件でしょうか。
自転車のレンタルですか?
観光地の案内ですか?
お土産なら併設してある売店で売っていますよ。
え? そのどれでもない?
……ダンジョン探索者様ですか。
最近は遠野にも増えましたよね、ダンジョン探索者様の来訪。いえ、文句は全くないんですよ。探索者様も観光や買い物などで遠野にお金を落としていってくれますし、目的がダンジョンだから街中で迷惑行為を働くことも少ないですしね。
それで本日はどのような御用向きでしょう。
……ああ、マヨイガダンジョンですか。でしょうね、現在、遠野で確認されているダンジョンはそれひとつですから。
マヨイガダンジョンへの道を知りたい、ですか?
わかりました。
お金? いりませんよ。観光協会が観光案内にいちいちお客様からお金をいただいてどうするんですか。
まあどうしてもというのなら、売店で何か買っていってください。おすすめは河童捕獲許可証ですね。毎年デザインが変わっているので遠野に来た証として人気なんですよ。あと、この河童の置物もどうですか。
お菓子なら河童のはなくそもあります。
いえいえ、馬鹿にしているわけではなくて、ジョーク系のお菓子なんですよ。チョコレート菓子です。美味しいですよ。
河童以外ですか? お客様は成人なさっているようですので、どぶろくは如何でしょう。これから探索なのでお酒は控えておく? わかりました。この暮坪かぶなんてどうでしょうか。すりおろしてお蕎麦に使うととても美味しいんですよ。
まあ、今すぐじゃなくて、お帰りになる時でも色々とどうぞ。ここ以外にもお土産屋はありますからね。
さて、話を戻して、マヨイガダンジョンへの道でしたね。
マヨイガダンジョンは、実は遠野には……ある意味、行く方法はないんですよ。おっと、最後まで聞いてください。
元々マヨイガは、山中のどこかに現れる不思議な家。
迷い人の所に現れ、もてなし、そして迷わせることもある、さ迷う家です。
明確な住所というか、場所は決まっていないんですよね。遠野のどこかにある、だけどどこにも無い家です。
じゃあ探すには山中をくまなく歩く必要があるのかって? まあそうですね。ダンジョンマスターのキチク氏も、迷った末にマヨイガにたどり着きましたから。
ですがそんなふうに捜し歩かないとたどり着けないダンジョンならそもそも攻略できないって? はい、仰る通りです。
ですから、ダンジョンマスターのキチク氏は、遠野の市役所や観光協会……ダンジョン探索者協会遠野支部と話し合い、幾つかの場所を借りたんです。
遠野市街のとある場所、そこに行けば……マヨイガダンジョンへの道が通じるように、そこに転移ポータルを用意したんです。
そんな力がキチク氏にあるのかって?
ないです。
あくまでもマヨイガの力ですね。マヨイガから、遠野市外に繋がる道を、扉を用意した、と。
いくつかあるその扉をくぐると、マヨイガダンジョンの入り口に繋がっているんです。そこからマヨイガダンジョンへと攻略していく、というわけですね。
その場所ですが、まずひとつはここ、遠野駅の遠野環境協会。
次に、遠野博物館。次に、遠野ふるさと村。次に……。
というように、幾つも扉が用意されています。
扉の使用料? そこに無ければ無いですね。
ええ、外国のダンジョンマスターの有するダンジョンや、日本にもいくつかある企業所有や団体所有のダンジョンでは入場料取ってる所もありますけど、マヨイガダンジョンはそうじゃないですね。
まあキチク氏が未成年の学生ですし、入場料で荒稼ぎなんてしたら色々と問題もあるんでしょう。私はよく知りませんけど。
しかし、今日は本当にマヨイガダンジョンに挑もうと訪れる探索者さんが多いんですよね。なんででしょう。
え? 藤見沢夕菜?
名前は聞いた事ありますね、有名なダンジョン探索者の女の子でしたっけ。
……ああ、そういう話なんですか。
それで一気に注目を集めた、と。
……彼女がマヨイガダンジョンに挑むのは後日、ですか。
なるほど、ではお客様はそれに合わせて事前に遠野入りした、という事なんですね。
でしたら、お宿は決まっておりますか?
決まっていない、ですか。そうですね、遠野は観光地なので色々な宿がありますよ。
どうせなら遠野らしい宿がいい、ですか。
だとしたら、座敷わらしが出るという噂の宿が数件ありますね。
私ですか? いえ、見た事ないですね。私霊感無いんで。
……遠野人ならだれでも霊感あって妖怪に詳しいんじゃないかって? 遠野人なら普通に妖怪やっつけたりしてる?
……誰ですか、そんな荒唐無稽なデマ流しているのは。
確かに遠野は民話の町であり、遠野物語を始めとして妖怪伝説、民話を前面に押し出している場所ですけど、だからって全員が妖怪と会ったりやっつけたりしてるというのは勘違いも甚だしい風評被害ですよ。
精々が、ああ、あれもしかして妖怪の仕業だったのかな、となったり、誰々さんが妖怪にあったらしいよ、とか、誰々さんが神隠しにあったらしいね、とかそういう感じですよ。
あとは、ハンターさんが捕まえた河童の処理とかですね。だから私は妖怪については知っているけど見た事ないんです。
……え、河童?
あれって要するに外来生物みたいなものですよ。国内からの外来生物ですけど、まあ迷惑な害獣ですね。ムジナとかタヌキとかキツネとかネズミみたいな。最近は遠野でも河童を干物にしたりして売ったりしていますけど。
……なんですかその顔。
……ああ、よそでは河童は妖怪なんですか。……言われてみればそうかもですね。普通に川にいるから妖怪って感覚無かったです。
河童を見てみたいなら、川に行けばいますよ。緑色のは狂暴なので注意してくださいね。お話ししたいなら伝承苑の近くのカッパ淵に行けば釣れますよ。
ええ、釣るんです。きゅうりを竿につけて垂らしたら噛みついてきます。楽しいですよ。
キチク氏のおかげで最近は赤い河童が戻ってきてますからね。一時期密漁で数を減らしてましたから。
はい、遠野の河童は赤くて、人と友好的なんです。
友好的な相手を釣るのかって?
まあ、アトラクションですよ、河童釣りは。
とにかく、宿の話でしたね。ここから近くにある、御伽邸はどうでしょうか。そこの主人が妖怪博士みたいな人で色々と話聞けますよ。
はい、それじゃあ連絡してみますね。
……ちょうど一部屋開いてるそうです、はい。
ではそちらですね。え?食事ですか?
まあ、遠野に来たならジンギスカンでしょうね。遠野のジンギスカンは最高ですよ。
お店の場所は……。
……ふう、今日は忙しいですね。
あ、いらっしゃいませ。
今日はどういったご用件でしょうか。
自転車のレンタルですか?
観光地の案内ですか?
お土産なら併設してある売店で売っていますよ。
……ダンジョンですか?
わかりました。それでは……。
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