あやかしダンジョン配信記~都落ちした底辺配信者の俺、マヨイガに閉じ込められたので美少女座敷わらしと共にダンジョン配信したらバズって大変な事に~

十凪高志

第一章 座敷わらしとマヨイガダンジョン

第1話 不適格者の都落ち、そしてマヨイガ

「えー、というわけでこの俺、菊池修吾の東京ダンジョン突撃配信、今回で最後となります……」


 俺はスマホに語り掛ける。


 反応は無い。


 同時接続者数、2。

 その二人がいてくれる以上、今日も頑張れる気がした。


 あ、1に減った。

 ……。俺は少しの間だけ目を瞑り、それから再び口を開く。


「では、行ってきます!」


 こうして、今日も俺は東京ダンジョンへと潜るのだ。



 この国にダンジョンが発生して十年。

 最初の頃はそれはもう大騒ぎだったらしいが、今ではすっかり日常の一部だ。

 むしろ無い方が違和感があるくらいになっている。

 ダンジョンにはモンスターがいる。

 そしてそれを倒すとドロップアイテムを落とす。

 それが人々にとって新たなビジネスチャンスとなったのだ。


 ダンジョンから溢れたモンスターを討伐する探索者と呼ばれる人たちが現れ、彼らは瞬く間に市民権を得た。

 今では立派な職業の一つとなっているし、彼らのおかげで経済が回っていると言ってもいいだろう。


 探索者は普通の人間たちだが、ダンジョンに潜っている間だけ、身体能力、ステータスの増加や特殊能力……ダンジョンスキルというものを得る。そうして手に入れた能力を駆使して、日々ダンジョンを探索しているのだ。


 そしてインターネットの発達により、そのダンジョン探索の様相を配信する探索者達が増えている。


 かくいう俺もその一人なのだが……。


 正直、才能が無い。


 俺がいくらダンジョンに潜っても、ダンジョンステータスの増加も、ダンジョンスキルの獲得も……ゼロだ。

 全く、一切合切、微塵も変わりはしない。

 いわゆる【ダンジョン不適格者】という奴だ。


 同じクラスにいた、身体能力は下から数えた方が早い……S君としておくが、彼はダンジョンに潜るとその瞬間にオリンピック選手もかくやという身体能力を発揮する。

 おかげで彼は配信者としては人気者だ。探索者としてのスキルだけでなく、そこに普段からの趣味であるオタクとしての技術をふんだんに使い、一躍トップに躍り出た。

 そういった人たちは多く、ダンジョンに入る事で新しい自分になれるとか。

 中にはダンジョンをきっかけに、アイドルとして活躍している人もいるくらいだ。

 そういった華々しい変化も何もない才能ゼロ、スキルゼロの不適格者の俺は地道にやっていくしかないわけだが……


「それでですね、東京では親戚の世話になってたんですけど、その親戚の兄ちゃんが結婚する事になってですね、さすがに新婚夫婦の家に居候ってのはダメだろってことで、故郷の岩手に戻る事になったわけです」


 俺はダンジョンを進みながらスマホに話しかける。


 返答はない。


「だけど、岩手に戻っても俺は……!」


 だけど同接が1の表示がある以上は……

 あ、0になった。


 ……。


「はあ」


 俺はため息をつく。

 やっぱり、東京は俺には合わないんだろうか。

 というか、ダンジョン配信が。

 何をやっても上手くいかない。

 たまにつくコメントも、


『フェイク動画乙wwwww』

『スキルゼロ、ステータスゼロの不適格者が潜れるはずないだろww』

『嘘松すぎるwwwww』

『通報しました』


 そんなのばっかりだったりするし。


「……深層でもうやることないし戻りますね」


 そう言って俺は配信を切った。



 妖怪の町、岩手県遠野。

 民話と伝説、怪異譚が令和の現代になってなお息づく、不思議の町――


 の、はずだった。

 しかし今、不思議は別段不思議でも何でもなくなっている。

 モンスターのわき出るダンジョンが各地に現れたからだ。


 そんなこんなで、今はもはやどこにでもある田舎の町――そんな遠野に、俺は戻って来た。五年ぶりだろうか。


「変わってないな……」


 駅に降り立った俺を迎えたのは、静かな町並み。ちなみに駅前にコンビニは無い。

 人の出入りが少ないので、駅前にコンビニを建てても儲けが出ないと言う世知辛くもリアルな理由だ。日本よ、これが田舎である。

 駅前には観光協会の建物があり、そして池には河童の銅像。電灯の上には座敷わらしの銅像もある。いかにも遠野という感じだ。


 なお、この観光協会は河童ハンターたちの総本山である。

 昔は俺もよく川で河童と遊んだ。あいつら元気かな。


 ちなみに遠野の河童は赤くて、捕獲禁止である。ただしあいつらは、子供が相手だとうわあ捕まったぁー、とおどけながら言って一緒に観光協会までやってくる。そして協会の人は子供にお菓子を、河童にはキュウリをくれるのだ。懐かしいな。今もやってるのだろうか。


 なお緑の河童は多くは遠野では外来種扱いで捕獲・駆除対象だ。

 知能のある奴は遠野の赤い河童との協定というか縄張りを守ってやってこないけど、知能低い奴らは平然とやってきて、作物を荒したり家畜や子供を襲ったりするからな。まさに害獣だ。ダンジョンに出るモンスターと変わらない。

 閑話休題。


 俺は実家へと向かう。

 遠野駅から出ているバスに乗り、大草里方面へ。六角牛山へと登るルートの一つ手前にある停留所で降りる。そこから歩く事十分程で到着するのが、俺の実家だ。


 そう、十分ほどでつく。


 つくんだよ、十分ほどで。


 ……。

 …………。


 あれ?


「……迷った」


 いつの間にか、山の中にいた。おかしい。実家までは一本道だったはずだ。それなのに、どうしてこうなった!?

 俺は混乱しながらも、とにかく道を探そうと歩き出す。


「あ、そうだどうせなら……」


 俺はスマホのカメラを動かす。


 どうせ遭難したんだ、遭難シーンを配信するのが配信者のサガって奴だろう。


 俺は自撮り棒を伸ばして、スマホを高い位置にセットする。

 これでよしっと……。


「はい、菊池修吾です。現在、故郷の遠野に戻ってきたら……なんと遭難してしまいましたー」


 俺はそう言いながら、森の中を進む。

 同接は無い。いいんだよわかってるよ零細配信者だって。


「GPS機能してないんですよね、遠野ってここまでやべー田舎だったっけ? まあなんだかんだで地元だし大丈夫でしょうけど」


 俺は独り言を言いながらさらに森の奥へ。


 そしてしばらく歩いていると、一軒の家を見つけた。

 民家だ。

 やった! 人がいるぞ!!  俺は喜び勇んでその家へと向かった。


 家の前に立つ。さすが遠野というべきか、かなり大きな古民家であった。大きな門がある。


「すいませ~ん、誰かいますか?」


 返事は無い。


 だが……。


 ギギイ……音を立てて、その門が開いたのだ。


「おぉ、自動ドアだ! ハイカラですね」


 俺は感動しながら、開かれた門の先へと足を踏み入れた。


 そこは広い屋敷だった。

 人の気配は無い。

 ただ、庭が綺麗に手入れされていた。


「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」


 俺は声を上げながら玄関まで歩いていく。

 すると、がちゃりと音がして、ガラリとその玄関の扉が開かれた。


 しかし人はいない。勝手に開いたようにも見えるが……


「また自動ドア……じゃないですよね流石に。さっき鍵が開く音がしましたし。

 遠隔操作でしょうね、ハイカラです。

 えーと、ということは入っていいわけですね? 入らせていただきまーす」


 そんな事を呟きながら中に入る。

 中は広くて立派な日本家屋だ。

 廊下が奥の方に見える。そしてその先には中庭のようなスペースが見える。


「あの……こんにちわ。すみませーん、誰かいませんかー」


 俺は再度、声を上げる。


 しかしやはり誰も出てこない。

 これは……不法侵入になるのか?

 そう思ったら、廊下のふすまがすっと開いた。


「これは……入っておいでってことでしょうか」


 俺はその部屋へと入る。

 そして……


「久々の客人じゃの。ようこそ、マヨイガへ」


 そこには着物姿の少女が座っていた。


「あ、えっと……お邪魔してます。戸が開いたので、入っていいものと思ったのですが」

「かまわぬ。というより、出られぬと言った方が正しいがな、そなたも、わらわも」

「それはどういう……」


 俺の言葉に、少女はすっと……と優雅な仕草で立ち上がる。


「よかろう、説明しよう」


 そして少女は。



「ふぎゃっ!」


 盛大に――すっ転んだ。


 ……。


「いたたた……あ、足がしびれて……ボク正座なれてないから……」


 少女は涙目になっていう。

 ボク……?

 さっきの一人称わらわは何処へいったのだろう。 見た目は十歳くらいだろうか。

 腰のあたりまで伸びた艶やかな黒髪と、同じく黒い瞳。白い肌はまるで人形のように整っている。

 美少女と言って差し支えないだろう。

 そんな人形のような美少女は涙目で足を痺れさせ、転んでぶつけた鼻をさすっていた。


 どうすんだこれ。


 数分後。


「見苦しいところを見せたのう。わらわは千百合。座敷わらしの千百合じゃ」

「さっきボクって言ってましたよね」

「幻覚じゃ」

「動画に撮ってますけど」

「……む?」


 俺は動画を予備スマホに移し、そして見せた。


「……ああああああ! 何よこれえええ!? ちょっ、消して消して!」

「今も撮ってますけど」

「え、そうなの!? ビデオカメラどこ!? えっ今のこんなに小さいの!? てかちょっとやめてよ!」


 口調が完全に違う。こっちが素なのだろう。


「もう! わかったよ! ……はあ、せっかくかっこよく座敷わらしっぽく老獪で妖艶な雰囲気で決めようとしたのになあ……。

 それで……キミ名前は?」

「菊池修吾だ」


 なんか敬語使う雰囲気ではなくなった。


 菊池。遠野で佐々木と二分する、もっとも多い苗字だ。遠野では石を投げれば菊池か佐々木に当たると言われている。


「そうか、シュウゴか。よろしくね。

 あらためて、ここはマヨイガと呼ばれる家だよ。マヨイガの話は知ってる?」

「そりゃ、俺も遠野生まれでガキの頃は遠野で育ったし知ってるよ。

 えー、マヨイガというのは遠野物語の六十三話、六十四話で紹介される昔話です。

 山の中で道に迷った嫁が、大きな屋敷を見つける。そこには誰もいないけど確かに今しがたまで誰かが住んでいたような気配があり、嫁は恐ろしくなって出ていきます。後日、川からお鉢が嫁の所に流れて来て、それを使って米を掬うと米は全く減らず、やがてその家は金持ちになったという話です」

「誰に話してるの」


 もちろん配信を見ている視聴者にだ。同接0だけど。


「また、その話を聞いてその場所に行った村人たちでしたが、その場所には何もなかった。

 マヨイガは家そのものがいろんな場所に移動する怪異とも、隠れ里、浄土であるとも言われていますね」

「流石遠野の人だね、うん、だいたいあってるよ」


 座敷わらしからお墨付きをいただいた。


「で、そのマヨイガがこの家だと」

「そうだよ。ここにあってここには無い家。家そのものが怪異であり、人を惑わしもてなす家。

 まあ、普通ならすぐに外に出られるんだけど……」

「その言い方だと……ちょっと待って、もしかして出られないの?」

「うん」

「なんで? 遠野物語にもそのほかのいい伝えにも、出られないって話はなかったけど」

「それは……ここ十年の間にこの国、いやこの世界で起きた異変のせいだよ」

「それって……」


 十年前といえば……ダンジョンか。


「うん。突如、異界と繋がった迷宮が現れるようになった。

 そのせいで、遠野のいくつかもそうやった異界の迷宮になった。

 元からあった、遠野の不思議が……迷宮に侵食されたんだ。

 だからマヨイガは、迷い込んだ人を逃がさず飲み込む……迷宮になった」

「ダンジョンになった、ってことか……」


 なんてことだ。


 東京でダンジョン配信やってきたけど全く駄目だった底辺配信者の俺が、故郷に戻ってもなお……ダンジョンに迷い込んでしまうなんて。

 しかも……攻略するまで出られないタイプのダンジョン?

 それって東京じゃ見つかり次第立ち入り禁止の危険ダンジョンじゃないか。


 どうなってしまうんだ、俺は……。

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