第66話 幽世飛行士

「ダンジョン……だって!?」


 このSL銀河が、ダンジョンと化している。


 にわかには信じがたい。

 確かに建造物がダンジョンと化した話は聞くが……しかし機関車だぞ?

 乗り物だ。そんなものがダンジョン化するなんて……


 いやしかし、実際に西園さんたちはスキルを使えている。

 不文律として、ダンジョンスキルが使えるのはダンジョンだけだ。


 つまり、やはりここはダンジョンと化しているということか。


「まあ、不思議な事ってあるもんだしな、今更か」


 現実は素直に受け入れる事にした。


「理解早いなオイ!」

「いやだって、実際そうなんだしそうでしょ優斗さん」

「まあそりゃそうだけどよ……初めて見たぜ、こんなダンジョン」

「これが銀河鉄道の夜になぞらえて生まれたダンジョンとするなら、出てくるモンスターは死霊系、ということでしょうか」


 西園さんは冷静に分析を始めた。流石クールだ。


「あと動物?」

「それは映画版だけですね」


 藤見沢の言葉を西園さんが訂正する。映画版銀河鉄道の夜が有名すぎて、銀河鉄道の夜は原作から動物たちの物語だと思っている人も多いらしい。


「それはわかってるけどー。映画版の可愛くない?」

「それは否定できませんが……と、何かいます」


 西園さんが銃を、優斗さんがどこから取り出したのか剣を構える。


 すると……。


「その物騒なものをしまってくれないか。私は、あなた達と事を構えるつもりはない」


 席の影から、そんな声が聞こえてきた。


「何者だ?」


 俺はそう聞く。すると、その声の主は姿を現した。


「……あんたは……」


 その人物は、妙な姿をしていた。


 カラスのような仮面。確か、ペストマスク……といったものだったか。その仮面に、マントをすっぽりと被っている。


「重ねて言うが、私は君たちと敵対するつもりはない。


 私は……そうだな、この場所にちなんでカムパネルラとでも名乗っておきましょう。幽世飛行士カクリヨノーツ……もっとも、遠野人にとっては……飛頭蛮、あるいは抜け首と言った方がわかりやすいでしょうか」


 彼はそう言った。


「幽世飛行士……?」

「飛頭蛮……?」

「抜け……首?」


 藤見沢たちがその言葉を反芻する。


 それは……


「飛頭蛮とか抜け首って、妖怪だっけ」

「いや……ちょっと違うかな」


 優斗さんの言葉に、俺は言う。そして千百合が説明した。


「飛頭蛮、抜け首は、ろくろ首とも言うんだよ。

 ろくろ首というと妖怪と思うだろうけど、それらは元々、幽体離脱……離魂病ともいう、魂が肉体から抜け出て、人に目撃された事に起因するんだよ」


 離脱しても基本は人には見えない。しかし霊感のある人間や波長の合う人間に見られる、あるいは離脱した者のパワーが強い場合は、それが見えてしまう事もある。

 その姿は首だけが浮遊する、あるいは首が伸びているように見えたと言う。それがろくろ首の起源である、と言われている。


 ちなみにそういった逸話から、妖怪としてのろくろ首も生まれたと言う。


 となると彼も……。


 その時、窓から風が吹き込み、カムパネルラのマントが大きくたなびいた。


「……!」


 その下は……何もなかった。


 つまり、ただ頭だけが浮遊しているということか。


「ということは、あなたは……生きている人間?」

「ええ。私は幽体離脱し、その魂が夢の世界を渡り旅しています。実際、離脱していると頭と手だけ、というのが一番いいんですよね」

「VRゲームでもそういうの多いもんな、がっつり見せるアバターじゃない簡素なヤツって」


 優斗さんが言う。そういうものなのか。


「あんたが敵じゃない、ってことはとりあえずわかったよ。それで、その飛頭蛮のカムパネルラさんがなんだってこんな所に?」


 俺は尋ねる。すると彼は答えた。


「それはですね……まずこの場所の説明からするべきでしょう」


 カムパネルラは語る。


「みなさんは銀河鉄道の夜、を知っていますね?

 ここは、あの物語に……あの物語を読んだ人々の想念が影響し、生まれたもの。

 あの物語にあるように、あの世とこの世を結ぶ、魂を運ぶ列車なのです。

 正しくは、現世と幽世と常世の三世界を渡る道……と言った方が正しいでしょうが」

「じゃあ……さっきいたのは」

「この列車で、あの世に渡る死者の魂ですね。私は生者の魂ですが。時々いるんですよ、銀河鉄道の夜のジョバンニのように、夢という形でこの列車に乗り、現世と幽世を旅する者が」

「かくりよ……?」

「それはですね、夕菜さん。簡単に言えば人の心、夢の世界です。集合無意識とも言う。現世と常世……死者の世界は直接重なってはいませんが、幽世とは重なっている。なので、夢を通じて、生者は死者と出会う事も時々あるのです。夢枕に死者が現れる……といったことですね」


 カムパネルラはそう言った。


「この列車は毎晩そうやって死者の魂を、時々は生きている人の魂を乗せて走っていました。

 しかし、肉体を持つ生きた人間が乗っているのは初めて見ましたよ。

 そもそも、この列車そのものが幽世の存在であり、たとえ見ることが出来たとしても、触れることも乗る事も、肉体を持つ生者には出来ないんですよ」

「おいおい、じゃあなんで俺たちは乗れてんだよ?」


 優斗さんが言う。確かにその通りだ。それにこの機関車は……幽世の銀河鉄道、というだけじゃない。

 同時に、確かな……実在する蒸気機関車なんだ。

 その疑問に、カムパネルラは答えた。


「ダンジョンと化した、盛岡駅のSL銀河。それが幽世の銀河鉄道とひとつになり動き出した……というのが、今起きていることです」


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