第22話 失踪

 その日、俺は学校の帰りにカッパ淵によった。

 週末のタガメと水面ちゃんの配信出演の依頼のためだ。


「おーい」


 俺は声をかける。


「……」


 しかし返事はない。


「いないのか?」


 俺はもう一度呼びかける。


「おーい、タガメー」


 ……。


 やはり反応なし。おかしいな。

 こうなったら……。

 俺は立てかけてある釣り竿に、持って来たキュウリを結び付け、たらす。

 これで釣れるだろう。


 ……。

 ……。

 …………。


 釣れない。留守か。

 仕方ない。とりあえず伝承苑に向かうか。



 俺は伝承苑に着く。

 ここは夕方五時までの営業なので、もうすぐ閉園だが……。


「こんにちは」


 俺は門をくぐる。そして門のそばの売店に入る。

 すると……。


「いらっしゃ……あ、あえええええ!?」


 素っ頓狂な声が俺の耳に届く。


「き、キチクさんっ!」

「……だから公衆の面前でその呼び方やめて、水面ちゃん」


 他にお客さんいなかったからいいけど。いたら俺なんて思われるかたまったもんじゃない。


「あ、ごめんなさい。

 えっと、今日はどうしたんですか」

「いや、ちょっとね」


 改めて水面ちゃんを見る。中学生の制服だった。


 ツナギ姿もよかったが、これもなかなか可愛い。いかんいかん、俺はロリコンではないぞ。


「今日はね、タガメに用があって来たんだけど、今日はいない?」

「タガメくんですか……?」

「うん。ほら、例のカッパ淵の件で」

「……」


 水面ちゃんは黙る。どうしたんだろう。


「その、それが……姿を見せなくなったんです」

「なんだって……?」


 俺は驚く。どういうことだ。


「タガメさん、いつもならキュウリとか、……な本を持っていくと出てくるんですけど……」


 途中ぼそぼそと口ごもるが確かに聞こえた。

 えっちな本、か。あのエロガッパめ。相変わらずだな。

ともかく……何かあったんだろうか……。


「ううむ……。困ったなぁ」

「ごめんなさい……。私が、ちゃんと注意しなかったせいで……。こんなことになるとは思っていませんでした」


 しょんぼりとする水面ちゃん。ああ、いやいや責めてるわけじゃないんだよ。

「いやいや、君が悪いわけじゃないよ。悪いのはあのエロガッパだ。出かけるなら出かけるってちゃんと言えばいいのに」


 ホウレンソウが大事だってのは俺みたいな学生でも知ってる事だ。

 そう、大切なんだ。

 あいつが言ってたんだよ、確か。


『いいか、修坊。ホウレンソウってのは大切だ』

『栄養満点だから?』

『おうお約束のボケさんきゅな。ホウレンソウってのは、報告、連絡、相談だ。コイツはな、大切なんだぜ?』


 昔の、俺とあいつの会話だ。いつの頃だったか……。とにかく、俺はともかく、仕事相手である水面ちゃん、カッパおじさんにホウレンソウもなくいなくなるとは思えない。


 あいつらしくない。


 一体……何があった?




 夜。俺は自分の部屋で考え込む。


「……さて、どうしたものかな」


 俺はベッドの上で考える。

 タガメは何処へ行ったのか。

 配信の時のコメントを思い出す。


『そういや聞いた事ある、河童を捕まえてカッパ巻作らせてる寿司屋の話』


 その時は単なる陰謀論だと、俺も他のリスナーたちも一笑に付したが……。


「まさか、本当に密猟者が?」


 あり得ない話では……ない。

 昔から、食用に適した妖怪は狙われるし、観賞用や性的な目的で狩られる妖怪もいた。

 しかし、河童は……確かに食用に向いているが、そこらに繁殖している知性の無い連中で充分だろう。狩っても怒られないし、河童駆除の報奨金は狩った河童の首や皿を証拠として渡せばもらえるものであり、河童肉は望むなら自由に使っていいのだ。

 わざわざ、赤い河童たちをわざと狙う理由がわからない。


 いや……。


「俺だから、わからない……のか?」


 俺は遠野の民だ。


 民話と伝説の町、遠野。昔から妖怪がいる。

 遠野の民は普通に妖怪を狩るし、妖怪と友でもあり、妖怪と共存共栄している。

 そんな距離感だから解らないのか?

 現にリスナーたちから、お前はおかしい、お前らはおかしいと何度も言われている。

 あいつらの悪ノリもあるんだろうけど……それでも、俺たち遠野の民と、都会の人間の感覚が違うのは確かなんだ。


 もし密猟者がいて、それが外の人間だったら。

 遠野の河童を狙う理由、動機があるんだろう。

 そしてそれは俺や水面ちゃん、千百合にはわからない。


 だったら……手詰まりだ。


 いや、本当にそうか?


 俺には心強い味方がいるのだ。


 ネットの向こうに、全国に。


 他人の事を異常だとか化け物といいキチク呼ばわりし、千百合たちが画面に出ると熱狂し、水面ちゃんが出るとおっぱい連呼してやかましい、頼りになる仲間たちが!


「……」


 頼りに…………なるのか、あいつらで?


 不安だな……。


 俺はSNSを開く。

 今の俺はフォロワー数も十万越えだ。


 俺はつぶやきを書きこむ。


『カッパを捕まえるとしたら、理由は何がある?』


 するとすぐに返信が来た。


『カッパは食える』

『カッパは食える』

『カッパは食える』

『カッパは食える』

『カッパは食える』

『カッパは抱ける』

『カッパは食える』

『カッパは食える』


 ……お前らさん?


 いや、かつて俺が河童の干物の話したから悪いのかもしれないけど、俺は真面目に聞いてるんだが。


 あと特殊性癖が一人交じってやがる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る