第20話 鮎の香り

 伝承苑。


 カッパ淵からほど近くにある施設であり、遠野によくある「曲がり家」という建築様式の古民家がいくつもあり、そこに古い生活様式、文化を展示している。

 カッパ淵に来る観光客がよく足を運ぶところであり、観光協会の支部も併設されてある。


 俺たちは場所を移動してここに来た。この売店には食堂もある。

 普通の定食からひっつみ、けいらん、やき餅といった遠野名物のお菓子まで色々売っている。


 また、より一般向けに、カッパ焼きというお菓子もある。


 といっても河童を捕まえて焼いてお菓子にしたわけではない。

 たい焼きのデザインがカッパになったようなものだ。そう言うと、確かに一般受けしやすいだろう。

 中身も普通のあんこから、子供や女子向けにカスタードクリームまである。


「あ、これ……おいしい、ふへへ」

「日狭女ちゃんはカスタードクリーム派? ボクはあんこだねやっぱり」

「うーん、オレがいるのにオレの顔かたどった食べ物目の前で食われてるとアレだな」

「複雑か」

「いや、女の子に食べられてると思うと興奮してきた」

「う、うわぁ、エロガッパだ……」

「タガメさんいつもこんなんですし」

「いや、んなことねーぞ」


 俺たちは和気あいあいと食事を取る。

 なおその光景も配信している。

 遠野の美味いものは皆に教えたいからな。


「しかし、キチクさんが遠野を、カッパ淵を宣伝してくれるのは嬉しいんですけど……」


 水面ちゃんが言う。


「最近、皆さんがどんどんいなくなってるんですよね……」

「みなさん、とは?」

「河童さんたちです。ぼがガッパは増えてるんだども……」


 ぼが、とは馬鹿という意味だ。つまり知性の低い外来の河童のことだろう。


「なので、それで人が来てくれても、皆さんに楽しんでもらえるか……」


 落ち込む水面ちゃん。


 彼女も大変なのだろう。聞いた話、三代目の引退に従って四代目を襲名することになったが、まだ中学生である。

 カッパおじさんというのは河童ハンターの中でもかなり責任のある仕事、立場なのだ。


「外来の河童って、すごく凶暴で……さっきみたいに、カッパ淵にもたまにやって来て……私たちも危ないんです」

「そうなのか」

「はい……プロの河童ハンターも年々減ってるし……このままだと、遠野はカッパ淵がなくなっちゃうかもって」

「それは困るな……なんとかならないのか?」


 俺は尋ねる。するとタガメが答えた。


「なぁに。いなくなった連中も死んだワケじゃねぇ、死体上がってないしな。遊びに行ってるだけだろ、ひょっこり帰ってくるさ、そのうちな。

 それよりお前らだ、お前らは今のうちにもっと遠野に来い。そしてもっと遊べ。河童だって遠野にたくさんいるし、別に絶滅しねえだろ。

 観光は大事だぜ。お前らみたいな都会から来た人間にとっちゃ、遠野は自然いっぱいで面白いだろ? それに……カッパ淵がなくなったら、もう二度とカッパおじさんの巨乳は見られないんだぜ」


 タガメはカメラの向こうのリスナーたちに言った。

 いい事言ってるようだがセクハラだぞ。


『確かに』

『カッパおじさんのおっぱい』

『おっぱい』

『流石エロガッパwwwwいい事言うwww』

『ふぅ』

『カッパおじさんのおっぱいは正義』

『おっぱい』

『乳』


 コメント欄はカッパおじさんの胸元ばかりがトレンドになっていた。


「いやお前ら、カッパおじさんは普通の女の子だからやめろよ? それセクハラだからな!」


 俺は注意する。流石に悪ノリが過ぎるからな。


「だっ、大丈夫ですキチク様! その、みなさんのノリは知ってるし……わ、私も何回か、その……悪ノリしたコメントしましたし……」

「まじか。なんて?」

「そっ、それは秘密だど!」

「ちなみにボクは運よくそのコメントがどれか当てられる」

「なっ!? 座敷わらしの職権乱用!?」

「ふふふ、バラされたくなければけいらんのおかわり持ってきて」

「は、はいい~っ」水面ちゃんは売店の方へと走って行った。

「さて、しかしどうするかだな」


 俺は考える。

 水面ちゃんが言うように、河童たちがいなくなっている。

 このままではカッパ淵はなくなるかもしれない。


『どうすんだ?』

『カッパ淵なくしたら遠野人は泣く』

『そうだよな』

『配信で知ったけどいい場所だもんな』

『俺もカッパ釣って見たい、ナスで』

『なんでナスビ』

『カッパ釣りのエサ』

『いやキュウリだろ』

『キュウリ以外も何を食べるんだろう』


「あー、それな」


 タガメが配信画面を見て言う。


「オレらは雑食でな、魚やトカゲや亀、イタチやらの獣、野菜までなんでも食うぞ。

 まあ一番好きな魚は鮎だなァ。

 んで、オレらがキュウリ好きなのは、似てるんだよ風味が」


『あー』

『鮎はキュウリの香りするっていうからな』

『スイカにも似てる』

『鮎食ったことない』

『美味いぞ』

『鮎といえば煮干しラーメン』

『わかる』


 コメント欄が鮎談義で盛り上がる。

 カッパ淵についての話だったけど……まあ脱線はよくあることだしな。

 問題ない。


 ブレインストーミングだっけ、関係ない話題、雑談からいいアイデアが出るって言う奴。


『鮎ははらわたまで食える』

『やっぱ塩焼き』

『BBQで串刺しにして焼くと最高』

『囲炉裏でもいいぞ……』

『そういや刺身ってどうなん』

『川魚だからな』

『川魚は危険』

『完全養殖で寄生虫のいない川魚なら生で食えるし美味いぞ、刺身』

『鮎には横川吸虫って寄生虫がいる。症状は下痢だな』

『シラウオにもいる奴だっけ』

『少数感染では深刻な症状を起こすことが稀で、成虫の寿命も短いから特に真剣に感染予防の措置がとられていないのが現状』

『自己責任って奴か』


 鮎の刺身か……食べた事ないな。


『新鮮なアユの香りはお父さんの加齢臭と同じ成分だそうだ』

『?』

『えっ』

『ん??』

『は???』


 一瞬でコメント欄が騒然となった。


 いや、え、ん?


『以前までは、鮎の香りはエサとなる藻が要因と考えられてた。

 しかし今日の研究結果では、鮎の不飽和脂肪酸が香りのもとになってるとされてる。

 トランスー2-ノネナールという物質がそれで、不飽和アルデヒドの一種であり、油臭くて青臭いニオイを有する。熟成したビールとソバの重要な芳香成分で』


「……」

「……」

「……」


 周囲が沈黙に包まれる。


 タガメは頭を抱えている。そりゃそうだよ自分の好物がオッサンの加齢臭だなんて。


 俺も知りたくなかった。


「どうしてくれんだよ! オレもうキュウリも鮎も食えねぇじゃねーーーーーか!!!」


 タガメの悲痛な叫びが響いた。


 いやほんとどうすんだよこの空気。

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