第32話 やっていい事と悪い事

「ぐっ……」


 壁に叩きつけられ、磔のように埋まる俺。


「グオオオオオッ!」


 水虎神はそれを逃さず、拳を叩きつけてくる。


「がああっ!」


 直撃。流石にダメージが入る。そのまま水虎神は、俺の体を岸壁に埋め込む。


「ぐうっ!」


 さらに、蹴り。


「がはっ!」


 水虎神の猛攻は止まらない。奴はひたすら俺を殴りつける。俺はそれを、ひたすら受け続けるしかない。

 そして――俺の口から血が噴き出た。内臓をやられたか?


『キチク!』

『おい、大丈夫か!?』

『やべえよ……』

『いやなんで?』

『本気で化け物かよあの巨大河童』

『ちょっと洒落になってない』

『はいはい、そこから巻き返して勝つんでしょ…知っとる知っとる(鼻ほじ』

『警察はよ突入してこのままだとキチク死ぬぞ』


 リスナーのコメントも騒然としている。しかし、水虎神は攻撃をやめない。


「……っ」


 そして、動かなくなった俺を掴み、ニヤリと笑う。


「グオオ!」


 水虎神が、勝利の雄たけびを上げる。

 ……クソ。懐に入り込めれば勝機はあるんだが、この状況じゃあ……。


 だが、その時。


 ごっ。


 水虎神に石が投げつけられた。


「……ギ?」


 水虎神が、石の飛んできた方向を見る。

 そこには、タガメと水面ちゃんがいた。


 だめだ、逃げろ。

 しかし、水面ちゃんは言う。震えながら。


「き、キチクさんは、殺させません! おらに何が出来るかわからないけど……」

「オレらだって、遠野モンだ!」


 タガメも叫び、石を投げる。

 そして……水面ちゃんが両手を前に突き出し、集中する。


「今だ、四代目ッッ!!」

「はいっ!」


 そして。


 水面ちゃんの掌が光り、力が迸った。

 あれは――!


「ギっ……!」


 一瞬、水虎神が怯む。

 モンスターテイミングのスキルを使ったか。

 だが……それを見たおっさんが叫んだ。


「……はっ、ははは! お前もテイマーだったか、だぁが!

 十人がかりで支配した水虎神を、小娘一人のスキルで支配権が上書きできるはずがなかろうなのだよぉーっ!!」


 おっさんが勝ち誇る。

 そう、単純な計算だ。十対一の支配権の綱引き。勝てるわけがない。


 だけど。


 別の考え方をしたらどうだろうか。

 十人がかりでやっと支配出来ているボスモンスター。そこに一人分の力が別方向に加われば、ギリギリの均衡は崩れる。


「ギッ……!」


 その一瞬。


 水虎神の手の力が緩んだ。


 ――チャンスだ!


 俺は水虎神の下に降りる。

 そして。

 水虎神の顎に向かって跳んだ。


「でりゃああああっ!!」


 顎に拳を叩き込む。


「ふん、その程度で――」


 おっさんが笑う。そう、確かにこの巨大な水虎神を打撃で倒すことは容易には出来ないだろう。


 だが。


 左拳をまず一発、そして右拳と連続で叩きこむ。


 次の瞬間――


「ギィアアアアアッ!?」


 防御結界陣はそのままに、水虎神の皿が――砕けた。


「な、何ぃいいいいっ!?」


 おっさんが叫ぶ。


「な、なんだとぉ、何をした貴様!」

「何って……簡単だよ。

 タイミングをずらして二回殴る。

 すると当然衝撃がずれて伝わるだろう。そのタイミングを調整することで、対象の内部、意図したところに衝撃をぶつけさせ、爆発させる。

 外から皿を破壊出来ないなら、中から破壊したらいいだけの話だ。

 これは近所のじっちゃんの太極拳の教えだ、えーと……なんだっけ、浸透勁? 爆砕勁だっけ?

 ちなみにじっちゃんは片手だけで出来た」


 じっちゃんに比べるとまだまだ修行不足だよな、俺。


『は?』

『は?』

『は?』

『は?』

『んん?』

『ちょっと待って』

『理解が追い付かない』

『やばい、キチクのじっちゃん何者?』

『あかん、これはあかん』

『なんだその技!?』

『なんでできるんだよ』

『物理法則ってシッテマスカ』

『遠野ってやっぱりヤバかった』

『は、ははは……もうついていけねえ』

『どうせ物理法則無視してるんでしょ』

『しってる』

『まじで頭おかしいぞこいつ』


「グォオオオオオオオオオオッ!!!!」


 しかし流石は水神の名を冠する河童。皿が破壊されても一撃で絶命とはいかないようだ。

 だが、わかる。生命力が激減している。


 今なら――


「だりゃあああっ!!」


 そして俺は、全力で水虎神を蹴り飛ばした。


「何ぃいいいいいいっ!?」


 おっさんが絶叫する。

 水虎神は岩壁を砕きながら、彼方へと吹き飛んでいく。

 そして、何かが砕けるような音が響いた。


「やったか!?」


 タガメが叫ぶ。


「タガメさん、そのセリフ駄目です!」


 水面ちゃんが叫ぶ。

 だが、水虎神の気配は消えたままだ。


「な……ば、馬鹿な……ボスモンスターだぞ! 水神と呼ばれた大魔獣だぞ! それがたった一人のガキに――」

「一人じゃない」


 俺は言う。


「見てなかったのか、仲間と力を合わせて、だ」


『キチクがまともなこと言ってる……』

『信じてたぞキチク』

『こいつキチクやない、菊池や』

『まあほぼソロなのは合ってる』

『やっぱキチクすげえ』

『同接十万行ったぞ』

『これで終わったか』

『終わったな』


 その時。

 このダンジョンが、振動を始めた。


「なっ――?」

「ま、まさか……あっちは……!」


 おっさんが狼狽え、走る。


「……いやな予感がするよ、行こうシュウゴ!」


 千百合が言う。

 俺たちも走った。

 そこには――


「な……っ」


 水虎神の死骸がそこにあった。

 そして、それは……巨大な水晶を砕いて下敷きにしていた。

 あれは……。


「か、要石……だな」


 日狭女が言う。

 たしかにあれは……マヨイガダンジョンの深層、黄泉平坂にもあった、ダンジョンコアに似ている。


 ……ん?


「こ、壊れてる……!」


 そう、見事にダンジョンコアがぶっ壊れていた。

 さっきの音はこれか。


「……」


 俺は言う。

 最高の、とびっきりの笑顔で。


「子供のしたことですし、そんなに目くじら立てないでくださいよ」

「やっていい事と悪い事があるだろうがクソガキがあああああああああああああああ!!!!!!!!」


 おっさんは絶叫した。


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