第二章 赤い河童と蛙禍洞ダンジョン

第17話 遠野といえばそう、ジンギスカン

 遠野市立鏡石高校。

 それが俺の通う高校である。


 俺は今日からこの学校に通うのだ。


「えー、転校生の菊池くんです。喜んで下さいね、このクラス四人目の菊池君です。

 菊池佐々木戦争、三対四でしたが彼の参戦で同数引き分けになりました」


 実につまらない遠野あるあるだ。遠野では菊池と佐々木の姓がとても多いのである。

 そのあるあるネタで生徒たちは笑う。場は温まったという感じなのだろう。

 俺は自己紹介する。


「えっと、菊池修吾です。今まで東京にいましたけど、出身は遠野で五年ぶりに戻って来たかかんじなんで、余所者と思わず暖かく迎えていただけたら幸いです」


 拍手が鳴る。

 うん、いいかんじだ。初めが肝心だからね。


 その時、クラスの誰かが言った。


「……ん? あれキチク?」

「いや菊池だって」

「じゃなくてさ、例の座敷わらしテイマーのダンマスキチク」

「えええーーーーーーーーっ!?」


 そして、教室が一気に沸き立った。


「まじかよ」

「キチクだ」

「マスターキチクじゃん」

「本物だ」

「すげー」

「キチクだーーーーーー!!!」


 一気に騒然となる。


「いやちょっと待ってくれ、なんでみんな知ってるん……」

「無茶苦茶バズっててチャンネル登録30万だぞ!?」

「SNSも超話題になってたよ」

「動画投稿サイトの急上昇ランキングも一位だし」

「今更なにいってんの」

「ニュースにもなってたし」


 どうやら俺が思っていた以上に凄いことになってたらしい。いや凄いことになってたのはわかってたけど、あくまでネットはネットなのだと……。

 現実は想像を超えてくるものなのか? ともかくこうなったら仕方がない。開き直っていこうじゃないか!


「ええ皆さんよろしくお願いします」


 ……こうして俺の新たな学園生活が始まるわけだが……


「ねえねえ動画見たよ!」

「チャンネル登録したよ!」

「俺も俺も!」

「あのさ今度コラボしようぜ」

「サインくれ」

「握手してくれ」

「一緒に写真撮ろう」

「えっ、ちょ、まっ、あ、ああああああ」


 俺は群がられた。




 放課後。


「いやあ、疲れた……」


 俺は机に突っ伏していた。

 休み時間ごとに人が押し寄せてきて、握手を求められたり、写真を頼まれたりして大変だったのだ。


「田舎には娯楽少ないからな。今をときめくキチクマスターが転校してきたっつったらそりゃこうなるわ」


 隣の席の男子が笑いながら言ってくる。ていうかキチクマスターてなんだ。


「まあそうなんだけど……でもここまで注目されるなんて思ってなかったからさ」

「見通し甘いな。だから何年もフェイクやらせと思われてたんだろ」

「うっ……」


 正論だ。

 今までもこうやればいいだろう、と思っててもどうにも結果が想定と食い違う事は多かった。

 遠野では妖怪退治とか普通だし、だからダンジョンのモンスターを普通に倒すのも日常配信とはては問題ないだろうとやってたけど、全然伸びなかったしな。


 千百合がゲーム実況やっただけでバズった時は凹んだぜ。


「もっとこう、謙虚に地味に地道に学校生活送りたかったんだけどなあ……」

「配信とかやってて何言ってんだよ」

「いやそりゃあ、ネットとリアルって違うだろ」

「じゃあ顔隠して名前変えて配信しろよ。いるだろ覆面配信者。ヒーローみたいなコスプレしたり、全身鎧で顔隠して探索配信してる連中」

「うっ……」


 言われてみればそうだった。


 あっ顔隠して名前変えるのもアリだな、と思った時はすでに遅しだった。いや人気無かったからその時ならやり直し出来てたんだろうけど。


 判断が遅いというやつだ。


「まあ頑張れや。住めば都ってわけじゃねえがなんとかなるもんだぜ。

 俺の名前は小鳥遊悟だ。よろしく頼むわ。お前と同じクラスで良かったよ。同じクラスにキチクがいるっつうのは安心感が違うからな」

「ああこちらこそよろしく」

「おっし、これから人集めてカラオケ行こうぜ!」

「ええ!?」

「おいおい今日は記念すべき日なんだぜ兄弟!」


 なれなれしい奴だ。


「悪いが、そういう気分じゃなくて……」

「じゃあジンギスカンでも食いに行こうぜ」

「行こう」


 即答した。


 遠野の人間にとってジンギスカンはソウルフードだからだ。

 これを断ったら遠野人じゃない。

 東京で食うジンギスカンは何か違うのだ。鍋の形も違うし味も違う。食べ方も違う。

 他所の食べ方を否定するというわけじゃないけど、やはりジンギスカンは遠野のジンギスカンだと思うのだ。


 ……今度、遠野ジンギスカンについての配信もやってみるか。

 どうもリスナーさんたちに遠野人について誤解されている気がするし。

 そして俺は小鳥遊に連れられ、数名と共にジンギスカンを食べに行った。


 ◇


 東京のジンギスカンは、網や鉄板で羊肉を焼く。


 ジンギスカンとは、ただ羊肉の焼き肉である――そう言う東京の人間も多い。

 しかしそれはただ、知らないだけだ。


 ここではっきりしておかねばならないのは、それが悪であるということではない。

 無知はたしかに罪かもしれけないが、だからといって無知が悪だということにはならない。

 ただ、場所によって食文化が違うだけだ。


 たとえば、チキン南蛮。本場宮崎のものと、東京や他地域に広まったそれは全然違う。中には甘酢ダレを使わず、鳥の唐揚げにタルタルソースをかけてチキン南蛮と称するところもあり、宮崎人を激怒させているという。

 うどんも、讃岐うどんと博多うどんでは全然違うし、西と東でつゆの色、濃さが違うと言うも有名だ。

 食べものが伝わると、その現地の文化風習によってアレンジが加えられ、変わり、広がり、派生が生まれ発展していく。


 だから、悪では無い。悪であってはならない。決して、違うからと否定し罵倒していはけないのだ。


 それをふまえた上で。


「ジンギスカンは! ドーム状の鉄鍋だよ!!」


 そう俺は叫んだ。


「わかる! つか、網や平たい鉄板で焼くとかねーだろ」


 小鳥遊が言う。わかってくれるか。いや遠野の人ならみんなそう言うだろう。

 鍋の頭頂部に脂身を置く。すると脂が流れる。

 そして山肌部分に肉を置いて焼く。そうすると肉汁が流れていく。

 鍋の周囲に置いて焼く野菜が、その肉汁を吸い込み、肉のうまみを一切無駄にせず食べることが出来るのだ。

 肉は柔らかくジューシー。羊肉の臭みなど気にならない。その臭みは風味として昇華されているからだ。


 これがジンギスカンである。


 これこそが……


「これがジンギスカンなんだよおおおおッッ!!」

「わかるッッッ!!さすが遠野人!! 東京に出ても失われてないんだな!!」

「その遠野魂ッッ!!」

「むしろ離れてたが故に理解したね、遠野のソウルフードをッ!!」

「さすがだッ!」


 俺たちは盛り上がった。


 俺がしばらく遠野を離れていた出戻りだとか、バズってしまったにわか有名配信者だとかで生じるだろう、そういったくだらない壁なんか一撃で吹き飛んだ。


 一緒の卓を囲んでメシ食えばそれだけで仲間なのだ。



 ともあれ、こうして俺の新しい生活は波乱と共にスタートするのだった。

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