第84話 第一関門 油坂

 配信が始まった。


 有名美少女配信者、『聖なる歌姫』藤見沢夕菜のダンジョン攻略配信だ。

 しかも今回は色んな有名探索者も参加している、盛大な祭りだ。


 俺? ただのリスナーなので気にしないで欲しい。


 こうやって自宅で彼女の配信を見ているのだ。夕菜ちゃんを始めとしたダンジョン探索者たちの配信が俺の生きる楽しみなのだ。元気をもらえる。


『頑張れ』

『凄いことになって来たな』

『今日がキチクの命日だ……』

『¥10000:さあ盛り上がって来た!』


 コメント欄も盛り上がっている。


 百人を超える探索者達が、これからマヨイガダンジョンを攻めるのだ。入口の扉が開く。そして広がるのは……。


「こ、これは……」


 探索者達が息をのむ。

 ひとことで言えば、そこは巨大な滑り台だった。巨大なつるりとした上り坂である。それが探索者達の前に立ちはだかっていた。


「ここを登れって事か」

「ふん、ちょろそうじゃねえか」

「よし、いくぞ!」


 次々と探索者が登り始める。だがその誰もが、数メートル登るとて滑落し、地面へ叩きつけられた。


「ぐわっ!?」

「ぎゃあっ!!」


 つるり、つるり。そんな感じで滑っていく。


「なんだこれは」

「これは……油だ!」


 そう、この斜面には油が流されていた。

 そして声が響く。


「ふふふ、そう! ここは今日の為に雇った妖怪油すましの持つ油が流されているんだよー!」


 声の主は座敷わらしの千百合ちゃんだ。

 そしてその声に答えるように、坂の上に立つのは、藁蓑を着たすました顔のおじさんだった。


 彼は妖怪だ。


 このダンジョンには妖怪が出る、それが他所のダンジョンと違う所だ。しかもダンジョンマスターのキチクの方針により、他のモンスターのように探索者を殺しに来ることは少ない。そして、探索者達にも基本的に妖怪の殺害を禁止しているとのことだ。例外として、殺しても問題ないタイプの、妖力妖術で操られているタイプの人形や、マヨイガの意志とは別にどうしても湧いて出るモンスターは倒しても良いとのことだ。


 そしてこの油すましは、雇われた妖怪である。油すましを殺意を持って攻撃すれば、このダンジョンから追い出される。


 しかしそうはいっても、上からすまし顔で見下ろしながら油を蒔いてくるはげたおっさん。俺なら殺意が沸くと思う。


「うおおおぉぉっ!! 死ねクソ野郎ッ!!!」


 一人の男が叫びながら、坂の下から油すましに向かって飛びかかった。しかし届かない。つるつると滑り、べしゃりと転倒し、落ちていく。


 今回は初手から中々の難易度だな。


 そんな時、一人の人物が立ち上がった。


 彼は、いや彼女か? 白いタキシードに身を包み仮面をつけた性別不詳の若者。『迷宮怪盗』こと海藤カナタだ。


「ふふふ。油が邪魔なら、油を消してしまえばいいのさ!」

「おお、どうやって?」

「それは……こうするのだよ!」


 怪盗を名乗るほどだ。スキルで華麗に消し去るのか。


「えい」


 ライターを投げた。

 そして当然のように、油に火が付いた。


 ……。

 なにやってんだこの怪盗は!?


「うわぁあああああ!?」

「ひいいいいぃっ!?」

「おま、お前えぇぇっ!!」

「何やってんだああああ!!!」


 坂が一気に炎に包まれる。あ、油すましの蓑にも火がついていた。


「ふふふ。華麗だろう?」

「どこがだよ!」


 探索者たちが一斉に突っ込んだ。


『燃えてるじゃんか!』

『なんで火ぃつけてんの!?』

『ちょっと誰か水ぶっかけて!』

『待って、これ油だから意味なくない?』


 コメントも予想外の展開に盛り上がっていた。


「くそ、どうすれば!」


 このダンジョンは木造建築だ。下手したら大惨事である。


 そんな時――


『デデーン、アウトー』


 そんな声が響き、天井から水が落ちてきて、海藤カナタに降り注いだ。


『危険行為でイエローカード。危険行為三回でレッドカード、退場でーす』


 今回はセーフらしい。セーフなのか。


 そして、燃える坂に消火器が吹きつけられた。しかも消火器は手足が生えていた。

 これが付喪神って奴か。


 しかし、油は無くなつたかもしれないが、代わりに消火器の粉末が大量に

 まき散らされている。さらに昇るの大変になっている気がする。


 そんな時だった。


「我々に任せていただこう!」


 五人組の巨漢だった。


「おおっ、ザ・マッスルズだ!」

「筋肉自慢の探索者パーティー!」

「どうする気だ!?」


 ザ・マッスルズは、全員がムキムキのマッチョマンで構成された探索者達の集まりである。そのパワーは凄まじく、攻守ともに秀でている。


 リーダーの『豪腕戦車マッスルチャリオット』マッスル・マサシが号令を上げる。


「行くぞ野郎ども!」

「おう!」


 そして、マッスル・マサシの肩に、仲間の一人が乗る、肩に足を乗せて立ち、その足をマサシが掴む。その上にさらにまた一人乗った。そうやって五人が合体する。


『これは……』

『何をするつもりだ!?』

『まさかこいつら……』


 コメントがざわめく。


『あれをやるつもりか!』

『知っているのか!?』

『ああ……63のマッスル奥義の一つ、「男肉橋」!!』

『な、なんだとぉっ!!?』


 そう、この技は男の友情と肉体美を体現した、まさに奇跡の連携攻撃なのだ!

 ……らしいです。よくわからないけど。


「うおおおおおっ!!」

「いけええぇっ!!」


 五人のマッチョマンが、そのまま――倒れる。そして一番上のマッチョマンが、坂の上に手をかけた!


「これは……!」

「まさしく……橋だ!」


 橋と言うよりは、怪談もとい階段だろうか。

 2メートル近い男たちが五人連なれば、10メートル近い男体の柱となり、それが坂道を上るための道となる。


 この発想はなかった!


 ……いや、あってたまるかこんな発想。


「さあ、俺達の上を進め!」

「いくのだ探索者達よ!」

「行けええぇっ!!」

「今だ、登れぇっ!!」


 皆が叫ぶ。


「くそ、やってやろうじゃねえか!」

「うおおおおぉぉぉっ!!」


 探索者達が次々と男体に群がっていく。

 百人の探索者が次々と男体をよじのぼり坂を超えていく光景……俺達は何を見せられているのだろうか。


 これ夕菜ちゃんのチャンネルだよね?


『なんかすごいもの見せられてるんだけど』

『なんだろう、この気持ちは』

『女の子映して』

『泣きたくなってきた』

『俺達は何を見させられてんだ』


 コメント欄も困惑しているようだ。

 そして、ついに探索者が全員登りきる。


「さあ、あとはあんたらも!」


 探索者の一人が、ザ・マッスルズに声をかける。


 しかし彼らは……笑った。


「俺たちは……ここまでだ」

「な、なぜ……」

「指が疲れた」

「……!」


 すでに五人分の筋肉達磨の体重を支え、そして百人の探索者達の礎になったのだ。彼らの体力も限界だった。


「征け。そして必ず……このダンジョンを攻略しろぉぉおっ!!」


 そう言って。


 ザ・マッスルズの五人は笑い――落ちて行った。


 奈落の底へと。


「マッスルズぅううううううっ!!」

「うおおおおっ!! お前たちの犠牲は無駄にはしないぜ!!」

「ありがとうマッスル!!」

「マッスルッ!!」

「マッスルゥウウッ!!」


『筋肉ぅううっ!』

『忘れないぞお前たちの雄姿!』

『涙で画面見えない』


 探索者と視聴者が涙を流しながら叫んでいた。

 このダンジョンは何だ。俺は一体何を見せられているのだろう。


 そう思っていると――


「……え?」


 俺の頬にも、熱いものが流れていた。


 これが……涙か。




 マヨイガダンジョン、第一の関門……脱落者、五名。

 残る探索者、九十四名。

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