第7話

 1番説明しづらい相手である両親が、「天才だから」と納得してくれているのだ。これを使わない手はない。スキル毎にいちいち言い訳を考えるのは正直めんどくさいし、いずれ説明がまったくつかないものも出てくるだろう。最終的に”シンクは天才だから”で強引に丸め込めるような立ち位置を目指したい。だいたい、この小さな村で天才と騒がれようが、田舎ものがちょっと出来た程度を大げさに言っている、と思われて終了だろうからな。


「天才かぁ。シンクはアルバとセリアの子だからなぁ……。それにあの夢の話もあるし、そういうこともあるのかな?」


 レンファさんは目を閉じ、顎に手を当てて、うーんと唸りながらそんなことを言った。アルバとセリアは、とーちゃんとかーちゃんの名前だ。夢の話?


「レンファさん、夢の話って何?」


「あぁ、お前が産まれる前のことだ。アルバとセリアには長く子供が出来なくてなぁ。そんな折に変な夢を見たそうだ。なんでも、金髪で赤い目の女が出てきて、”どんな子供でも良いか?”って訊いてきたらしいのさ。」


 おっと、どこかで聞いた話ですね。


「子供がどうしても欲しかった二人は承諾したそうだ。セリアは暢気に”きっと天使様が子供を授けてくださったのよ♪”とか言っていたが、アルバのほうは”あれは悪魔かもしれねぇ”って言ってたんだよ。」


 あら? 雲行きが怪しくなってきたでござる。


「ただまぁ、アルバも夢の中で問いただしたそうだ。お前は悪魔か、ってさ。そしたらそいつは涙目になりながら”そんな邪悪そうに見えるか?”って。その様子がやたら真に迫っていて、欺くための演技とも思えなかったらしいから、そこまで悪いやつじゃないのかもしれない、ってさ。」


 女神も善意でやって悪魔と勘違いされちゃたまらんだろう。どんまい女神! ただ、人間が困っているときに誘惑してくる存在なんぞ、悪魔と相場が決まっているからな。だいたい神様が人助けしたって話、あまり聞かないものね。それに赤い目であの口調だと柄が悪く感じるからなぁ。パブリックイメージってやっぱり大事だなぁ。


「そんな夢が。初めて聞きました。」


 とりあえず、適当に流しておこう。


「アルバも、産まれてきたお前を見たら、天使でも悪魔でも構わなくなったらしいけどな。どっちだろうと俺の子には違いがないってさ」


 不意にレンファさんは、真面目な顔をしてこっちを見て言った。


「こんなこと私が言うことじゃないし、何のことか分からないとは思うが、シンク、聞いておくれ。」


 俺の目をじっと見つめながら続けた。


「産まれてきてくれて、ありがとう。」


「は、はい。どういたしまして?」


 レンファさんの真剣な様子に気圧されながら、返事をした。ここまで真っ直ぐに、産まれたことを感謝されたのは、初めての経験だ。どう答えたら良いかわからず、変な返事をしてしまった。前置きされたが、何でレンファさんが感謝するのだろう? とはいえ、今はちょっと聞けない雰囲気だ。後で誰かに聞いてみよう。


「さっ! 練習に戻るか!」


「はい。あ、レンファさん。一つ質問があるんですけど。”ファイア”ってどれくらいの範囲の魔法ですか?」


「”ファイア”? 火術の”ファイア”か? 範囲ねぇ。ボワッ、て感じくらいかな?」


 そう言って、両手を胸の前に出し、指で炎が燃えているような動きをして、バスケットボールくらいの間隔を開けて見せてくれた。おぉ、そんなものなのか。そりゃそうか。ド初級の魔法だものな。魔法って言葉にビビって無駄に構え過ぎてしまったぜ。


「なるほど。ボワッ、ですね。」


 早速使ってみよう。レンファさんがいるなら何が起きても対応してくれるだろうし、使ったことにもし驚かれたら『天才ですから』で押し切ろう。詠唱して魔法を発動させる。


「”アグン・カモナ・コラ 求めるは火 ファイア”」


 唱えたとたん、体から力が抜けて気を失った。




 目が覚めると見知らぬ天井が……ハッ! これは言わねば!


「知らない天井だ」


 よしよし、言えた言えた。


「うむ、気が付いたか?」


 声を掛けられた方を見るとレンファさんの旦那さん、ギースさんがこちらを見ていた。俺はベッドの上に寝かされており、ギースさんはその横で本を読みながら、俺が目覚めるのを待っていたようだった。


「レンファから魔法を使って倒れたと聞いた。魔法を使えるのか?」


 この人に例の言い訳は通じるのか? まぁでもあれで押し切るしかないか。


「使えます! 天才ですから!」


「ふむ、天才か…… 何も習わずに魔法が使えるものは、少ないが存在する。シンクもその一人だったか。」


 お! 通じた。


「だが、シンクよ。正しい知識が無く、スキルを使うことは危険なことだ。使う前に誰か大人に相談すると良いだろう。火術以外に魔法は使えるかね?」


 ギースさんは、低くて落ち着いた良い声をしている。そんな声で聞かれるとうっかり喋ってしまいそうになるが、さすがにURは黙っていた方がいいよね。


「使えるのは火術だけです。」


 今のところはだけど。


「ふむ……」


 ギースさんは俺をまじまじと見て、考え込んでしまった。ギースさんも夢の話を疑問に思っているのかな?


「その年で理解できるかどうか不安だが、魔法について説明しよう。まず、使うのにMPを消費する。たとえ初級の魔法だったとしても、子供では1日に1回使えれば良い方だ。MPが枯渇すると気を失ってしまう。今回の症状がそれだな。」


 ああ、3歳だから理解できるか不安だったのか。なるほど、倒れたのはMP不足のせいか。思えば今日は”スラッシュ”も1回使っていたし、無理もない。ゲームみたいな単語が出てきたが、それこそ前世で遊んでいたようなゲームでも、初期段階では最初の魔法が1回使えるかどうかぐらいのMPしかないものな。


「MPを増やす方法としては、レベルを上げる方法が一般的だ。3歳ならそろそろレベルを上げるためにスライムを倒すことになるだろう。各家庭のトイレで飼っているあれだ。」


 レベル! ますますゲームみたいだな。いや、スキルがある時点で今更か。魔法もある世界だしな。しかし、トイレのスライムに下水処理以外の意味があったとは驚いた。人糞を肥料にしたりしないのだろうかと疑問だったんだが、それ以上に、スライムでレベルを上げる方がこの世界では重要なのだろう。


「本来なら、スキルは練習することによって得られる。得たスキルを使い続けると、スキルレベルが上がる。スキルレベルが上がれば、それにあわせて新しい技、魔法が使えるようになっていくだろう。初めての時は勿論、使うときは大人に相談するようにな。人に向けては絶対に使わないように。……さて、ここまでは理解できたかな?」


「スキルは使うのにMPを消費する。レベル上昇でMPが増える。スキルを使い続ければ、スキルレベルが上がる。技、魔法を使う前はに大人に確認。人に向かっては使わない、ですね。理解しました、ギースさん。」


 ギースさんは満足そうにうなずいた。理解したかという問いに、ただ分かりましたと答えるより、内容を復唱した方が、相手に理解したことが伝わるものだ。


「3歳にしては本当に賢いな。なるほど、天才だ。うちのヒロにも同じ説明を何度もしているが、理解しているのかしていないのか。はぁ……」


 ヒロは確かに、直感的にものを考えるというか、考える前に動くところがある。つまり、脳筋だ。レンファさんも同じ感じなので親子だなぁって思っていたのだが、落ち着いた話しぶりのギースさんの血は見受けられない。


「ヒロは私に似て魔術の適正が非常に高いのだ。常人より遥かに多いMPを保有している。感覚的な魔力操作も非常にうまい。だが、まったく魔術に興味を示さないのだ。教えてもザルのように抜け落ちていく。魔術師を目指せば間違いなく大成するのだがな。」


 額に手をあて困り果てたような顔で言った。おっと、才能はギースさん譲りなのか。


「ギースさんは魔術師なんですか?」


「まあ、そうだ。何を以って魔術師と言うのかによるが、魔術を得意とする冒険者ではあった。今はその魔術のスキルをこの村の開拓に役立てている。魔獣除けの結界とか、照明のような簡単な魔術道具の作成などだな。」


 少々回りくどい言い方をするが、理論的で分かりやすい話し方をする人だ。ギースさんの会話がかーちゃんと噛み合わないのも理解できる。正確に説明しようとするあまりに情報量が増え、かーちゃんはそこで本筋を見失うのだろう……たぶん。


「ギースさんは冒険者だったんですか?」


 先ほどからやたら名前を連呼しているが、これはコミュニケーション術の一つだ。名前を呼ぶということは、相手を認識しているという合図になる。名前を省略したり、『あなた』などの呼び方をするより親近感を覚えるものだ。これは前世での新入社員時代、コミュニケーションの苦手な俺が、先輩から教えてもらった方法だ。コミュニケーション術でよくボディータッチをしろなどと教えているが、どう考えても悪手である。まず、コミュニケーションをわざわざ学ぼうとする人間なんてものの殆どは、そもそもコミュニケーション力が圧倒的に低いのだ。そんな人間に、ハードルの高いボディータッチをいきなり要求すること自体間違っているし、そもそも、他人に触られるのが嬉しいわけがない。俺は知らない奴にべたべた触られたら鬱陶しいね。コミュニケーションは、回数と質を上げることに意味がある。初級としては、朝会った時に相手の返事の有る無しに関係なく、名前を呼びながら挨拶すればよいのだ。繰り返していれば回数は稼げる。そのうちに少しずつ親しくなるものなのだ。そこから徐々に会話の質を上げていけば良い。サラリーマンの付き合いで、ボディータッチが必要になるほど親しくなる必要性はどこにも無い。先輩は、俺に「次の打ち合わせで10回相手の名前を呼べ」などのノルマを与えて、達成することで期間評価のコミュニケーションの項に高い評価をくれたものだ。良い先輩だった。


 思いっきり話がそれた。ギースさんが冒険者かどうかの話だ。


「うむ? 聞いてないのか? お前の両親とレンファと私。そしてもう1人レンジャーの男。名前をベンノというのだが、その5人でパーティを組んで冒険していたのだよ。」


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