第109話

■前書き

開けましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 最初のお茶会は何とか終わった。

 ジーク様との関係についても問題は一切ない。むしろ、どこの馬の骨とも分からん俺に、良くしてくれる人だと思う。晩餐会ではわざわざ振りなんてしなくても、良好な関係を周囲に見せることができるだろう。

 それはそれとして、対外的にも交流はそれなりに回数をこなす必要がある。

 ……そして、今日はその第3回目だ。


「それでは第3回、仮題『姫騎士と聖者の恋』の打ち合わせを始めると致しましょう。」


 王女様がそう切り出した。

『聖者』とは誰のことかって? 俺の事らしいよ?


「シャル……、これは一応、私とシンクの交流を目的とした茶会なのだが……。」


 遠慮がちにジーク様が告げるも、王女様は意に介さない。


「あら、お話もしますし、お茶もお菓子もありますでしょう?」


「確かにお茶の用意はされているけれど、場所が会議室なのは何故なのかな?」


「だって会議室でなければ、この者達を呼べないではありませんか。」


 そう言って王女様が手で指し示したのは、扉の近くに控えている人達だ。


「彼らは?」


「王家御用達の劇団を率いる団長と、演出家ですわ。挨拶を……」


「お久しぶりでございます、皇太子殿下。私共、この度、王女殿下のご用命により――」


 団長さんが長々と挨拶をしている。そちらに皆の眼が向いているのをいいことに、俺の右隣に座る人物が必死な様子で机の下から俺の袖を引っ張る。


「シンク! シンク! 確かに『後で時間を作れ』とは言ったが、こういうことじゃない! そもそもこの集まりは一体何なんだ?」


 俺にしか聞こえないくらいの声で器用に怒鳴りながら、レオが文句を言ってきた。

 そう、今日この場にはレオも同席しているのだ。俺の方こそ「何でお前がいるんだよ」と言いたいところだが、何でも王女様が呼んだらしい。

 一介の騎士見習いかつ子爵の次男、という立場のレオに王族からの呼び出しを断れよう筈もない。

『城からの呼び出しとは何事か?』と戦々恐々としながらこの場に来るなり『11歳の時の思い出について語れ』と命じられたのだから、意味が分からないだろう。

 因みに俺の左手側に座っているのがジーク様で、ジーク様の対面に王女様。フィーは王女様に気に入られたので、王女様の隣に座っている。


「俺が貴族に成り上がった経緯が劇になるらしくってさ。その打ち合わせだよ。」


 こちらも小声で答える。


「じゃあ何で私も呼ばれたんだ? 別にその内容なら、シンクとフィーから話を聞けば十分だろう?」


「――それは、貴方も無関係ではないからですわ。」


 俺達のひそひそ話に、王女様が突然割って入ってきた。……よく聞こえたな。


「私、耳の良さには自信がありますの。それにしても、お2人は本当に仲がよろしいのですね。」


 王女様は二コリと微笑んだ。


「レオポルト。今回の劇では平民から見れば、貴方は主人公とヒロインの間に割って入るお邪魔虫のような存在です。それに加え、婚約を賭けての決闘に負けたことも周知されてしまいます。貴方の家にとっても、不名誉なところがあるでしょう。ならばいっそ脚本を作る段階で参加してもらい、問題のある箇所や表現があれば指摘してもらおう、と私は考えたのです。」


 成る程、一方的に劇を作って公開されては困るだろう、という配慮か。

 確かにレオとしてはあまり良いところがないもんな、この話。


 この後、全員であーだこーだと議論を重ね、大まかなシナリオが完成した。

 レオとの決闘シーンでは、レオが俺に有利な条件で決闘を行ったことにした。更に、ドラゴンゾンビに止めを刺したのはレオ、ということになった。

 恋愛でフォーカスされる人物と、武勇でフォーカスされる人物を分けた感じだな。

 あとは台詞回しと演出で調整するようだ。

 まさか民間の演劇で、現役の貴族をこき下ろすような話はできないものな……。


 ジーク様と俺のお茶会を称したこの打ち合わせは、計5回開催された。

 何だかんだでジーク様と、ついでに王女様ともだいぶ親密になれた気がする。

 王女様はもともと演劇が好きなようで、シナリオ作成にあたって最も多く意見を述べていた。素人目にも鋭いなと感じる指摘が多く、劇団の団長と演出家も、お世辞ではなく本気で褒めていたので、センスが良いのだろう。

 俺はあのこっ恥ずかしい丘でのシーンをどうにか地味にできないかとあれこれ提案したのだが、あえなく却下された。


「民衆に娯楽を与えて心を潤すのも、貴族の義務ですよ。」


 との王女様のお言葉である。

 有名税なのか、ノブレスオブリージュというやつなのか……諦めるしかなさそうだ。


「『僕はまだ恋を知らない。この気持ち! この感情を、どうすれば君に届けられるのだろう。沈みゆく夕日もその答を教えてはくれない。しかし! 夜空に浮かぶ星が瞬くように、君の声が、笑顔が、僕の心をきらきらと照らしているんだ!』……うーん、もう少し情熱的に……。」


 王女様がぶつぶつ呟いている。丘でのシーンの台詞を考えているらしい。……それ、俺が言ったことになって国中に知れ渡っちゃうのですかね……?


 さて、いよいよ式典の日となった。

 直前の数日間は儀典官――公式行事を取り仕切る役職の人と、打ち合わせやリハーサルを繰り返していた。そのおかげで、式典は何の問題もなく進んでいく。

 謁見の間には所狭しと貴族が立ち並んで、中央で行われているジーク様の成人の儀を見守り、俺は末席に控えてそれらを眺めている。

 成人の儀が終われば次に俺が呼ばれ、またもや”再生”の実演をする予定になっている。その後叙爵、という流れだ。

 俺は出番が来るまで貴族達の会話に耳を傾けている。情報収集なのだが、当然ながら式の邪魔になる声量で話す者はいない。なので、潜められた小声を”鋭敏聴覚”で聞き取り、”聞き分け”で1人1人の発言に分け、”並列処理”によって情報として分類していく。

 こうして聞いていると、ジーク様の評価は貴族の間でもかなり高いようだ。貶すような発言は耳に入ってこない。

 俺に関する噂も、そこかしこから聞こえてくる。”再生”の魔術に関して半信半疑という人が多いのは想定していたが、成り上がりを面白く思わない層はやはり一定数存在していることが分かった。中には「化けの皮を剥がしてやる」なんて物騒な呟きもあった。おお、怖。


 どの顔がどんな発言をしていたか覚えるため、それとなく周囲を見回していると、ヴェールで顔を覆った女性が目に入った。王族の並ぶ一角にいるのだが、俺が顔を知っている王妃様や王女様は公爵の傍に並んで立っているから、それ以外の王族女性、ということになる。誰だろう……知らないのは俺だけかと思いきや、貴族の中からも『あれは誰だ?』と疑問を口にする声が少なからず聞こえてくる。


(う~ん……考えても仕方ないか。後でジーク様に聞いてみよう。)


 式典はつつがなく進んでいく。成人の儀が終わるといよいよお呼びがかかり、俺は広間の中央に出た。

 今回”再生”を使う相手は、大病を患い、半身が麻痺してしまった貴族の老人だ。貴族の間では有名な人らしく、登場すると会場がざわついた。


「あの御仁を治療できるというのか!?」

「アムリタでなければ治療不可能という話だぞ?」


 車椅子に乗って従者と共に現れたその老人に”再生”をかける。派手なエフェクトに、謁見の間は息を呑んで静まり返った。

 老人はすくっと立ち上がって見せると、王と俺に深く礼をした。


「……病に伏せ、ろくに動かなくなったこの身体を治療していただき、感謝申し上げる。陛下と、シンク殿。そして、奇跡の技の使い手をこの地上へ使わせし、神に。」


 老人はそう言うと、危なげない歩きで貴族の列に加わった。


「「「「おぉ!」」」」


 謁見の間に驚きの声が満ちる。先ほど「化けの皮を剥がしてやる」と息巻いていた貴族も、信じられない物を見たといった感じで驚き固まっていた。

 それにしても、王様が一番最初で、次が俺で、神様が最後なのか。この国では信仰の順位はだいぶ低いようだ。きっとミロワール家の頑張りのおかげだろう……魔人のとばっちりで最後にされた善良なる光の女神様が、ちょっと気の毒だ。


「静粛に!」


 王を補佐する役目として、公爵が場を取りなす。

 しばしの後、静まり返った広間を見渡し、王は俺に向けて厳かに告げた。


「汝の力は今、ここにいる全ての人間により確かに認められた。その奇跡の技を以って、マティアス・コネリウス・エセキエルの名のもとに、汝に伯爵の位を授ける。」


 広間が、盛大な拍手で満たされる。

 こうして俺は、貴族の一員となったのであった。

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