第110話
さて、晩餐会である。
俺は当初の予定通り、ジーク様とくっついて動いている。仲良しアピールである。
すぐ傍には一緒にフィーと王女様もいる。こちらは女性対策である。
晩餐会の間も”鋭敏聴覚””聞き分け””並列処理”を用いてずっと情報収集しているのだが、これらの試みはうまくいっているようだ。
「皇太子殿下はシンク殿とかなり親しいようですな。」
「頻繁にお茶会をなさっているそうだぞ?」
「王女殿下とも随分親しげなご様子だが……」
「何でも、彼を主題とした演劇の制作に王家も一枚噛んでいるとか……。」
「お近づきになりたいけれど、フィーリア様が……。」
「ここは強引に?」
「けれど、王女殿下によく思われないのではなくて?」
しめしめ。
それはそうと、今日のフィーは貴族の令嬢らしくドレス姿だ。冒険者の恰好をしていると、実用と安全重視でほとんど肌を露出しない。しかし、今日は長い金髪をまとめて髪飾りをつけ、肩の露出した薄紅色のドレスを着ている。……それだけの違いなのだけど、何故かめっちゃドキっと来た。
「私はロマーノ子爵と申します。シンク伯爵、どうぞお見知りおきを。」
「シンク伯爵、同じアイルーン伯派閥のヴァレスと申します。男爵位を頂いております。」
「これはこれはシンク伯爵。わたくし、スリコフと申しまして――」
会場の様子に聞き耳を立てつつも、俺は真っ当に挨拶してくる人達の対応に追われる。
ちなみに、一代限りの法衣貴族には家名が付かないそうだ。次代に次ぐ位ではないので、家名は不要だという。考えるのが面倒だったので大変助かっている。
あらかた挨拶を終えた頃合いに、ノーネットと1人の老婆が近づいてきた。
ノーネットは水色のふんわりしたドレスを着ている。髪もまとめて結い上げ、ドレスと同じ生地のリボンを結んで留めている。
ノーネットは元が日本人形のような美人だ。しかし、美人が綺麗な恰好をしているというのに、あまり心が動かされない。ドレス姿は新鮮ではあるのだが……心が動かないのは意外性がないからなのだろうか? ……あぁ、うん。たぶんノーネットがぺったんこだからだな。どことは言わないが。
男が胸元を見た視線は100%ばれるという話を聞いたことがある。しかし、今の俺は”ポーカーフェイス”をオンにしているので、勘の鋭いノーネットも気が付いていないようだ。
老婆の方は年季の入ったローブ姿だ。この会場にはそぐわない服装だというのに、何故かこの老婆にはそれがしっくりと似合っていた。なんだろう? 空気感とでも言おうか。この老婆の周りだけ、少し違った雰囲気を醸し出しているように感じられる。
「これは、デシデリア様! お久しぶりです。」
ジーク様が老婆に向かい頭を下げる。
デシデリア……確かノーネットのお祖母ちゃんだな。水術・極級の使い手だ。
「ジーク坊、成人おめでとさん。」
デシデリア様はしゃんと背筋を伸ばし、スタスタと速足で近づいてきて、ぞんざいな仕草と言葉でそう言った。
……自国の皇太子に向かって『坊』って。
「デシデリア様、『坊』はもうやめてください。本日を以って、私も子供ではなくなりましたので。」
苦笑いを浮かべ、ジーク様もタジタジだ。
「ふん、一端の口を聞くじゃないか。いいかい、大人になったってことは、何を成すか、何を成したか……結果が全ての世界にいよいよ放り込まれたってことだ。口先だけじゃあ誰もついてきやしない。今までとは周りの見る目が違うんだってことを、その脳みそにしっかり刻み込んでおきな。いいね?」
デシデリア様は厳しい顔で睨むようにジーク様を見る。
「しかと心得ました。」
厳しいデシデリア様の視線から一切目を逸らさず、しっかりと答えるジーク様。
その答に満足したのか、デシデリア様は相好を崩した。
「それにしても、ジーク坊も成人かい。あたしが歳を取るわけだね。で? そっちのがシンクって奴かい?」
「はい、シンクと申します。以後お見知りおきを。」
「ふぅん……あんた、他の人間とちょっと違うようだね。でも邪悪な感じはしない……、面白いねぇ。それはそうと、うちの孫が世話になっているそうじゃないか。ほらノーネット! 挨拶しな!」
ドンっとノーネットのお尻を叩いて前に出すデシデリア様。
「もう、お祖母ちゃんったら……! 皇太子殿下、この度はおめでとうございます。シンクも、おめでとう。」
「これ! シンク『伯爵』だろうが!」
バシッと更にノーネットのお尻を叩くデシデリア様。
いやいや、デシデリア様も『シンクって奴』とか『あんた』とか呼んでたじゃない……めっちゃ理不尽だな。
「ちょ、やめてよ、お祖母ちゃん! もう分かったから~! ……うぅ、シンク伯爵、おめでとうございます。」
若干涙目で淑女としての礼をするノーネット。
「あ、ありがとう。なんかドンマイだよ、ノーネット。」
フォローになってないフォローをするしか、俺にはできなかった。
デシデリア様はそれを見届けると、知った顔を見つけたのかさっさと次へ行ってしまった。なんて落ち着きのない老婆なんだ。
「ははは、あのお方も変わらないな。」
ジーク様は苦笑交じりに呟いた。
「デシデリア様は、いつもあのような?」
「聞いた話だが、幼少の頃から大胆不敵な態度だったそうだ。成人してからは自由騎士となって、あちらこちらで暴れまわっていたらしい。君達がした世直し……とは少し違うのだが、デシデリア様基準で善悪を分け、権威なんぞ歯牙にもかけず、気に食わない奴を片っ端から魔術の餌食にしていったらしい。」
……何て筋金入りのジャイ〇ン気質なんだ。
「ついた二つ名が『|傍若無人の(アウトレイジ)デシデリア』。あの方の同世代には、今でもその名を聞いただけで震えあがる人がいるとか。」
次にやってきたのは、教会の紋章の入った礼服を纏う男達だった。老齢の方が教会のトップである教皇ガストーネ、もう少し若い黒髪の方が次席にあたる大司教エラルドだという。
「この度はおめでとうございます。」
「皇太子殿下、シンク伯爵に神のご加護がありますように。」
2人は穏やかな笑顔で当たり障りの無い挨拶をし、その場を離れていった。
(この2人は魔人、もしくはその関係者なのだろうか?)
神殿騎士団長のグスタフは魔人だった。しかし、あの魔人が最初から教会の内部にいて地位を得た本人なのか、それとも『グスタフという人間』に化けていたのか、はっきりしていない。
ラグさんの話では100年前に師匠と切り結んでいるというから、恐らく本人なのだろう。
では、他の教会関係者は?
全員が魔人、ってことは無いだろう。いくら何でも人数が多過ぎる。だとすれば、教会の裏に魔人がいるか、トップのごく少数が魔人か……そのどちらかだと思われる。
教皇ガストーネと大司教エラルドは魔人であるか、魔人と密に繋がっている可能性が非常に高いが、ここで迂闊に確認するわけにはいかないだろう。
今、俺は剣を持ってない。相手が仮にグスタフ級の強さだった場合、とても勝つことができない。もしかしたらグスタフより強い可能性もあるのだ。
人間だった場合、王家が招いた賓客を魔人扱いしたとあっては大問題になるものな。
(今は様子見しかないか。)
横目で教皇ガストーネと大司教エラルドの動きをそれとなく追う。2人は誰かと話をしている。
(あの人は……。)
先ほどの式典の時に「化けの皮を剥がしてやる!」と息巻いていた人だ。
その人物が2人から離れ、別の人間を引き連れて俺達の方へやってきた。
「皇太子殿下、おめでとうございます。それとシンク殿、お初にお目にかかる。ウィズダム家のイーサンだ。」
ジーク様には丁寧に接するが、俺には目下にあたるような態度だな。ジーク様がにこやかに答える。
「イーサン子爵、ありがとうございます。」
何!? こいつ子爵かよ。なら俺の方が身分上じゃん。何故に下に見てくるのか?
「イーサン子爵、初めまして。」
しかし、”ポーカーフェイス”でそんな考えをおくびにも出さずに受け答えする。イーサン子爵は胡散臭そうに俺を眺め、小さく鼻を鳴らしながら話し始めた。
「この国で神聖術を使う者ならば当然知っているかと思うが、我がウィズダム家は神聖術の大家として名を馳せている。」
いや……、全く知らないのだが?
そんな俺の思いが表情に出ることも無く、イーサン子爵はえらくもったいぶった調子で続ける。
「神聖術のレベル上げはとても難しい。なぜならば他の魔術系統と違って攻撃魔術が存在せず、モンスターを倒して経験を得ることができないからだ。ひたすら自己修練しかない。」
確かにそうだな。そういう意味では神聖術は一番レベルが上がりにくいかもしれない。
「そのようにレベルの上がりにくい神聖術を、いかにしてLv9まで上げたのか、是非ご教授願えないものかな。……まさかと思うが、良からぬ手段を用いてレベルを上げた、ということはありますまいな?」
う!? 俺がスキルを上げた方法はガチャだ。それが良からぬ手段なのかどうかはともかく、普通に努力し修練を重ねている人とは明らかに状況が違う。以前だったらカルマ値を貯めるという努力は一応していた。しかし、現在はカルマ値を借金している身の上だ。
「……慎まれよ、イーサン子爵。叙爵されたばかりとはいえ、王の名のもとに伯爵位を得た方に対し些か言葉が過ぎるのではないか。」
ジーク様が少し声を低くして、イーサン子爵をたしなめる。
「恐れながら皇太子殿下。これは陛下の御名の、ひいては王国の名誉のためにもはっきりさせねばならないことなのです。この私ですら、神聖術はLv5なのですよ? 平民の出で、成人して1年しか経っていない若輩者が神聖術Lv9に至るなど、どう考えてもおかしいではありませんか?」
イーサン子爵は声高らかにそう指摘する。
「確かに……」
「いかに天才とはいえど、早過ぎる。」
「デシデリア様やジョアキム卿も、極級へ至ったのは確か20歳を超えてからでしたな。」
アイルーン家の敵対派閥なのだろう。同意するような声がちらほら聞こえ出す。イーサン子爵はそんな周囲にはっきり聞こえるよう、より大きく声を上げた。
「真偽を明らかにするため、本日は”|微表情分析(マイクロ・エクスプレッション)”のスキルを持った者を用意しました。”嘘看破”では言い回しの工夫などで回避することもできますが”微表情分析”は僅かな表情の変化を読み取り真偽を確認します。この者の前では、言葉で繕って誤魔化すことは不可能ですぞ。」
イーサン子爵の後ろに控えていた人物が、周囲に向かって頭を下げる。
「さて、シンク殿。あなたはどのような手段で神聖術をLv9にしたのか? 邪悪な手段ではない、と言い切れますかな?」
イーサン子爵が俺にそう問いかける。
まずい! 非常にまずい!
何がって? 別に”微表情分析”の方は大丈夫なのだ。”ポーカーフェイス”スキルがLv10。俺の表情は小動もしないだろう。それよりも普通の”嘘看破”の方である。俺自身、現在のスキルを得た手段には後ろめたさがある。「真っ当か?」と聞かれればどうしても「そうじゃない」と思ってしまうのだ。
ここまで準備してきた相手だ。1度や2度の問いかけならどうにか言い逃れることもできるかもしれないが、続けてしつこく追及されればどこかで嘘をつかなくてはならなくなるだろう。
(ど、どうしよう!?)
内心焦りまくっているものの、ポーカーフェイススキルが本領を発揮しているおかげで傍からは余裕をもって悠然と佇んでいるだけのように見えるだろう。しかし、それにも限界がある。
晩餐会出席者の視線が集まる。敵にしろ味方にしろ、俺の異常性を感じとっている者は多いだろう。だからって「神様から貰いました」なんて言ったところで、信じてもらえまい。
その時――
「お待ちなさい。」
凛とした声が晩餐会の会場に響いた。
声をした方を向くと、ヴェールで顔を覆った女性がいた。
先ほどの式典で、王族の席にいた人物だ。女性はコツコツと踵を鳴らし、歩み寄ってくる。
「イーサン子爵。そもそも貴殿の言う邪悪な手段とは何か? スキルのレベルを上げるのに、努力以外の別の手段が存在すると? それを口にするならば、まずその手段とやらがいかなるものか、説明してみせるのが筋ではありませんか。」
そう告げて、女性は顔を覆うヴェールを取り去った。
晒されたその顔に、晩餐会の会場がざわつく。俺も、”ポーカーフェイス”が無かったら驚いて声を上げていただろう。
(え! ――マチルダ様!?)
その女性は紛れもなく、モイミールでエルフの遺跡調査許可をくれたマチルダ様その人だった。
何故この人がここに、と戸惑う俺の耳に、イーサン子爵の呆然とした呟きが届いた。
「アナベラ……前王妃!」
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