第83話
壊れたフィーには、エステティックのスキルから得られた調合レシピで化粧水を作成することで何とか戻ってきてもらった。美肌効果に特化しているそれを渡すと、早速手の甲に塗る。どうやら満足いく効果が得られたようで、すぐに「つるつる、もちもち♪」と上機嫌になってくれた。
「この化粧水、凄いわね。」
「気に入ってもらって何よりだよ。」
「売り出したら人気が出そう。」
「素材にレアドロップ品を使うから、大量生産は無理かな。」
それなら大事に使わなきゃね、と納得した様子のフィーが、再びぺらぺらとスキル鑑定紙を捲る。
「あ、神聖術がLv9になってるじゃない! どんな術が使えるようになったの?」
フィーの質問には、ラグさんから聞いた内容をそのまま伝える。
「え? そしたらもう、アムリタは要らないんじゃない?」
「そうなんだよな……ギョンダーでダンジョン終わったら、一度家に帰って、かーちゃんに試してみようかと思っているんだ。」
「そうね、それがいいと思う。効果があるといいわね。」
フィーは微笑み、頷いた。
俺はフィーに言われたことで、旅の大きな目標をひとつ達成したのだなと、やっと実感できた。ずっとアムリタの入手を基準に考えていたから、ガチャでぽろっと手に入った神聖術で達成となり、あまり実感が湧かなかったのだ。これで、両親に少しは恩返しができるだろうか? きっと喜んでくれるだろう。でも、あの両親ならば自分達のことよりも、ベンノさんのことを気に掛けているだろう。ここはやはりベンノさん本人を見つけて、とーちゃん、かーちゃんと再会してもらうのがベストではないだろうか?
ベンノさんも、俺が神聖術Lv9でかーちゃんを治療できると分かれば、きっと心のつっかえが取れると思うんだ。……よし! それで行こう!
俺が決意を新たにしている間にも、フィーはスキル鑑定紙を捲っていく。
「この、老化遅延っていうのは何?」
「うーん……正直分からない。まぁ、字面からしても寿命が延びるとか、若い時間が長くなるとか、そんなところじゃないかな?」
「もし寿命が延びるのだとしたら、凄いスキルね。どれくらい延びるのかしら? ……待って! シンクこれ、いつ頃手に入れたスキルなの?」
フィーは何か思いついたのか、勢い込んで訊いてきた。俺は携帯を取り出し、ログで取得日付を確認する。
「う~ん、11歳の頃かな?」
「11歳……私がシンクの村で夏を過ごした、最後の年よね? ……もしかしてだけど、このスキルのせいで背が伸びないんじゃないの?」
「……うん? ううん!? まじか!」
「思いつきだし、確証はないけどね。スキルの効果を、腕の良い鑑定士に鑑定してもらえればはっきりするでしょうけど、でも、シンクのスキルを見せるわけにもいかないわよね。」
フィーの言葉にふと思い立ち、俺は焚き火の近くで丸まって寝ているラグさんに尋ねてみることした。
(ラグさん、ラグさん! 老化遅延のスキルなんだけどさ。)
(うぅ~ん、何よぉ……老化遅延がどうしたの?)
(これってさ、成長も遅くなるの?)
(あぁ、そうね、成長も確か遅くなるわね。)
(それってどれくらい?)
(だいたい10倍くらいかしらね。でも、かなり個人差が出るスキルだから、確約はできないわよ。)
おぉ!! まだ身長180cmの夢は潰えたわけじゃないのか! 俺は思わずガッツポーズをしてしまい、フィーに変な顔で見られた。ラグさんはくわぁと大きく欠伸をし、焚き火の熱をお腹に当てるように、ごろんと伸びている。
ひと通りスキル鑑定紙を見終えたフィーは、ふと真面目な顔をして、俺に尋ねてきた。
「シンク。重い病気や怪我で困っている人が今、目の前に現れたら、どうする?」
……どうしよう? まだ使用したことはない”再生”だが、効果の大きさをを考えると、むやみやたらに使える術ではない。部位欠損やあらゆる病気を治療できるなんて、言ってみれば奇跡に近い。権力者に知られたら、否応なしに争い事に巻き込まれるだろう。仮に、都市から相当離れた集落で1人だけ治したとしても、人の口に戸は立てられないのだ。噂が広まっていけば、いずれは権力者の耳に届いてしまう日が来るだろう。
……けれど、実際に目の前に助けられる命があったら、それを見捨てることが俺にできるのかは、かなり怪しい。見捨てる理由が『国の戦争に利用されるかもしれないから』なんて結局、現時点では仮定の話でしかないのだ。
(ラグさん、俺が戦争に参加した場合、カルマ値はどうなるかな?)
(……ケースバイケースね。ただ、野心的な侵略戦争なら、マイナス評価は確定よ。)
(……ですよね。)
うーん。方針を決めておかないと、いざという時に迷ってしまい、救える命を死なせてしまうことになるだろう。心情としては救いたいんだ。見捨てるなんて寝覚めが悪過ぎる……俺は小心者なのだ。
助けられる側の立場だったらどうだろう? 数日前のルイスの場合は、たまたまエステティックで助かった。あれが極度の疲労ではなく、ヒールなどでは回復できない重傷だった場合はどうだろうか? ……あの時の心の焦りが蘇る。助けてくれる人が目の前に現れたら、どんなに救われることか。
……そうだな。自分の立場が多少危うくなるくらいで命が助かるのなら、安いもんだよな。頭では分かっているのだが、やっぱり、戦争には参加したくないなぁとか、貴族のような堅苦しい世界に足を突っ込むのも嫌だなぁとか……こんなことを言ったらフィーにはきっと失望されるだろうな、とか。そんなとりとめの無い考えが、浮かんでは消えていく。けれど。
「フィーや皆が死にそうなら、躊躇わず使うよ。」
これだけは断言できる。後先なんて考えていられないだろう。
「ただ、見ず知らずの人に分け隔てなく行動できるかは、正直まだ分からない。」
フィーに嫌われてしまうかな? しかし、ここでカッコつけて嘘を言ってもな。
「……そう。困らせるようなことを聞いて、ごめんね。」
フィーは少し寂しそうに笑った。その表情に、俺は胸が痛むのを感じた。
「そろそろ夜明けね。」
「あ、うん。朝食の支度をしてくる。」
「えぇ。」
会話が切れてしまい、どこかモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、俺はテントに戻り食事の準備に取り掛かった。
護衛をしながら街道を進む。俺は歩きながら、フィーが浮かべた表情の意味を考えていた。フィーは、困っている人がいれば誰だろうと救う、と断言して欲しかったのだろうか? 俺はフィーの期待に応えられなかったのだろうか? ……フィーにはやっぱり嫌われたくないなぁ。だとしたら、誰だろうと助けるのか? ……う~ん、踏ん切りがつかない。
「少年、少年。何やら悩みごとかね?」
休憩中、俺に声をかけてきたのは行商人の娘さんだ。年の頃は20歳くらい。独身らしく、この世界ではやや行き遅れといった感じだ。初日の顔合わせの際に男性陣を見て、露骨に舌打ちをしていたのを良く覚えている。
「いえ、悩み事というか……。」
「ふっふっふ、見てたよ。君があの金髪の子をチラチラと目で追っているのを!」
おぅ……あれこれ考えているうちに、無意識にフィーを見ていたようだ。
「恋……そう、恋だね?」
すっごく嬉しそうな表情でぐいぐいと迫ってくるお姉さん。
「えぇっとですねぇ。」
「いいから、いいから。大船に乗ったつもりで、このお姉さんに悩みを打ち明けてご覧なさい。」
どうにもこうにも逃げることができず、結局、お姉さんに俺とフィーの関係を根掘り葉掘り聞き出されてしまった。
「幼馴染! 相手は貴族! くはぁ!!」
何やらお姉さんのテンションは爆上がりである。
「叶わぬ恋かぁー。いいじゃんいいじゃん!」
何がやねん。恋愛感情があるなんて、一言も言ってないのだが?
「それで? 少年はどうなりたいわけ?」
どうなりたい、か……。俺はフィーと、どうなりたいんだろう? 幼馴染で仲間だ。それ以上の関係? ……フィーと結婚、とか? うーん……だめだ、全然イメージが湧かないや。
「はっきりしないなぁ。良いの? あんな綺麗な子、ぼーっとしてたらすぐによその男に掻っ攫われちゃうよ? 私が好きだったあの人だって……くっ! 何であんな女に!!」
お姉さんが何やら荒ぶっていらっしゃる。それはともかく、フィーが別の誰かと結婚!? むむむ、仮に相手をレオで想像してみる。しばらく会っていないが、奴のことだ。きっと長身のイケメンになっていることだろう。そのレオが、フィーの肩に手を添えて、抱き寄せる姿……ぐぬぬぬ、何かむちゃくちゃ腹立つ!! それはとても嫌だ!
「……ふぅ。いいかい少年。想いを寄せる貴族様を、身分差で諦める……他の国ではどうしようも無いことかもしれないけど、この国ではね、それを諦めないで済む方法がいくつかあるのよ! 何を隠そう、私が玉の輿を狙うため調べ上げた知識、特別に教えてあげましょう!」
俺は思わず前のめりになって聞いてしまった。
「まず第一に、極級へ至る道ね。剣でも魔法でも、どれかひとつを極級へ上げれば伯爵様になれるのよ! ……まぁ、この方法はほとんど現実性が無いわ。私も毎日頑張っているけど、まだ地級にすら上がれないもの……。」
これは既に知っている。俺もう極級なんです、って言ったらこのお姉さんどんな顔するかな?
「次ね。平民向けの騎士学校へ入って、騎士に取り立ててもらうの。そこで武功をあげれば、貴族に取り立ててもらえる可能性があるのよ! それに騎士身分は一応貴族だから、貴族との結婚も可能なのよ。世襲できないし、軍務行動を取っているときだけの限定的なものだったり、色々と制約もあるみたいだけどね。非番で街をぷらぷらしているだけだと、平民と変わらないってことね。」
そんな制度もあるのか。知らなかったなぁ。でも流石にその身分じゃ、伯爵家の跡取り娘との結婚は厳しそうだよなぁ。……俺、今、普通にフィーと結婚する前提で考えていたな。
「のんびりしている時間は無いのよ、少年!」
お姉さんは声を潜めて、軽く周囲を見回して言った。
「というのも、ここ最近、隣国との国境らへんがキナ臭いのよね。……まぁ、あそこの国はもとからちょっと頭がおかしいんだけどね。軍事用の長距離照準用魔法をいきなり使ってきたりするんだから。それで大事になるや、急にそんな事実はなかったとか、こっちの騎士が国境付近に急接近したから自衛のためだとか、事実じゃないでっち上げの言い訳を並べ立てたりしてね~。そのでっち上げに、向こうの国民が踊らされちゃっているみたいでさ。何か危なっかしいんだよね……そういうわけで、向こうで行商やってたのをこっちに切り替えようってなって移動してきたのよ、私達。」
隣の国ってそんな危ない奴らだったのか!? 前世で日本の隣にあった国を彷彿とさせる話だな。
「あの金髪ちゃんも貴族なら、いざ戦争となれば戦場に行くことになる筈だよ? 極級だ、騎士学校だって言ったけどさ、すぐにどうにかできるものじゃないんだから、せめて想いだけでも伝えておいたら? 急に別れが来るかもしれないよ?」
……お姉さんの話を聞いて、俺はハンマーで殴られたような衝撃を受けていた。いかに自分のことしか考えていなかったかを、突きつけられたような気がした。
フィーは貴族だ。戦争があれば、騎士として戦場に立つことになるだろう。その時……俺は? 戦争が嫌だからと参加しないで、外から眺めているつもりか? ルイスに偉そうに「男は女を守るもんだ」と語っていたのに、自分はフィーに守られるつもりだったのか?
フィーの浮かべたあの表情は――共に戦ってくれないことに対する、嘆きだったではないのだろうか?
考えるまでもない。フィーが戦場へ行くのなら、俺も行く。それだけのことだったのだ。
「お姉さん、ありがとう。迷いは晴れたよ。」
「そう。……じゃあ、告白タイムね?」
えっと、それは何の話ですかね? 戦争の話じゃなかったっけ?
次の町への道中は特に問題もなく順調に進んだ。休憩の度にお姉さんが「告白した?」って聞いてくるのは鬱陶しかったが……。それに対しては答がまだ出ない。フィーのことは好きだけど、今の関係はかなり居心地がいい。なるべく壊したくないんだよなぁ。
お姉さんは別れ際、連絡先だとメモ用紙を渡してきた。
「国中のどこにだって駆けつけるから、結婚式には呼んでね。若くてイケメンの貴族の男を沢山招待しておくのよ?」
清々しいまでに自分の欲望に忠実な人だな……。馬車の荷台から身を乗り出して「必ず呼んでねぇ~!」と、大きな声で俺に向かって手を振ってくれた。念を押した……とも言う。
「ずいぶん仲良かったじゃない? ……シンクは年上の女の人が好きなの?」
フィーが不機嫌そうに俺に聞いてくる。お姉さんがやたらと俺に話しかけていたせいで、フィーに変な誤解を与えてしまったようだ。
「フィー。俺は大怪我や重病で苦しんでいる人がいたら、迷わずに”再生”を使うことに決めたよ。」
「え? ど、どうしたの急に?」
「フィーを独りにはしない。俺も一緒に(戦場に)行くよ。」
「え、えぇ!?」
何をそんなに驚いているんだ? う~ん、俺がそんなことを言うなんて、まるで考えていなかったってことかな? そんなにヘタレだと思われていたのか。
「シンク、えっと、それってどういう意味?」
「うん? 言葉通りの意味だが? フィーは(戦場で)俺が守る。」
女の子に戦わせて自分は後方で待機、なんてのはカッコ悪すぎる。しかも、「自分の手を汚したくないから」なんて情けない理由で、守るべき相手を戦場に立たせるなんて本末転倒だ。
フィーは貴族だ。果たさねばならない義務もあることだろう。すべてを俺が賄えるとは思えないが、少しでも負担を減らしたいものだ。例えそれでカルマ値がマイナスになったとしても、今まで以上にモンスターを倒せばいいだけの話だ。
フィーは顔を真っ赤にし、まるで茹でダコのようだ。どうした?
「ところでフィー。このままギョンダーへ行くのか? 戦場へはいつ向かうんだ?」
「へ? 戦場?」
「あれ? 隣国と開戦するんじゃないのか? なんかお姉さんがそんなようなことを言ってたぞ? 軍事用の長距離照準用魔法がどうたらとか……。」
「あ~、あそこの国の話ね。あそこの国とは戦争にならないわよ?」
「へ?」
「あそこはいつも、為政者が国民に向かってすごーくいいカッコするのよね。強引に情報操作して、自分達がいかに凄いか、国内外問わず吹聴して回っているの。その一方、非公式の会見だとめっちゃ低姿勢で、どうにかメンツを保たせて欲しい、ってあちこちの国にお願いしまくっているのよね。」
「えぇ~……。」
「うちの国も何度か譲歩してあげたんだけど、そしたら国民や末端の兵士が変に勘違いしちゃって、すごく暴走しやすいのよね。暴走した結果、多少の小競り合いは起きるでしょうけど、あそこはいいカッコするためにだけ注力して他を疎かにしているから、国力がすごーく低いの。軍事関係でも賄賂が当たり前のように行き交っていて、スペックだけは高性能な不良品が現場に配備されているらしくって、戦争になりようが無いのよね。万が一なったとしても、国境に配備している騎士だけで十分対応可能なレベルよ。」
「あ、そうなんだ……。」
「あんまりにも非常識なことを繰り返しているものだから『ひょっとして魔人に操られているんじゃないか?』って各国のスパイが調査したんだけど、そんな事実は何もなかったのよね。単に、そういう国民性ってことみたいね。」
何て人騒がせな連中なんだ。
「まぁ、国同士の非公式会談の内容なんて一般には情報として出回らないから、行商人達が勘違いするのも仕方ないわね。」
……何だろう? 決意の空回り感が半端ない。フィーとの関係に対するモヤモヤは晴れたが、俺は別のモヤモヤを抱えることとなってしまった。
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