第15話

「シンクは冒険者になるの?」


 フィーが興味津々って感じで聞いてきた。


「おう! アムリタを見つけるんだ!」


 一番分かりやすい理由を言ってみる。伝説の霊薬とか、いかにも冒険って感じがして、子供らしいだろう。


「あむりた……?」


 フィーはアムリタを知らないようだな。他のみんなは、俺から詳細を聞いているので知っている。


「どんな怪我や病気も治す霊薬さ。」


「へぇ……。ねぇ、冒険者ってどうやったらなれるの?」


「冒険者ギルドに加盟することが一般的だな。加盟には簡単な試験があるだけだから、なるだけなら難しくないはずだよ。でも俺の目的は、冒険者になって終わりじゃあない。伝説の霊薬を見つけることだからな。今のうちからいろいろ頑張らないといけないのだよ。」


「今のうちから……、なるほど」


 なにやら考えこんでいるようだ。その後、遊びを続けて夕方に解散した。フィーとはこれっきりかなと思っていたが、「また明日ねー」と手を振って帰っていった。

 翌朝。広場に向かうと、パンツルックのフィーが意匠を凝らした木剣をもっていた。木剣はだいぶ使い込まれているようで、細かい傷が多い。昨日いたメイドさんも同行していて、近くでレンファさんと何やら話していた。


「シンク、おはよう!」


 フィーは元気いっぱいのご様子だ。


「フィー、おはよう。今日は練習から参加なんだな。」


「この村では、子供たちが毎日鍛えているって聞いてびっくりしたわ。同年代の子と戦ったことがないから、はりきってきたの!」


「他の村じゃ、やってないのか? 知らなかった。」


「”暁”のパーティーメンバーの提案だってお父……パパが言ってたわよ。」


「”暁”?」


「ここの近くの湖にいたヒュドラを倒した冒険者グループよ。知らないの? 」


 ヒュドラを倒した……あー! とーちゃん達が冒険者時代の話か、パーティーの名前は”暁”だったのか。


「あー、それならそこにいるレンファさんも”暁”のメンバーだよね」


「え、そうなの!? もう、早く言ってよ!」


 そう言って、レンファさんのところへ走っていった。呆気にとられて眺めていると、後ろから静かな声がした。


「フィーが失礼いたしました。彼女は冒険者マニアなんですよ。冒険譚が大好きで、実際に会って話を聞いてみたいものだ、とよく言っていましたからね。……あ、申し遅れました、私はステナと申します。以後よろしくお願いしますね、シンクさん。」


 そう言って近づいてきたのは、例のメイドさんだ。年齢は10代中ごろから後半といったところで、今日もメイド服を着ている。肩口までのストレートの髪と大きな瞳は、どちらも黒い色をしている。瞳だけ見るとちょっと勝ち気そうにも感じるが、全体的には落ち着いた雰囲気の美人さんだな。


「よろしくお願いします、ステナさん。ステナさんも練習参加するんですか?」


 ステナさんはゆるりと首を振った。


「私は普段フィーの相手をしておりますので、今日は見学です。ぜひ、フィーと沢山戦ってあげてください。昨日の追いかけっこを見ていた限り、あなたとはよい勝負になるはずです。」


 そして練習が始まった。基礎練習のあと、フィーと向かい合って構える。フィーの剣術は初めて見るから、何時ものように回避に徹しながら動きを観察する。


「やぁっ! フッ!! とやぁっ!」


 フィーは掛け声を出しながら連続して攻撃を放ってくる。想像していた以上に一撃一撃が鋭い。俺よりスキルレベルは高そうだ。だが、今の俺は回避重視だ。逃げる相手を捕まえるのはかなり難しい筈。


「逃げてばかりいないで向かってきなさいよ!」


 フィーからそんな挑発がとんでくる。


「俺は後の先を取る……カウンタースタイルなんだ。気にしないで攻撃してきてくれ。もう少しで合わせられそうだ。」


「合わせられるものなら、合わせてみなさい!」


 だんだんと攻撃の動きのパターンが読めてきた。この予備動作は頭狙いの振り下ろしだな。俺はフィーが振り下ろしを放つタイミングで、フィーの横に抜けるよう踏み込みながら胴打ちを放った!……といっても、実際はごく軽く当てるだけに調整する。


「痛っ!」


「え! 痛かった? そんなに強く打ってないはずなんだけど、ごめん。」


「ううん、確かに痛くないわ。不意を突かれて思わず言ってしまっただけだから、気にしないで。それより……もう一回よ!」


 それから何度もフィーとやったが、すべて俺が取った。大人気ないと言うなかれ。手加減した、なんてバレたらそっちのほうが傷つきそうな相手だったんだから、仕方ないのだ。


「うぐぅ……勝てない……」


 ちょっと涙ぐんだフィーに俺が困っていると、レンファさんが近づいてきてフィーに耳打ちをした。フィーはそれを訝しげに聞いていたが、最後に「やってみる」と頷いた。もう一度、向かい合って構える。フィーの攻撃。先ほどと変わらないように思える。フィーが振り下ろしの予備動作をしたので、同じように胴打ちのカウンターを合わせるべく踏み込んだ。しかし! フィーは振り下ろしをせずに、上段の位置で木剣を止めている。しまった! と思ったが遅かった。フィーの踏み込みを計算して胴打ちに入っていたので、思い切り空振りをしてしまう。その隙を狙って、フィーが上段で止めていた木剣を、踏み込みながら勢いよく振り下ろしてきた。


 がつん!


「いったーっ!!」


 よっぽど鬱憤がたまっていたのか、結構ガチなヤツが来た。


「あたった。」


 ぽかんとした顔でフィーがつぶやいた。レンファさんが大きく頷く。


「シンクの”行動観察”は、あくまで見たことのある動きにしか対応できないのさ。だから、変化をちょっと加えるだけでこうなるんだ。そして、シンクはスキルに頼りすぎ。初見の相手にそこまで見て立ち回っていたら、すぐに”行動観察”持ちってバレて、足元を掬われるよ。」


 と、レンファさんが言った。確かに、この広場にいるみんなとはいつも戦っているから、すでに大抵の戦闘方法を把握済みだ。初見の相手だと、どうしても見る時間が長くなってしまう。相手が”行動観察”について知っているだけで、逆手に取られてしまうというわけか。野球で言うと、ストレートが来ると狙って構えているところに、同じモーションでチェンジアップを投げられて、空振りするようなもんだな。


「”行動観察”は、モンスター相手なら非常に有効さ。寧ろモンスターの場合は、初見なら逃げ回りながらよく観察するのがお決まりといってもいい。あいつらの行動パターンは人間ほど広くないから、同じ敵と戦い続けるならとても便利だよ。」


 そこからは俺も、待ちから攻めに転じてフィーと戦った。向こうがスキルレベルも早さも上なので、なかなか攻撃が当たらない。攻めながら何とかフィーの攻撃を避けようとすると、今までよりも正確に、ギリギリで避ける必要が出てくる。スキル頼みで動作から行動を予測するのではなく、相手の思考を読んで、繋がる行動を予測するようにする。いろいろ新しい発見があり、勉強になった。レンファさんもきっと、俺に言うタイミングを見計らっていたのだろう。新しい相手のフィーが来たこのタイミングこそ、まさにうってつけだったわけだ。


 フィーにだいぶボコボコにされて午前の練習は終了した。あちこち痛い。MPも余っていることだし、神聖魔術の練習をしてみようか。


「ア・ロッギャ・カラ・アロー 癒しの光よ ヒール」


 お~痛みが引いていく。めっちゃ気持ちよい。これは癖になりそうだ。


「シンク、神聖魔術を使えるの?」


 驚いた顔でフィーが見ている。おぉ、久しぶりに、例の言い訳を使うかな。


「天才だからな!」


「あ……、うん」


 なんか痛い子を見る目で見られた。

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