第16話

「シンクは神聖魔術を使えるようになったのかい!? 昨日まで使ってなかったじゃないか。はぁ……セリアの血かねぇ」


 レンファさんにも見られていたようだ。


「ちょっと前に使えるようになりました。天才なので。ふっ。」


 無い前髪をかきあげるようなしぐさをして、不敵に笑ってみる。意味はない。ただ、邪眼的なスキルを手に入れた際には、片目を前髪で覆いたいとは思っている。いかにもな眼帯も捨てがたいけどな。


「使えるようになった?」


 小首をかしげながらフィーが聞いてくる。


「冒険者になるためにはいろいろな技術がいるからな。日々努力が必要なのさ。」


 適当に誤魔化しておこう。


「努力……、遊びもスキルの練習……、なるほど……」


 何がなるほどなのか分からないが、納得してくれたらしい。


「今日も午後は広場で遊ぶの?」


「うーん、みんなはたぶん集まって遊ぶと思う。俺はこのあと、別のことをする予定なんだ。」


 今日は、カルマ値を貯めるためのお手伝いの日なのだ。


「何をしにいくの?」


「そんな特別なことはしないけど、気になるならついてくる? 言っておくけど、面白くはないよ?」


「ついてく!」


「じゃぁ、ご飯食べたら、とりあえず広場に来てくれ。」


「わかった!」


 なぜか妙に張り切っているフィーと一旦別れ、昼食をとり、広場で再会した。遊ぶため集まっていたヒロ達に一言挨拶して、移動する。ステナさんも一緒だ。ステナさんはちょっと離れて見守るようについてくる。


「どこに行くの?」


「ついてくれば分かるよ~」


 別にぼやかす必要も無いんだが、せっかく面倒なお手伝いについてくるという人材だ。このまま、なし崩し的に手伝ってもらおう。正直に内容を伝えると、ここで広場に戻られてしまう可能性が高いからな。


「ここだ!」


「ここ、ってただの畑じゃない」


 着いたのは普通の畑だ。50㎡くらいの広さがある。畑で働いている、40代くらいの麦わら帽子のおじさんを見つけ、挨拶をする。


「こんにちはー、草取りに来ました。今日は友達も一緒です。」


「おー、シンクくん。いつもすまないね。お友達も一緒か、助かるよ。うん? ここらじゃ見ないきれいな子だね。誰かの親戚かな? まぁよろしく頼むよ。」


「草取り?」


「そう! 草取りだ。」


「なんでそんなことしているの?」


 期待していたことと違ったのか、がっかりと困惑が混じった顔をしている。


「フィー、分からないのか? 俺は冒険者を目指している。冒険者と言えば採取クエストだ。薬草、毒消し草などの採取だな。下積み時代には、そういった地味な仕事もこなさねばならない。だから草取りで”採取”スキルを鍛えているのだよ!」


 もっともらしく説明したが、本当は、カルマ値を稼ぐ目的のほうが大きい。スキルを鍛える目的も嘘ではないけれど、畑の草取りではあまり効率は良くないようだ。おそらく、スキルレベルを本気で上げるのに適しているのは、薬草など価値が高いものの採取なのだろうが、それらが生えている場所は森の中に多いらしい。となると、子供が1人で行くわけにもいかないしな。俺の場合はカルマ値も稼げるから、草取りでもまあ一石二鳥になるか、ということでやっている


「それに、アムリタがどういうものか知らないけど、”採取”スキルがあまりにも低いと入手できない……なんて可能性もあるじゃないか。」


「なるほど!」


 フィーは冒険者に憧れているようだけど、なりたいのかな? 冒険者になるため、って言うととりあえず納得してくれるようだ。腕まくりして、草取りの準備始めているし。ステナさんはというと、おじさんと何か話している。そして、フィーを見守るように、ちょっと離れた位置へ移動した。


「フィー、張り切るのもいいけど、こまめに水分補給を忘れずにね。冒険者は常にベストな体調を維持するものさ」


「なるほど! わかったわ!」


 フィーはなるほどの回数が多いな。夏場の水分補給なんぞ、前世だとニュースでやるくらい必須なことだ。しかし、こっちの世界の夏は……まぁ今住んでいる地域だけかもしれないけど、そこまでの暑さにはならない。エアコンなんて勿論無いけど普通に過ごせているし、風は乾燥していて気持ちがよい。日本の、熱気と湿度にまみれた、吹いてもちっとも涼しくない風とは違う。前世では日差しも肌がひりひりして痛かったが、今は痛いというほどではない。だから、こちらではそこまで水分補給に神経質になる必要もないのかもな。

 フィーに草の取り方をレクチャーする。ただ引っこ抜けば良いと思っていたようだが、ちゃんと根から抜かないといけないし、草によって根の張り方が違うから処理方法も違うのだ。それを感心した風に聞いている。勉強したわけではない、スキルで得た知識に対してそんな風にされると、なんだか申し訳ない気持ちになる。

 草取りを終えておじさんに報告すると、採れたての夏野菜一式をもらえた。ナスとかみずみずしくてとても美味しそうだ。


「持ちますよ」


 とニコニコ顔のステナさんが申し出てくれたので、お任せする。野菜を見て何やらとても幸せそうな顔をしている。野菜好きなのかな?


「次は何をするの?」


「次は牧場に行くぞ。」


「牧場ですか! 良いですね!」


 なぜかステナさんのテンションが上がっている。そんなステナさんをフィーが呆れ顔で見ている。牧場に着き、ここの牧場主の息子さんを見つけた。20歳くらいのにーちゃんだ。


「よう、シンク。今日も手伝いか。いつも助かってるよ。」


「こんにちは~、よろしくお願いします。今日は友達も一緒です。」


「お~、お友達か。手伝ってもらって悪いね。お! きれいな子じゃないか。やるじゃん、シンク。えっと、そちらの女性は……?」


 ステナさんがにーちゃんに話しかけて事情を説明している。にーちゃんは顔が赤い。ステナさんは美人だからな、など考えながら牛のところに移動する。俺はやることが決まっているが、フィーはどうしようかな?


「ここでは何を鍛えているの?」


 冒険者になるための鍛錬、と全く疑っていない様子だ。それっぽい理由を話さないとな。


「えーっと、あれだ! 冒険者になると、騎乗した戦闘も必要になってくるだろう? その時に動物の世話も出来ないといけないのさ。」


「ふむふむ、そこは騎士にも通じるものがあるわね。でも、なんで牛なの? もっと騎乗に適した動物の世話はしないの?」


「ここにはそういった動物はいないのだよ。無いものねだりしても仕方がない。その時その場所の状況で最善を尽くさないとな。」


 本当は、一番カルマ値の入手効率が良いのが牛の世話なのだ。どうも食料自給率に貢献するとカルマ値の上がりが良いようだが、あれかな? 食料が「生きる」ことに直結しているからかな? ただ庭で草むしりするよりも、畑の世話の方がカルマ値はもらえるのだ。


「その時その場所の状況で、最善を尽くす……」


 フィーが何やら感銘を受けている。適当言ってるだけなんだけどな……さて、早速お手伝いをしよう。牛に対して使うのは”エステティック”のスキルだ。疲労回復マッサージを行うことで、質の良い乳がでるのだ。気持ち良い筈だから、きっとストレス解消効果もあるだろう。食用の牛も美味しくなった、と評判が良いらしく、最近では行商人がよく買い付けに来るらしい。俺が牛のマッサージをしている間、フィーは牛舎の掃除なんかを手伝っていた。ステナさんは相変わらず見守っている……っと思ったが、今回はフィーと一緒に掃除をしている。そして、普段は別の場所にいるにーちゃんも、なぜかここで作業をしている。今日は暇なのか?

 手伝いがひと通り終わったころ、牧場のにーちゃんが


「搾りたての牛乳です。あなたのために、心を込めて搾りました……どうぞ!」


 片膝をついて、牛乳を恭しくステナさんに差し出している。何やっているんだ、あんた。


「あら、よろしいのですか? では遠慮なく、いただきますね。」


 ニコニコ顔で受け取って、とても美味しそうに飲んでいる。


「ステナだけずるいわ! 私もお手伝いしたのに。」


「わかったわかった、お前らにもやるよ。ほら。」


「なんか扱い雑じゃない!?」


 フィーはそう言いながらも受け取って、美味しそうに飲んでいる。俺も牛乳を受け取って飲んだ。美味い! 我ながらいい仕事をした。心なしか牛たちも良い顔になっている気がする。

 さて帰るか、ってところで、牧場のにーちゃんに呼び止められた。


「ステナさん、手伝いありがとうございます。助かりました……これ、心ばかりのお礼です。」


 肉、バター、牛乳、チーズと大盤振る舞いだ。待て、俺には普段そんなにくれないじゃないか!


「あら、何だか悪いですね。でも、せっかくですので頂戴しますね。」


 すごーくいい顔をして受け取るステナさん。あんたまさか、今回手伝っていたのはそれが目的だったのか!? もしかして、野菜を持つって言っていたのも、食べる権利を得るためとか? それは考えすぎか?


「ほれ、シンク。男なんだからお前が持て。」


「あ、はい。」


 重い牛乳とチーズを持たされる。まぁレベルが上がったステータスのおかげか、そこまで重いわけでもないけどね。


「まず、シンクさんのお宅に荷物を置きにいきましょう。」


 そう言って、ステナさんは歩きだした。足取りはとても軽い。スキップしそうな勢いを感じる。あ、牛乳とか持ってくれないんっすね。まぁ、すでに野菜やら肉やらを持っているから無理だろうけど。

 家について、かーちゃんを呼んで荷物を渡す。


「そう、みんなでお手伝いして、こんなにいただいたのね。なら、ステナちゃんもフィーちゃんも、夕飯食べていって。さっそくこのお肉と野菜を調理するから。」


「よろしいのですか? では……」


 我が意を得たりとばかりに乗ってくるステナさん。


「ちょ、ちょっとステナ! 夕飯までに帰らないとさすがに怒られるわよ。」


「大丈夫です、お嬢……フィー。すでに魔道具を使って連絡済みです。それに、お屋敷に持って帰った場合、フィーはともかく、私には絶対回ってこないんですよ……そんなの嫌です。このお野菜とお肉、私も食べたいです。」


 めっちゃ真顔でそんなことをのたまった。

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