第17話
「あ~! 猫ちゃんだ!」
フィーはラグさんを見つけて駆け寄っていった。ラグさんは あら? シンクの新しいお友達ね 仕方ないわね 撫でさせてあげるわ といった状態だ。
夕飯はバーベキューになった。かーちゃんとステナさんが切り分けて串に刺していき、とーちゃんと俺がその他準備と火おこし担当だ、”野営”スキルのおかげか、手伝いは非常にスムーズにできた。その間、フィーはラグさんにメロメロでめっちゃ撫でまわしていた。
あらかた準備が終わったころ、ひとりだけ猫と戯れていた事実を恥じたのかフィーがお手伝いを申し出たが、すでに終わった後だったので、焼きを担当してもらうこととした。
俺は”料理”スキルを持ってないので焼くとか無理なのだ。いや、待てよ? 今まで料理系は何をやっても駄目だったが、ひょっとして”野営”スキルでなんとかならないだろうか? ”野営”時の料理というのは普段の環境が整った状況とは違い、その場にあるもので工夫しながら調理する必要がある。試しに肉のついた串を持ってみると、どのようにして焼いたら良いかがすぐさま脳に浸透し、完全に理解できた。おぉぉ! これはすごい。正直、冒険者になるにあたって一番ネックだったのが、食事の準備だ。”料理”スキルを得ることが出来なかったらひたすら携帯食だけで食いつなぐしかないと思っていたが、これなら簡単なものなら料理できる。現地調達で食事を作れるのは、荷物の負担を考えるとありがたい。それに、まずい携帯食ばかりってのはしんどいからな。
「シンクも焼きたいの?」
ウキウキしながら焼いていたフィーにそう聞かれた。串を持ったまま考え事をしていたら、勘違いされてしまったようだ。
「いや、美味しそうな肉だなぁって思って見てただけ。」
「シンクさん、ご存知ないんですか? この村のお肉は王都で最近有名になっているんですよ。」
ステナさんが、こちらもウキウキしながらそんなことを言った。確かに最近は行商人が買い付けに来ると言っていたが、まさか王都でまで人気が出ていたとは。
「元々評判は良かったのですが、ここ数年で急激に美味しくなった、と食通の貴族の間で話題になりまして、一気に火が付いたのです。王都では滅多に手に入らないので、幻のお肉とも言われているのですよ!」
あ!っと手を打ってステナさんが続けた。
「美味しさの原因の一旦は、ひょっとしたらシンクさんのマッサージではないですか? あれのおかげで牛の乳の出が良くなった、と牧場主の息子さんも言ってましたし。実際、牛乳もあんなに美味しかったのですから、お肉もきっと!」
「シンクちゃんが、お手伝いでマッサージするようになってからお肉が美味しくなった、って話は聞いたことがあるわね」
「ほら! やっぱり! シンクさん次は豚をマッサージしましょう!」
そんなことを真顔で言われた。
「それにしても外で火を焚いて、お肉を焼くってとてもワクワクするわね! なんだか冒険しているみたい!」
フィーが先ほどから妙に楽しそうな理由がわかった。実際、火を燃やすってそれだけでなんだかワクワクするよなぁ。昨今では家の庭で焚火をしているだけでも通報ものだ。実際危ないのだけどね。大手を振って火を焚けるという意味では、キャンプという趣味はうらやましかった。焚火だけだけど。
前世ではキャンプしたことがない。虫がねぇ。あとエアコンが無いところってのはねぇ。それに外でご飯って、風が吹くと皿とか飛んでいくじゃん? どうにもそこまでしてやるものか? って思っていたけど、みんなで火を囲みながらご飯って、確かにワクワクして楽しいもんだな。冒険に出たら一人で野営もしなくちゃだろうな。火を見つめながらスキットルから酒を飲む……うーん、カッコいい! おっと6歳だから酒は飲めんか。朝はケトルでお湯を沸かして淹れ立てのコーヒーだよな。……コーヒーも、もう何年か待ったほうがいいのかな。まあそれはそれとして、今度野営の練習をやってみるかな!
肉が焼け、食べ始める。味付けは塩コショウだけだ。
「「おいしぃ~」」
フィーとステナさんは揃ってそんなことを言った。俺も続けて肉にかぶりつく。こんがり焼けた表面の香ばしさに続いて、肉汁が口の中いっぱいに広がった。一日働いて疲労した身体に、肉の旨みが染み渡る。無心でみんなで肉を食べていると、かーちゃんが不意にこう言った。
「フィーちゃんは顔立ちがお父さん似ね。アイルーン伯爵そっくりだわ。」
アイルーン伯爵? たしかここら辺を納める領主の名前だ。
「ブハァ!?」
「うわ! ちょ! 汚いなぁ」
かーちゃんのセリフを聞いてフィーが盛大に噴き出していた。噴き出したものが俺にかかった。うん? これは一部では需要があるかもしれないな。金髪碧眼の美少女が噴き出した肉を浴びる……いや、さすがに無いか。
「どどど、どうして?」
何やらめっちゃ動揺している。
「どうして?」
聞かれた意味がわからなかったのか、かーちゃんがそのまま聞き返していた。
「ど、どうして私がアイルーン家の娘だってわかったの?」
「うん? 顔立ちがお父さんとそっくりね」
あぁ、会話になっているようでなってないな。フィーの「どうして?」は「この村に住む一般人がどうして伯爵の顔を知っているか?」だと思うが。話が進まなくなりそうだから、助け舟を出しておこう
「かーちゃんは暁のメンバーだよ。とーちゃんもだけど。だから領主様とは面識があるんじゃないかな? ヒュドラ倒したときに感謝されたそうだし。」
うんうん、とかーちゃんがにこやかに頷いている。
「そ、そうだったのね……」
あれ? 午前にレンファさんに見せた反応と違うな。とーちゃん、かーちゃんに冒険譚をねだらないのか? 何やらこちらをチラチラ窺っている。あぁ、そうか。
「お肉シャワーについては謝罪しなくていいからな。美味しいからって慌てて食べるからだよ。よく噛んで食べなされ。」
「あ、うん、ごめん……ってそうじゃなくて!」
しばらく迷うようなそぶりを見せ、やがて意を決するように言った。
「えっと、シンクは私が貴族だって知って、なんとも思わないの?」
おう、そっちか。
「え? フィーが貴族なんて最初からわかっていたよ。あんなに綺麗な刺繍の入った赤いワンピースなんて誰も着てないし、ステナさんみたいなメイドさんをいつも連れている人なんていないもん。フィーはあれで誤魔化せてると思っていたの?」
「え!?」
「たぶん、あそこにいた誰もがわかっていたと思うよ?」
「え~~!!」
そんな驚いているフィーをニマニマ見ながら、飯が美味いとばかり、ステナさんは肉をがっついていた。
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