第18話

「ステナ~、あの服だと貴族だと気付かれる、って分かっていた?」


「ええ、もちろん。」


 涙目で問うフィーに対して、ステナさんは穏やかないい笑顔で答えていた。


「なんで教えてくれなかったの!?」


「お友達になって一緒に遊びたい、というのがフィーリアお嬢様の願いだったからですよ。嘘ついて友達になってもらってどうするんですか。」


「あう!」


「実際フィーリアお嬢様は、先ほどシンクさんに貴族だと知られた時、どう思いましたか? 嘘がばれて友達でいてくれなくなるかもしれない、って思ったんじゃないですか?」


「うぐぅ!」


「まぁ何はともあれ、嘘はつかないことです。いずれバレますし、バレた時に信用を失います。それに、フィーリアお嬢様は飛び切り嘘が下手ですので、これを機にご自覚ください。」


 ステナさんはまるで妹をたしなめるお姉さんのようだ。しかし、貴族って腹芸できなくても大丈夫なのかな? そんな余計なことを考えていたら、フィーが神妙な顔でこちらを見た。


「シンク、嘘をつこうとしてごめんなさい。これからも友達でいてくれる?」


「もちろん。えっと、フィーリア?」


「フィーがいいわ。本名はフィーリア・ロウ・アイルーンだけど、みんなが呼んでくれるフィーが、とても気に入っているの。」


「そう。フィー、これからもよろしく。」


 そう言って俺たちは握手をした。……ステナさん、そのニマニマした笑顔で見られていると、先ほどの良い言葉が台無しっす。


 翌朝、フィーはみんなにも同じように、貴族の身分を隠していたことを謝罪した。俺の予想に反し、ほぼ全員が気付いていなかったのにはちょっと脱力したが、誰一人としてフィーを差別したり、距離を置こうとはしなかった。まぁ、貴族というものがいまいち何なのか分かっていない風ではあったが。ちなみに、俺も前世で読んだ漫画・小説から得た以上の知識は持っていない。近づかない方がいいやつ、って程度の認識しかない。フィーの場合は、向こうからやってきたので避けようがなかったし、結果として良いやつだったのでよかったねって感じだ。これが粗暴なやつで、うっかりジャ〇アン化でもされようものなら、さぞ辛い少年時代になったのであろうが……いや、昨日と同じように練習時にフィーにボコボコにされているので、あんまり変わらないかもしれない。更に、みんな気付いていなかったじゃないか話が違う、と言わんばかりの勢いもあり、強めに殴られた気がする。


 さて、午後になった。広場で遊ぼうと集まっていたが、空の雲行きが怪しい。俺の”天候把握”スキルが、これから風が強くなり雨が降ると告げている。レンファさんがやってきた。妙に焦ったような顔をしている。どうしたんだろう?


「みんな、聞いてくれ。普段ここらでは見ない、強いモンスターの目撃情報があった。それもどうやら複数いるらしい。すぐに家に帰って、親御さんの言うことよく聞くように。」


 レンファさんはヒロと俺とイーナを集めて言った。


「ヒロ、シンク、イーナ。この村で強いモンスターと戦えるのは、私たちとあと数人しかいない。人手が足りないから、私たちは家にいることが出来ない。ヒロ、すまないけどみんなをまとめて、戸締りをしっかりとして家で待っていてくれないか? シンクも、今日は私たちの家で待っていておくれ。夕飯には帰るよ。」


「まかせてよ! 母さん。俺たちは他の小さい子を家に送ってから、しっかり戸締りして待ってるよ!」


 おぉ、この非常時に他人も気遣える。さすがヒロだぜ。俺はというと、どうしたらいいんだと内心わたわたしていた。


「あぁ、そうしておくれ。イーナ、お兄ちゃんたちの言うことを良く聞いて、おとなしく待っているんだよ。」


「あい」


 イーナは良くわかってない風だが、雰囲気に呑まれたのか若干不安そうに返事をしていた。


「シンク、イーナ、ヒロ。気をつけてね!」


 ステナさんに連れられて帰るフィーが、俺たちに声をかけてきた。


「おう。フィーも気をつけて帰れよー」「ふぃーねーたん、ばいばい」


 フィーと別れ、小さい子を送り、ヒロ達の家に帰って戸締りをした。俺は一旦家に寄ってラグさんを探したのだが、いなかった。まぁ、ラグさんはそこらのモンスターにやられるような猫じゃなさそうだし、大丈夫か。

 家に寄ったついでに、イーナと遊ぶための積み木を持ってきた。3歳の誕生日に俺がもらったやつだ。リビングのソファーの上でイーナとしばらく遊んでいると、風が強くなってきたのか戸がガタガタと鳴りだした。雨が屋根を打つ音は強くなったり弱くなったりとまばらで、降ったりやんだりしているようだ。

 イーナは最初は元気に遊んでいたが、次第に静かになっていった。ムスーッとした顔をして、何を話しかけてもだんまりするようになってしまった。眠くなってきちゃったかな? そっとしておこう。気がつくともう夕飯の時間だな。喉が渇いたので水でも飲もうかとキッチンに行くと、ヒロがいて同じく水を飲んでいた。


「シンク、強いモンスターって、どんなモンスターだろうな?」


 強いモンスターかぁ、嵐の中の強いモンスター。俺は、いつぞやイーナに読んだ絵本に出てきた魔物を思い出していた。その時、ガタンっと一際大きな音が鳴った。


「風が強いなぁ。……レンファさんの慌てようからいって、相当じゃないか?」


 まぁさすがにベヒーモスってことは無いだろうけどな。某ゲームのベヒーモスと同じだったらメテオ使ってくるしな。


「普段ここらにいるモンスターは、10レベル未満だ。強くてもビッグボアぐらいで、そこまで危険なモンスターじゃない。村で倒せる人が限られる、ってことは20レベル以上はありそうだな。とーちゃん達のレベルは30超えているって話だから、かなり余裕はありそうだけど。」


 と俺が言った。さっきから家全体が風に叩かれガタガタと鳴りっぱなしなので、ちょっと話しづらい。


「でも、守る範囲が村全体ってなると、それだけで結構厄介だよな。牧場もあるからかなり広い。4人やそこらでカバーするにも限界があるよな。」


「もう夕飯の時間だけど、帰ってこないのはそのせいかな。ギースさんが村全体に結界を張ってくれていたから、それを強化してから討伐に向かったけどなかなか見つからない、って感じなのかもしれない」


「飛べるモンスター相手だとしたら、いっそう厄介だな。攻撃する手段が限られるし。」


「考えてみると、普段の練習のときは地上にいるモンスターしか想定してなかったな。もっといろいろ練習して、いろんなパターンのモンスターに対応できるようにならないとな。」


「そういえば雑貨屋さん、ていうか酒場の店主さんか。あの人、かなり強いらしいぜ。」


 なんて話をしながらリビングに戻った。


「イーナ、お腹空いただろう。母さん達帰ってこないけど、ご飯にしよう。」


 しかし、ソファーの上にいた筈のイーナの姿が消えていた。 


「シンク、イーナは?」


「イーナならソファーで眠たそうにしていたけどな? トイレかな?」


 ヒロと手分けして家の中をあちこち見回ったが、ベッドの下も、戸棚の中も、思いつく限りの場所を全部探しても見つからない。



 イーナがいない!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る