第64話

 マチルダ様にも”エステティック”にてマッサージを行うこととなった。こちらの主目的はアンチエイジングだが、せっかくなので疲労回復効果があるマッサージも先に行うことにした。

 施術のために化粧を落としてもらったところ、30代後半ぐらいだろうと思っていた外見が、40代後半くらいになった。ううむ、化粧って凄いんだなぁ。

 マチルダ様もカテジナ様と同様に、疲労回復マッサージの途中で寝てしまった。ダイエットマッサージは……いいか、十分痩せているしな。と飛ばそうとしたら、侍女さんたちに止められた。


「奥様はこの部位を気にされていました。」「二の腕のたるみも。」


 あれこれ指摘されたので、侍女さんに言われた通りにやっていく。いや十分細いだろ、と思うんだが……どれくらいまで細くしたらいいのか、加減が分からない。仕上がりに満足していただけるかは疑問だが、文句があるとしたら侍女さんたちに言って欲しいものだ。

 自分としては、女性はある程度贅肉が付いていたほうが好みなんだけどな。ガリガリだと魅力は無いと思うのです。男性はヒップラインの丸みに興奮する、とも言うしね。

 続いて、アンチエイジングを施していく。本当に魔法のような効果だ。皺が無くなり、肉の弛みも引き締まり、フェイスラインもすっきりした。終わってみると、マチルダ様も20代半ばくらいに見えるようになってしまったが……術後に会う人はマチルダ様と分からないのでは、と余計な心配をしてしまう。 

 侍女さんたちに後を任せ、応接間へ移動する。執事さんだけが入室してきた。


「カテジナ様の件は言うまでもないのですが、他にも色々とご心労の絶えない日々でしたので、あのように安らかにお休みのところを妨げることがはばかられました。突然お呼び立てしておきながら大変申し訳ないのですが、報酬に関しましては後日でも宜しいでしょうか? 勿論、シンク殿の功績に応えるだけの報酬を、主人とじっくり吟味させて頂きたく思います。」


 報酬の話が出たところで、執事さんを待つ間に考えていたことをお願いしてみた。地級を目指す上で雑務系依頼をあと2件達成する必要があること、自分宛に何か2件依頼を出して達成扱いにし、サインして欲しい旨を説明する。

 執事さんは頷き、明日にでも受けられるようにしておいてくれると約束してくれた。報酬についても、依頼票にサインする時に話をすることとなった。よし、これで雑務系をクリアできれば、あとは楽勝だ!


 翌日。冒険者ギルドへ行くと、俺宛てに名指しの依頼……指名依頼が2件来ていることを受付のお姉さんが知らせてくれた。依頼票の内容は、建物の浄化、疲労回復薬の調合、となっている。どちらも似たようなことは既にやってあるな。そのまま受けて、お屋敷へ移動する。


 到着するといつもの応接間へ通され、程なくしてマチルダ様とカテジナ様が入ってきた。マチルダ様は昨日までとは違い、薄いナチュラルメイクだ。服装も、明るいピンク色を基調としたロングドレスである。施術前の姿で着るには少女趣味だったかもしれないが、今の姿にはよく似合っている。足取りも軽いのは、疲労が抜けたからだろうか。


「昨日はご挨拶もせず、それどころか報酬も払わずに、大変失礼致しました。」


 マチルダ様とカテジナ様が揃って頭を下げる。それには俺が慌てる。


「どうぞお気になさらず! お疲れがそれだけ溜まっていたということですから。それよりお2人とも、お身体の方はいかがでしょう。調子が悪いところはありませんか?」


 特にカテジナ様は体型が一気に変化したのだから、普通なら影響がある筈だ。体積があれだけ減ったら、血液量とか過剰になっていると思うんだが。


「滅相もない! 呪いを解いてくださったばかりではなく、長年、何を試してもびくともしなかった脂肪を落としていただいて。それに、このような若返りまで……まるで生まれ変わったようです!」


 カテジナ様は声を弾ませ答えてくれた。カテジナ様の明るく高めの声は、今の20代中頃の外見にマッチしている。ひょっとしたら元々これくらいの年齢で、体形や呪いのせいで老けて見えていただけなのかもしれない。明るい空色のロングドレス姿が大変可愛らしい。


「本当に。こんなに調子が良いのは、生まれて初めてです。」


 マチルダ様も体調は問題ないようだ。


「さて、シンク殿へ支払う報酬ですが……何分、前例がなく、幾ら支払うのが妥当なのか迷っております。私どもが得た物は、万金にも代えられないものでしょう。何か望むものはありませんか? 私で叶えられることでしたら、可能な限り尽力いたしましょう。」


 うーん、叶えてほしいもの……今は特に思いつかないんだよなぁ。流行しているお菓子のレシピ、じゃ多分釣り合い取れないだろうしなぁ。となると、俺の旅の目的の1つである『あれ』の情報を聞き出してみるか。


「それでは……私が冒険者を志した理由の中に、アムリタを手に入れるという大きな目標があります。どんな種類の情報でも構いません。アムリタについて、何かご存知ないでしょうか?」


「アムリタ……ですか。」


 マチルダ様は難しそうな顔をする。少し考え込んだ後、申し訳なさそうに再び口を開いた。


「王国の宝物殿に、1つだけ存在しています。しかし、流石にこれは私の一存では差し上げられません。他にアムリタについての情報でしたら……、古の種族エルフのみが製造できた、と伝え聞いております。」


 エルフ! そういえば、この世界には異世界モノのお約束であるハーフリング、ドワーフ、エルフ、獣人といった人達を見たことがないな。古かぁ……エルフに関しては、昔はいたけど今はいないってことね。獣人はいないのかな? ケモナーではないが、リアル猫耳は見てみたい。


「ミロワール領内に、エルフに関する遺跡『朽ちた庭園』があります。現在は王家の直轄となっている場所ですが、そうですね……そこへの立ち入り調査を望むのでしたら、私の権限で許可を取り付けられます。『朽ちた庭園』の調査権を報酬代わりに、というのはどうでしょうか?」


 おぉ、遺跡の調査か! 正直、考古学的知識なんて無いから、見ても何が分かるって物じゃないだろうけど、入れるものなら入って見てみたいな。遺跡とか、何か「冒険している!」って気がして良いぞ!

 ……しかし、王家直轄地への立ち入りを許可できるって、本当にマチルダ様は何者なんだろうか?


「ぜひ、それでお願いします。」


 報酬は決まり、マチルダ様から書状を受け取った。遺跡を管理している事務所へ提出すれば、遺跡内部へ立ち入ることができるらしい。他に、僅かばかりと言われながらも結構な大金を渡された。旅費が一気に潤沢になったな。依頼票2枚にも達成のサインをしてもらったし、これで雑務系の依頼は完了だ。


 2人に玄関ホールまで見送られながら、屋敷を辞した。しかし、「魔術を使って即終了」の依頼とばかり思っていたのに、今回は変なことに巻き込まれたものだな……カテジナ様を覆っていたあの呪いは、結局何だったのだろう? もう命を狙われるようなことは無いのだろうか? 俺が心配しても、どうこうできる問題ではなさそうだけど……。

 カテジナ様といえば、いくら魔力を込めたとはいえども、揉んだだけで消えていった脂肪が謎だったな。脂肪繋がりで言えばマリユスもそうだ。食べた分だけ脂肪となり、脂肪はMPとして活用できるというあのスキルも大概謎だ。

 この世界に元からいる人間はあまり気にしていないようだが、異世界から転生して中途半端に知識がある俺には、おかしく見える部分がかなりある。

 例えば毒だ。前世では、ほんの一刺しや一口で人間を死に至らしめる毒を持った生物は、割と多く存在していた。しかしこちらの世界では、猛毒を持つモンスターの攻撃をまともに食らっても、一撃で死亡する程ではないのだ。モンスターのように人間を狩る存在が、人間に対して致死量の毒を持たないのは、何故なのだろう。

 これは俺の推論だが、この世界の毒は魔素的な仕様の一つなのではないだろうか? 毒に種類は無く、強弱に関してはLvがあるだけ。これらの仕様はある意味ゲーム的というか、人間にとってやたら都合が良いように思える。

 回復魔術についてもそうだ。神聖術Lv2の”キュア”はあらゆる状態異常に効果があるのだが、それって具体的に体内で何が起きているんだよ、って話だ。本来なら毒はさまざまな種類があり、治療法も中和とか、体外への排出を促すとか、抗体を用いるとか、毒の種類に合わせて行われるものだろう。麻痺の状態だって、突き詰めれば神経毒じゃないのか、と思えてしまう。

 これまた仮説なのだが、回復魔術系は言ってみればヒトゲノムのような、人体の設計図と言うべきものを元に、異常となっている部分を正しい状態に治す働きがあるのではないだろうか? ではその『ヒトゲノムのようなもの』が何であるかと言えば、やっぱり、『魂』の存在が妥当だと思う。何せ俺は転生者。前世――こことは別の世界から、魂だけ引っ越してきた存在だ。魂という存在があることを、自ら体験し証明している。

 俺の魂について、改めて考えてみる。前世の世界で、今とは全く異なる身体に入っていたのが俺の魂だ。女神が転生時に”精神耐性”を与えたのも分かるというものだ。別の世界の、別の身体の設計図を持った魂を、こっちの0歳児の器につっこんだのだからな。”精神耐性”スキルが、魔素という未知の存在に慣れていなかった俺の魂を守ったのだろう。そう考えると”精神耐性”というスキルは、魂の防御スキルってことなのかもな。

 そして、これだけ魂と身体の間に相互の影響を受けるということは、前世の人間とは違って、この世界の人間の身体は、もっと魔素的な要素で構成されているのかもしれない。人体の60%は水分です……ではなくて魔素です! みたいな……そう考えれば、そりゃあMP枯渇でぶっ倒れるわけだよな。

 待てよ? 前世の世界では太古の昔、地球に酸素が生まれたとき、それは生物にとって猛毒だったという。その猛毒であった酸素を取り込んで活動エネルギーとできた生物が、劇的に数を増やしていったそうだ。となればだ……この世界に魔素が満ちた時に、それをエネルギーとして活用できるような人間が適応していった、とも考えられるな……。


 謎は尽きないまま冒険者ギルドへ戻ると、マリユスがいた。このパンパンに膨らんだ身体はMPでできている。もし仮に……だ。マリユスに対して”エステティック”のダイエット効果があるマッサージをしたら、穴が開いた風船みたいにぷしゅーっと魔素が抜けていくのじゃないだろうか? それとも、普通に脂肪として消えていくだけなのだろうか? 


「?」


 俺が手をワキワキさせながら近づいたせいで、マリユスに怪訝な顔をされてしまった。

 結果から言うと、何だか怖くて試せなかった。「ぷしゅーっ」ならまだしも、「パーン!」って破裂しそうな感じがしたんだ。

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