第63話

 翌日。冒険者ギルドへ向かうと、中に入って早々、昨日の執事さんに呼び止められた。


「シンク殿、おはようございます。」


「おはようございます。どうされましたか?」


 執事さんは深々と礼をすると、少し声を落として切り出した。


「我が主が、シンク殿をお呼びです。大変恐縮ですが、館までご足労願えないでしょうか。勿論、謝礼は用意しております。」


 冒険者ならここを拠点に行動しているだろう、と張られていたようだな。さて、どうしよう。昨日に引き続き、面倒ごとの匂いがぷんぷんするが……俺の躊躇いを察したらしい執事さんが、周囲を確認し、更に声を落とす。


「実は、昨日見ていただいた方の体調が、思わしくないのです。ご助力を頂けないでしょうか?」


 あら? 呪いはしっかり解けた筈だがな。人命が関わっているとなると、あまりごねるのも気が引ける。まぁ、この人たちとは既に関わりを持ってしまっているから、今更無かったことにもできないし、協力するだけしておくか。


「そういうことでしたら構いませんよ。今からですか?」


「ご都合さえ宜しければ、すぐにでも……。」


 体調が優れないというなら、あまり悠長にもしていられないか。


「分かりました、ご一緒します。」


 屋敷に着くと、ラグさんは既に姿を消していた。昨日と同じ応接間に通され、お茶を振る舞われる。お茶を飲んでいると、マチルダ様が執事さんと入ってきた。


「良くぞお越しくださいました、シンク殿。」


「カテジナ様のご容態が優れない、と伺いましたが。」


「えぇ。長らく呪いを受けていたためか、身体が奥底から疲弊しきっているようなのです。”ヒール”や、薬も幾つか試してみたのですが、効果が無く……そこで、神聖術をLv8まで修めたシンク殿に、今一度カテジナを診ては頂けないかと。」


「……私にできることがあるか分かりませんが、それでも宜しければ。」


「えぇ、勿論。無理なお願いであることは、重々承知しておりますので。」


 寝室に通されると、カテジナ様はベッドに入った状態で身を起こしていた。昨日は50代くらいに見えたのだが、呪いが解けて顔色が若干良くなったためか、40代くらいに見える。まだまだ目の下には隈が残り、健康体には全く見えないけど。


「シンク殿ですね。呪いを解いていただき、ありがとうございます。まだ身体の調子が良くないものですから、このような姿で失礼します。」


 目覚めた早々に聞いた掠れ声よりも、ずいぶん可愛らしい声なのが少し意外だった。さて、診てくれと言われたものの、俺は医療系のスキルを所持していない。ならばせめて疲労回復……となると、あれしか無いんだよな。


「カテジナ様にひとつ、試みたいスキルがございます。しかし、お身体に直接触ることになりますし、効果も保障はできないのですが、それでも宜しいでしょうか?」


「何というスキルなのでしょうか?」


 カテジナ様が不安げに聞いてくる。


「”エステティック”という名前で――」


「”エステティック”!? あの伝説の?」


 聞いていたマチルダ様が、何故か驚きの声を上げた。へ? 伝説?

 すかさず、ラグさんから念話で呼びかけられる。


(シンク、あなた”エステティック”のレアリティ、覚えているかしら?)


(そりゃ勿論。何てったって、一番最初のガチャで引いたスキルだからね。SR+だよ。)


(なら、”剣術・極級”のレアリティは覚えている?)


(剣術に限らず、極級は全部SR+……あ!)


(そう、習得すればこの国では貴族になれるスキルと、同じレアリティなの。戦闘系スキルですら、世間では極級に至る者なんて滅多にいないわ。技術系、特に習得条件が失われてしまったものは、伝説と称されるのも無理ないのよ。)


「聞くところによると、若返りの効果もあるとか……。」


 驚きが消えないまま、えらく真剣そうな表情をしているマチルダ様が呟く。若返り? アンチエイジングのことだろうか? 


「確かに、それに類する効果はあるかもしれません。しかし、実際に年齢が若返るのではなく、皺を消したり、肌の張りを良くしたり、バストアップやヒップアップなどの効果があるだけですよ?」


「それは十分、若返りですよ! ぜひ試してください!」


 カテジナ様が凄い勢いで食いついてきた。


「こちらは問題ありませんが、その……、施術するには、お身体を隅々まで触る必要がありまして……。」


「構いません!」


 即答のカテジナ様。勢いに気圧されつつ、これは流石に不敬かなぁと思いながらも、おずおずと申し出てみる。


「それなら……折角なので、ダイエット効果があるものも試しましょうか?」


「そ、そのようなことまで!! どうか、宜しくお願いします!」


 カテジナ様から、慄きながらも思いっきり頭を下げてお願いされてしまった。


 さっそく準備を始める。手伝いに侍女さんが数名ついてくれた。マチルダ様も同席するようだ。

 さて、ただの疲労回復マッサージだけなら、村の牧場で牛にしていたのと同様、特に道具も要らなければMPも消費しない。しかし、アンチエイジングやダイエット、より効果の高い疲労回復を狙うなら、該当するオイルを使うし、前世の世界のエステサロン等にある専用マシーンの代わりに、MPを消費してその効果を現さねばならない。

 オイルについては以前、物は試しと”調合”してあるので問題はない。スキルレベルを上げるのにちょうど良い難易度だったためだが、これら各種オイルのレシピはどうやら”調合”スキルからではなく、”エステティック”により得られているようだ。

 材料はモンスターからのドロップで賄えた。レア素材の種類をかなり必要とするのだが、ルイスの村を防衛した時に大量に入手できたので、十分足りている。


 準備が整ったところで、施術を開始する。まずは疲労回復だ。優先順位的にもそうだが、先に身体の内側の調子を整えたほうが、ダイエットやアンチエイジングの効果もより高まりそうな気がするからな。

 疲労回復用のオイルを塗り、背中側から全身のマッサージを行う。マッサージの際に指先から魔力を流し、より疲労回復の効果が上がるようにする。


「これはぁ~……何とも気持ちが良いですねぇ~……。」


 ふわふわとしたカテジナ様の声がふと途切れたと思ったら、小さく寝息を立てていた。起こすのも悪いので、寝かせたまま施術を続ける。

 疲労回復の次は、ダイエットだ。お湯を絞った布で身体に残ったオイルを拭い、新たにダイエット用のオイルを垂らしていく。ウエストにたっぷりと付いている脂肪から揉みしだき、これまた脂肪を分解させるべく手の全体から魔力を流す。

 正直、ダイエット効果を狙って使うのは初めてだ。オイルがあっても使う対象がいなかったしな。さてどうなるか、と思って見ていると……何と、皮膚の下の脂肪がみるみる薄くなっていく! 何でだ!? 施術している本人も驚きの効果だ! やっている人間が驚いているくらいなので、見ている人間も当然驚く。


「みるみるうちに脂肪が!」「ウエストがどんどん細くなっていくなんて!」


 この調子で身体全体をマッサージしていく。ひと通り終えると、カテジナ様はふた周りほど小さくなっていた。これは何がどうなっているんだ……? これだけの脂肪がいっぺんに無くなれば、皮膚が余り、弛みそうだがそれもない。不思議だが、ここで考えていても答が出るわけじゃないので、次に行く。

 最後はアンチエイジングだな。先ほどと同じようにオイルを塗りかえ、マッサージを行っていく。まずは顔から。皺の気になる目尻を、ほうれい線を、魔力を込めた指でなぞっていく。するとどうだろう、粘土の皺を塗り潰すがごとく、簡単に消えていく。バストをマッサージすれば形と張りがよくなり、ヒップもたるみが直り、グイっと盛り上がった。……俺の指はどうなっているんだ? 

 マチルダ様や侍女さん達は息を呑み、驚きのあまり声も出ないようだ。


 因みにだが、施術していてもエロい感情は一切湧いてこない。まさに、魂を込めて仕事に徹する職人のような精神状態になる。


 全ての施術が終了するとカテジナ様は、ほんの僅かぽっちゃりしている程度の、20代半ばくらいの女性になっていた。実年齢が幾つなのか分からないが、たった1回の施術でここまで変わるものなのか?


「終わりました。」


「……ハ!」


 驚きのあまり時間の止まっていた侍女さんたちが、俺の声で動きだした。カテジナ様の身支度を整えるということなので俺は退室し、応接間で待つ。しばらくすると、マチルダ様が執事さんを伴って入室してきた。


「カテジナの体調は、見違えるほど良くなったように見えます。本人は今も、安らかな寝息を立てて眠っております。シンク殿、ありがとうございました。ふふふ、きっと起きたら、自分の身体の変化に驚くでしょうね。」


 言っちゃ何だが、もはや別人だものな。俺だったら、鏡を見て悲鳴を上げるかもしれない……。


「時に、シンク殿……神聖術Lv8のみならず、伝説のスキル”エステティック”の使い手よ。この私に仕える気はありませんか? 十分な報酬は約束しましょう。」


 突然そんなことを言われ、我に返る。マチルダ様は、鋭い眼差しで続けた。


「この国では、神聖術Lv8の使い手は、極級の使い手と同じ待遇になります。下手にこの話が漏れれば、あなたを貴族へ……という話も出ましょうが、さまざまな面倒事に直面することにもなるでしょう。私なら、それらから貴方を守ることができます。今の生活を大きく壊すことなく、貴族のように豊かな生活を送れるようにいたしましょう。」


 成る程……昨日ラグさんが言っていたのは、こういうことか。


「せっかくのお心遣いですが、私は今『フィーリア様と冒険者のパーティを組んでおります』ので。」


 マチルダ様は特に驚いた様子もなく、しばしの沈黙の後、力を抜いたように笑みを浮かべた。


「やはり駄目ですか。貴方のことは少し調べさせてもらいましたが、体術も天級だとか。ジョアキムも、良い部下を持って羨ましい限りだわ。しかし、娘の護衛に留めるには勿体ない人材だと思いますが……噂通りの親バカ、といったところかしらね。」


 わぉ! 伯爵の名を呼び捨てだぜ! 本当にこの人何者なんだろう……どう答えたら良いのかと沈黙していると、マチルダ様は続けた。


「あなたを雇うことは諦めましょう。しかし……その、できれば……ですね。先ほどの施術を、私にも施していただけませんか?」


 うーん、このアンチエイジングやダイエットの効果が広く知られてしまうと、俺の身をどうにかしてでも手に入れようとする輩が現れそうな予感がする。……しかし、「その伝説級のスキルを故郷の牧場で、牛のマッサージにばかり使っていました」なんてことがマチルダ様にバレたら、むちゃくちゃ怒られそうだな。

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