第62話

 ”鍛冶・極 神具複製”が今のままじゃ使い物にならないことが分かり、宿のベッドで1時間ほど不貞寝した。最上位レアの筈のURは、”龍殺斬”といい”メテオスウォーム”といい、勝手が悪過ぎて正直あまり使えないものばかりで、実際はハズレと同意ではないかとも思えてくる。しかし、いつまでも寝ているわけにもいかない。俺も依頼を受けるため、ギルドへ移動する。


 簡単な討伐でも受けて、手に入れたスキルを試してみるのも良いかもな……と依頼の貼ってある掲示板を眺めていると、雑務系の依頼に目を惹くものがあった。募集要項には、『冒険者ランク不問』『神聖術Lv5以上の者』とある。神聖術は先ほどLv8になったばかり。何をさせられるのかは不明だが、こういう条件を出してくるのなら、魔術を使って即終了の内容な気がする。時間をかけて掃除や荷運びをさせられるよりは楽そうだ。よくよく見てみると、それなりに依頼料も高めだ。誰かに先を越される前に受けるとするか。

 掲示板から依頼票を剥がし、受付へ持っていく。そういえば、冒険者になって初めての依頼だな。まあ大丈夫だとは思うが、先も長いことだし、しょっぱなから面倒ごとは避けたいなぁ……楽に終わりますように。


「すいません、これを受けたいのですが……。」


「はい、ではギルド証の提示をお願いします。……シンク様ですね。こちらの依頼は神聖術Lv5以上の指定があります。シンク様は条件をクリアされていますでしょうか?」


「はい。クリアしています。」


 ”嘘看破”で確認しているのだろうから、はっきりと明確に答え、嘘でないことを強調する。


「確認取れました。では、こちらの住所へ直接向かってください。そこで依頼の詳細の説明があります。依頼票をお持ちになって、完了の際はこちらに依頼主様からサインを頂くようにしてください。サインの入った依頼票と引き換えに、依頼料をお支払いします。」


 依頼票には新たに受付日と受付担当のサインが入っていた。お姉さんが指し示した場所にはもう1つサイン欄があり、そこへ完了の証明を貰うようだ。

 さっそく教えてもらった住所へ向かう。喧騒溢れる街中から、徐々に静かな住宅街へと景色が変わっていく。周囲を見回すと、家々はどれも立派で庭も広く、屋敷と呼んで差し障りの無いものだ。依頼人の住所は、そんな中でもひときわ大きなお屋敷であった。


「ラグさん、どうしよう? さすがに猫を連れてこのお屋敷を訪問するのは、怒られそうな気がするよ。」


(そうねぇ。でも、こうすれば問題ないでしょ?)


 そう言うと、たちまちラグさんの姿が目の前から消えた! ”魔素視”や”精霊視”等、各種探知系のスキルにも一切反応しない。どうなってるんだ?


(これでついていくから、私のことは気にしなくていいわよ。)


 ”念話”だけがいつものように聞こえる。……気にしても仕方ないか。女神の関係者ってことは、神の眷属。つまり、天使とかそういう類の存在なのだろう。天使の割にはちょっと口調がすれている気もするが、女神からしてヤンキーみたいだったからな。案外そんなものなのだろう。


 警護で立っている様子のいかつい門番がいたので、依頼票を見せ、訪問の理由を告げた。

 門番にも「神聖術Lv5以上を使えるか」の確認をされたので、これまた明確に「使えます」と答える。すると今度は屋敷の扉から執事っぽい人が出てきて、応接間のような場所へ通された。改めて依頼票を出し、ギルドカードを提示して名乗る。執事さんは、このまま待つようにと告げて退室し、俺は室内に1人残された。毛足の長い絨毯に、見るからに高そうな調度品の数々、傷や汚れを心配して実用を躊躇されているのではと勘繰ってしまうような、一点の曇りも残さず磨き上げられた豪華な家具。


「……あるところにはあるもんだなぁ。」


 と、下世話な感想を呟いて待つことしばし。さっきの執事さんが、何やら厳重に鍵をかけられた木製の箱を抱えて入室してきた。


「お待たせしました。では、依頼の内容をお伝えします。……こちらの品にかけられた呪いを、解除していただきたいのです。」


 箱を開けて見せられたのは、禍々しい呪いのかかった宝石だった。掌に収まるくらいの大きさの、恐らく赤い石なのだろうが、呪いのせいで黒い靄が全体を覆っているのでよく見えない。宝石類の呪いの話は、前世でも有名だった。テレビや雑誌でも、たまに特集が組まれていたっけな。だいたい持ち主は非業の死を遂げたり破産したりしていて、所有者を転々としながら最後は博物館等に死蔵される、ってパターンだ。

 宝石類は術具として非常に優れている面があるようだから、呪いの効果が顕著に出るのもそのためだろう。この世界では実用的な術具として、そして装飾品としても価値があるため、宝石類の需要は高い。そんな宝石が呪われたままでは、価値も半分以下になってしまうだろう。依頼としては非常に分かりやすいし、神聖術Lv5以上という条件も頷ける。Lv5の魔術”浄化”には、呪いの解除効果も含まれるのだ。


「分かりました。さっそくやってみます。」


 詠唱し、ついでに”魔力強化”で威力を上げて、宝石に魔術をかけた。


「”浄化”」


 白い輝きが宝石を包み込む。宝石の周囲を覆っていた禍々しさはすぐに晴れたが、内部の呪いから強い抵抗を受ける。


「むぅぅ!」


 更に”魔力強化”を行い、魔力を込める。しかし、呪いの抵抗も激しく、宝石内部まで”浄化”が届かない。このくそ! っと、どんどん”魔力強化”を重ねていく。部屋中を白い光で満たしながら、”浄化”の力がついに宝石内部へ浸透した。


 パァァァン!


 ようやく内部に届いた”浄化”は存分にその威力を発揮し、呪いは破裂音と共に一気に解けて散った。衝撃と音が大きくてちょっと不安だったのだが、宝石には傷がついた様子もなく、透き通った赤い輝きを取り戻している。


「ふぅ、どうにか呪いを解くことができました。ご確認ください。」


「確認いたします。少々お待ちください。」


 執事さんはそう言って、宝石の入った箱の蓋を閉め、退室していった。

 そしてまた、待つことしばし。うっかり汚してしまったらどうしよう、と金糸の刺繍が施されたソファーに座ることを躊躇していると、先ほどの執事さんが女性を伴って入ってきた。女性は落ち着いた赤色のロングドレス姿で、長い金髪。ところどころに装飾品をつけているが、どれも抑えたデザインで、肌の白さやドレスの光沢を邪魔することなく美しく引き立てている。化粧をばっちりしているので年齢は非常に分かりにくいが、30代後半くらいに見える。とてつもない気品を感じ、俺は気がついたら片膝をつき、頭を垂れていた。


「こちらはこの館の主、マチルダ様です。」


「呪いの解除、ご苦労さまでした。」


「ハッ、勿体無いお言葉です。」


 自然と”礼儀作法”のスイッチがオンになる。……何者だろう、この人? 家名は名乗らなかったが、貴族であることは間違いなさそうだ。俺の名前は執事さん経由で伝わっているだろうが、改めて名乗る。


「そう、シンク殿。時に、あなたの力を見込んでもうひとつだけ、頼みたいことがあるのです。報酬は十分に用意させましょう。ただ、ここで見たり聞いたりしたことは一切他言しない、と誓っていただくのが条件となりますが。」


 言葉上は判断をこちらに投げているが、雰囲気的には断ることなど許されないものを感じる。


「分かりました、誓います。」


「結構。では、こちらに。」


 マチルダ様を先頭に、執事さん、俺の順で屋敷の中を歩く。階段を上り、奥まった場所にある扉の前で立ち止まった。


「気を強く持つように。」


 マチルダ様は振り返りそう言うと、執事さんが扉を開けた。

 足を踏み入れると、強い異臭が漂ってきた。鼻に刺さる、物が腐ったようなにおい……瘴気だ。室内はカーテンを閉め切っていて暗いが、恐らく寝室のひとつなのだろう。中央には天蓋付きの大きなベッドがあり、そこにはふくよかな50代くらいの女性が横たわっていた。目元には濃い隈があり、顔は土気色だ。女性の身体は黒い靄で覆われ、呪われているのが一目瞭然であった。呪いの強さは、さっき解呪した宝石と同じ程度だろう。成る程……、宝石はテストだったのか。


「こちらの女性にかけられた呪いの解除をお願いします。」


 マチルダ様がそう言った。しかし、これは難しいぞ。


「恐れながら申し上げます。先ほど、”浄化”にて宝石の呪いを解除したところ、かなり強い衝撃が発生しました。非常に硬い宝石であったため、破損等は発生しませんでしたが、人体となれば話は別です。”浄化”を行った際の衝撃で、こちらのご婦人を傷つけることになるやもしれません。」


 昨日や今日受けた呪いではあるまい。女性はどう見ても消耗しきっているから、”浄化”の衝撃に抗える力は残っていないだろう。最悪、殺してしまうかもしれない。どうしたものか?


(シンク、シンク! さっきあなた神聖術Lv8になったでしょ? Lv8の術なら、できるんじゃないかしら?)


 突然、姿を消しているラグさんから”念話”が入ってきた。


「そんな……! 何とかならないのですか?」


 マチルダ様が悲痛な声を上げている。Lv8の術か……ここはラグさんのアドバイスに従っておこう。


「……神聖術Lv8の魔術”聖域”ならば、お体に負担をかけることなく解呪できるかと思います。」


 ”聖域”は、その場を聖なる空間に塗り替える術だ。一切の穢れた存在を許さない空間を構築できる。本来、アンデッド系モンスターの群れを一度に昇天させるために使うのだが、普通のモンスター相手にも一定の効果があり、”聖域”内では能力を減衰させたりできる。


「神聖術Lv8……、そこに至ったという者の話を聞きませんが、探すしかないということですね。分かりました、急ぎ手配を!」


 マチルダ様が執事さんに指示を出した。しまった、思いっきり言葉が足りなかった。ただ事前に、”浄化”じゃなくて”聖域”使いますよ、って説明しようとしただけで、勿体つけたわけじゃなかったんだが。


「あ、いや、お待ちを! 神聖術Lv8”聖域”ならば、私が使えます。すぐに処置をいたしましょう。」


「何ですって! ……それは本当ですか? 冗談では済みませんよ?」


 何かめっちゃお怒りだ! まぁ、いかにも駆け出しっぽい見た目の冒険者だからな。できもしないことを言っているのでは、と疑われるのも仕方がないか。


「はい。私は神聖術Lv8”聖域”を使えます。」


 ”嘘看破”で確かめてくれると信じてはっきりと答える。マチルダ様は執事さんを見た。ここまであまり感情を表に出してこなかった執事さんだが、目を見開き、僅かに声を震わせる。


「この者、嘘は言っていないようです。」


「……疑ってしまい、失礼いたしました。どうか、彼女を救ってください。今まで神聖術Lv5の”浄化”を使える人間が何人か屋敷を訪れましたが、宝石の呪いの解除に成功した者はいませんでした。その間にもどんどん衰弱していく彼女を、見ているしかできないのが辛くて……どうか、どうかお願いします。」


 マチルダ様は目に涙を溜め、縋りつくように頼み込んできた。それだけ大切な人ということだろう。ひょっとしたら、お母さんなのかもしれない。


「ご心痛、お察しするに余りあります。ご下命、賜りました。では詠唱させていただきます。」


 あまり待たせては気の毒だ。”早口”を使い、なるべく急いで詠唱を行った。


「”聖域”」


 魔術が発動すると、どうだ。先ほどまで部屋に満ちていた瘴気はいっぺんに消え失せた。女性にかけられていた呪いも、抵抗の余地など一切与えずに、術の発動と同時に解除されていた。凄いな、効果覿面だ! ラグさんを疑うわけじゃないけど、ぶっつけ本番で実はちょっと怖かったのだ。


「う、うーん……。」


 ベッドの女性の目が覚めたようだ。祈るように手を合わせていたマチルダ様が、枕元に駆け寄る。


「カテジナ! 私が分かりますか?」


「アナベラ様? ここは?」


 ん? マチルダ様じゃないのか? あ、偽名なのかな? アナベラ様……か、どこかで聞いたような……。俺が思案していると、執事さんから声をかけられた。


「シンク殿、ありがとうございます。主に代わり、お礼申し上げます。誠に申し訳ないのですが、カテジナ様のお支度を整えますので、一度退室していただけないでしょうか?」


 マチルダ様は大層興奮している様子で、カテジナ様に話しかけている。俺の存在はすっぱり忘れられているようだが、それだけ大切な人ならば無理もない。


「はい。分かりました。」


 大人しく従い、執事さんに伴われて退室した。その後、元いた応接間に通されてお茶を振る舞われた。立ったまま飲むわけにもいかず、覚悟を決めてソファーに腰を下ろすと、程よい抵抗で身体を受け止めてくれた。柔らか過ぎず硬過ぎず、絶妙である。高級家具、さすがだな。

 お茶を飲みながら待つことしばし、マチルダ様が執事さんを伴い入室してきた。


「先ほどはお礼もせず、失礼いたしました。」


「いえ、どうぞお気になさらず。私は依頼をこなしただけのことです。」


 マチルダ様は静かに笑みを浮かべていたが、ふと、心なしか険しい表情になった。


「恩人にこのようなことを告げるのは大変心苦しいのですが、本日見聞きしたことは他言無用に願います。特に、カテジナと私の名を、他では決して明かさぬように。これはシンク殿、貴方のためでもあります。」


 うわぁ……何か面倒ごとっぽい。カテジナ様が誰に呪いをかけられたのかは知らないが、相当強力なものだった。貴族の権力争いとかなのだろうか? だとしたら、どこかで迂闊に名前を出すと、ここに匿われているのがバレるかもしれない、ってとこか。

 最初に宝石の呪いの解除をさせられたのも、腕を見るためもあるだろうが、神聖術Lv5以上を探しているのはあくまで宝石の解呪のため、と勘違いさせるフェイクだったのかもな。


 この後、依頼票の要項にあった金額の10倍にもなる報酬を渡された。口止め料込みなんだろうな。ん? ていうか、報酬は依頼票と引き換えじゃなかったっけ? そうすると丸々口止め料か? あ、いや、当初の依頼は宝石の解呪だったから、こっちは別口になるのか。

 依頼票にもサインを貰い、今は屋敷を出て、冒険者ギルドへ戻る途中だ。敷地の外に出て間もなく姿を現したラグさんが、俺を見る。


(シンク、神聖術Lv8を使えって言ったの私だから、今のうちに謝っておくわね。ごめんなさいね。)


「ちょっと待ってラグさん。え、何なの? 面倒ごと?」


 さっきの依頼自体、かなり面倒ごとっぽかったけど、更に何かあるってことか?


(アドバイスとしては……今日のことで誰かに何か言われたら、「フィーリア様とパーティを組んでいる」って答えればいいと思うわ。)


 フィーとパーティ? ……分からんことだらけだな。夜逃げの準備でもしといたほうがいいのだろうか?

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