第65話

 紋章院から開放されたフィー達と合流したのは、俺達が丁度、地級昇進に必要な数の依頼を消化し終えた頃だった。

 黄金の聖なる騎士団を交え、宴会をした翌日。俺達は再びギルドに集まり、同じパーティになっている件について、フィー達に尋ねていた。

 さぞ得意げに説明してくれるのだろうとばかり思っていたのだが、どういうわけか女性陣は終始、疑問符を浮かべた表情のままだった。


「どうして、そういうことになってるの……? 言っておくけど私、何もしてないわよ?」


「フィー様が知らないのだから、私も知らん。」


「私も知りませんね。何で貴方達が私達のパーティに加わっているのでしょうか?」


 3人とも、全く覚えがないと言う。ならばパーティリーダーのフィーがいることだし、受付で聞くのが手っ取り早いな。カウンターまで移動し、担当者へ事情を説明する。待つこと数分、職員の回答は、予想外のものだった。


「シンク様方3名は、ギルド長の指示によりフィーリア様のパーティに加入されていますね。」


「「ギルド長?」」


 何故ギルド長がそんな指示を出すのか? もう結構知った仲だし、直接本人に聞いてみよう。


「シンク殿方はフィーリア様の護衛とばかり……。ならば同じパーティのほうが都合が良かろうと、調査でお忙しかった皆様に代わり手続きを進めておいたのですが……余計なことでしたでしょうか?」


 このような回答であった。何故か皆、その勘違いをするんだよな……マチルダ様も、俺を「フィーのために領主がつけた護衛」って勘違いしてたしな。まあ、幼馴染が困っているようだから協力していますって言ったところで、フィーの身分や立場を考えれば、事情を知らない人は「護衛だから協力しているんだろうな」って思うのが普通か。そりゃ勘違いもするというものだ。


「では、如何いたしましょう? シンク殿方をパーティから抜いたほうが宜しいのでしたら、早速手続きを――」


「いいえ、それには及びません。何故こうなっているのか、理由を知りたかっただけですから。」


 ギルド長の提案をフィーが即座に蹴った。俺達は勿論のこと、ノーネットやカッツェも「何でだ?」といった顔でフィーを見つめている。フィーに促され退室し、場所をギルド内のテーブル席へ移した。フィーはノーネットとカッツェを手招きすると、少し離れたところに移動し、コソコソと立ち話を始めた。


「どういうつもり……」


「問題が全て解決…… 家に帰ることに……」


「では……」


「だから……ということにして、恩人を手伝う……」


 何やらぼそぼそ聞こえてくる。そのまま待っていると、3人はぎこちない笑みを浮かべながら戻ってきた。


「話はもういいのか?」


「いいのいいの。えっと、それで、シンク達はこれからどうするの? アムリタを探すんだっけ?」


 急な話の振り方で、フィーが妙に勢い込んで聞いてくる。


「個人の目的としては、俺はアムリタ、ルイスは両親の捜索、ってのがあるけど……パーティとしては今のところ、特に目的は無いかな?」


 軽くたじろぎながら答えた俺の言葉を聞いて、3人娘の表情がガラリと変わる。


「ふむふむ! ルイス君はご両親を捜しているのね! それは大変だわ!」


「そうだな、フィー様! そういう事情なら、人手があったほうがいいに決まっている! 是非とも手伝わないとな!」


「そうですね! フィーリア! こちらもたくさん手伝ってもらったことですし、そのお返しをしないとなのです! 貴族の義務なのです!」


「え……え?」


 急に話を振られ、勢いよく食いついてきた3人に対しルイスが困惑している。ルイスの代わりに俺が答えた。


「いや、流石にそれは悪いよ。そっちは色々と立場があって忙しいだろうし、それにルイスが両親と別れたのは12年前で、手掛かりらしいものはほとんど無いんだ。どれくらい時間がかかるかも分からないし、冒険者をしながら気長に情報を集めていこうと思っているところで……。」


 うんうん、と頷くルイス。しかし、フィー達の勢いは止まらない。


「まだ手掛かりは無いのね! それはいいわね! いえ、行方不明を喜んでいるわけじゃないのだけど!」


「そうだな、フィー様! 行方不明を喜んでいるわけじゃない。ないんだが、あちこち回りならゆっくり捜すというのが非常に好都合だ!」


「そうですね! 慎重に、確実に、じっくり探しましょう。そう! 時間をかけて!」


 妙に積極的に手伝いたがるな……恩返しってのは嘘じゃないだろうが、どう見ても不自然だ。


「……お前ら、何か隠してないか?」


 フィー達は思いっきり目を逸らしながら、そわそわと答えた。


「そ、そんな事ないわよ!」


「そうだ! ないない!」


「気のせいというものなのですよ!」


 じーっとフィー達を見つめる。しばらく目を泳がせていたフィーだったが、やがて観念したのか、話し始めた。


「じ、実はね……。私のせいで公爵家と揉めて、それにより騎士団の派遣が滞ったでしょ。その事態をどうにかするために自由騎士となるという名目で、家から許可を貰っていたのよ。つまり、その件が解決しちゃった以上……もう、自由騎士を続けられなくなっちゃうわけで……。」


「そうだそうだ。続けられないんだぞ?」


「そうなのです。まだギョンダーのダンジョンにも行っていないというのに! 魔術の深淵を覗かずして、こんなところで私達の冒険者活動を終わらせるわけにはいかないのです。」


 ダンジョンといえば必ず名前の出てくる、商業ギルドの中心都市だ。モイミールから距離があるし、フィーの領地からは外れている筈だが……領地内の揉め事解決の合間に、行く気満々だったみたいだな。


「つまり……俺達をダシに冒険者を続けたい、ってことね。」


「平たく言うとそうなるかしら?」


「そう言わなくもないかな?」


「そう言っていいかもしれなくもないですね。」


 正直な奴らだ……逆にここまで正直に話されると、拒否し辛いな。もとより拒否する理由は俺には特に無いんだが……。


「俺は別に構わないけど、ルイスとマリユスはどう思う?」


 2人がしばし顔を見合わせ、答える。


「手伝って貰えるのなら嬉しいし、とても助かるけど……。今回の事件では僕、大して役に立ってないのに、何だか申し訳ないような……。」


『女性だけの旅路は危険も多かろう。私に異論は無い。』


 本当に良いのかなぁ、という雰囲気のルイス。マリユスは、相変わらずの紳士的な視点での回答だ。


「でも、本当にそれで良いのか? 一応、フィーは跡取りだよね?」


 思わず『一応』とか付けてしまった。怒られるかな?


「そこは大丈夫。元々、数年掛かりの予定だったもの。2、3年は家を留守にしても問題ない筈よ。」


 スルーされた。まぁ、冒険者を続けたがっている時点で、跡取りの自覚が無いと言われても仕方ない、と本人は認識しているのかもしれない。フィーの横の2人も頷く。


「私はそもそも、フィー様に付き従えという命令を家から受けている。何も問題はない。」


「私は跡取りではないので問題ないのです。」


 ……ノーネットの回答が一番問題あるんじゃないか、という気がする。別に跡取りじゃなくても、貴族には色々と義務があるんじゃないのか? でもあれか、この子達は今の俺と同じ15歳。前世でいえば、まだまだ遊びたい年頃だよな。日本だったら20代前半まで遊んでいたって、何だかんだで世間は許してくれるが、この世界じゃそうはいかない……しかし、それもしんどいと思うのだ。もうちょっと人生の余暇があってもいいだろう。せっかく機会が巡ってきているのだし、それを潰すのも可哀想だな。


「じゃぁ、決まりだな。そしたら、今後の予定を決めよう。まず、この前ギルドに出したルイスの両親の捜査依頼だけど、どうなったかな?」


 俺がルイスに視線を向ける。


「それなら回答があったよ。両親が僕に指輪を届けてくれたのに使った配達は、特殊なものだったみたいなんだ。履歴を辿っていったら、古い記録がまだ残っていたんだって。それによると、指輪はギョンダーから送られたらしいんだ。」


「ギョンダー! いいわね、ダンジョン!」


 俺達をダシに使うにしても、意味も無くギョンダーには行けなかった筈なので、フィーの食いつきがよい。ノーネットが冷静に呟く。


「ギョンダーでしたらこの街からずっと南なので、私の家の領地を通った先になりますね。」


「ノーネットの家の……そうだ。ミロワール家の領地に、『朽ちた庭園』っていうエルフの遺跡があると聞いたんだけど、もし通り道だったら寄りたいんだ。」


 俺の発言を受け、ノーネットが訝しげな顔をする。


「あそこは王家の直轄地ですから、入りたくても私がどうこうできるものじゃないのですよ。」


「いや、実は……えーっと、口止めされているから誰からとは言えないんだけど、そこの調査許可を貰うことができたんだ。」


 ノーネットが、詐欺に遭った人を見るような表情をしている。諭すみたいに言われてしまった。


「それ、本当ですか? 騙されているんじゃ……もしや、引き換えに高額な金銭を要求されているのでは?」


 まぁ、普通はそう思うよね……俺もマチルダ様の素性は見当つかないしな。しかし、あれだけの呪いをかけられるような奴を敵に持っているのだ。偽名のようではあったが、下手に名を出して経緯を説明するわけにはいかない。


「事情は説明できないけど、それは無いと思う。まぁ、通り道にあるならついでに寄る、って程度でいいんだけどな。」


「うーん、少しだけ遠回りになりますが、寄る事はできると思います。」


「皆、特に異論が無ければ、行ってみてもいいかな? せっかく許可を頂いたんだし、何より、遺跡ってものをこの目で見てみたいんだよね。」


 俺の話に信憑性が増したためか、ノーネットの目が輝き始めた。


「本当に中に入れるんでしたら、私もぜひ行ってみたいです。エルフの生きた時代は魔術文明が非常に栄えていたと言われますし、何か魔術の研究に役立つものがあるかもしれません。」


「遺跡かぁ……何か楽しそうね! 私も行ってみたい。」


 フィーの、冒険できればオールオーケーなところは相変わらずのようだ。子供の頃から変わらない様子に、俺はちょっと嬉しくなる。


「僕もちょっと見てみたいかな。ねぇ、そこってどんな遺跡なの?」


 ルイスも話が分かるな! しかし、どんな、と言われても、俺も場所と名前しか聞いていないんだよな。


「いや、俺もよく知らないんだ。」


「え? どんなところか分からないのに行きたいの?」


 おぉ、ごもっともな質問だ。うーん、やはり軽く説明しないとだな。


「実は、アムリタを作ることができたのは、エルフだけだったらしいんだ。俺がアムリタを探しているって話をしたら、ある人が、エルフの遺跡である『朽ちた庭園』に行けば何か分かるかもしれない、って教えてくれた。そういう流れで、調査許可も出してもらえたんだ。」


「成る程。」


 俺の説明に、一同納得してもらえたようだ。まとめてみよう。


「ギョンダーに行って、ルイスの両親を探す。ついでにダンジョンに潜る。ギョンダーへの道中、『朽ちた庭園』に立ち寄って調査する。他にやりたいことある奴、いるか?」


「はいはーい! シンクが前に話していた、空に浮いている島に行ってみたい!」


 フィーが元気良く手を挙げて答える。うん? 今、マリユスがピクッと反応したような気がした。視線を向けると、何か考えているように見える。……まぁ、相変わらずもぐもぐと食べているから、表情はよく分からんのだけどな。

 フィーの言葉を受け、ノーネットが頷きながらいっそう目を輝かせた。


「空に浮かぶ島ですか~、いいですね。それなら尚のこと『朽ちた庭園』でしっかり調査する必要がありますね!」


「ん? 何で尚のこと『朽ちた庭園』を調査する必要があるの?」


 フィーの質問に、ノーネットが呆れた顔で答えた。


「何を言っているのですか……、空に浮かんでいる島は遠い昔、エルフが浮かばせたという説があるじゃないですか。『朽ちた庭園』は、そのひとつが地上に落ちたものだと言われているんですよ。……え、もしかして、皆さん知らなかったのですか?」


「「「知らなかった~!」」」


 ノーネットの説明に、一同が声を揃える。それを聞いてノーネットの呆れ顔が更に深くなった。

 俺は、何か考えている風だったマリユスに話を振ってみる。


「マリユスは、どこか行きたいところはないのか?」


 マンティコアから得て、後に譲った指輪がマリユスの最大の目的だった、とは以前に聞いたが、それ以降は俺達の旅の目的にずっと協力し、助けてくれている。要望があるなら、遠慮せず何でも言って欲しいのだが……。


『私の旅の目的は、見聞を広めることだ。今挙がっている目的地だけで十分だな。』


 躊躇う様子もなく、あっさりと手話で返されてしまった。うーん、考え込んで見えたのは単に、マリユスも元々、空に浮かぶ島に興味があったというだけなのかもしれない。改めて全員の顔を見回してみるが、特に新しい意見は無さそうだ。


「話はまとまったな。じゃぁスケジュールを決めようか。」


「ちょっと待ってください。ギョンダーに行ってダンジョンに入るのでしたら、冒険者ランクが地級以上になっている必要があります。自由騎士はそもそもが地級扱いからスタートですので問題ないですが、数週間前に冒険者になったばかりのシンクとルイスは、ランクが足りないのではないですか?」


 ノーネットから指摘された。ほほぅ、ダンジョンに入るのにそのような制限があったとは。因みに俺の呼び方が”フィーリアの彼氏”から”シンク”に変わったのは、「その呼び方、長くてしんどくないか?」と俺がノーネットに聞いたためだ。「からかい甲斐がない……」とノーネットは不満げに呟いていたが、それから呼び方は変更されている。


「代官の件であれだけ活躍したんだし、ランク上がっているんじゃないの? 試験を受けるにしたって、今のランクを確認しておいたほうが準備しやすいんじゃないかしら。」


 フィーに促され受付までやってきた。俺とルイスは冒険者カードを提示し、確認してもらう。


「シンク様、ルイス様、お2人とも地級に昇級されていますね。ギルドカードを更新いたしますので、少々お待ちください。」


 あ、あれ? 俺達は無印・下からスタートしたわけなんだが……無印の中と上を飛ばし、かつ試験無しで、いつの間に地級へ上がったんだ? 何かの間違いでは、と受付の人に話を聞いてみると、またギルド長がやってくれたようだ。さっきと同じ流れでギルド長へ話を聞きに行く。例によって、「フィーリア様の護衛なら同じランクでないと都合が悪いだろう」という配慮のもとに上げてくれたようだ。試験免除は幾らなんでも職権乱用なのでは、と問うと、俺もルイスも実力的には天級冒険者といって差し支えないそうで、無印から地級に上げるだけならばギルド長の判断だけで問題ないらしい。そういうことなら、とありがたく頂戴することにした。


「しかし、試験も受けずに地級になってしまうと、やっかみとかありそうだな……。」


「それは無いんじゃない?」


 俺の呟きを拾ったフィーが、くすりと笑う。


「暗黙の了解を破って他パーティの人間に天級の実力で重傷を負わせた人と、新規登録の実技試験で安い挑発に乗せられるまま強力な精霊術を放った2人に、わざわざケンカ売りに来る人はいないと思うわ。」


 ……その言い方だと、俺とルイスが危険人物みたいじゃないか……。

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