第66話

 ランクの問題はとりあえず解消した。旅費も十分にあることだし、あとはスケジュールをもう少し詰めようかという流れになったところで、マリユスから意見があった。


『どうせなら、護衛依頼を受けながら移動したほうが良いのではないか?』


 採取、討伐、雑務は無印からでも受けられる依頼なのだが、護衛依頼は地級以上でないと受けることができない。しかし、今急いで受ける必要は特に感じないんだが……理由を尋ねてみた。


『秀でた索敵能力を持つ者がいるし、人数こそ少ないが戦闘能力は十分にある。少数の隊商なら、安全に護衛できるだろう。能力のあるものが能力に適う依頼を率先して行うことは、社会貢献にも繋がる。』


 成る程。難易度の高い仕事は、こなせる人間が限られる。やれる人間がやらないと、回るものも回らなくなってしまう。


「社会の歯車になる」という言葉をネガティブに捉えることがあるが、あれは間違いだと思う。全員が好き勝手やっていたら、社会なんぞ成り立たない。この世界で例えれば、モンスターを倒す人、畑を耕す人、道具を作る人、道を整備する人、建物を建てる人などなど……それらが揃ってこそ社会インフラが機能するのだ。誰かが「仕事をしたくない」と放り出してしまえば、何かしらが不足することになる。

 もちろん、歯車になることは窮屈でしんどい。自由にできないのだから当たり前だ。誰もがやっていることなので、やって当たり前、大して褒めても貰えない。そうなると、やる気ややり甲斐を維持する為に重要なのは、分かりやすいところで言えば物欲だろう。得た対価でいい家や家具を買って、より豊かな生活を送れるとなれば、辛い仕事も頑張れるというものだ。


 前世での俺の労働意欲は、ほぼほぼガチャだったと言える。ガチャ引きたいからしんどい仕事も頑張れた。この流れで何でガチャ? と思うかもしれない。けど、テレビやエアコン、冷蔵庫に洗濯機、パソコン、電子レンジ……前世では、これらは全て日常生活の中にあって当たり前で、俺も当然持っていた。食べる物も、スーパーやコンビニに行けば十分あったから、飢えたこともない。これらが揃っている以上の豊かな生活って、一体何なんだ、って話になるわけだ。

 現状よりめざましく豊かになるわけでもなく、特に欲しいものも思い浮かばないとなると、労働意欲なんて湧くわけがない。だって働くのはしんどいもの。


 特に日本は問題がある。雇用者側は、異常に仕事効率の良い僅か数%の人間を例に挙げて、全員に同じようにやれという。適性をきちんと見て指示しているならともかく、そんなの殆どないと言っていいだろう。人事部が機能する? そんな例、俺は見たことがない。圧迫面接なんぞに飛びついている時点で良く分かるだろう。適性を細かく見たり、入社後の丁寧な教育なんてできないしする気も無いから、しんどくても潰れないメンタルの人間を雇おう、って発想だ。仕事ができないのも、ついてこられないのも個人の責任にしてしまう。雇用者側の人を使う能力や、教える能力がゼロでも、誰にも責められないからね。”他責で考えるな!”と、俺の勤めていた会社はよく言っていた。言わんとするところは理解できるのだが、雇用者の”適性を見る”や”教育を施す”能力の不足を棚上げしまくっておいて、それは無いだろうとも思うのである。

 仕事率という指標も存在するが、あって無いようなものだ。最近の事務仕事はコンピューターのおかげで特に単純作業が減っている。昔はデータ集めてグラフにするのもひと仕事だったのになぁ……となれば必然的に人間に要求されるのは、よりクリエイティブな仕事となる。新しい仕事の企画作成だったり、業務効率の改善だったり、だな。クリエイティブな仕事というのは、何よりも適性が大事だと俺は思う。今の世はいかに個人の適性を見極め、人材を上手く使うかが重要だと思うのだが、それを実践できる雇用者は非常に少ない。

 こっちの世界らしい例を挙げると、火属性のモンスターを倒すのに風属性の魔術を使っても、火は勢いを増すばかりで意味がない。仮に風属性より威力が低かったとしても、この場合は水属性の魔術のほうが効果的だ。しかし、だからといって風属性が無用ってワケじゃない。場面に合わせて使い分けねばならないのは術者のほうであって、魔術自体に責任は無いということだ。

 まあ、ちょっと極端な例えだったかもしれないが、現実世界も大して変わらない。アイデアを出すのが得意な奴、そのアイデアを形にするのが得意な奴、売るのが得意な奴……それぞれにおいて大得意な奴もいれば、誇れるほどじゃないがまあまあ得意なほうだったりと、適性は人によって色とりどり、様々なものなのだ。

 更に俺が問題だと考えるのは”単純な仕事が無いこと”だ。国民全員が全員、義務教育を何の問題もなく突破できるかといえば、実はそうでもない。頭を使うことが苦手な人間、覚えることが苦手な人間にもできる仕事が、極端に少ないのである。アルバイトひとつとっても、マニュアルが山のように存在する。そういった人は、バイトですら適性無しとされてしまうのだ。

 ここで世界に目を向けてみると、そういった人達向けの単純作業が用意されている。例えばゴミ拾いだ。ワールドカップなんぞで、日本人がゴミ拾いをして雇用を奪っていると怒られるのはこのためだ。個人のモラルでゴミ拾いされてしまうと、そういった人たち……覚えるのが苦手、考えるのが苦手な人達の仕事がなくなってしまうのだ。


 長々と語ったが簡単にまとめると、今の日本の悪さ加減は「楽して儲けたいという雇用者側が悪い」ということだ。何よりもまず雇用者側がしんどい思いして、人を見極め、仕事を与えなければならない。そう! 男性アイドルを多数輩出している某芸能事務所の社長よろしく「You、やっちゃいなよ!」とか言って適性を指摘して欲しい。高い給料貰っているんだから、やって見せろってんだ。今の経営判断なんて、必要な情報集めて経営学に沿ってコンピューターで自動判断させればいいんじゃないの? ……いやまぁ、会社経営なんてしたことないから細かいアレコレは分からないし、流石に暴論かもしれないんだけどさ。でも、適性を見極めて仕事を与える仕組みを構築できたら、頭一つ抜き出た企業になるのは間違いないだろう。



「そうね、私達の力なら十分だと思う。護衛依頼を受けて行くことにしましょう。」


 前世での労働に対する鬱憤が心の中で噴出している間に、話は進んでいた。フィー達女性陣は護衛依頼を受けることに異論はなさそうだ。ルイスも同様だな。

 貴族であるフィー達にとっては、社会貢献なんぞ当たり前のことだろう。こいつらは「特権階級だぜイェーイ!」ってタイプじゃない、公僕としての意識が高いほうの、ちゃんとした貴族だからな。

 言いだしっぺのマリユスは平常運転の紳士だし、ルイスはザ・お人よしである。反対する筈がない。

 しかし、俺はというと……正直、めんどくさい。赤の他人に気を遣いながら旅をするのは疲れるし、それだったら気儘にモンスターを狩りながら旅をするほうがいい。カルマ値に関しても、モンスター倒していれば良いわけだしなぁ。しないで済む護衛ならしたくない……でも、こんな怠惰な理由じゃ認めてくれないよなぁ。全員が賛成している中、わざわざ反対する程のご大層な理由じゃないのは、俺が一番よく分かってるしなぁ。


「決まりね! さっそく依頼を見に行きましょう。」


 俺が密かに悩んでいるうちに決まってしまった。フィーは俺が拒否するとは全く考えていないようだ。その信頼が心に痛い……だが決まってしまったものは仕方がない。ここでうだうだと引き摺ったり、「俺はやりたくなかったのに……」という態度を出すのは余りにもカッコ悪過ぎる。前向きにやれば、何でもそれなりに楽しいものだ。ここは切り替えていこう。


(どうせ護衛するなら、可愛い女の子がいる隊商だといいなぁ。)


 おっさん全開の思考でやる気を奮い立たせていると、フィーから声をかけられた。


「シンク、これなんてどうかしら?」


「どれどれ?」


 フィーが指差した依頼票を見てみると、馬車1台、護衛対象の人数も3人と、少ないものだ。募集人員は3名となっている。これをうちのパーティ6名で受けよう、ということだな。向かう方向もノーネットの領地へ向けてなので、都合が良い。


「初めての護衛依頼だから、これくらい戦力的な余裕を見ておいたほうがいいだろうな。」


「うん。じゃぁ決まりね。」


 そう言って依頼票を剥がし、自由騎士専用の受付へ持って行く。すると、受付の人から思いがけないことを言われた。


「フィーリア様、申し訳ございませんが、この依頼はお受け頂くことができません。」


「どういうこと?」


「護衛依頼を受ける際は、予め講習を受けて頂く必要があるのです。」


 受付の人が言うには、地級に昇進したからといってすぐに護衛依頼を受けることはできないそうだ。誰しもが一度、護衛依頼用の講習を受けてもらうことになるという。これは、冒険者ギルドが元々は商業ギルドの護衛組織だったためだ。他の依頼を軽視するわけではないにせよ、組織の根幹である護衛依頼だけは中途半端では困る、ということだろう。きっちりプロとしての仕事を求められるようだ。


「そういうことなら、すぐにでも講習を受けます。日時と詳細を教えてもらえるかしら?」


「え、お受けになるんですか?」


 フィーの言葉に何故か驚く受付の人。何でも、自由騎士になるような貴族は冒険自体に憧れている人が多く、面倒な護衛依頼はそもそも敬遠されがちだという。また、護衛依頼に関しては例外なく依頼者の立場のほうが護衛者よりも上になり、護衛者は実際の身分に関係なく依頼者を立てる必要がある点も、やんわりと説明された。成る程なあ……そういう事情なら、貴族が受けたがらないのも頷ける。

 説明されても意思の変わらないフィーを見て、受付の人は観念したように紙を取り出した。


「分かりました。では、こちらが講習のスケジュールです。」


 隣から覗いてみると、直近の講習は明日からで、期間は2週間にも及ぶようだ。最終日には、教官を護衛対象とした実技試験もあるらしい。ちょっと長いようにも思えたが、一つの技術をみっちり教えるとなるとそれくらいはかかるか。フィーはさくっと講習の受付を済ませた。


「明日からは講習で2週間動けないのか……そうだ、ルイス。延ばし延ばしになっていたけど、ルイスの剣を買いにいこうぜ。」


「剣? ルイス君、剣術もやるの? 剣はいいわよ。」


 俺の言葉に、ルイスよりもフィーが早く反応した。


「う、うん。適正は無いんだけど、剣ってかっこいいからずっと憧れていて、それでやってみたいなーって。」


 ルイスの言葉を受けて、カッツェやノーネットも会話に入ってきた。


「剣もまあ悪くはないが、お前はちっこいんだから、もっとでかい武器の方が良くないか? そう、ハルバードとかお勧めだぞ? どうだ?」


「ルイス、あなたは剣よりもまず先に、そのしょぼい杖をどうにかしないとなのです。あなたほどの精霊術の使い手が、いかにも入門者用の杖を使っているのは勿体無いにも程があるのです。もっと魔力変換率の高い杖をですね……。」


『……。』


 マリユスまでもその会話に乗っかって、無言で自身の獲物であるメイスをすっと差し出してきた。みんな自分の得意武器に対する愛着が凄いな。結局全員で武器屋街へ移動し、あちこち見て回ることになった。

 俺は並んでいる剣をルイスと一緒に真剣に見比べる。できるだけ性能が良いものを選びたい。勿論ルイスのためだが、俺のためでもある。ルイスがもしも剣に飽きたら、俺の予備武器にするつもりなのだ。そんな思惑の俺が真面目な顔して高そうな剣ばかり見て回るので、ルイスは心配になったらしく声をかけてきた。


「シンク、僕が使うのは入門用でいいよ。そんな高そうなのはいらないよ。」


「ルイス、それはダメだ。命を預ける武器に妥協してはいけない。幸い金銭には余裕があるんだし、それに、良い武器で練習したほうが成長が速いと聞くぞ?」


 前世での話だけどな。まぁ形から入るタイプとも言う。……誰のことかというと、前世の俺のことだ。一時期、会社の人の勧めでスノーボードに手を出したことがあった。あれこれ道具を集めるのが非常に楽しく、初心者なのに10万以上もかけて揃えてしまったものだ。しかし、スノーボードは俺の想像を超えてしんどかった。当たり前のようだが雪山だから猛烈に寒いし、転ぶととても痛いのだ。雪山まで行く交通費、場合によっては宿泊費、それにリフト代も馬鹿にならない。結果、3回ほど頑張ったがお蔵入りとなった。レンタルにしておけばよかった、と後悔したね。

 しかし、今回は違う。ルイスが飽きてもきちんと俺が使う。だからちゃんとした高いのを買っても大丈夫なのだ。

 最初はルイスにちょっかい出していたパーティの皆も、気がつけば真剣に自分の予備武器を選んでいる。


(どのタイプにしようかな? 迷うなぁ。ブロードソードかロングソードか……レイピアも刺突技を生かせそうでいいな。)


 そうやって俺が俺のために悩んでいると、ルイスが一振りの剣を抱えてやってきた。


「高くても大丈夫なら、僕、これがいいな!」


 ルイスが抱えているのは大剣だ。ルイスの背丈だと、持ち歩くには背負うしかないような大きさである。鞘や柄は黒光りしている。柄に宝石が埋め込まれており、そこからは魔力を感じる。魔剣ってやつかな? 


「ちょっと僕には大きいかもしれないけど、でも凄く気に入っちゃったんだ。」


 メガネの隙間から見える目をきらきらと輝かせ、そんなことを言う。

 うーむ、大剣か……想定外だったが、悪くないな。俺が使うにしても、攻めのパターンを変えることができるしな。


「よし、それにするか。」


 俺が値段やどう使っていくつもりかを一切聞かずに決めたので、ルイスは驚いているようだ。他のメンバーも集まってきて、「なかなか大きくてカッコいいじゃないか」とか「魔石もついていて良いですね」など肯定的な意見を言う。こういう場合だと1人くらい「初心者は使い易い方がいい」だの、「大き過ぎて小回りが利かない」だのネガティブな意見をいう奴が出てくるかと思ったんだが、誰も言わないな。どうやら全員が”とりあえずやってみろ”と考えるタイプのようだ。

 実際、どんな剣を選んだところで長所もあれば短所もある。そもそも適正が無いのに始めるのだから、使いやすさなんて意味を成さない。なら、本人が気に入った物を使うのが一番だろう。使っているうちに気づくことが出てくるものだし、それでも使い続けるか別の武器に持ち替えるかは本人の気持ち次第で、そこに正解や不正解は無い。これは人生における拘りの話だ。どうあったら自分の人生がより楽しくなるか、という話なのだ。美学、と言っても良いかもしれない。


 会計を済ませ、店を出た。マチルダ様から頂いた謝礼の3分の1ほどがすっ飛んだが、まあいいだろう。店員さんが、剣を体に固定するベルトをおまけにつけてくれた。ルイスは意気揚々と剣を担ぎ、歩き始める。しかし、次第に足取りは遅く重くなり、顔も俯きがちになってきた。やがて、ルイスは……


「この剣……凄く、重い……。」


 見れば誰にでも分かるようなことを、今更ながら口にしたのだった。


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