第67話

 ■護衛講習 若い試験官視点


「はぁ……。」


 俺は思わず溜息をついていた。


「どうした? 浮かない顔じゃな。」


 年嵩の試験官が、俺の顔を見て尋ねてくる。


「どうしたって……今日はこれから領主の娘さん、フィーリア様の実技試験官をやらないといけないじゃないですか。間違いを指摘した結果、無礼討ちにでもなったらと思うと、気が気じゃないですよ。ギルド長から直々に『しっかり教えるように』と言われてるから、指摘しないわけにもいかないですし。」


 本来、俺の担当する試験ではなかったので、余計に気が重い。フィーリア様を担当することになっていた先輩は、今朝方身内にご不幸があったため、急遽俺が代理で最終実技試験の試験官をやることになったのだ。


「何、心配ない。いつも通りやればいいさ。」


「そうは言いますが貴族ですよ、貴族! どんな言いがかりをつけられるか……。」


 昔、知り合いが自由騎士の貴族様に『態度が気に入らない』と言いがかりを付けられ、鞭打ちにあったと聞いたことがある。貴族というのはとにかく横暴なもの、というのが俺の中の認識だ。……あぁ、胃が痛くなってきた。きっと横柄な態度で接してくるんだろうな。それをどう指摘したらいいのか……『依頼者を立てるように』と言ったって、分かってもらえる気がしない。


「そもそも、貴族なのにどうして護衛講習なんて受けるんでしょうね?」


「確かに、殆ど聞かんな。だがな、フィーリア様方は珍しくも、騎士学校をきちんと卒業された自由騎士様じゃ。昨日までの講習の態度からしても、騎士学校を中退した落ちこぼれの貴族様達とは違うようじゃぞ?」


 そう。自由騎士になろうなんて貴族は、騎士学校に行っていないか、途中で脱落した者が大半だ。騎士学校をきちんと卒業した者は、そのまま騎士になるか、跡取りとしての教育のため親元へ帰るのが殆どだと聞く。


 ハァ、本当に気が重い。嫌だ嫌だと思っていても時間は過ぎていき、とうとう試験開始の時刻が目前となってしまった。俺と年嵩の試験官の2人は、指定した門の前で馬車1台と共に、受講者であるフィーリア様とその仲間達を待っている。

 最終実技試験の内容は、馬車に乗った俺達2人を護衛しながら所定の場所まで移動する、というものだ。街の外なのでモンスターの襲撃は当然予測されるし、道中にはギルド職員が扮した盗賊も現れる。盗賊の接近をある程度以上許してしまった時点で、試験は失敗、即終了となる。なので、索敵系スキルで早期発見するもよし、魔術や隠密系スキルで護衛対象を隠すなどでもよし、盗賊の接近を阻害する方法は問わない。盗賊が出ることは予め伝えてあるので受講者が有利なようにも思われるが、その分、盗賊役の職員もスキルなどを駆使し、本気で襲撃をかけることで難易度を調整している。


 さて、同行する試験官は、受講者がどんな依頼者相手でも護衛を全うできるか試すため、わざと態度や言葉遣いを悪くして接することになっている。……あぁ、鞭打ちになるのは嫌だなぁ。最悪、手打ちもあるのかな? 俺には妻も小さな子供もいるし、住宅ローンもある。今死ぬわけにはいかないのだ。


 開始予定時刻よりやや早く、フィーリア様達がやってきた。俺達の姿を確認するなり、小走りで駆け寄ってくる。動きは非常にキビキビとしていて、優秀だ。


「整列! 気をつけ!」


 ビシッと姿勢を正した状態で、フィーリア様は続けた。


「本日、護衛を勤めさせていただきます、フィーリア隊です。宜しくお願いします!」


 フィーリア様を筆頭にバッと敬礼をする一同を前にして、俺達試験官は思わず顔を見合わせる。……これは一体? こんなことは講習では教えていないぞ。講習で教えるのは、モンスターや盗賊から人と荷物を守る為の知識と技術だ。礼儀作法の講習もおまけ程度にあるが、整列して気をつけして敬礼しろ、とまでは教えない。


「すぐに護衛に就きたいと思いますが、宜しいでしょうか?」


「あ、はあ。」


 予想外の展開に、思わず生返事をしてしまった。本当は何かしら粗を探して指摘しなければいけないのだが、全く隙が無い。


「周辺警戒!」


 フィーリア様の鋭い声で、大剣を背負った背の低い男の子と、大柄な男が馬車を両脇から挟む位置についた。背の低い女の子、確かノーネット様と、背の高い女の子、カッツェ様が我々の護衛のようで、近くに立ち周囲の警戒を始めた。


「馬車の中を一度検めたいのですが、許可を頂けませんでしょうか?」


「へ? 馬車の中を?」


「はい。短時間ではありますが、誰も馬車を注視しておりませんでした。その間に賊が侵入しているやもしれません。スキルで隠れていることも考えられますので、目視での確認も行いたく思います。」


「な、成る程、どうぞ。」


「シンク!」


「ハッ! スキルによる確認、異常なし! これより目視確認を行います……異常ありません!」


 シンクと呼ばれた、パンダパーカーを着ている少年が素早く馬車に乗り込むと、まずは内部を、そして降り際に屋根の上と床下の死角までをきっちり確認し、報告してきた。


「よし、シンクはそのままスキルによる索敵に移れ。異常は無いようですので、どうぞお乗りください。」


「どもです……。」


 完璧だ。完璧過ぎる。こんなの、どこに文句をつければいいんだ? そう思っていると、年嵩の試験官が別の切り口からいちゃもんを付け出した。


「お嬢ちゃんよ。そんな立派なミスリル製の鎧着られちゃ、賊に『狙ってください』って言いながら歩いているようなもんだ。護衛が何人いようが、あんたの恰好のせいで欲に目のくらんだ奴らに徒党を組まれちまったら、どうしてくれるんだ!」


 ああ、確かに……フィーリア様はおそらく純ミスリル製であろう、立派なプレートアーマーを装備している。純ミスリルは、金やプラチナよりも遥かに高価だ。これだけのプレートアーマーを作れる量なら、売れば数年は遊んで暮らせるに違いない。正直、俺たちの乗る小さな馬車なんぞ、馬や荷物込みでもこのミスリルのプレートアーマーよりずっと安いだろう。


「ハッ! 申し訳ありません! 少々お待ちを。」


 そう言うなり、何とフィーリア様はその場で鎧を脱ぎだした。アンダーウェアだけの姿になったかと思うと、自分の荷物からレザーアーマーを取り出し、手早く身に着ける。


「これで宜しいでしょうか?」


「お、おぅ……。」


 いちゃもんをつけた年嵩の試験官も、まさか目の前で着替えられるとは思っていなかっただろう。肌こそ見せてはいないが、人前でアンダーウェアだけの姿を晒すなど、貴族女性には屈辱だと思われる。これには流石に年嵩の試験官も冷や汗をかいている。

 こちらの指示には従順に従っているように見えるが、心中は烈火のごとくお怒りなのかもしれないぞ……そう思ってフィーリア様の表情を窺うのだが、全くそんな素振りは見えない。それどころか。


「ミスリルを着ていると狙われるのか。成る程、盲点でした。ご指摘ありがとうございます。」


 そう言って、良い笑顔を浮かべていた。


 さて、目的地に向けて出発する。冒険者というのは護衛中、雑談まで行かずとも、ある程度の私語は交わすものだが、フィーリア様達の間には一切私語がない。各々が常に周辺警戒をし続け、時折、異常無しの報告だけ行っている。いちゃもんのつけようが無い……。何でこんな高い練度なんだ? 思わず聞いてしまった。


「私達は騎士学校で要人警護についても修めております。騎士は警護に就く際、身分に関係なく、命令に従って護衛対象を守ります。中には無理難題を突きつけてくる者もいますので、その対応についても学んでおります。」


 この後、何度かモンスターとの戦闘になったのだが、フィーリア様はじめ貴族の女性陣はこの回答の通り。他の男性陣も2週間の講習で得た知識と技術を存分に生かしていて、馬車に危険が及ぶ可能性など欠片も感じさせず、非の打ち所のない連携で瞬く間にモンスターを倒してしまう。一度、『行程を遅らせることなく処理しろ』と無茶を言ってみたのだが、本当に行程を遅らせることなく、移動しながらモンスターを処理してしまった。馬車の護衛に5人を残し、シンクと呼ばれたパンダパーカーの少年1人が先行したかと思うと、あっという間にモンスターを退治してきてしまったのだ。

 本当は『いかにして依頼者・護衛対象を説得し、安全を確保するか』、その上で、『遅れた行程について挽回案を提示できるかどうか』を見る予定だったのだが、移動しながら安全に処理されてしまっては何も言えない……年嵩の試験官のほうは、頑張っていちゃもんをつけた。


「1人で行かせて、もし倒せなかった時はどうするんだ? 護衛が1人減っちまうじゃないか!」


「彼は単独でマンティコアを討伐できる程の猛者です。索敵にも優れているため、この周辺のモンスターなんて、いくらいても物の数ではありません。」


「「マンティコアを単独で!?」」


 マンティコアを単独で倒せるなんて、そんな奴がいるのか? 嘘は……言っていないようだ。スキルで確認して嘘じゃないのだから、これ以上は何も言えない。


 何か、何か指摘できるところはないか。眉間に皺を寄せながら、必死に周囲を見回す。……そういえば、堂々とした佇まいのフィーリア様達の中で1人だけ妙に浮いて見えるのが、大剣を背負った少年だ。いかにも重そうな剣は小柄な身体にはやっぱり重過ぎるらしく、頑張って周辺を警戒しているものの、試験開始時に比べると息も切れ切れな様子が目についてきた。


「歩いているだけで息が切れているのに、いざという時に戦えるのか?」


 これはいちゃもんって言うより、普通に疑問だ。かなり無理しているように見えるのだが、本当にその剣で戦えるのだろうか? パンダパーカーの少年が声を上げる。


「ルイス、依頼者から指摘があった。ここまでだ。」


「は、はい。うぅ、もうちょっと頑張りたかった。」


 ルイスと呼ばれた少年はマジックバッグを開けて大剣をしまうと、代わりにスタッフを取り出した。ん? スタッフということは魔術師だったのか? 何で大剣?


「精霊も召喚しておけよ。」


「分かった。」


 あ! この子、凄く強い雷の精霊を扱うという新人か!? ちょっと前に、ギルド内でよく話題に上がっていた人物と特徴が一致する。剣を持っているとは聞いていなかったが……あれか? 非力そうな剣士と油断させて近づいてきた相手を、精霊術で一網打尽、という手なのだろうか?


 うーん、いちゃもんをつけるには最早、盗賊に扮したギルド職員の襲撃に賭けるしかない。

 ……というより、無理して文句言う必要もない気がしてきた。既にこれだけの行動がとれているのだったら、もう全員合格でいいような気がする……。


 目的地まではまだ数キロの距離があるが、あと1キロほどで盗賊に扮した職員の襲撃ポイントに差し掛かる。パンダパーカーのシンクと呼ばれている少年が、突然声を上げた。


「索敵に反応がありました。1キロ前方に待ち伏せあり、数は6人。どうしますか?」


「そうね……。」


 フィーリア様は全く驚く様子もなく対処法を考え始めたようだが、俺は叫びそうになるのをぐっと堪えていた。こ、この距離でもう分かるなんて、どんな索敵能力だよ! 向こうの職員達は全員”隠密”スキル持ちなんだぞ!? ”気配察知”のスキルは習得難易度は低いものの、成長がすぐ頭打ちを迎えることで有名だ。Lv5以上は滅多にいない。それとも”気配察知”以外に何か手段があるというのだろうか? ……これだけの索敵能力に警戒されては、もう襲撃など不可能だ。俺が呆然とする隣で、年嵩の試験官が片手を挙げた。


「あぁ、試験は中止で。もう皆さん合格でいいですじゃ。」


 諦めたような遠い目をして、そう告げたのだった。

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