第29話

「また、そうやって私をのけ者にして楽しむんだから。何よ? ひっぱたいたお返し?」


「いや、フィーに嫌われた者同士、レオと慰めあって……いや、傷を舐めあって……えっと、まぁそんな感じだ。」


 この手の表現って、何でこんなに紛らわしいものが多いんだ?


「べ、別に嫌ってないわよ! って、え、レオ、って呼んでるの?」


「シンクがフィーリア様のことをフィーとお呼びしていたので、私に勝ったのだから私のことも愛称で呼ぶように、と言ったのですよ。」


「喜べ、レオ。フィーは嫌ってないってさ。」


「そうか、それは喜ばしいなシンク。だが、今はこの二日酔いの苦しみが先に立って、喜びが表現できない。」


 うっ! と口を押えて黙り込んでしまった。顔色が悪い。吐き気がずっと止まらないんだよね。ちょっと安定したかな、と思ってもまた波が来るというか。頭痛も長引いているし、いろいろ集中出来ない。やっぱりお酒は成人してからじゃないと危険だな……成人してたって、急性アルコール中毒で死ぬこともあるんだから、当たり前か。


「そうやって、2人だけでお酒飲んで仲良くなったなんて、ずるいわ! シンク、そういうのは私も誘いなさいって言ったでしょ!」


 うっ! と2人してうめく。


「フィーリア様。すいません。お酒の話は今しないでください。お願いします。」


 今は、酒を連想する言葉を聞いただけで一気に気持ち悪くなるのである。


「そもそもステナさんが一緒にいるんだから、フィーを誘うなんて無理でしょ。あ、でも仲良くなるのはすぐできるよ。俺、普通に話すことにしたから、フィーも……もうしてるけど、普通に喋ればいいさ。で、レオポルトのことをレオって呼んで、レオはフィーリア様をフィーって呼べば、解決。」


「だってステナが好きなように喋れば良いって言ったから……。じゃぁレオポルト。今からレオって呼ぶわね! 私のこともフィーって呼ぶのよ! そして敬語は禁止ね。」


「わ、分かりました、フィー……でも、あの、もうちょっと静かにしてもらえると、助かる。」


 レオが弱々しく答えた。フィーの声は明るくて良く響く。戦場の騒音の中でも指示を遠くまで飛ばすことが出来るだろう。そして今は頭にめっちゃ響くよ。

 結局、二日酔いは夕方まで回復せず、俺たち2人のせいで今日の予定は殆ど消化できなかった。フィーはステナさんと一緒に周辺モンスターを討伐したり、ご飯の材料やらを集めていたようだ。とーちゃんは使い物にならない2人の代わりに拠点の防衛だ。

 夕食の頃になるとどうにか体調も回復してきたが、胸焼けがまだ残っているので、携帯食料を軽く水で流し込んで終わりだ。遠慮なく美味そうに肉を頬張っているステナさんが恨めしい。


 翌日。ようやく日程にあった周辺モンスターの調査、兼、討伐が行える。今日は体調がすこぶる良い。気分も爽やかだ。朝食も美味しく食べることができた。後片付けを終え、とーちゃんに呼ばれた皆が、広場の中央に集合する。


「今日の訓練は、子供たちだけで行ってもらう。いざって時にフォローする大人はいない。そこをしっかり意識して行動するように。」


 とーちゃんは指示を出しながら、簡単な地図を地面に書いた。


「キャンプ地がここだ。ここから真南に進むと川に出る。その川沿いを上流に進むと、滝がある。そこからは、森を突っ切ってこのキャンプ地まで戻ってくるように。その間、遭遇したモンスターの種類、数、場所を記録してくれ。場所は大まかで構わない。モンスターの種類が判別つかなかったときは、外見の特徴を記録してくれ。獣型なのか虫型なのか、角はあるか、腕や脚の数は何本か、体表を覆っているものや色、等々だな。倒せずに逃げられた場合は、どちらの方向に逃げたのかも記録を頼む。以上だ。30分でフォーメーションと会敵時の対応を決めて出発してくれ。」


 大人たちのフォローは無い……か。これが地味にメンタルに負担になる。誰かが判断し、指示をくれるというのは楽だ。責任を取らなくて良いし、指示に従って行動していればいい。自分で判断し、自分で責任を取らなくてはいけない。当たり前のことだけど、大人に頼り切っている子供の身としては、なかなかしんどい。

 6歳の時とは違い、ヒロもいない。レオとフィーと俺の3人の中では、索敵に最も適しているのは恐らく俺だろう。もし俺のせいでモンスターの発見が遅れ、奇襲を受け、誰かが怪我をしたらと思うと、気を緩められないな。うーん、必要以上に力が入ってしまう。まぁ、徐々になれていけば良いか。この際、多少力んでしまうのは仕方ない、と諦めよう。変に焦らずに、今やるべきことに集中しよう。


「リーダーはどうする? どのようなフォーメーションで行く?」


 レオが言った。


「俺としては、全員の実力を把握しているフィーに、リーダーをやってもらうのが良いと思う。」


「わかったわ。じゃあ、戦闘フォーメーションは私とレオが前衛、シンクが後衛ね。探索の隊列はシンク、私、レオの順番ね。」


 移動を開始する。天気は快晴だ。夏の森は葉が茂っていて、緑の匂いが濃い。木々が風に揺れて、ざわざわと音がする。ただの散歩なら気持ちのいい陽気なんだけどな。風は通るのだが、長袖のパンダパーカーを装備しているので結構暑い。鎧を着込むよりははるかにマシなのだろうけど。とーちゃん達が頻繁に巡回しているためか、獣道より多少マシな程度だが、一応は道がある。邪魔な小枝などをショートソードで切り落としながら進む。特に何事もなく、川まで到着した。川の周辺の地面は砂利になっており、開けている。川の幅は2メートル程だ。流れはやや速い。


「モンスターの気配が少ないように感じるな。」


「川があるからな。水の流れに乗って、魔素も流されるのさ。下流になれば逆に、水の中の魔素濃度が上がって水生のモンスターなんかも出てくるらしいぞ。」


 レオの言葉に俺が答える。


「川の近くで気をつけなくちゃいけないのは、野生の動物のほうだな。動物は無理に人間を襲おうとはしないから、ちょっと脅せば逃げていくだろうけど。」


 ステータスの恩恵がある状態だと、動物ならば、例え熊相手でも大した脅威ではない。とはいえ動物は動物で人間をかなり恐れている節があり、いきなり襲われることは殆どないのだけどね。


「10分休憩にしましょう。各自水分をしっかりとってね。その後、上流に向けて移動を開始するわよ。」


 休憩は大事だ。前世の話になるが、仕事が行き詰まった時、休憩でトイレに向かって歩いている時なんかに、案外良いアイデアが思いついたりするものなんだよな。人間の集中力というのは、意識して継続させても2時間が限度という。一度リフレッシュすることで、ミスを減らすことができる。

 若い身体ってのは素晴らしい。ちょっと座っただけで、そこそこ体力が回復する。寧ろエネルギーに溢れていて、じっとしているのが難しいくらいだ。だが、ここで休憩無しで突っ切ると後でしんどい思いをすることになる。子供がペースを一定に保つのを苦手とするのは、この点だろうなぁと思う。

 休憩後、訓練を再開する。これといった問題なく、滝に到着した。崖の北側から南に向かって流れ落ちる滝で、落差は3メートル程だろうか。水量はそこそこ多く、日が当たってきらきらと輝いている。滝つぼには水飛沫で小さな虹が出ていて、そこそこ広い泉が形成されている。周囲には大きな岩も転がっているので、登って座れば視界も確保できるし、休憩しやすそうだ。

 今の時刻はだいたい昼頃だ。簡易探知札を周辺に配置し、交代で見張りに立って、昼休憩を取ることとした。煮炊きをするには時間がかかるから、今回は簡単に携帯食料で済ませる。

 ふと思い立って小石を掴み、対岸に向かって投げる。水切りってやつだな。前世だと調子良くて4回くらいだったけど、今はどうかな?


「よっ、と!」


 軽く投げたつもりだったが、勢いがつきすぎて、1回水面を跳ねただけで対岸まで行ってしまった。今度はスナップを効かせて、水面に対し水平に投げるよう意識する。


 シュッ! パッ…パッパパパ


 お~、5回跳ねた!


「何をやっているんだ? シンク。」


「水切りって遊びさ。石を投げて、水面を何度跳ねさせることができるかを競うんだ。レオもやってみるか?」


「ふむ。どれ。」


 シュッ! ジャボン!


 レオは上から振り下ろすように石を投げた。結果、そのまま水面に石が投げ込まれる形になり、跳ねることは無かった。


「むむむ!」


「横の回転をかけて、水面に対して水平に投げるんだよ。丸い平べったい石が適しているぞ。」


 レオの2度目のチャレンジは上手くいった。2人して、跳ねた回数を競ってしばらく遊んだ。いやー童心に返った気持ちだ。結構楽しかった。騒いでいると、見張りをしていたフィーが寄ってきた。


「ふーん、随分楽しそうじゃない? 私が見張りをしている時に、2人して何を遊んでいるのかしら?」


 眉根を寄せて、ちょっと怒り気味だ。


「あ、いや、すまん。軽い気持ちで始めたんだが、思ったより楽しくて……。」


「すみません、フィーリアさ……フィー。えっと、フィーも一緒にやってみますか? 楽しいですよ?」


「そ、そうだ、それがいい。俺が見張り代わるから、フィーはレオと水切りをやってみるといいよ。」


「……そこまで言うなら、ちょっとやってみようかしらね。」


 ふぅ、何とかなった。別に仲間外れにしているわけじゃないのだけど、妙にフィーとタイミングが合わないな。ちょっと意識して誘うようにしよう。

 俺は岩の上に移動し、周辺の見張りを行う。川の方向はフィー達がいるから、森側を見ていよう。


「シンク! 危ない!」


 唐突にレオの声がした。俺は思わず、レオの方を振り返ってしまった。


 ゴォ!


 頬をかすめて、何かがものすごい勢いで通り過ぎて行った。


「シンク、ごめんなさい。手元が狂っちゃって、そっちに石が飛んじゃった。」


 フィーが申し訳なさそうに手を合わせ、そんなことを言った。一瞬、お怒りのあまりわざと石を投げつけたのかとも思ったが、それにしては威力がありすぎる。そして、どうも本気で謝罪しているようだ。しかし……どう手元が狂ったら、水面と反対方向の岩の上に石が飛んでくるんだ?


「あぁ、うん。当たらなかったから大丈夫だよ。気にしないで。」


 今度はフィー達がいる方を向いて見張りを行う。フィーが振りかぶって……うん? 水切りで振りかぶる必要なくない? そして投げた! 石はこれまたとんでもない速度で飛び、対岸の岩に当たった。


 どかん!! 


 一瞬で蜘蛛の巣状のヒビが入った岩は、大きな音を立てて崩れた。


「うーん、狙ったところに飛んでいかないわねぇ。もう1回やってみよっと。」


「あ、フィー、ちょっ」


 俺が制止するより早く、フィーの第3投は放たれた。今度は滝に向かって一直線に石が飛んでいく。石、というより、ちょっと小さな岩くらいのサイズがあるように見えるんだが。……フィーの力のステータスはどうなっているんだろう? そして器用さのステータスもどうなっているんだろう? 手先が器用でもノーコンの人はいるだろうけど、そういう感じなのかな?

 俺が余計なことを考えているうちに、岩は滝を貫いて奥へ進んだように見えた。滝裏の壁に当たって大きな音を立てるのでは、と身構えていたが、何かこもったような音がちょっと聞こえただけだった。うん? どうなっているんだ? 滝の水音にかき消されて、聞こえなかっただけだろうか? 

 同じ疑問を持ったのか、石をもう投げないよう念入りにフィーに言い聞かせたレオが、滝の裏側へ回り込んでいった。確認したらしいレオが、俺たちを呼んでいる。何かあったようだ。俺とフィーはレオの元へ急いだ。


「どうしたんだ、レオ?」


「滝の裏に洞窟がある! これはダンジョンかもしれないぞ。」

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