第30話
ダンジョン……それは巨大な魔素溜まりによってできる、モンスターの
「ダンジョン? 新しいダンジョンはもうできない、という説がなかったかしら?」
「確かに、ひと昔前までは、新しいダンジョンが発見されたという報告はありませんでした。しかし、近年になって度々報告があるようなんです。5年前の、一時的なモンスターの活性化が影響していると聞いたことがあります。ただ、ダンジョンができたならば、モンスターの出現頻度が明らかに増えるのですぐに分かるそうなのですが……シンク、この近辺のモンスターの数はどうなっているんだ?」
「5年前から多少増えたが、極端に発生しているという話は聞かないな。決めつけるのは時期尚早かもしれないぞ。」
「ねぇ、ちょっと中を探索してみましょう。そうすればすぐに分かるわよ。」
目をキラキラさせたフィーが、そんなことを言った。レオは止めるかと思いきや、ちょっとやってみたそうな顔をしている。こいつら冒険大好きだな……。
「フィー、ダンジョン探索用の装備がない。10フィート棒すら持ってないんだぞ。それに誰か、ダンジョン探索のノウハウ、細かく知っている人いる?」
誰もいなかったので、ダンジョンの探索は断念した。ちなみに10フィート棒というのは3メートル程の棒で、ダンジョン内の壁や床を叩いて罠の有無を調べる道具だ。罠の多くは一旦発動させてしまった方が楽に処理できるので、重宝する。また、狭い場所に突っ込んで、何かないか探るときにも使う。今は11フィート棒なるものもあるようで、何でも10フィート棒で奥まで届かなかったが、11フィートあれば奥に届いてお宝をゲット出来たのに……的な発想で生まれたという棒だ。今では11フィート棒が主流になっているとかいないとか。
とりあえず入口に探知札を設置して、元の場所に戻った。モンスターの出入りがないか、しばらく観測することにしたのだ。今度はレオが見張りに立ち、その間俺はフィーに”投擲”スキルを”教授”することにした。このままではポーション類を投げて使うのも危険だ。いくら割れやすく加工されている瓶でも、瀕死の状態であの速度の瓶を身体に食らったら、そのまま死にかねない。勿論、今日だけでスキルを習得するのは難しいだろうが、多少でもコツを伝えておくのは大事なことだ。因みにポーションは降りかけても飲んでも、効果は同じだ。この世界のポーションはゲーム的な設定で、即座にHPを回復してくれる。
「フィー、この円を的と見立てて、小石を投げ入れてみてくれ。力は入れずに、精度重視で。」
俺は地面に小さな円を書き、フィーに小石を渡す。
「分かったわ。」
フィーは親指と人差し指で摘むように小石を持って、ひょいっと投げた。円の中に投げ入れることは成功したが、地面と接触した衝撃で、小石は跳ねて飛んでいってしまった。
「飛んでいっちゃったわね。」
「いや、大丈夫。今度はもうちょっと離れたところに円を書くから、同じように投げてね。」
これを繰り返し、精度が落ちる場所を探す。……そこそこ距離が離れた場所でも、問題なくできている。やはり、距離感を把握する能力には問題がないようだ。こうなってくると、恐らく投げ方の問題だな。
「次はこれくらいの石をもって、投げるときは手首のスナップだけでやってみてくれ。石の握り方はこんな感じね。精度重視で、勢いはいらないよ。」
握り拳くらいの大きさの石をいくつか持たせ、同じく地面に書いた円の中に投げ入れさせる。……これも問題なくできるな。
「次はちょっと難しい。腕の振り方と、石を放す場所を教えるよ。」
こんな感じで、投げ方をひとつずつ教えていく。前世での話になるが、俺は地区の野球チームにほぼ強制で入っていた。若いのだからと自治会の集まりで言われ、断れない雰囲気で仕方なく、って感じだ。球技は昔から大の苦手で、真っ当にやったことなど一度もない。そのため、ボールの握り方、投げ方もさっぱり分からなかったのだ。それでチームメンバーに投げ方を聞いたのだが、はっきりと説明できる人間は誰もいなかった。誰も彼もが、感覚で何となくなのだ。手の振り方、握り方、放す位置を理論理屈で説明してくれる人は1人もいなかった。で、結局俺は上手く投げられないままだから、試合では役に立たない。そんな扱いをチーム内で受けることとなった。……だから最初にやりたくないって言ったじゃん。腫れ物扱うように接しないで欲しい、って思ったもんだ。
今はスキルのおかげで投げ方が分かる。素人で分かり辛いのは、手を放す位置と放し方だと思うのだよね。勢いつけて手を振りながら手首のスナップを利かせると、放す位置の調整が難しい。なまじ勢いがついているものだから、途中で飛んでいかないよう握る手に力が入り過ぎて、放す瞬間に変な力のかけ方をしてしまったり、指が離れずボールに引っ掛かったりするのだ。ある程度の精度を持たせるなら、手首だけで投げたほうがいいね。これなら動きは少なくて済むし、ステータスの力があればそこそこの距離を投げることができる。
「折角だから、きちんと投げられるようになりたい。もうちょっと教えて。」
うん、フィーは向上心があるな。フィーに素振りをさせて、フォームを確認する。問題なし。次に、石を持たせてフォーム重視で投げさせてみる。……ちょっと崩れるな。
「もうちょっと軽く握るといいと思うよ。手に意識が行き過ぎて、フォームが崩れているように見える。」
「分かった。やってみる。」
再び投げさせて、後ろからフォームを確認してみる。うーん、手の振りで少しおかしなところがあるな。
「ここは、こう、だね。」
どうにも口では説明し辛かったので、フィーの手を取って振り方をレクチャーする。……うん? フィーの動きが止まってしまった。どうした?
「どうかしたのか? フィー?」
フィーの顔を覗き込んでみると、顔を真っ赤にしている。あ! いきなり背後から手を取られたら、そりゃびっくりするか! そして距離的にめっちゃ近い。ほぼ密着状態だ!
「うわ! ごめん!」
俺は慌てて手を離して飛び退いた。
「う、うん……大丈夫。ちょっと、びっくりしただけ。」
うわぁぁぁああ! やってしまった。非モテが一番やっちゃいけないやつ! 状況にかこつけてボディタッチしてしまうとか。
フィーは俺が触ってしまった手を胸元にあて、もう片方の手で覆っている。目は伏し目がちだ。うぅ、キモかったかな? そうだよね……嫌われたかなぁ。俺がうじうじ悩んでいると、フィーから声をかけられた。
「あのね、シンク。ゆっくり話す機会がなくて伝えられなかったのだけど、来年から私、貴族向けの騎士学校へ行くの。そうするとね、卒業するまでの3年間、ここへは来られないと思う。」
「うん……ステナさんから聞いた。フィーは、騎士になるの?」
「まだ、……決めてないの。私は跡取りだから、騎士にならなきゃいけないのは分かっている。でも、冒険者になる夢も、諦めたくない。」
何故、今この話になったのかちょっと分からないが、フィーがこの先どうしたいのか、俺も知りたいと思った。何か力になれることはあるのだろうか? 例えば、俺が冒険者となってフィーの領地の困り事を解決できたら良いかな、ていうのは以前から考えていた。とーちゃんたちがフィーの父親と築いたような、そんな関係になれたら……と。
だが、フィーは冒険者になりたいのだ。自分で冒険がしたいのだ。そうすると、今が千載一遇のチャンスなのかもしれない。目の前にはダンジョンらしきものがある。これを今、一緒に攻略できれば、冒険ができる。一時的にでも冒険者気分を味わうことができたら、その思い出があればこの先、例え自身が望まぬ生き方だったとしても、強く生きていくことができるのではないか。そう考えてしまう。……しかし、思い出作りでもし、取り返しのつかない事態を生み出してしまったら……。
「私ね。この夏のシンクを見て、シンクがすごく頑張っているのを知ったの。諦めないで”礼儀作法”のスキルをとったり、極級までスキルを鍛えようとしていたり。そういうのを見て私も、諦めちゃダメかな、って思ったんだ。」
うん、”礼儀作法”? あれはガチャで手に入っただけなんだけどな。それと、極級を目指すこととの関係性がよく分からないな。極級目指しているのは、強くならないと命が危ないってだけなんだけどな? まぁ目指すも何もガチャで引き当てているだけなんだけどね。周囲から見るとそう見えるか。え、そもそも俺は何かを諦めなくちゃいけない立場だったっけ?
「私も、自分の夢と、貴族としての跡取りの立場……両方を、諦めないで済む道を考えてみようって思えたんだ。シンクのおかげ。ありがとう。」
そう言ったフィーは、とても晴れやかな顔をしていた。フィーの金色の髪が風にたなびき、陽光を浴びて、きらきらと輝いていた。
「……綺麗だな。」
俺は思わず呟いていた。
「え?」
フィーが驚いた顔をしている。
「もう1回言って。」
Oh……なんという無茶振り。しかし、自分の撒いた種だ、恥ずかしいけど仕方ない。
「いや、フィーがとても、綺麗だなって。」
「そっそそそ、そういうシンクもカッコいいわよ! 1年で凄く背が伸びていて、びっくりしちゃった。」
お互い顔を真っ赤にして、そんなことを言い合った。あぁ……、なんて甘酸っぱいんだ。こんな思い出が前世でもあったなら、非モテだったとしても一生、己を蔑まずに生きていけただろうな。
そして今生の俺は、これから例え生涯非モテでも、強く生きていけそうだ。
「ありがとう、フィー。俺は頑張れそうだ。」
フィーにとっては何のこっちゃ分からないだろうけど、この甘酸っぱい思い出があれば”償い”もこなせそうな気がする。
「うん。私も頑張る。」
なんか知らないけど通じたな。……大丈夫かな? さっきから何やら微妙に言葉の解釈に齟齬があるような気がするんだけどな。
「えっと、シンク……、キスする?」
え!? この子いきなり何を言っているの? 俺達そういう関係だっけ?
「ほ、ほら! 私のためにレオと戦ってくれたでしょ。キスの景品はステナが突然言い出したことだけど、何も報いてないし、あの時はひっぱたいちゃったし……。えっと、つまり、それで……私じゃ嫌?」
こいつ殺しにかかってきているのか? 脳内が沸騰しそうだよ!
「……ふぃ、フィー」
「……シンク」
俺はフィーと見つめ合っている。だ、ダメだ。この後どうしたらいいんだ? えっと、フィーとキスするの? 俺が? え? 犯罪じゃないよね? 事案? 逮捕案件? 11歳の少女にみだらな行為、ってやつじゃないかな? あ、俺も今は11歳なのか。だったらセーフなのか?
フィーが待っているような気がする。俺からしなくちゃいけないのかな? さすがにキスを女の子からさせちゃいけないってのは分かる。……おぉぉぉ。と、とりあえず、フィーの肩に手を置いてみる。フィーが一瞬ビクッとしたような反応を見せる。それだけで心が挫けそうになる。慎重にフィーの様子を窺うと、嫌がるそぶりはなさそうだ。酷く緊張しているように見える。
……そうだよな、フィーでも緊張するよな。自分のことばかり考えてないで、フィーの気持ちを考えてあげないとだな。何てったって、精神的に37歳は上なのだからな。よし! 自分じゃなくてフィーのために! その気持ちでなんとか乗り切るんだ! 頑張れ! 俺!
フィーの肩を軽く抱き寄せて、ゆっくり顔を近づけていく。互いの緊張した顔が迫り、息遣いがはっきりと聞こえてくる。そして、唇と唇が触れようとしたその時……。
「――何しているんだ、2人とも?」
見張りをしていたレオの声がした。すっかり存在を忘れていたよ……。
「いや、これは、その……」
しどろもどろになってしまう俺。別に悪いことしているわけじゃ……悪いことだっけ? いや悪くないか。まるで浮気現場を見られたみたいな反応をしてしまったよ。
「き、気のせいじゃなければ、2人とも今、キスしようとしてなかったか? そ、そういう関係だったのか?」
レオは一歩後ずさりながら、驚愕に顔を歪めてそう言った。
「えっと、そういう関係というか、ほ、ほら! 昨日、レオと戦ってくれたお礼というか!?」
フィーが目をぐるぐるさせながら説明している。よくよく考えるとかなり恥ずかしいからな。それをレオに見られた、ってことで混乱中だな。
「シンクお前、2人で独身を貫こうと誓ったのに……あれは嘘だったのか! この裏切り者~!!」
レオが叫びながら駆け出していった。ん? そんなこと誓ったっけ……あー、言ったわ酒の席で! ぼんやりと思い出したけど、レオのことなんて今の今までこれっぽっちも心に湧かなかったよ。いや、何か本当にすまん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます