第28話
俺をひっぱたいたフィーは、そのままどこかに駆けていった。ステナさんは困ったような笑みを浮かべているし、とーちゃんは何やら、うんうんと頷いている。
「すみませんが、私はフィーリアお嬢様を追いかけますね。」
そう言って、ステナさんはフィーの去った方向へ走っていった。
俺は叩かれた頬を押さえ、呆然としている。ステナさんのリクエストに応えて頑張った結果、何故かフィーに叩かれた、というオチである。フィーはきっと、突然キスしろとか言われて動揺してしまったんだろうと思う。そう思いたいが……いや、普通に断れば良くない? 俺ってそんなに嫌われていたのかな……。そりゃ、好きでもない男にキスなんてしたくないだろうけどさ。ポン、ととーちゃんに肩を叩かれた。
「ま、まぁ、フィー嬢ちゃんも、いきなりの展開で恥ずかしかったんだろう。お前が嫌われているってわけじゃないと思うぞ。」
そう慰めてくれたのだが、俺は前世のことを思い出していた。
俺は中高と女子に嫌われていた。特にこれと言って思い当たる理由はない。何か悪いことをしたり、不用意なことを言ったわけでもない。何故か嫌われていたのだ。因みに前世での容姿はイケメンでも何でもなかったが、特にブサイクということもなく、ごく普通な感じだったと思う。
何故嫌われていたのかは、高校の同窓会で分かったけどね。たまたま隣で話していた、元クラス委員長の女子に「俺、高校時代、嫌われていたじゃん?」的なことを聞いたら「え? そんなことあった?」って返しがあった。いじめはやった方は覚えていないってやつか? って一瞬思ったのだが、実はそうではなかった。その委員長には嫌われた記憶がないのだ。よくよく思い出してみると、俺を嫌っていたのは数にしてクラスの3分の1くらいの、言ってみれば中層に位置する女子だったのだ。自分に自信がなく、将来もこれといった目標がない。いつ自分がいじめのターゲットになるか分からないといった、漠然とした不安を抱えていた女子達に、たまたま共通の嫌われ者として、俺に白羽の矢が立っただけだったのだ。話題に困れば俺をバカにして弄れば良い、というシステムだな。クラス委員長を務めるような人望がある女子は、彼女達が作る不安の捌け口にタッチしていなかったから、知らなかったのだ。その事実を知った時に、成程、って思ったものだ。同窓会で、俺を嫌っていた女子達は当時と同じような態度を示してきた。正直、俺には全然成長していない子供に見えたのだった。
話が逸れた。フィーはそういう中層の女の子ってタイプではない。しかし前世の俺は多分、嫌われ者として無駄に白羽の矢が立っちゃう程度には、浮いていたのだろう。転生しても、そういう部分は改善されていないのかもしれない。どうしたって女子に嫌われてしまう運命なのだろうか?
あれこれ考えていたら、いつの間にか夜になっていた。夕食の席、5人中2人が致命的なまでに落ち込んでいる。1人、ボアからドロップした肉を美味そうに食べているステナさんだけがやたら元気だ。この状況を作ったステナさんには、思うところが無いわけでもない。女の子に非モテの男へのキスを強要するなんて、殆ど罰ゲーム扱いだよな。何でそんな余計なこと言ったんだよ。前世での学校の授業中、「誰かとペアを組んでください」とか気軽に言っちゃう教師並みに腹が立つ。出席番号順でも何でもいいからそっちで指定してくれよ! ぼっちに声かけてくれる奴なんていないんだよ! ハァ……。
フィーも戻ってきているが、気まずくて顔を見ることができない。あ……、そういえば俺がこの後寝る場所はレオポルトのテントだけど、大丈夫かな? 行かなきゃ行かないで相手の好意を無下にする形になるからな。行ってみて、もし追い出されたら、その時に考えるか。
夕食が終わってから、本来なら見張りとして立つ練習もする予定だったのだが、昼間のこともあり、子供たちは休んでいいってことになった。レオポルトが無言で自分のテントに入っていく。仕方ないので俺もそれに続いた。扉をくぐると、レオポルトはリビングのソファーでぐでーっとしている。俺が入ってきてもノーリアクションだ。まぁ、出て行けとも言われないなら、そのまま使わせてもらうか。改めてリビングを見回すと、午前中に入った時は気が付かなかったのだが、小さなバーカウンターらしきものまであった。近づいて見てみると、いかにも高そうな酒がずらりと陳列されている。あぁ……、飲んで今日のことを忘れたい。
「レオポルト様」
俺はレオポルトに声を掛けた。しばらくの沈黙の後、しぶしぶといった感じで返事が返ってきた。
「……なんだ?」
「先程の勝負で、私はレオポルト様に勝ちましたよね? フィーリア様との婚約を賭けてでしたが、それを手に入れることは、私には叶いませんでした。ですので、レオポルト様さえお許し下さるのならばですが、ここに1つ、勝者への褒美として頂きたいものがあるのです。宜しいでしょうか?」
「何でも持っていけ。」
どうでもいい、って感じの返事が返ってきた。では遠慮なく、ここら辺の高そうな酒を1本頂くとしよう。さて、どれがいいかな……一番高そうな、派手派手しいボトルの奴にしてしまうか。ボトルに商品名の記載がないし、透明なボトルではないので中身が何かわからんけど。
「では、これを頂きますね。」
俺はそう言って、瓶の栓を開けた。キュポン、と軽快な音がして、レオポルトがこちらを向いた。
「ちょっ、おまっ! それ酒だぞ?」
「そうですね。お酒ですね。」
「子供が酒を飲むものではない。成人してからだ。うん? そういえばシンクお前、歳は幾つだ? 身長からいって、13くらいか?」
「いえ、私は11歳ですよ。」
「え? お前、同い年だったのか?」
何やら、またレオポルトが落ち込んでしまった。さて、それは放っておいて、グラスはっと。あ、一応聞いておくか。
「レオポルト様も飲みますか?」
「お前、本当に飲むのか?」
「はっはっは、飲むに決まっているじゃないですか、飲まないとやってられないっすよ。」
”礼儀作法”はもうオフにした。
「まさか飲めないのですか? 11歳にもなって?」
そして無駄にレオポルトを煽ってしまうぜ! よくよく考えたら、1人で飲んだのが後で発覚したら、俺だけ怒られるじゃん。仲間を作っておけばその分、お叱りが分散することだろう。
「そう言うからには、お前は飲んだことがあるのか?」
「えっと……まぁ、ちょっとは。お酒……興味ありませんか? 家に帰れば周囲の目がありますから、飲む機会なんて無いでしょう? 今しかできない事なのですよ?」
酒を飲んだことがあるのは勿論、前世での話だけどね。ふふふ、分かっているよ。このくらいの年頃の子は、「大人」ってものに妙に憧れているだろう。お酒とか、そういうちょっと悪いこと、したいじゃろ?
「う、うーん。じゃ、じゃぁ、1杯だけなら……。」
棚から見つけたショットグラスと酒の瓶を持って、レオポルトの向かいに座る。
「ささ、どうぞ。」
そう言って俺は、レオポルトのグラスに酒を注いだ。果物のような、甘い良い香りが漂う。俺は自分のグラスにも注いだ。
「いただきます。」
俺はそう言って、迷わず口の中にグイっと流し込んだ。……何これめっちゃ旨い! アルコールの刺激がフルーティな甘みに包み込まれて、非常に飲みやすい。これはあかんやつ。飲みやすさに油断して気がつくと限度超えてる奴だ。前世で好んで飲んでいたのは日本酒だが、凄く値が張るやつには、まるで水みたいな口当たりで甘く、ぐいぐいいける物がある。それと同じタイプだな。普通の酒はこんな味はしない。もっとアルコールの匂いが強く、原材料となったものの臭さや苦味など味に刺激がある。俺が飲んだ姿を見て、レオポルトも覚悟を決めたのか、同じようにグイっと一気に飲み込んだ。
「げほっ! ごほっ!」
「あははははは。」
「おま、ごほっ! よくこんなの飲めるな!」
まぁ非常に飲みやすい酒ではあるが、流石に子供がいきなり飲むには無理があるわな。結構度数が高そうな酒なので、口の中に一気に広がるアルコールと香りでむせてしまったのだろう。
「笑うなよ!」
「失礼しました。では次は、舐めるようにちょっとだけ口の中にいれてください。本当にちょっとですよ?」
そう言ってまたレオポルトのグラスにそそいだ。レオポルトは、恐る恐るといった感じでちょっとだけ舌で舐めた。
「う、うーん。飲めなくはないが、そんなに美味しいとも感じないぞ?」
「いやぁ、この酒とても美味しいですよ。何て名前の酒ですか?」
「うん? これは……、これ、お前、前王が即位した年に作られた限定品じゃないか! 父上が非常に大切にしていたような……」
「え? ……まぁ、でも、開けてしまいましたから、もう飲むしかないですよね。」
おっと怒られるネタが1個増えてしまった。しかし、これは決闘の景品として貰ったものだ。レオポルトの父親が俺に文句を言ってくることはないだろう。景品として渡してしまったレオポルトは怒られるだろうけど。
「……ハァ」
と、ため息をつきながらも酒を舐めるように飲むレオポルト。いろいろ諦めたっぽいな。
「さぁ、嫌なことは飲んで全て忘れてしまいましょう。」
こうして飲み会が始まった。とはいっても、殆ど酒は減らない。俺も最初に飲んだ一杯でかなり酔いが回った。レオポルトと同じ様に、舐めるようにして少しずつ飲んでいる。やっぱ子供の体で酒を飲むには無理があるな。あーでもちょっと酩酊感が気持ち良いかも。
「シンク、お前、何であんなに強いんだ? ずるいぞ。天級魔術とか無いわぁ。」
「いやいや、自分なんてまだまだ。私の3つ上に、既に武技スキルで天級に至っている者がいますよ。そいつなんて、私が苦労して(カルマ値を稼ぐという意味で)手にいれた”錬魔”と”集魔”のあのスキル。目の前で使ってみせただけで、覚えてしまいましたからね。」
ヒロの規格外っぷりにはもうついていけない。リアルチート野郎である。前々から、スキル使用直後の硬直をどうにかできないか、と考えてはいたらしいのだけどね。
「そ、そんな奴がいるのか? 」
「俺とそいつの2人で、手強いモンスターと戦ったことがあります。結果だけ見れば勝利でしたけど、本当に、命がけの戦いでしたよ。」
「どんな戦いだったのだ?」
「あれは6歳のときに……」
……30分後。
「私がフィーリア様と始めて会ったのは、そう、あれは5歳の時。フィーリア様のお屋敷へ、父上と新年の挨拶に行ったときだった。庭で武芸の稽古をしている女の子がいてな。長い髪が動きに合わせて舞っていて、日の光を浴び、きらきらと輝いていた。とても、綺麗だったんだ。その時に、心を奪われてしまった。この人に近付きたい。その一心で武芸に励んで……」
「なるほど、なるほどぉ。」
レオポルトが何やら恥ずかしい昔語りをしている。……フィーのことが本当に好きだったんだな。ただ、女の子として好きってよりは、憧れの存在って感じのように思える。適当に相槌を打っている。レオポルトも結構酔っぱらっているな。
「いいかぁ~シンクぅ。アイルーン家は、騎士で有名な家なんだぞぉ~。強くなければ婿に選ばれないんだ。それに引き換え、うちは商売ばかりに力をいれて、貴族ではなく、まるで商人みたいだ。我が家の初代様はなぁ~、武芸で身を立てて貴族まで上り詰めた方なのだ。もう300年前の話になるが、初代様は……」
……さらに30分後。
「俺が6歳の頃っすかねぇ。村にフィーが遊びに来たんっすよ。最初は貴族の身分隠してましてねぇ。そん時に、フィーって名乗ったんで、村の中だとフィーリア様はフィーなんですよ。」
「なるほどなぁ~、フィーか~。かわいいなぁその呼び方~、愛称で呼び合う仲って、うらやましいなぁ~。」
「やぁー、村中の人間がフィーって呼んでるんで、特別感は無いっすよ?」
「うーむ、そうだシンク、俺のことはレオと呼べ。親しいものはそう呼ぶのだ。俺に勝ったお前には、その資格がある。それと、敬語も不要だ。」
「おっす、レオ。」
「いきなり軽いな……」
……さらにさらに30分後。
「俺はフィーに嫌われてんのかね? 何も、ひっぱたかなくたっていいと思わない?。」
「あれはなー確かになぁ。自分のために命がけで、ヒック、戦った騎士にする婦女子の態度ではないよなぁ~。それを言うなら、私も嫌われているのかなぁ~?」
「まぁ、そうだろうね。」
「そこは否定しろよ! フィーリア様に嫌われたのか……。何がダメだったんだ?」
「んーレオ本人が嫌われたっていうよりも、村に息抜きに来ているのに、レオが一緒について来たことによって、貴族としての対面を維持し続けなくちゃいけなくて、息抜きできないことに怒っているんじゃないか?」
「うん? 確かフィーリア様は軍事訓練でこの村に来ていると……違ったのか?」
「それは建前だよ。息抜きで来てますーなんて、正直に言えないだろ? 」
「……あぁ、なるほどぉ。それを邪魔してしまったのかぁ。だからあの態度だったわけか。」
レオは酒の入った杯を見つめながら、しばらく黙ってしまった。
「息抜きの場所を荒らした私は、おそらく嫌われただろうなぁ。……分かった。フィーリア様と結ばれないなら、私は、一生独身を貫くぞ!」
「それはちょっと気が早いんじゃないか? 俺たちまだ11歳だろ? 何年後かは分からないけど、これから出会う人の中に、素敵な女性がいるかもしれないじゃないか。」
「いや、私にはフィーリア様以上の女性が現れるとは思えない! ……そういえば、シンク。お前はかなりフィーリア様と親しげではなかったか? どうなんだ? フィーリア様のことが好きなんじゃないのか?」
「フィーのことはどうだろう? フィーは貴族だから、将来決別する時が来るっていつも思っていたしなぁ。そういう目で見てなかったけどさ。……ただ、親しくはしていた。友達だとは思っていたから……嫌われるのは、辛いなぁ……グスッ」
なんか涙出てきた。
「泣くなよ。ほれ、ハンカチを貸してやる。」
ハンカチ受け取ったらやることは1つだよな。 チーン!
「汚な! 鼻かむなよ~。」
「ありがとう。おかげでスッキリしたよ。」
そう言ってレオにハンカチを返す。
「いや、それはやるよ。」
すごーく嫌そうな顔で受け取り拒否された。すまん。やらなきゃって思ってしまったんだよ。
「お前はその歳で火術を天級まで修めているんだ。極級に至れば貴……あー……何でもない。」
「なんだ? 途中でやめられると気になるじゃないか。」
「あー……、うん! よし。フィーリア様に嫌われた者同士、ここに独身を誓おうじゃないか。」
レオポルトがそんなことを言い出した。まぁ俺は”償い”もあるし、結婚なんてしている余裕はないだろう。フィーに嫌われたし、イーナにも無いって言われたしな。転生後のこの人生はもしかしたら非モテから脱却できるかもと思っていたけど、そんな事なかったってことだな。もう独身で生きていこう。
「そうだね! 女なんていなくても生きていける! 37歳まで独身でも何とかなったし!」
「うむ! うん、37歳まで独身? 」
「まぁそれはこっちの話で。独身だと気ままに生きていけるなぁ。家族のことを考えなくて良いし、お金も自分が生きる分だけあれば良いし。」
「気ままなのはいいなぁ。いっそ貴族の身分も捨ててしまうかな!」
「そうだ、その意気だ! 独身に乾杯!」
「乾杯!」
……そして朝。
「おい、もう朝だぞ、いつまで寝て……うわぁ酒くさ!」
とーちゃんの声で俺は目を覚ました。うぅ、頭が痛い……。ずきずきするな。神聖魔術で何とかなるかな? 意識を集中させて……ってぜんぜん集中できん。気持ち悪い……。
「お前達、女の子に振られたからって、その歳で酒に溺れるとは……」
そして今、俺とレオはキャンプ地の端で正座をさせられている。朝ごはん抜き……というか食べることが出来ない。水くらいしか口に出来ない。とーちゃんからは神聖魔術やポーションでの解毒は禁止された。酒を飲んで楽しかったなら、その苦しみも共にあるべきとのことだ。ボトル半分も空いてなかったのにここまでのの二日酔いが来るとは。子供の体で酒を飲むって、リスク高いんだな。
「酒は飲んでいる時、気持ちよかったけど、翌日こんなに苦しいものなのか。もう飲まない。」
レオがそんなことを言った。そのセリフ、俺も前世で二日酔いになる度に言っていたぜ……。レオと共に苦しんでいたら、フィーがやってきた。
「昨晩はお楽しみだったみたいね」
フィーさん、その言い方だと、俺とレオがチョメチョメしたみたいじゃないか。
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