第27話

 おーい、当人を置いてけぼりにして話を進めないでおくれ。フィーの将来を賭けて戦うなんて、できないっすよ。大体、俺が勝っても何も無いし……。


「今は野外での訓練中です。モンスターと戦闘する可能性を考えても、余計な体力やMPを消費すべきではないと愚考いたしますが。」


 俺は何とか切り抜けようと提言してみる。


「それには及びませんよ。」


 突然ステナさんの声がした。2人とも帰ってきたようだ。って、今の話どこから聞いていたんだ?


「本日の予定はほぼ終了しております。戦闘訓練を行なっても問題ありませんよ。ね、アルバ殿。」


 早く帰ってきてくれ、とは思っていたけど、いざ帰ってきたらまさかの敵に回るとは! ステナさん的には、レオポルトの鼻っ柱を折るのに絶好の機会だろうけどさ。一縷の望みに賭け、「とーちゃん助けて」とアイコンタクトを送ってみる。


「まぁそうだな。日没まで時間もあることだし、訓練しても問題ないだろう。探索訓練をするにも、お互いの実力を把握してから行動するほうが良いだろうしな。」


 違ッ、違うよ~そうじゃないよ~! そんな正論言わないでおくれよ~。


「本当に宜しいのですね、フィーリア様。」


「二言はありませんよ。それに、私はシンクの勝利を信じていますから。」


 確認するレオポルトに対し、フィーは即座に答えている。ちょ、ちょっとフィーさん? 俺が槍持ったときの実力は、あなたにはまだ見せたことないでしょ? 何でそんなに信頼してくれているんだ? っていうか、俺めっちゃ置いてけぼりのまま訓練が始まろうとしているんだが? 訓練っていうか寧ろこの流れは決闘みたいなんだけど。えーっとですね、決闘罪って犯罪がありまして……ってあの法律は日本か。


「では、立会人は私が承りましょう。勝者がフィーリアお嬢様の正式な婚約者になる、ということで。」


 ステナさんが立会人になるようだ。立会人ってもう完全に決闘だな。うん? ちょい待ち! 俺が勝ったらフィーの婚約者になるの? フィーも「えっ!?」って顔しているけど大丈夫なの?


「お待ちください。シンクが勝った場合、彼が正式な婚約者となるということですか? 平民が貴族と婚約など出来るわけがないでしょう。」


 レオポルトが尤もな質問をする。そうそう、もっと言ってやれ。勝者への報酬が不成立だから、この決闘も成立しないって方向で。


「あら? レオポルト様は、負けたときのことを考えていらっしゃるのですか? 槍を始めてほんの1年足らずのシンクさんに、ご自身のお得意とされる槍で負ける可能性がある、と?」


 煽りますね。ステナさん。


「……分かりました。私の勝利が揺らぐなど、万に一つもあり得ないのですから、問題ありません。フィーリア様は、この私がいただきます。」


 イラッ。あれ? 何故だろう。ちょっと今、怒りが沸いたな。


「シンクさんも、構いませんね?」


「え? あの」


「――異論は無い、ということで。では、両者構えて!」


 え? えぇ? 訳が分からんうちに決闘が始まろうとしている。慌てて槍を構え、レオポルトと距離を開ける。


「始め!!」


 ステナさんの号令で決闘が始まった。レオポルトは、先ずは実力を見定めようとしているのか、槍をこちらに向けて構えたまま動かない。


「シンク。この槍は魔鉄を鍛えた逸品だ。当たれば怪我では済まない。お前にすれば、半ば巻き込まれる形で始まった決闘で、命まで失いたくはないだろう。降参するなら受け入れるが、どうする?」


 レオポルトが提案してきたが、どうしたものか……。俺は槍の先を下げ、周囲を軽く見渡した。ステナさんは「やってしまえ!」と目で訴えている。とーちゃんは、息子の成長を見守るって感じだな。女の子を賭けて決闘するなんて歳には早過ぎると思うのだけど、止めてはくれないのね。そしてフィーは……、頬を染めて、潤んだ瞳でこちらを見ていた。瞬時、さっきのフィーの言葉が脳裏に蘇る。


 ”私はシンクの勝利を信じていますから”


 ……そこまで言われてしまったら、負けるわけにはいかないよな。だいたい、フィー的にレオポルトは好みのタイプじゃなさそうだしな。よーし、腹は決まった。勝ったらどのみち恨まれるんだ。いっちょ俺も煽るとするか!


「いや、降参はしない。フィーと婚約したいのだったら、俺に勝ってみせることだな。レオポルト。」


 ”礼儀作法”を捨て、改めて槍を構えなおす。


「!! 後悔するなよ!」


 押し殺すような声で、レオポルトが答えた。めっちゃ殺気立っているな。煽った甲斐があったというものだ。怒りは攻撃を単調にするから、対処し易くなるだろう。

 レオポルトの獲物は長槍、俺は短槍。武器のリーチでは負けている。普通に戦うなら、相手の攻撃をかわしながら懐に入るのがセオリーだろう。が、今回の目的は鼻っ柱を折るってことだから、正面から攻撃を潰していったほうが良さそうだな。


「ハァッ!」


 レオポルトが気合と共に槍を突き出してくる。武器性能差があるので、真っ向から受けるとこちらの武器が傷み、最悪折れてしまうだろう。ここはちょっとズルをして”槍術・天級 Lv1”を使わせてもらう。相手の槍の軌道を読み、自分の槍を合わせて攻撃をいなす。


 カッ


 軽い音がして、レオポルトの槍は大きく逸れた。実は、武器スキルの地級Lv9と天級Lv1では、それこそ天と地ほどの差がある。というのも、級が上がる毎に基本動作がセットでついてくるからだ。例えば踏み込みで言うなら、無印の”踏み込み”、地級の”強踏み込み”、天級の”瞬歩”、極級の”縮地”、といった具合だ。いなす技に関しても一段上のものを使っているので、地級の攻撃だったら簡単にいなせるのだ。まぁ、俺は無印も地級もまだカンストしていないので、足りない部分は”行動予測””動体視力””器用さUP”で強引に補っているんだけどね。

 攻撃をいなされて構えに隙ができても、敢えてそこに追撃はしない。レオポルトは慌てて体勢を建て直し、再度攻撃を仕掛けてくる。


「フッ! クッ、……ハァ!」


 カッ……コツ


 同じ様にいなしていく。その度にレオポルトは体勢を崩しているが、こちらは追撃をせずに間合いを取る。その繰り返しに、レオポルトの苛立ちが目に見えるようになってきた。


「何故、攻撃してこない!」


 怒りで顔を歪め、レオポルトは叫んだ。まぁ、確かに舐めているように見えるよね。素直に、鼻っ柱をへし折るためです、とも言えないけど。それにしてもやり過ぎかな? 槍だけに……なんてダジャレはさて置いて。うーん、別にレオポルトのことは嫌いでも何でもないんだけどさ、ちょっと、レオポルトにイラついている自分がいる。どうしてだろう?

 ま、まぁ、さっさとステナさんの依頼を完遂するとしようか。そもそもこれはレオポルトの為でもあるんだしな。モンスター舐めていたら、最悪死ぬしな。うんうん。


「フィーに認められた好敵手の実力、ってのを見せつけようかと思ってね。」


 我ながら悪役っぽいなぁ。せめて、相手がもう少し性根の悪そうな奴だったら良かったんだが。まだ若いものの、レオポルトはなかなかの良い少年なんだよね。その良い少年が、また声を張り上げた。


「フィーリア様は私のものだ!」


 ――イラッ! うん、まぁいいか。再起不能になっても。

 レオポルトが魔力を練っていく。これはスキルを使ってくるな。この予備動作はモンスターと戦った時に一度見ている。では、こっちも同じスキルを当ててやるか。


「「地級・ピアスグランド・ピアス!!」」


 俺とレオポルトの声が重なった。レオポルトの攻撃の軌道に合わせるようにスキルを発動させるのだが、このままだと武器性能差で負けてしまう。そこで”魔力圧縮”により、魔力を槍先一点に集めて、放った。


 ガァァンッ!!!!


 槍先同士がぶつかり、激しい音が鳴る。威力は相殺されたようだが、武器の反発で俺とレオポルトは体勢を崩した。スキル硬直でどちらも動けなくなるところだが、俺にはある秘策があり、スキル使用直後でも動くことができるのだ。レオポルトが硬直で動けない隙に、奴の喉元に槍先を突き付けた。


「す、スキル使用直後で、何で動けるんだ?」


「”練魔”と”集魔”というスキルのおかげさ。」


 この2つは共に、スキル発動後の硬直時間を軽減させることができるのだ。”練魔”は事前にスキル消費分の魔力を練って体内に圧縮しておくことで、発動後の魔力欠乏を軽減する。”集魔”は、大気中や地脈などから魔力を直接吸収することで、同じ効果を得る。仕組みの違う2つの方法を併用することで、俺はほぼ硬直時間無しで動けるのだ。

 因みにどちらもSR+のスキルだ。本来なら11歳やそこらで習得できるものではない。俺の奥の手の一部を見せることになってしまったが、まぁいいか。


「モンスターは、俺の攻撃以上に思いがけないことをしてくる。俺程度に圧倒されているようでは、いつか実戦で命を失うぞ。」


「勝負あり! 勝者シンク!」


 ステナさんの判定が下り、勝敗が決した。

 しかし、この後レオポルトがごねて、今度は魔法勝負をすることになった。魔法で的を攻撃し威力を競う、という簡単で分かりやすい勝負法で、レオポルトは”土術・地級 Lv2”の”地級グランド・ロックバレット”を使い、的となった木を一本、根元からなぎ倒していた。とにかくもうさっさと終わらせたかった俺は、”火術・天級 Lv1”の”天級アブソリュート・ファイア”に”魔力強化”を行って威力を底上げし、数本の木を一度に灰にしてやった。


「勝負あり! 勝者シンク!」


 先ほどと同じ判定がステナさんから下された。流石にレオポルトも心が折れたのか、がっくりと項垂れている。


「ま、まさか、天級魔術……だと?」


 ステナさんとフィーも、見た瞬間かなり驚いてたな。あ~、ちょっとやり過ぎたかな。槍だけに……しつこい? めっちゃ悪者になってしまった気がするが、ここまでしたのだからレオポルトにはきちんと学んで欲しいものだ。


「では、勝者であるシンクさんに、フィーリアお嬢様から祝福のキスをお願いします。」


 ん、え、何だって!? 俺が動揺している間に、ステナさんがほとんど強引に引き擦るような形でフィーを連れて来た。フィー自身もかなり混乱しているようだ。顔を真っ赤にして、目はぐるぐるしているし、両手を胸の前で組んだりほぐしたりと、わちゃわちゃ動かしている。

 フィーのキス……視線が無意識にフィーの唇をとらえる。まじまじと見たことは無かったのだが、艶のある薄ピンク色で、綺麗な形をしている。妙な色っぽさを感じてしまい、ゴクリと生唾を飲み込んでいた。フィーと視線が合う。お互いすぐ下を向いてしまった。だ、駄目だ、恥ずかしくて顔を見られない。


「ささ、フィーリアお嬢様。」


 そう言って、ステナさんがフィーの背中を勢いよく押した。フィーが俺の胸に飛び込んでくる形になり、とっさに抱き留める。ふわっとフィーの髪が舞い、いい匂いがした。


「わちゃうぉ!!」


 ドン! バチーン!!


 フィーが変な声を出しながら、俺を両手で突き飛ばした挙句に、頬に思いっきり平手打ちをかましてくれた。


 こうして、勝者のいない決闘は幕を閉じたのだった。

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