第26話
振り返れば、訓練のスケジュールとしてはかなり前倒しで消化できている。そもそも野営地の到着は午後を予定していたのだが、モンスターとの遭遇が1回だけだったこともあり、昼前にはもう到着できていた。設営も、レオポルトのペグなどの小さなトラブルはあったものの、他は問題なく完了している。
現在、俺とフィーとレオポルトは、携帯食料で遅めの昼食をとりながら、休憩中だ。
とーちゃんとステナさんは周辺を探索しに行っている。俺達が遭遇したら対処出来ないレベルの強敵が徘徊してないか、確認して回っているのだ。
「平民。先程はペグとハンマー、大儀であったな。その功績により、テントの一部屋を貸してやろうではないか。」
「宜しいのですか。」
「うむ、どうせ部屋は余っているからな……。」
「では、有り難く使わせていただきます。」
レオポルトとは、男女間の考え方の違いの件で共感したせいか、若干仲良くなれた気がする。フィーは、俺とレオポルトのやり取りを、面白くなさそうな顔で見ていた。仲間外れにしているからか? とはいっても、こちらからは話しかけ難いのだ。雑談で平民が貴族に話しかける”礼儀作法”なんて、基本的に無いからね。向こうから話しかけてもらったものに答えるだけだ。
「喉が渇いたな。」
「失念しておりました。すぐお茶を淹れましょう。」
「うむ。」
レオポルトが訴えていることだし、食後のお茶とするか。……なんか、フィーの顔がますますふてくされてきたな。そんな顔しなくても、フィーが一番身分が高いのだから、最初に持っていくともさ。”料理”スキルも”野営”スキルもある。抜かりなく用意できる筈だ。
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とまぁ、こんなあれこれがあって俺は、フィーとレオポルトとキャンプし、野外用のテーブルでお茶を淹れている、ってわけだ。
フィーがため息をついているな。何が問題なんだ? お茶、美味しくなかったのかな?
「フィーリア様、お口に合いませんでしたでしょうか? 申し訳ありません。私はその茶葉しか準備しておりませんでした。」
「いえ……、そういうわけではありません。気になさらないで。」
気になさらないで、ってめっちゃ気になる反応してますがな。とりあえず、レオポルトにもお茶を持っていこう。
「レオポルト様、粗茶でございますが。」
「うむ、ご苦労。」
レオポルトは普通に旨そうに飲んでいる。まぁ、嗜好品は好みがあるからな。
「平民、そのほうの兵科は何になるのだ? 斥候か?」
「いえ、斥候ではございません。冒険者を目指しておりまして……」
「――レオポルト! 先ほどから平民、平民と。せめて名前で呼びなさい! 同じ立場で訓練しているのですよ!」
突然フィーが切れた! ど、どうした? フィーは貴族にしてはらしくない方ではあるが、普通、貴族というものが平民にどのように接するかなんて、分かりきっていると思うのだけどな。レオポルトは別に酷いことを言っているわけでもない。貴族としては寧ろ優しい方だと思う。
「あー……、まぁ、それもそうですね。ではその方、名を何と申す?」
「シンクと申します。レオポルト様」
「う、うむ。宜しくな」
「いえ、こちらこそ、宜しくお願いします。」
フィーが「あっ!」って顔をしている。そうなんだよ。レオポルトに対して名乗る機会が無かったから、ここまで名乗れなかったんだよ。礼儀作法的に、向こうから聞かれない限り答えられないんだよね。双方の知り合いであるフィーが紹介するとかしてくれても良かったんだよ? ん、フィーがモヤモヤしていたのはそのことなのか?
「そ、それと、感謝することを不要などと言うものではありません!」
「ええと、申し訳ありませ、ん?」
フィーが続けて指摘してきた。レオポルトも返事が疑問形だな。俺も分からん。うん? ああ、先程、俺がフィーにお茶を出した時の、レオポルトの言葉の件か。1-22の冒頭だな。いや、身分的にも、下の者へは感謝じゃなくて労いの言葉が正解だと思うよ?
空気が微妙に気まずいな……。とーちゃん達、早く帰ってきてくれ。
「で、あれだ。うむ。シンクは冒険者を目指しているのか?」
空気に耐え切れなくなったのか、レオポルトが話し始めた。なんだか分からんうちに失点したのを、取り戻そうとしている感じだろうな。フィーが情緒不安定なのはどうしたものか。
「はい。私の父は、今回指導を任せられているアルバなのです。父からは、冒険者になるからには様々な事態に対処できるよう修練を積め、と言われていますので。探索技能は、野外にて少数で活動する冒険者には、必須のスキルになるのですよ。」
「ふむふむ。では、シンクの一番得意な武器は何なのだ?」
「一番得意なのは剣……と言いたいところですが、少し伸び悩んでおりまして、今は槍を使っております。」
”剣術・地級”が手に入らないんだよ。ガチャで。
「複数の武器スキルを伸ばすのは、無理があるのではないか?」
「仰る通りです。しかし、別の武器を持ってみると、新たな発見もあるものなのですよ。私は剣術において、突きをあまり多用しておりませんでしたが、槍を持ってみると突きの有用性が見えてきました。また、槍では懐に入られた場合のリスクが高いので、間合いの管理がより慎重になった気がします。」
「ふむふむ、成程な。して、槍はどれくらいの実力なんだ? Lv3くらいか? 少しなら教えられるが?」
実際使う者ならではの槍の利点を話したら、食いつきが良い。好きなものを褒められるって嬉しいものだよな。しかし、レベルが、かなーり変則的なんだよな……無印がLv5で、地級がLv3なのだ。どちらもLv1からのスタートだったが、槍を使っていると、双方に同等の経験値が入るようなのだ。つまり、俺の場合は各級を全てガチャで引き当ててしまえば、常人の数倍速く習熟出来るってわけだ。
「そうですね。私はLv3です。」
ここはやんわりと答えておこう。すると、黙って聞いていたフィーが、突然こちらを見た。
「シンク、それは無印なのですか? それとも地級?」
おおっと、フィーさんその突っ込みは厳しいところですな。
「フィーリア様。話を聞く限り、シンクは最近になって槍を始めたばかりなのですよ。無印に決まっているではありませんか。」
もう、ここはさらっと流せないものかな。しかし、フィーが妙に食いついてきた。
「いえ、シンクはこの私が認めている好敵手です。無印のわけがありません。剣も携帯しているとはいえ、実戦で無印Lv3程度ではあまりに心許ない。それなのに、槍を普段使いで手に持っているなんて、私が知っているシンクの行動としては不自然です。」
ぐは! 普段そんなに鋭くない子(失礼)なのに、今日はどうしたの? 俺が返答に困っているうちに話は進んでいく。
「フィーリア様の認める好敵手……、ですか?」
「疑うのでしたら、模擬戦をしてみたらどうかしら? もし、シンクに勝つことができたら――レオポルト、あなたを正式に、婚約者として認めてあげましょう。」
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