第25話

 それだけ伝えると、ステナさんは来た時と同じようにスーッと離れていった。どういう意味か問い質そうにも、時間がないな。


「隊列は先程と同じだ。では、出発。」


 とーちゃんの号令で出発する。今度はモンスターと遭遇することもなく、目的地である平地へ到着した。木が少なく風通しの良い場所だ。


「シンクとステナちゃんは札を貼ってきてくれ。他は、配置を決めて拠点の設営だ。」


 とーちゃんの言う札というのには2種類ある。通過感知札と、簡易障壁札だ。

 通過感知札は「感知札」と呼ばれることが多い。これは単純に言うとセンサーだな。札と札の間を、ある程度以上の魔素濃度を持つものが通ると、知らせてくれる。これを、拠点の外周にぐるりと貼っていく。その内側、拠点を設営しているほど近い場所に貼っていくのが、簡易障壁札だ。単に「障壁札」と呼ばれることが多いこれは、魔力によってドーム状の障壁を展開するものだ。日が落ちて視界が悪くなる、夕方から朝方まで使うことになる。まぁ、拠点にはモンスター避けとして魔素濃度を下げる仕掛けも設置するので、余程のことが起きなければ、モンスターが好んで近づいて来ることはないけどね。

 それらを設置しながら、ステナさんにさっきの発言の真意を聞いてみた。


「良いですか、シンクさん。フィーリアお嬢様は、来年で12歳。貴族向けの騎士学校への進学が決まっております。騎士学校は大変厳しい場所で、常日頃から心身共に追い込みをかける場所です。夏休みなどの長期休暇はありませんから、この村に今の立場で来られるのは、今年が最後になるでしょう。」


 おぉっとそれは初めて聞いたな。そうすると、フィーとは今年で永遠の別れになるかもな。冒険者ならどこぞの街中で偶然会うこともあるかもしれないが、騎士になるというのであれば、そうそう出くわすこともあるまい。


「レオポルト様は武芸に秀で、魔術もお得意。訓練でならもう大人に勝利する程の腕前とのことですが、そのためか、最近モンスターへの認識に、甘さが目立つようになったそうなんです。このまま実戦経験を積ませると、どこかで取り返しのつかない大怪我を負いかねない……とレオポルト様を案じるお父上とジョアキム様は、フィーリアお嬢様の傍でモンスターに対する慎重さを学んで欲しい、とお望みなのです。」


 俺とヒロはベジタリアンベアーとの遭遇戦以降、あのような場面ではどうしたら良いのかを、フィーも交えて話をしていた。継続して戦闘する可能性や、いざって時に手札が増やせるようMPを極力節約すること、倒せるときには確実な方法で倒していくことなども、細かく話したものだ。


「フィーリアお嬢様も、剣術においては屋敷の指南役に天才と言わしめるほどの実力を周囲に見せていますが、決して慢心するようなことはありません。先ほどの戦闘でのように、モンスターに遭遇しても冷静に、的確に対処されています。……しかし、もとよりレオポルト様より評判の高かったフィーリアお嬢様を傍で見たところで、『フィーリア様は特別だから』と感じてしまったら……レオポルト様はこれまで通り、考えを改めることはないでしょう。」


 フィーが慢心してないのは、この村で過ごせたのが大きいだろうな。フィーはヒロに勝ててないし、俺とは、俺が負け越しているものの良い勝負をしているが、レンファさんやとーちゃんを相手にすると、子供たち3人がかりでも未だに歯が立たない。目の前にまだまだ高い厚い壁がそびえ立っているのだから、慢心なんてする暇がないのだ。


「そこでシンクさんの出番、というわけですよ。得意の武芸でも魔法でも男でも、平民で同い年のシンクさんに劣っていると分かれば、流石に伸びきった鼻も折れて、モンスターに対し慎重になるだろうというものです。」


「男でも、ってところが今ひとつ分かりませんが、そんなに上手くいきますかね?」


「まぁ、あの小僧の鼻っ柱さえへし折ってくれればそれで構いません。あとは周囲がなんとかするでしょう。最悪使い物にならなくなっても、次男坊ですから問題ないです。とにかく私とフィーリアお嬢様は、この件をさっさと終わらせて例年通りの夏を過ごせるようになりたいのですよ。早く牧場に行ってお肉をめいっぱい食べたいのです。今年を逃すと、お嬢様の成人まで3年も我慢しないといけないんですよ? ついでに、未来の旦那様にも会っておきたいじゃないですか?」


 思いっきり私怨じゃないか! レオポルトどうこうと言うより、今の状況に腹を立てているようだな。お肉の恨みは恐ろしいものだな。それと牧場のにーちゃんに会うのはついでなのか……。若くして精力的にお肉の品質改善に取り組んでいる牧場のにーちゃんを、ステナさんも認めていた筈だ。きっと、ステナさんなりの照れ隠しなんだろう。そうに違いない! ……多分。

 札を貼り終えて拠点に戻ると、レオポルトがテントの前で考え込んでいた。何やら困っているように見える。


「レオポルト様、いかがなさいましたか?」


「いや、うーん……実は、テントを固定するペグを打ち込むためのハンマーを忘れてしまってな。代わりに、と槍の石突で叩いてみたら、ペグが折れてしまったのだ。ペグの予備もなくてな。」


 あ~、あるある。あれこれ想定して荷物を準備しても肝心なものが抜けていたり、思いがけないところで予備が必要になったりするよね。あれだけでかい荷物を持ってきて忘れ物とか、かなり恥ずかしいよな。


「なるほど。でしたら、こちらをお使いください。私はこれらの予備を持っておりますので、どうぞ。」


 そう言って、ペグとハンマーを差し出す。俺は何かと使えるペグを余分に持ってきているし、ハンマーはMPを消費するものの”鍛冶”スキルで出すことができる。


「……そうか。では借りるとしよう。」


 幾分、葛藤があったようだが、レオポルトは受け取るとテントの設営に戻っていった。

 そのレオポルトが設営しているテントだが、何やらデカイ。外観からして5、6人用に見える。この世界のテントはだいたい空間拡張が付与されているので、内側は実際の見た目より更に広いことになる。そして、使われている素材はいかにも高級そうな黒光りをした皮だ。他にも、魔方陣だの魔石だのがあちこちに装飾されている。レオポルトの作業がひと段落するのを待って、聞いてみる。


「レオポルト様、これは凄いテントですね。どういったものなのですか?」


「ふむ! これが気になるか。そうかそうか。では説明してやろう。あ、フィーリア様もぜひ聞いてください。」


 たまたま側を通りがかったフィーとステナさんを捕まえ、説明を始めた。とーちゃんもこのテントが気になっていたのか、近寄ってきた。レオポルトは各々の顔を見回し、咳払いをする。


「これは野営道具の老舗、ガスパロ社の最新モデルです。まず居住性ですが、空間拡張を行っているのはあのジュエレ氏なのですよ。シモンチーニ公爵の宝物殿の空間拡張を手掛けたことで有名ですね。空調術式も優れていて、標高7,000メートルでも快適に過ごせるように、湿度、温度、気圧を調整してくれるのです。対モンスター性能も大変優れていて、隠蔽術式は最新のものが組まれています。魔素迷彩や匂い探知妨害もあり、索敵特化型のモンスターを撹乱して発見を遅らせることができる優れものです。更に、飛行型モンスターの目を眩ますため、上空から見ると大きな木がそこにあるかのように見えるデザインになっています。いざというときは障壁も展開でき、レベル20モンスターの攻撃を1時間耐えられるほどの強度があるのです。当然、悪天候にも強いのですよ。外側にはシーサーペントの皮が使われており……」


 立て板に水、って感じですらすらと説明してくれる。こういう、コダワリの逸品、みたいな道具が好きなんだろうな。俺ととーちゃんは実に楽しく聞けているのだが、女性達は何故か退屈そうだ。ええ? 面白いと思うんだけどな?


「次は内部を説明しましょう。」


 そう言って案内された内部は、本当に広かった。入口をくぐるとすぐにリビングがあり、20畳ほどはありそうな空間の中に、おしゃれなソファーやテーブルといった数々の家具が配置されている。ビリヤード台もあるくらいだ。そのリビングから各部屋に移動できるのだが、部屋数は5個もあった。各部屋の広さは8畳くらいだろうか。ゆったりとした作りで、防音もばっちりなんだそうだ。さらにトイレとシャワールームもついていた。普通のテントについているのはかなり簡易的なものだが、このテントのそれは、まるで高級ホテルのようなデザインの、しっかりしたものだ。これだけの設備を持ち運べるように重量軽減をかけ、さらに空間拡張を行うとは……相当、金かかっているんだろうなぁ。


「説明は以上です。いかがですか、フィーリア様。一緒にこのテントを使いませんか? 快適な滞在をお約束しますよ」


 これだけ広く、部屋が分かれているのであれば、男女ともに使っても問題なさそうだな。フィーを見ると、きっぱりとこう言った。


「私は結構です。」


「な、なんでですか?」


 レオポルトはまさか断られるとは思ってなかったのか、フィーの反応にどもってしまっている。フィーは、お話にならない、とでも言いたげに首を振った。


「鏡の数がシャワールームにある1個だけ、というのは大変不便ですもの。姿見もありませんしね。標高7,000メートルに耐えられるほどではありませんが、私のテントにも空調機能はついていますし。」


「か、鏡?」


 これだけ山ほどの機能を説明して、ポイントは鏡なのか。


「それに、このテントは広すぎます。感知札に反応があってから戦闘態勢を整えるまでは一分一秒が貴重だというのに、部屋から出口までの距離が長過ぎます。」


 確かにそれは致命的だ。ただ広いだけではなく、家具が沢山置いてあるので、急いでいるときには邪魔になりそうでもある。フィーはそれだけ伝えると、ステナさんと共に自分のテントへ戻っていった。指摘された部分を考えてみると、このテントは防衛部隊が別にいる貴人の利用を想定したものに見える。


「……なぁ、鏡ってそんなに重要なものか?」


 呆然とした顔でレオポルトが俺に聞いてくる。


「重要なんですかね?」


 俺もそれが良くわからん。2人で首を傾げていると、とーちゃんが何とも表現し難い複雑な笑みを浮かべ、ひとり頷いていた。


「いいか、二人とも。今の脱力感をよく覚えておくんだぞ。日常においては、これの逆パターンが起きるんだ。周囲の女の子をこんな気持ちにさせちゃダメだぞ。」


「「逆パターン?」」


「例えば……だ。好きな女の子が新しい口紅を買ったといって、前とほとんど変わらない色の紅をさしていたとしても、決してバカ正直に『どこが違うの?』なんて聞いてはダメだ。キチンと興味があるフリをして、何でも良いから前向きな感想を言うんだぞ。男が口紅の色の違いなんてどうでも良いと感じるのと同じように、女の子にとっては高性能なテントなんてどうでも良いことなんだよ。お互い、価値観がまるで違う生き物だってことだけ、しっかり覚えておけ。」


 流石既婚者だ! なんて為になる指導なんだ! 俺とレオポルトは素直に頷いたのだった。

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