第24話

 さて、訓練当日だ。

 まだ日も登り切っていない早朝、集合場所とした村の広場にはすでにフィーとステナさんがいた。アンダーウェアの上に、黒光りした高そうなレザーアーマーを着込んでいる。フィーは長剣を背負い、ステナさんは腰に二本の短剣を提げていた。二人とも薄いリュックサックのようなものを背負っているが、おそらく大容量のマジックバッグだろう。重量軽減と空間拡張が付与されたもので、値段は性能によりピンキリだ。テント等の備品まで入ってあの薄さだとしたら、相当高価なものだろう。俺の使っているのはかーちゃんのお下がりで、重量軽減効果は大きいのだが、荷物全部入れてぺったんこになるほどの空間拡張機能は無い。それでも一般的に普及しているタイプの3倍は入るというのだから、凄いものだ。俺の装備はというと、防具は相変わらずのパンダパーカーだ。サイズの自動調整機能があるおかげで、身長が伸びてもベストフィットしている。それと自動修復機能があるらしく、5年間へたることも汚れもなく使えている。つくづく優秀な防具だ。武器は幅広の剣を横にし、腰の後ろに提げており、ショートソードも吊っている。短槍はグローブを嵌めた手でそのまま持っているのだが、このグローブにはちょっと手を加えており、部分的に砂鉄が入っている。握ると砂鉄が固まり、打撃の際には鉄で殴っているような効果が得られる。とーちゃんは両手持ちの大剣を背負っていた。こちらもレザーアーマー装備だ。

 ふと周囲を見渡したが、レオポルトの姿が無い。


「フィー、レオポルト様はどうした?」


 俺が普通に話しかけたら、何やらびっくりしてから答えが返ってきた。


「準備に時間がかかるから先に行ってくれって言われたんだけど、まだ来てないわね。」


 フィーも辺りを見回し、少し考えてから続けた。


「それより、シンク。今日もあの気持ち悪い喋り方をするの?」


「気持ち悪いとは心外な。ちゃんと”礼儀作法”のスキル使って喋っているから、間違ってない筈だよ。それにレオポルト様の手前、普通に話したらややこしくなるだろう? さすがに同年代以上は、子供だからと許しては貰えないだろ。」


「私は……普段の喋り方のシンクがいい」


「俺はフィーのお嬢様口調が聞けて、新鮮で楽しいけどね。お、いらっしゃった。」


 何やら大袈裟な荷物を背負ってきた。望遠鏡は担いでいない。荷物の量としては俺の2倍はありそうだ。俺が持っているマジックバッグより性能が悪いなんてことはまさか無いだろうから、実際はもっと持ってきているのだろう。

 装備も騎士のようなプレートアーマーで長槍を持っている。


「お待たせして申し訳ない。」


「いえ、定刻通りです、レオポルト様。それより、その荷物は……?」


 俺は思わず聞いてしまった。


「いや、必要になりそうな物を全て詰め込んでいたら、思ったより大荷物になってしまってな。」


 少し照れながらレオポルトが言った。気持ちは分かる……俺も小学生の頃にあった林間学校で、無駄に十得ナイフとか持って行っちゃったしな。わくわくして準備していたら、いつの間にか荷物が増えちゃったんだろう。11歳の少年らしい、可愛い奴め! どうにもおっさん視点で見てしまう。フィーは呆れ顔だが、とーちゃんとステナさんは優しい笑みを浮かべている。


「今回の演習でどの道具を実際に使い、使わなかったのかを記録しておくと良いですぞ。では全員揃ったので出発しますかな。礼儀作法は苦手ですので、細かいことはご容赦願いたい。」


 と、とーちゃんが言った。


「アルバ殿が今回の指導者でリーダーですので、私に対しては上官としてご指導頂きたく思います。宜しくお願いします!」


 レオポルトが最後は敬礼をしながら言った。


「おう、そうか? ではこちらこそよろしくな。」


 今回の演習では、とーちゃんがリーダー兼指導者、ステナさんが副リーダー。フィー、レオポルト、俺が平だな。俺が身分差も立ち位置も一番下っ端になるわけだ。まぁ、少年少女の行動をサポートしながら演習を楽しもう。

 ちなみにステナさんは「騎士になればお腹いっぱい食べられるかも!」って思っていた時期があるらしく、必死こいて武芸を磨いて、騎士職についたことがあるそうな。そこで実力を買われ、フィーの護衛になったそうだ。偵察、哨戒はお手の物らしい。


「隊列はシンクが先頭で、正面の索敵。次がレオポルトで、右側面索敵。真ん中にステナちゃんで全体のフォロー。次がフィー……リアお嬢様で、左側面索敵。一番後ろが俺で、後方索敵と全体の確認だ。何か質問のある奴はいるか?」


 とーちゃんが指示を出した。元気にフィーが手を上げて


「私もアルバ殿に上官として接してもらいたいです!」


 と言った。


「おう! 分かった。他に何かあるか? 無ければ移動を開始する。まずはベースキャンプに適した場所を見つける。魔素の薄い、視界の開けた平地が良い。今回はだいたいの目星を既につけてあるので、そこへ向かう。事前情報が無い場合は、そういった場所を見つけるところから始まる。キャンプ地の設営にもそれなりに時間がかかるから、昼までに発見できなかった場合は一度撤退すると良いだろう。では出発だ。」


 先ほどの隊列で移動を開始する。本来はとーちゃんと二人きりを予定していたので、だいぶ人数が増えたな。森の中、道なき道を進む。視界は非常に悪い。”気配察知”スキルを使い、索敵しながら進む。すると早速、前方にモンスターの気配を感じた。モンスターの数は2。この感じから行ってレベル5のボアだろう。


「前方に敵気配察知。数2。距離50mほど。敵は警戒しながらこちらへ接近中。移動速度は低。モンスター種類はおそらくボアと思われます。」


 とりあえず、情報を仲間へ伝える。


「私には視認できないが?」


 レオポルトが疑問を呈してきた。おぉ、説明してなかったな。


「お伝えするのを失念しておりました。自分には”気配察知”スキルがありますので、50m先なら目視でなくても大体分かるのです。」


「なるほど。それで先頭で索敵に選ばれているのか」


 と納得してくれたところで、迎撃態勢を取らないとな。とーちゃんから指示が飛ぶ。


「フィー嬢ちゃんとレオポルトで前衛、シンクは中衛でサポートだ。俺とステナちゃんは周辺警戒とフォロー。」


 フィーもレオポルトもレベル10を超えているようなので、1対1なら余裕だろう。二人は荷物を下ろし、武器を構え、前方へ移動する。俺は”気配察知”のスキルを使い、距離を計測し続ける。


「会敵まで5・4・3・2・1 目標視認!」


 ボアというのは猪と似たような形したモンスターだ。モンスターなので目の部分は黒紫の炎のような揺らめきが見えるが、ベジタリアンベアーほどの輝きはない。どうもモンスターの強さは目に出るようなんだよね。


「視認確認! 右をやるわ!」


 フィーが元気よく飛び出していく。それを見たレオポルトも続く。


「了解、左を狙う! 地級・ピアスグランド・ピアス!!」


 レオポルトの一撃は見事ボアの眉間を貫いた。しかし、初撃でスキルを当てに行くとは無謀だな。もし避けられたら、発動後の硬直はどうするつもりなんだ? その点、フィーは冷静に対処している。牽制で相手の脚を止め、スキルを的確に当てに行っている。


「スラッシュ!」


 しかも使うのは級のついていない無印の技だ。モンスターの強さを見て余計なMP消費を抑えているのだろう。フィーの剣戟がモンスターの首を速やかに刈り取る。流石だな。

 二体のモンスターは魔素となり消えていった。残ったのはドロップアイテムの肉だ。やったね! 夕飯ゲットだぜ!


「敵、魔素化確認。他敵影無し。”気配察知”スキルに反応ありません。殲滅を確認。」


 改めて情報を整理し、伝える。


「よし、フィー嬢ちゃんとレオポルトは、セルフチェックのちに戦利品の回収。他は周辺警戒。」


 とーちゃんが二人に指示を出す。戦闘時は興奮して、怪我をしていても気が付かない時がある。改めて目視と触診で状態を確認する必要があるんだよね。


「怪我、装備損傷無し。MP残量あり、継続戦闘問題なし。ふぅ……緊張したぁ」


 全然緊張しているように見えなかったフィーがそんなことをつぶやいた。


「こちらも問題なし。フィーリア様、いかがでしたか、私の攻撃スキルは」


 レオポルトがドヤ顔でフィーにアピールしている。今は自分アピールより、フィーを褒めるほうが良いと思うんだけどな。そっちのほうがフィー的にポイント高かろう。


「レオポルト、技の錬度は見事だし、一撃で倒したのは凄いけどな。初撃からスキルはいただけねぇな。攻撃が外れちまったら、スキル使用後の硬直で動けねぇだろ? その間に後ろへ抜かれたら、中衛、後衛に敵を回しちまうことになるぞ。」


 とーちゃんは後衛のかーちゃんに怪我を負わせてしまった経験からか、前衛の向こう見ずな行動には厳しい。話を聞く限り、実戦が初めてなのだし、もう少し戦闘回数を重ねて様子を見てからの指摘でも良いと思う。まぁ指導者ってのは間違いを指摘するのが仕事なんだけども。


「……倒せたのだから、良いではありませんか?」


 注意されたことがめっちゃ不満そうだ。自分としては良い出来だったところを、思わぬ視点から釘を刺されたって感じだな。こういう時は、何を言われても冷静に受け取れないだろう。言われれば言われる程、意固地になってしまうものだ。

 自分が前世で若いとき……新入社員時代の経験を思い出す。仕事での失敗を素直に認められず、反省や振り返りが甘くなり、同じ失敗を繰り返したっけな。自分の失敗を受けとめるまではとてもしんどいけど、受けとめてしまえば大した問題ではないものなんだ。まぁ人間は元から、失敗を認めることが出来ない精神構造になっているとも聞くけどね。悪い男に捕まった女性が、お金を貢いでいるうちは周囲の忠告などの言葉に耳を貸さないが、その状況から抜け出してしまうと「何で自分はあんな愚かなことをしていたのか」と冷静に振り返られるのと同じだ。間違っている、と自らの意識を以って自覚しないことには、どうしようもない。

 とーちゃんも若い自分と重ねたのか、そんな頃もあったな……って感じでちょっと遠い目をしている。前世での子供時代、自分の失敗を大人が笑っているのは本当に癇に障ったものだが、今思うと、単純に過去の自分を振り返って笑っていただけなんだろうな。


「そうだな。ここら辺の魔物は、そこまで神経質になるような強さでもないしな。まぁ、常日頃から安全マージンをたっぷりとった戦い方を身につけておくと、いざって時に失敗しない、って話さ。では、準備して出発するか。」


 とーちゃんは、それ以上何か言うことはなかった。レオポルトはというと、不満そうな表情はまだ完全に消えてはいない。

 フィーたちが荷物を背負い直している途中に、すーっと音も無くステナさんが寄ってきた。


「シンクさん、今回の訓練中、折り入ってあなたにお願いしたいことがあります。」


 神妙な顔つきで耳打ちするものだから、少し緊張した。続きを促すと、ステナさんは手を妙な形に動かしながら、こう言った。


「あの小僧の鼻っ柱を、へし折ってもらえませんか?」


 その手つき、へし折るっていうか寧ろ、もぎ取ってますけど?

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