第23話
婚約者かぁ……。もともと住む世界が違うので、フィーとは別れの時が来るだろうとは思っていたが、いよいよそういう時期になったか。もう11歳だしな……。そうすると、この金髪少年ことレオポルト君が、未来の領主様になるわけかな?
「違うでしょ! 婚約者候補よ! こ・う・ほ!」
フィーが慌てた調子で補足した。候補……ってことは他にも候補者がいるのか? 候補が複数いるとは込み入っているな。そのうちトーナメント戦でもやって一人に絞るのだろうか?
「まあ、そうですね。確かに今は候補です、今は……。ですが、近いうちにフィーリア様、そしてジョアキム様に認められ、正式な婚約者となってみせます。」
フィーのことがそれほど好きなのか、野心的なのか、単にプライドが高いだけなのかわからんが、婚約者という立ち位置にこだわりがありそうだ。
イーナが何かアイコンタクトを飛ばしてくる。行け! 負けるな! とでも言いたげだ。どうしたものかとふとステナさんに視線を移すとと、相変わらずニマニマしながら、俺がどのように反応するか眺めている感じだった。
そもそも身分が違うのだ。勝ち負けどころか戦う土台に上れないのだよ。これが本来の11歳なら、現実を知らずに戦ったりするんだろうなぁ。ていうか、そもそもフィーを恋愛対象として見たことないんだよな。前世の年齢と足すと、今の俺は実質48歳くらいになるわけで、11歳の少女とかとても恋愛対象に見られない。なんというか、お盆の時だけ会う親戚の子供、って感覚だったよ。もしくは、共に冒険者を目指して切磋琢磨する仲間、って意識のほうが強いかな。いや、フィーが冒険者になれるのかどうかは分からないけどね。
「シンク兄! フィー姉ちゃんに言いたいことがあったんでしょ!」
業を煮やしたイーナがそう俺に声を掛けてきた。
「む? その方、フィーリア様に何か用事があるのか?」
怪訝そうな顔でレオポルトが聞いてきた。むぅ、この状況下で言うつもりはなかったが、そう振られては誤魔化しようもないな。言い方だけ少々工夫して、バカ正直に伝えるとしよう。
「はい。この村では3歳になりますと、戦闘の訓練をするようになるのです。フィーリア様はその訓練に参加され、我々を指導してくださっているのですが、新しい訓練を始める折には、安全等を確認するので報告するようにと厳命されておりました。この夏より、新しい訓練メニューを始めますので、そのご報告をさせていただければと考えておりましたところです。」
嘘は言っていない。フィーは実際訓練に参加もするし、年下には指導もしていた。6歳の時のイーナ行方不明事件以降、冒険したいと煩いフィーが「何かやるときは絶対私を誘いなさいよ!」って事ある毎に言っていたので、厳命と表現しても障りはないだろう。
「ほう、そうか。なるほど、フィーリア様の用事とは軍事指導だったのか。では、今報告すると良いだろう。」
「ハッ! では失礼します。」
ここまでは、従者が貴族に対するそれに近い作法で会話をしていた。本来なら平民が直答するものでもなく、間に従者なりが入るものなのだろうが、入ってくるべきフィーの従者はそこでニマニマ顔をして展開を楽しんでいるので仕方ない。”礼儀作法”のスキルには、広くいろいろな作法が詰め込まれているようだから、軍事指導しているみたいな流れを作っちゃったことだし、ここからは軍隊式の報告の作法で行かせてもらおう。作法としては種類は少なく、上官に対する受け答えだけでよい。尤も今の場合は、一般兵が中佐あたりに報告するほどの階級の開きがある。スーパーでレジ打っているパートのおばちゃんが、本社の部長あたりに報告する状況、って例えが分かりやすいかな? 正式な場合であれば、あまりに階級に差がある者同士での報告などありえないのだが、まあいいか。
フィーの前まで移動し、ビシッと敬礼をし、気を付けの姿勢で話し始める。
「新しい訓練内容ついて、報告いたします。数日間の偵察、哨戒任務を想定しての野営訓練を提案いたします。目的としては2つ。1つが要員の育成、もう1つが村周辺のモンスター分布の確認。行動範囲は、村を中心とした半径20km以内。指導教官として、元天級・冒険者のアルバが行います。同訓練を数回に分け実施し、周辺全域を調査予定です。ご承認いただければ、数日内に第1回の訓練を開始する予定でいます。報告は以上です。」
レオポルトがうんうんと頷きながら聞いている。フィーは何やら思案しているようで、眉間にしわを寄せている。今はフィーの回答を待っているので、何か言ってもらわないと困るんだけどな。フィーはしばらく考えた後に口を開いた。
「分かりました。その訓練、私も同行します。」
「なっ! フィーリア様、それは危険です。この村の周辺は安定しているとは聞きましたが、それでもモンスターが出没するのに変わりありません。」
レオポルトが慌ててそう言った。そうそう、危険なんだから大人しく村で待っていると良いよ。イーナと遊んでいてくれると嬉しい。ヒロに加えて俺もいなくなると聞いて、最近ちょっと機嫌が悪いのだ。
「危険は承知の上です。そもそも危険でない訓練など、意味がありません。レオポルト、あなたも屋敷で指導教官と行なう安全な訓練に、嫌気がさしていたのではなくて? ましてや、指導をする冒険者は、あの暁のメンバーだったアルバです。実戦的なことを学ぶには、良い機会になるでしょう。」
何を考えているかと思ったら、レオポルトを言いくるめるための口実を考えていたのか。
「……確かに日々の鍛錬に不満が無いとは言えません。基礎は十分積みましたし、機会があれば実戦訓練を行ないたいとも思っております。しかし、フィーリア様の一存で決定されるのは……」
まぁ、訓練ばかりじゃしんどくもなるよね。自信があるほど、実力をつけたら試してみたくなるものな。いいねぇ、その若さが眩しいよ! 俺のように、戦わないで済むならそれに越したことはないとか、ビーチで何も考えずにのんびりと海を眺めていたいとか、そういうおっさんくさいことは考えないんだろうな。
「領主になれば 総てを自分で決めなくてはならないのです。生じる責任も、自分自身で全うするしかないのです。この程度の判断、自身で選び取れずにどうしますか。もう私は、小さな子供ではないのです。」
おぉ! フィーやるな。男のプライドを刺激する作戦か? フィーには悪いが、そんな頭が回る子だとは思ってなかったよ。
「――子供ではないのですから、実戦訓練がしたいんです。」
と思ったら、単純にフィーがやりたいだけだったようだ。
「うーん、ですが、しかし……」
レオポルトも相当、実戦訓練がしたいんだろうなぁ。そんな迷いが如実に感じられる。
「許可なら今、ジョアキム様より、魔道具を経由し頂きましたよ。」
唐突にステナさんがそんなことをぶっこんで来た。
「「ほ、本当!? ステナ」」
フィーとレオポルトの声が被った。二人して驚いている。フィーも、親からの許可はもらえないだろうから、何とかレオポルトを言いくるめてこっそり参加しようとしていたのだろう。
「はい、アルバ殿が指導するなら間違いないだろう、とのことです。お疑いのようでしたら、一度準備のために屋敷へ戻りますので、その時にでも確認されてはいかがでしょうか。」
この後、とーちゃんを交えて日程の調整を行った。訓練開始日が明後日と決まると、準備のためかフィーとレオポルトはいそいそと帰っていった。二人とも妙にソワソワしていた。フィーはわかるのだが、レオポルトはもっとしっかりしてそうな印象だったので意外だ。ああ見えても、やはり11歳の男の子、ってことだな。
「あ~あ、フィー姉ちゃん帰っちゃった。つまんないの。」
イーナが不満たっぷりって顔して言った。
「野営訓練は2、3日で終わるから、帰ってきたら遊んでもらえばいいさ。」
そう俺が返すと、イーナはこちらをじーっと見つめて言った。
「シンク兄! あのレオポルトって貴族に負けちゃだめだからね! フィー姉ちゃん取られちゃだめだからね!」
そう言われてもねぇ……苦笑いで誤魔化しつつ、聞いてみる。
「じゃあ、レオポルト様にフィーを取られちゃったら、お兄ちゃんをイーナがもらってくれるかい?」
「え!? シンク兄とあたしが? 無いわぁ。それは無いわぁ」
え? イーナ的に「無い」って男が、イケメンで金も地位もあるレオポルトにどうやって勝ったらいいの?
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