第73話

 こうして数日が過ぎ、盗賊達がボロボロになった頃、街の門が見えてきた。ボロボロ、というのは言葉通りで、野営の度に逃げ出そうとする彼らの体力を削ぐ目的で、フィーの指示によりルイスの電撃を食らい続けたためだ。特に元御頭のマラートは頭一つ能力が抜けているので、管理に気を遣う。電撃でHPをぎりぎりまで削り、翌朝歩ける程度に俺が神聖術で回復を施す。道中は遅れれば容赦なく小突いて、へばったものをマラートに引き摺らせることで暴れられないようにするなど、色々と工夫した。その都度、何かと目で訴えてくるが罪人の言葉にいちいち耳を貸してはいられないし、貸したところでおおかた『覚えていろ!』とか『いつか復讐してやる!』の類の台詞しか返ってこないだろう。

 フィーが先行して衛兵に話を通しに行ってくれたので、街に着くと同時に盗賊団の引渡しができた。これからギロチンだというのに、盗賊達の顔はやけに晴れやかだ。何故だ?


「お前が盗賊団ハゲタカの頭目、マラートだな?」


 衛兵がマラートの猿ぐつわを外し、確認を取る。マラートは安堵したような表情で


「やっと……着いた……。」


 と呟いた。そんなに街に着きたかったのか? ギロチンだぞ? 罪を悔い、後悔に苛まれたのだろうか? 死んで楽になりたいとかか? しかし、こいつはそんな殊勝な奴じゃないだろう。殆ど会話しなかったから分からんけど。


「やっと着いた?」


 衛兵がマラートの言葉を拾うと、マラートが噛み締めるように続ける。


「……常に麻痺やら毒やら幻覚やら、アホみたいにデバフを掛けられた上で、倒れた仲間を引き摺らされたんだ。そりゃもう重いのなんの。更に、水や食料もぎりぎりしかもらえなくて……。そんで夜寝る前は、死ぬ一歩手前の電撃で気絶させられるんだ……。」


 ……まあ、確かに道中の扱いは酷かったかもな。とはいえ、こちらも賊を死なせずにトルルさん一家と俺達の安全を確保する手段を取ったまでだ。変な情けをかけて足元を掬われ、更なる被害者を出すわけにはいかないからな。

 盗賊団を引き渡す際にフィーは自分の身元を証明したようで、衛兵たちの噂話が聞こえてくる。


「流石はフィーリア様だ。」「『姫騎士の世直し』か……噂に違わずだな。」


 どうやらフィーの名声がまたひとつ上がったようだ。身元がはっきりしていることもあり、さして待たされることもなく、すんなりと報奨金が支払われた。


 街の中に入り、これで護衛依頼完了である。盗賊団の出現以降、ポロルちゃんは馬車から顔を出さず、外に出てくることもほとんど無かった。あれだけ怖い思いをすれば仕方ないか。


「道中ありがとうございました。皆さんのおかげで無事にこの街までたどり着けました。皆様でなければ、こうはいかなかったでしょう。」


 トルルさんが笑顔で感謝の言葉を述べてくれた。頑張って仕事して、成果が認められるというのは気持ちが良いものだ。


「こちらこそ、良い雇い主の元で働けたこと、嬉しく思います。」


 フィーもトルルさんに穏やかな顔で感謝を伝える。そんな折、ネメナさんの後ろに隠れていたポロルちゃんが俺達に走り寄ると、大きく頭を下げた。俺、ルイス、ノーネットを順に見つめる。


「子供で弱そう、って思ってごめんなさい。えっと、皆さんはとっても強かったです! 助けてくれて、ありがとうございました。」


 表情は少し硬いが、そう言って、もう一度頭を下げてくれた。俺達3人は思わず顔を見合わせ、ふ、と笑い合う。


「僕は剣の練習中だから、へたくそで弱そうに見えるのはしょうがないよ。今度会うときには、剣ももっと上手くなっておくね。」


「私も背が低いのは自覚してます……。もうちょっと年上としての貫禄を出せるよう、邁進するですよ。」


「その、何だ。これに懲りずに、また雇ってくれよ。」


 俺達の言葉を聞いたポロルちゃんは、硬かった表情を和らげた。


「……うん! 私も、見た目で判断しないできちんと本質を見抜ける、一人前の商人になれるようにがんばるから!」


 元気に頷いて、そう言った。


「あはは、耳が痛いな。ポロル、お父さんと一緒に、人を見る目を養えるよう頑張ろうな。」


「うん!」


 ポロルちゃんはトルルさんに向けて、もう一度元気に頷いた。眉間の皺はもうない、歳相応の、無邪気な可愛らしい笑顔であった。


 反省点はあるが、結果としては今回の護衛依頼は大成功だったと言える。人も荷物も無事で、盗賊団も壊滅できた。依頼者からは信用を得られたと思う。将来、きっと良い商人になるであろうポロルちゃんとの繋がりもできた。次に会う時が楽しみである。



 この後の旅は順調に進んだ。護衛依頼を受けたり、モンスターや盗賊の討伐をしながら、俺達は一路、南へ向かった。

 1ヵ月ほどの旅程の合間に東のヴァルチーク領を掠めるように通過し、俺達はようやく、ノーネットの実家であるミロワール家が治める領地の、最初の街へたどり着いた。

 今、俺達は街へ入るための審査の列に並んでいる。外壁はパッと見、アイルーン領のそれと変わらない。だがよくよく見てみると、防御用の魔方陣はより高性能なものであったり、衛兵の中にいかにも魔術師といった風体の者が目立つ。その点をノーネットへ告げると、嬉しそうに教えてくれた。


「我がミロワール領では、さまざまな魔術の試験的運用が試されているのですよ。有用で量産可能かつ、コストダウンの図れたものから各領地へ展開されている、というわけなのです。」


「「「へぇ~」」」


 説明に一同が感心していると、ノーネットは不意にルイスのほうを向いた。


「さまざまな術式を研究しているのですが、”精霊”と”悪魔”については安定した契約方法の確立に至っていないのです。ルイスのように、非常に強力な精霊と契約している者は稀なのです。もし差し支えなければ、契約に至った経緯を教えて欲しいのです。」


「あれ、言ってなかったっけ? えーっと、両親から送られてきた指輪を眺めていたら、契約できたんだ。」


「え、それは初耳です!! ご両親から指輪を送ってもらって、送り元の街がギョンダーだった、というところまでは聞きましたけど……それで、その指輪は今も手元にあるのですか?」


 ルイスはごそごそと胸元を探ると、紐を通して首にかけていた指輪を取り出した。顔を近づけたノーネットの目の色が変わる。


「これは! って、どうしてルイスはこれを指に嵌めていないのですか!?」


「え、だって……指輪をするなんて、何だか女の子みたいでちょっとなぁ、って思っ――」


「何をトンチンカンなこと抜かしてるのですか! これは精霊との契約印が刻まれている指輪ですよ! 装備すれば精霊術にプラスの効果があるに決まっているのです!!」


 激しい剣幕に押されるまま、試しに指輪を装備したルイスが、ぽかんと口を開ける。


「本当だ~。精霊さんを維持するの、すごく簡単で楽になったよ。」


 呑気に喜ぶルイスを見て、ノーネットは肩を落とし、大きく溜息をついた。


「……まぁ、知らなかったのなら仕方ないですけどね……。モイミールであなたが剣を選んでいた時に、私は『もっと魔力変換率の高い杖を買え』と助言しましたが、その指輪があるのなら要らないです。寧ろ邪魔になると思うので、変に凝った杖は買わないでくださいね。」


 フィー達と一緒に行動するようになってからというもの、門に詰めている中で一番偉い人がいちいち出てきて対応するようになったので、若干待ち時間がかかる。まあ、審査は速攻で終わらせてくれるので結果はトントンだな。

 入門し、街並みを眺めると、やはり魔術関連の店が多いように見える。ノーネットが解説してくれた。


「この街はアイルーン領やヴァルチーク領へ向けての輸出品が主な収入源ですからね。騎士団向けの魔術付与された武器防具などが、よく取引されているのです。」


 さて、いつものように冒険者ギルドへ行き、道中で得た素材を換金する。これは最近、専ら男性チームの仕事となっているのだが、一応理由がある。換金ついでにお勧めの宿屋を聞くのだが、フィー達が尋ねると最高級の宿屋を紹介されてしまうのである。それではお金がかかりすぎる。そこで、男性チームが尋ねることで普通の宿屋を教えてもらっているのだ。

 紹介された宿屋の部屋で旅の疲れをしばし癒し、夜は全員で酒場へ繰り出した。その土地その土地での名物やお酒は、旅の大きな魅力の1つであろう。腹に溜まる料理の他に、飲み物と一緒につまめるお勧めのものをと頼むと、塩茹でした豆が籠に盛られて出てきた。色や形はそら豆に似ていて、薄皮を剥いて口に運ぶと味は枝豆に近く、後を引く美味しさがある。この地方の特産とのことでノーネットには懐かしい味なのか、早くも目の前に薄皮の小山を作っていた。

 酒場の中央には円形の舞台があり、今は音楽を演奏している。陽気にかき鳴らされる弦楽器の音色が、酒場の喧騒に華やぎを添えていた。曲が終わって演奏者が降壇すると、次に現れたのは着飾った一団だ。山高帽子をかぶった小太りの男が一歩前に出ると、大仰な礼をして口上を述べ始めた。


「お集まりの皆様方! わたくし、ドロワ一座の座長、パニーワと申します。さて、今宵ご覧頂きます物語は~……」


 どうやら旅の小劇団のようだ。演目は何と『姫騎士の世直し』であった。モイミールに近い街まではよく目にしたものだが、最近はすっかりご無沙汰になっている。距離もあることだし、広まるのに時間がかかるのだろうと思っていたが、たまたま伝わっていない地帯を旅していたのかもしれない。


「この劇は最近、領都で流行の……」「ノーネット様が……」


 近くのテーブルの声が耳に入る。はて……ミロワール領の領都といえば、領城がある湖上都市フロンドシャである。そこでもう流行っている? 俺達は多少寄り道したものの結構早く南下してきたと思うのだが、フロンドシャはここから更にずっと南に位置しているのだ。最近流行っているということは、数週間前には既にその辺りまで知れ渡っていた、ということだろうか?

 俺が時系列についてあれこれ考えているうちに、劇は佳境に入っていた。カッツェ役の役者が印籠を厳かに取り出し、衆目を集める中で小気味良く叫ぶ。


「こちらにおわすお方ををどなたと心得る! ミロワール家のご息女、ノーネット・シャ・ミロワール様であらせられるぞ! 一同のもの頭が高い! 控えおろう!」


 酒場中の客が喝采を浴びせる一方で、俺達のテーブルの面々は一斉にノーネットに視線を集めた。


「何か?」


 しれっとした顔で豆の皮を剥き続けるノーネットの額に、一筋の汗が輝いていた。

 事実が多少捻じ曲がって伝わるのはよくあることだ。ここはミロワール領なのだし、脚本家が為政者に気を利かせて敢えて変更したのかもしれない……とまあ、あれこれ理由は考えられるが、その一筋の汗が全てを物語っていた。


(犯人はお前か! ノーネットぉ!)


 そう、心の中で全員が叫んでいるような気がした。


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