第72話

「私の見る目が無いばかりに、賊を招き入れ、結果、皆さんの邪魔をしてしまいました。本当に、申し訳ありません。」


「こちらこそ、変な勘違いをして対応が雑になってしまい、反省しております。ご息女を即座に救い出すことができず、申し訳ありませんでした。」


「いえいえ、皆さんではなく、私のほうが……」


「しかし、私達も……」


 トルルさんとフィーは、戦闘が終わってからずっとお互いに謝り倒している。内容は堂々巡りで、一向に終わる気配がない。

 俺達の勘違いはマリユスの情報によって解け、トルルさんに対して、護衛講習の試験の続きだと勘違いしていたことをきちんと説明した。そしてトルルさんもまた、どういった経緯でパッソを弟子にしたのかを教えてくれた。数年前に病で亡くなった弟さんと歳が同じで、しかも雰囲気がよく似ていたため、『弟子になりたい』という言葉をそのまま鵜呑みにしてしまったのだそうだ。


 2人が謝り倒している間に、盗賊団は全員しっかりと拘束した。さて、こいつらの処遇についてどうしようか?


「悪行でかなり名の知られている盗賊団ですからね。街まで連れて行けば、報奨金が出ますよ。」


 悩んでいると、トルルさんからそのような助言があった。


「へぇ……連れて行った後、盗賊はどうなるんですか?」


 考えてもみれば、うちの村には盗賊なんて出たことなかったから、そもそも話題に上がったことが無いのだ。この国ではどうなるんだろう?


「基本は広場でギロチンね。そのあと晒し首よ。」


 フィーがさらっと恐ろしいことを言う。


「え、殺すの?」


 てっきり、刑務所のような施設で更生を図るのだとばかり思っていたのだが。さっさと後腐れなく殺す、ということだろうか。フィーが「何を言っているのか」とでも言わんばかりに目を丸くする。


「生かしておいてどうするのよ?」


 改めて訊かれてしまうと、悩むな。前世の世界では、犯罪者にも人権があると当たり前のように言われていたので、そのノリで返してしまっただけなんだ。


「えーっと、例えば更生させて兵隊にするとか、奴隷にして働かせるとか……。」


「更生なんてするわけないじゃない。それにこの国の法では、犯罪奴隷を含む奴隷制度は基本的に禁止されているわ。」


 俺が無理くり捻り出した答えをざっくりと切り捨てるフィー。そうか、奴隷は禁止なのか。


「まあ、シンクの言いたいことも分かるわ。罪さえ犯していなければ天級の実力者だから、有用ではあるわね。でもね、こういう奴らが更生するまでに出る被害の方が圧倒的に多いの。そもそも更生させる手段が確立されてないわ。牢屋に閉じ込めるにしたって、本人が自発的に悔い改めるのを待つしかないしね。」


 確かに、前世でニュースなどで知った再犯率を思い出すと、真の意味で更生させるのがいかに大変かがよく分かる。


「きちんと反省したとしてもね、その気持ちをずっと維持していけるかが問題なの。過去に実際にあった事例だけど、反省したのを”嘘看破”でしっかり確認した後に、監視付きで釈放したことがあるのよ。何でもそいつは、たった3日でまた犯罪を働こうとしたみたいよ。」


 人間はそんなにすぐ変わるもんじゃない、ってことか。哀しいが、それもまた事実なのかもしれない。


「まともに働くという意思は確かにあったみたいだけど、実際働くとなると、色々と大変なこともあるでしょ? 2日で耐えられなくなって逃げ出して、3日目に金銭目当てで人を襲おうとしたみたいね。」


 楽して儲けることを知ってしまうと、その発想から抜け出せなくなるものかもしれないな。しかしよくよく考えると、大抵の人間が犯罪に手を染めずに生きている中で、犯罪者を『優遇』するのもおかしな話だ。

 人間は過ちを犯す生き物だから、というのは頷ける。魔が差すという言葉もあるくらいだし、刹那的な衝動による犯罪というのもあるだろう。しかし、盗賊団として他者を害する生き方を選んだのならば、事情が根本的に違う。


「そういえば以前、『犯罪者にも人権がある』と、死刑反対を唱えた者がいたのです。」


 ノーネットが会話に加わってきた。おお、どこかで聞いたような話だな。


「ですが、『更生させることができなかったら、提唱者も犯罪者と同じ罰を受けてもらう』って話が出たら、あっさり前言を翻したのですよ。」


 ……まぁそうだろう。安全な場所で無責任な発言をする奴はどこにでもいる。覚悟を以っての言葉ではなく、『自分が言っていることは正しい』とか『自分はいい奴と思われたい』という感情が先に立っての発言だ。真に犯罪者の命について考えてのものではないだろう。

 意見の多様性という面ではあって良いと思うが、それによって実害が出るのでは話が違ってくる。発生した実害に対して誰が責任を負うのか……再犯についてはきっちりと数字が出ている。再犯しないと主張するのなら、信用に足る根拠が必要だ。


 だいたい死刑を無くしたいのなら、先に革新的な更生手段を確立するべきだろう。発生原因を完全に潰せばいいだけなのだが、俺は前世で、死刑反対論者が更生手段について論じているのを見たことが無い。

 死刑反対論者が語るのは、冤罪についてだ。冤罪の発生する過程と犯罪を犯す過程は全く違うにも関わらず、だ。冤罪を無くしたいのなら、それはそれで原因究明し、対処せねばならない。死刑反対論者が犯罪者のことを考えていないのは、ここを見てもわかる。犯罪者の人権や、その後の人生をを真剣に考えているというのなら、更生についてもっと深く重く考えている筈だろう。結局、議論に勝ちたいから、聴衆を味方につけやすい『冤罪』という議論上の武器を使っているだけなのだ。


 俺が考える効果的な更生プランとしては正直、洗脳しかないんじゃないかと思っている。今ある考え方を完全に壊し、新たな考え方を植え付ける。……その状態で生きることが、そいつ自身として生きていることになるのかは、分からないけれど。


「……そういえば俺、晒し首もギロチンも見たことないな。」


「あの村では不要でしょうね。死罪が適用される重犯罪の起きそうな環境ではなかったもの。」


 うちの村で悪さをすればレンファさんに小突かれるので、そこで矯正されるのである。


「街の広場でやる理由としては、『犯罪を犯したらこうなる』という実例を、きっちりと民衆に知らしめておく必要があるからよ。」


「フィーさん、その、口で言うだけじゃだめなんですか? ちょっと子供が見るには刺激が強いような気がして……。」


 ルイスがおずおずと問いかける。うん、俺もそう思うのだが。


「言葉だけじゃイメージ湧かないし、実際罰を受けている者の後悔にまみれた顔を見て、ようやくブレーキがかかる人間もいるわ……要は、犯罪を抑止するための手段なのよね。子供のうちに見ておかないと、修正できないじゃない。大人になっていきなり『お前のその考え方は一歩間違うとギロチンものだ』って言われても、困っちゃうでしょ?」


 確かに……刺激が強いからといって、何でもかんでも蓋をして見せずにいるわけにもいかないよな。知っておくべき情報なら、きちんと伝えなければならない。


「街を拠点に生活している者なら、そういった光景を必ず見ることになるわ。この盗賊団の連中だって、絶対に見ている筈。なのに、犯罪者の末路がどういうものか知りながら盗賊団なんてやっているくらいだもの、口で何と言ったところで、無駄だったと思うわ。」


 この世界の、犯罪者に対する扱いはよく分かった。この場で殺してもいいそうだが、結局、全員次の街まで連れていくことにした。ロープに能力減退やらスキル封印やらの暗黒術を付与し、それで全員を改めてしっかり拘束する。もちろん口には猿ぐつわ付きである。フィー達は遅れる者がいると容赦なく小突く。


「厳しいなぁ。」


 思わず俺が口にしてしまったところ、フィーたちから反論があった。


「こんなの、厳しいうちに入るわけないじゃない。骨も折ってないのよ?」


「そうだそうだ。馬車で引き擦り回しているわけでもなく、ちゃんと二本足で歩けているじゃないか。優し過ぎるくらいだろう。」


「全身甲冑に更に重りをつけて、歩くことの可能な限界ギリギリまで負荷をかけているわけじゃないのです。これで厳しいというのなら、騎士学校の行軍は『地獄』と称しても生温くなってしまうのですよ。」


 ……騎士学校って、どんなところなのよ?

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