第118話

 さて。検証も終わったことだし、一旦休憩にしよう。

 しかし休息するにも、野晒しではモンスターも出るし、落ち着かない。

 レオに貰った、これまで使っていたテントは王都のアイルーン邸に置いてきてしまったし……ここは先ほど検証したばかりのスキルを使ってみるか。


「”魔王城”」


 森の中の開けた場所で手をかざし、スキルを発動する。

 魔王城作成にあたって必要な情報を、脳内に次々とイメージしていく。

 やがて、目の前に南欧風の平屋の一軒家が出現した。白い壁と明るい色の瓦屋根の家だ。


「これが魔王城なの? ……ちょっとおしゃれな、普通の家だね。」


「姿形は自由自在だからな。込めた魔力によって、固さや質感もいくらでも再現できるみたいだぞ。ちなみにこの魔王城の壁、オリハルコンより硬くしてある。」


「……そこだけ無駄に凄いね。」


「いやいや、この魔王城の凄さはそれだけじゃないぞ? 侵入者を拒む防壁も展開できるし、接近を知らせる機能もある。つまり、感知札や障壁札はいらない。さらにさらに、室内環境はいくらでもコントロールできる! 常に快適な温度で過ごせるのだ。まぁ要するにこの魔王じょ……いや、家は、今まで使っていたテントと同じ機能ってことだ。」


「シンクも家って言っちゃってるじゃん。」


「いいじゃないか。そもそも、ただ休むだけなのに城なんか建ててどうするんだよ。」


 さっそく魔王城の中に移動して、今後の対策を練る。

 キッチンが併設されているし、簡単な調理器具や食器も備わっているので、お茶も淹れられる……さすがに茶葉など食材は出せないので、自前で購入したものを使う。


「ふぅ。さて、今後の方針だが、夜を待とうと思う。」


「何で?」


「今、フィー達は行軍中だ。日中に行けば、どうしたってフィー達以外とも接触することになる。そこで、だ。夜を待って行軍が止まったところで”隠密”スキルを使い、フィー達のテントに侵入しようと思う。」


「……夜、就寝中の婦女子のテントに押し入るのか?」


 マリユスが厳しい視線を俺に送ってくる。その言い方だと夜這いを仕掛けようとしているみたいだな。


「い、いや、他に穏便に済ます方法が浮かばないし……仕方ないじゃん?」


「そうだけど、……嫌われないかな?」


 ルイスは心配そうな顔だ。


「大丈夫だろ。王都に着くまでは俺達、同じテントで生活していたんだから。」


「そうだけど、予め許可をもらっているのと、夜中にいきなり入っていくのは違うんじゃい? もの凄く怒られる気がするよ……。」


 あん? ルイス、お前はやはり主人公体質……鈍感系なのか?


「そんなことはない! いいかルイス。お前がカッツェの寝所に侵入したとしても、あいつならば悲鳴は上げない。むしろ喜ばれる筈だ。」


「し、寝所!? 何言ってるの、そんなのダメに決まっているじゃないか! ね、ね!? マリユス?」


「あぁ……うむ、寝所は兎も角、ルイスがカッツェに会い行けば喜ばれるだろう、とは私も思う。」


「え? あれ?」


 マリユスから同意を得られると思ったルイスは慌てている。


「ふぅ……ルイスお前、カッツェが今まで見せていた態度で、まだ気が付いてないのか?」


「えっと、……何を?」


 伝えるべき時に伝えねば、一生後悔することになりかねない。えぇい! こちとら一度死んだ身の上だからな! この際ハッキリ言わせてもらおう!


「この状況だからこそ敢えて言うが、カッツェはルイス、お前のことが好きだぞ。」


「えぇ!? そ、そんなことない……よ? たぶん……。」


「ほれ! 言い淀んだということは、少しは自覚あったんだろう?」


「そうだろうな。普段のカッツェを見ていれば、自ずと分かることだ。」


「そう……なのかな、本当に? だとしたら……とっても嬉しい、な。」


 ルイスは頬を染めて微笑んだ。それにしてもお前、俺の言葉は信じずにマリユスの言葉は信じるのな……まぁ、普段この手のことで黙っているマリユスが太鼓判を押すというのは、かなり説得力があるか。沈黙は金なり、ってな……少し違うか?


「で、でも、それならほら! マリユスだって!」


 ルイスがカウンターとばかりにマリユスに詰め寄る。


「私? 私がどうかしたのか?」


 マリユスはキョトンとしている。あぁん!? お前も鈍感系なのかよ!


「ノーネットは絶対マリユスのこと好きだよ!」


「な!? ……な、何を言う。ノーネットのような聡明で才気に溢れる女性が、私のような見苦しい姿形の者を気に掛ける筈があるまい。」


 そう言いながらも、マリユスの頬と耳は真っ赤である。あの魔術オタクのノーネットを聡明だとか才気溢れるとか表現するマリユスは凄いな……俺には無い発想だ。


「……ノーネットは、相手の容姿だけで好き嫌いを判断するような子……そういうことか? マリユ――」


「否! そんなことは断じてない!」


 ノータイムで即答されました。


「なら、ほら。そこは関係ないじゃないか。」


「む、むぅ……。」


 押し黙り、マリユスは熟考しだした。

 ルイスも考えているようだ。

 しばらく待ち、俺は2人に告げる。


「2人とも、自分の気持ちに正直に、素直に向き合ってみろよ。相手のためにも、さ……自分か相手のどちらかが死んでしまえば、もう伝えられないんだ。そこんとこ、絶対忘れるんじゃないぞ。」


 何しろ一度死んだ身なので、我ながら説得力のある言葉になったと思う。2人は神妙に頷くのだった。

 さて、横道に逸れまくったが、夜這い……じゃなくて、夜にフィー達のテントに忍びこむことが決まった。

 完全に行軍が止まり、日が落ちるのを待つ。奇襲をかけるなら夜討ち朝駆けが基本だが、そこまでする必要もない。何せ俺の”隠密”はレベル10なのだ。

 更に、スキルガチャ11連を116回を引いた作業(『魔の116』と俺は呼んでいる)で手に入れた”共有”というスキルがある。これは『自分の持っているスキルを仲間にも使わせることができる』という代物で、これによりルイスとマリユスも俺と同じ”隠密”スキルを使用できる。

 ……できるのだが、「全員で忍び込んでは不測の事態に対応し辛いのでは」とマリユスから意見が出た。なので、今回はひとまず俺だけでフィー達に会いに行き、その上で場所と時間を示し合わせて改めて合流する、という方向で話がまとまった。

 ルイスとマリユスを魔王城――いや魔王家? に残し、”隠密”を発動し、”空間転移”でフィー達の現在地より3キロほど離れた地点へ転移する。これだけ離れれば、向こうの見張りに気付かれる可能性はないだろう。

 そこからは、コソコソとフィーの気配を頼りに近づいていく。

 ……しかし、本当にこの、フィーの気配を俺の身体が訴えてくるような感覚は何なのだろう? ルイスには愛だとか言われたが、そういうんじゃないのは確かだ。例えるなら、焦燥や危機感というか……他でもないフィー相手におかしな話だが、それに近いような感覚だ。


 しばらく進むと、野営地が見えてきた。

 途中、感知札や障壁札があったが、この2つは虫や小動物をいちいち感知しないよう、ある程度以上の魔力に反応するように作られている。なので、魔力や気配を極限まで低下させることで難なく通過できた。これも”隠密”Lv10のなせる技である。


 間もなく、休息している一団が見えてきた。無数にテントが立ち並び、その間を哨戒の騎士が歩いている。フィーのテントはどうやら野営地の中心にあるようだ。

 慎重に回り込みながら、光源の生み出す僅かな影を伝い、気配を殺して少しずつ近づいていく。

 フィーのテントに到着し、中に入った。

 テントはいつも俺達が使っていた物だ。リビングの明かりは落とされているようで、かなり暗い。”暗視”のスキルはあるが、あえてそれで見渡すまでもなく、中央にあるソファーからフィーの気配がした。


「フィー。」


 小さく呼びかけた俺の声に、フィーは傍らに掛けてあった剣を手に立ち上がった。


「……シンク、なの?」


 ”気配察知”スキルで、近くに誰もいないことを確認する。……あれ、ノーネットもカッツェもこのテントにはいないみたいだな。


「あぁ、俺だ。」


「そう……。」


 うん? 何だか反応薄いな。疲れてるのかな……無理もないか。


「いきなり”魔王”だ、なんて言われてさ。何が何やら……そっちも大変だったろう? 俺を王都へ連れて行ったのはフィー、ってことになってただろうからな。イーサン子爵あたり、うるさかったんじゃないか?」


「そうね。大変だったわ。シンクが消えてしまったから……。」


 フィーの声には抑揚がない……もしかして、怒っているのかな? フィーからすれば、俺は何の説明もせず突然消えたようなものだからな。


「いや、あれは俺の意思じゃないよ? 気がついたら、知らない場所へ飛ばされていたんだ。」


「そうだったのね。でも、ここで会えた。」


 会えたことは喜んでくれているみたいだな。


「あぁ。それでフィー、これからについて話し合いたいんだ。ノーネットとカッツェはどこにいるんだ? ルイスとマリユスも交えて、全員で協議しよう。」


「協議? ……そんなもの、必要ないわ。」


 ……うん? フィーから殺気を感じる。


「そ、そんなに怒るほど大変だったのか?」


「えぇ、シンクを追いかけるのは大変だった。僅かに感じる気配を頼りに、あなたのいる場所へと向かってきたのだけど……でも今、あなたは目の前にいる。私の剣の届く距離にいる。」


 言葉と共に、フィーは音も無く剣を抜き、俺に向けて構えた。暗い部屋の中だというのに、その刃が真っ直ぐに俺の心臓を狙っているのは明らかだった。


「やっと会えたわね、魔王シンク――善神様への供物として、あなたの命を貰い受ける!」


 言葉と共に、フィーが切りかかってきた!

 とっさに躱し、俺も刀を抜く。フィーが放つ2撃目をどうにか受ける。


 ギィィン!


 重い!! 刀にも俺の脳にも衝撃が走る。今の俺のステータスで重く感じるなんて、どれだけの剣戟なんだ!?


「ちょ、落ち着け! この威力の攻撃はシャレになってないぞ!」


 鍔迫り合いの中で、フィーに語りかける。


「落ち着く? 私は極めて冷静よ。魔王を討伐することこそ、この私が授かった神命なのだから。」


 僅かに押されながら、息のかかる距離でフィーの目を覗き込む。

 いつもキラキラと生命力に溢れていた青い瞳から、全く生気を感じられない。


「し、神命って?」


「魔王、死すべし!」


 さらに強い力を籠められ、俺は弾き飛ばされた。ぶつかった椅子が、派手な音を立てて転がる。

 くっ……まさかフィーに攻撃されるとは考えていなかったため、心が乱れている。これでは甲斐成田流の真価は発揮できない。

 さらに強い殺気がフィーから放たれる。

 何がどうなってるんだよ!? ……そうだ! こんな時こそ”鑑定”だ!


「”魔王眼”!」


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 名前:フィーリア・ロゥ・アイルーン


 Lv30


 HP  386/386

 MP  302/302


 力   191(+500)

 魔力  158(+500)

 素早さ 160(+500)

 器用さ 136(+500)

 体力  191(+500)

 精神  170(+500)


【攻撃スキル】

 剣術 Lv10 

 剣術・地級 Lv10

 剣術・天級 Lv10  

 剣術・極級 Lv1 

 体術 Lv10  

 体術・地級 Lv2 


 水術 Lv2

 光術 Lv3

 地術 Lv4


【攻撃補助スキル】

 回避 Lv5

 魔力圧縮 Lv4

 魔力強化 Lv3 

 投擲術 Lv2


【耐性スキル】

 地耐性 Lv3 


 精神耐性 Lv3 

 毒耐性 Lv3

 麻痺耐性 Lv3 

 睡眠耐性 Lv3

 痛覚耐性 Lv4 

 疲労耐性 Lv5


【探索スキル】

 追跡 Lv1 

 隠密 Lv1 

 気配察知 Lv2 

 野営 Lv3


【神級スキル】

 剣術・神級Lv1


【生産スキル】

 採取 Lv3

 調合 Lv3 

 鍛冶 Lv2 


【技術スキル】

 礼儀作法 Lv3 

 水泳 Lv3 

 騎乗 Lv1 


【身体強化スキル】

 HPUP Lv3 

 MPUP Lv3 

 力UP Lv4 

 魔力UP Lv3 

 素早さUP Lv3

 器用さUP Lv3

 精神UP Lv3

 体力UP Lv5 


【パッシブスキル】

 言語-大陸共通語

 剣の鬼才

 地の加護


【特殊】

 勇者 Lv10

 神命


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 状態異常は……特に見受けられない。それにしても”勇者”だって!? いつぞやフィーに見せてもらったスキル鑑定紙にはそんなもの無かった筈だ。ステータスがバカみたいに上昇しているのは”勇者”スキルによる効果のようだ。

 他に気になるのは【神級スキル】ってやつだ。”剣術・神級”Lv1って……俺が本調子じゃないのもあるが、甲斐成田流の剣術に難なくついてきているのは、もしやこのスキルのためか?

 そして”神命”……これは何だ?


 神命 ……全てにおいて、神より与えらえた使命『魔王討伐』の達成を優先する。神命の達成以外の方法で解除することは不可能。


 ふむ? これは『魔王討伐』すること以外、考えられない状態ってこと? しかも達成するまで解除不可? 何だそりゃ!!


 ”魔王眼”に魔力を込め、過去視の能力をフィーに使う。

 フィーが体験したことが頭に流れ込んでくる。……俺が王都がから飛ばされたすぐ後、善神から”勇者”に指名され、”神命”が下されたのが分かった。その場にいた”鑑定”スキル持ちが”勇者”スキルを確認し、この遠征となっているわけだ。

 つまり、フィーは善神により洗脳状態ということだ。


(ここまでやるのか! どこが善神だ、畜生!!!)


 怒りで頭が沸騰し、剣が鈍る。その隙を突かれ、フィーに蹴り飛ばされた。

 テントの外に転がり出る。

 すぐに異常を察知した哨戒の騎士に見つかり、笛が鳴らされた。


 ピーー!


 笛は甲高く鳴り響き、周囲に敵――俺の侵入を知らせた。


 あっという間に騎士に囲まれる。

 そしてフィーはテントからゆっくりと出てきた。ノーネットとカッツェも笛の音で集まったようで、フィーの両サイドに着き従うかのように構える。

 2人を鑑定した結果、”勇者の従者”というスキルと、フィーと同じく”神命”があった。2人の俺を見る目にはやはり意思を感じることはできない……ここもフィーと同じようだ。


 しかし、このままでは多勢に無勢。まさか片っ端から切り殺していくわけにもいかない。そこで俺は”魔王”スキルの”魔王覇気””漆黒闘衣””魔王闘気”を発動させる。


「ぐ!」「うっ!」


 ”魔王覇気”の効果で何人か威圧に成功し、無力化できたようだ。万が一攻撃されても各種耐性スキルに合わせて”漆黒闘衣”があるから、ほとんどの攻撃を無効化できるだろう。

 それにしても……これらのスキルを全部使うと、本当に魔王だな。暗い闇のオーラを纏い、威圧感を出している。あとは”闇器”スキルでデスサイズでも出して「ハーッハッハッハ!」とか笑えば完璧だ。

 バカなことを考えている間に、フィーは慌てることもなく剣を俺に差し向けた。


「”聖輝”!」


 フィーの言葉で剣から眩い輝きが迸る!

 その輝きによって、俺が纏っていた”漆黒闘衣”は完全に消滅していた。何だ!? 非常に有用な防御スキルだと思っていたが、こんなにあっさりと解かれるものなのか!?

 慌てて”聖輝”を鑑定する。


 勇者Lv5 聖輝 ……魔王が纏う漆黒闘衣を解除する。自分を含め、味方のバッドステータス耐性をアップ


 ちょ、酷くない!? 完っ全に魔王狙い撃ちですやん! 今、俺は某ゲームのラスボス、ゾ〇マの気持ちをこの上無く理解できていると思う。自身の最大の防御技である”闇〇衣”を勇者の”光〇玉”であっさり解除されたゾ〇マさんの気持ちが!! 

 きっとめっちゃ焦ったことだろうな。「どんな攻撃も効かないぜ?」ってドヤってたら、あっさり解除ですもの。そりゃおかえしにいてつ〇はどうくらい使いたくなりますよね。

 ……ふぅ、まだ慌てる時間じゃない。俺のレベルは131! 戦いになると思っていなかったのでブレスもグローアップも掛けていないが、”魔王闘気”のおかげで全ステータスは2倍になっている。

 低レベルで天級スキルまでの攻撃なら、直撃してもほとんど無効化できるだろう。

 この中で怖いのは極級スキルを使うカッツェとノーネット。それに神級だの勇者だの訳分からん状態のフィーが要注意だな。


 フィーは剣を掲げ、叫んだ。


「”聖戦”!!」


 これも勇者スキルか? 鑑定を急ぐ。


 勇者Lv10 聖戦 ……自分を含め、味方に魔王への防御無視効果。同対象に全ステータス50%アップ効果。


 そこからは剣戟の嵐である。

 四方八方から切り掛かられ、反撃しようにも殺さぬよう手加減できる状態でもない。近衛騎士達の連携はすさまじく、互いの隙をカバーして立ち回っている。流石にそんじょそこらの街の衛兵とは違い、集団戦闘というものを心得ているな。


「これだけの攻撃を軽々と!」「化け物め!」


 だが、こちとら魔王スキル以外のスキルも戦闘系はほとんどLv10なのだ。次第に近衛騎士の連携に割り込めるようになっていく。


 キィィン! ドカッ! バキッ!


 刀で攻撃をいなし、隙を突いて前蹴りで顎を叩いて脳震盪を狙い、柄で頭に衝撃を与え意識を刈り取っていく。


極級アルティメット・アクアバレット!」


 ノーネットが魔術が発動し、”広域化”を使った小型の水弾が無数に飛んでくる。

 刀で弾いていると、カッツェが突っ込んできた。


「ハッ!」


 横凪ぎの戦斧の一撃を屈んで躱す。すかさずフィーが上段に構えた剣を振り下ろしてきた。

 フィーと一瞬目が合う。まるで害虫を殺すかのような、軽い嫌悪が見て取れた。


(は、早い!!)


 ズバ!!


 なんとか飛び退いたが、フィーの一撃により俺の右手は切り飛ばされた。


「ぐぅ!」


 焼けるような痛みを感じたが、すぐに”痛覚耐性”のスキルLvが上がり痛みが和らいでいく。

 ”魔動力”を使い、止血する。


(この状況はもう……無理だな。)


 フィーの顔に浮かんでいた軽い嫌悪。憎悪でもない、憤怒でもない。強い感情はなく、それで確実に殺しに来ている。

 あんなに表情も感情も豊かで、言ってみれば考えが顔に出やすかったフィー。その心が今は、動いていない。せめて心だけでも動いていれば、言葉などで揺さぶることもできたかもしれないが。


(本当に、殺すか殺されるかしか無さそうだ。)


 俺は迷わず”空間転移”を使い、魔王家まで退いた。


「シンク、おかえ――ど、どうしたの!?」


 血だらけで片手の無い俺を見て、ルイスが驚きの声を上げる。マリユスも慌ててポーションを取り出し俺にかける。

 ルイスはハッとした表情を浮かべた。


「あ! もしかして、本当に黙って寝所へ入ったの? それで怒らせちゃったの?」


 その発言に少し呆れつつ、言い返した


「流石にそれだけで切り殺そうとまでは――」


「しない」と続けようとしたところで、ふと、『血塗られたブラッディ・聖夜祭サンタクロース』の事を思い出した。あり得るかもしれない……そう考え、言葉を飲み込んだ。

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