終章 今日から魔王!ってなんでやねん!

第117話

 王都から飛ばされ、2週間ほどが過ぎた。


 俺達が宿に戻ると、カウンターの向こうの老人が顔を上げ、にこやかに頭を下げた。目礼して脇の階段を上がる俺達は、傍目には平凡な冒険者に見えることだろう。俺とマリユスはいかにも駆け出し冒険者が選びそうなレザーアーマー、ルイスは地味なローブ姿である。

 謁見の間では全員、煌びやかな服を着ていたのだが、街中では非常に目立つ。なので、それらの衣服はこの街で売りに出し、得たお金で普通の冒険者っぽい装備品を購入したのだ。

 それにしても……安物なのを差し引いても、レザーアーマーってのは動き辛いものなんだな……よくよく考えると、俺って普通の鎧を装備したの初めてだな。ずーっとパンダパーカーで、その後は輝虎師匠に貰った小袖と袴だったからな。

 ちなみに俺以外の武器については幸いにして、王城に入る前にマリユスが天術を用いてルイスの分も保管してくれていた。エルフに作られたというオリハルコンの槌とロッドは無事だ。粗末な防具とは全く釣り合っていないが、自分の獲物を見せびらかしながら歩く冒険者なんてそうそういないから、目立つ動きをしなければ問題ないだろう。


 さて、本日の情報収集の収穫を共有し、宿の一室で対応の協議をする。


(フィーが勇者で、魔王シンクを討伐、ね……ふむふむ。)


 皆がそれぞれ聞いてきた噂話のことを考えていると、ルイスが珍しくテーブルを叩いて立ち上がった。


「シンク! 何落ち着いているのさ! フィーさんがシンクを倒しに来るんだよ!?」


「まあ落ち着けよ。俺も、最初聞いたときは驚いた。しかし、冷静に考えれば当然だと思う。」


「……どういうこと?」


 俺の言葉にルイスは訝し気な顔をする。


「いいか? 俺を在野から見出し、王都へ連れて行ったのはフィーということになっている。つまり、魔王を王都へ連れて行った張本人は他でもない、アイルーン家の跡取り娘ってことだ。アイルーン家の立場はかなり悪いものになるだろう。真っ先に討伐へ名乗りを上げるのは汚名返上、名誉挽回としては自然な流れだし、良いと思う。」


「う~ん……。」


「それに、相手がフィーなら、俺が本当に殺されることは無いだろう? いつぞやジーク様が言っていた作戦じゃないけど、倒したことにしてもらって、遠く離れた場所で隠れて暮らすってこともできるしな。」


「あぁ、成る程!」


「そもそも、そっちは大した問題じゃないんだ。俺達だけの話だからな。……マリユス、善神の動きは何か掴めたか?」


「冒険者ギルドで話を聞いてきたが、最近、モンスターの動きに変化が見られるらしい。ただがむしゃらに突っ込んでくるだけだった低級のモンスターが、相手の隙を窺ったり、連携してくるようになったそうだ。それと、これまでは農作物や家畜を直接狙うモンスターはいなかったのだが、ボアやウルフなどのモンスターがそれらを狙って荒らすようになっているという。」


 今まで善神は封印されていた。そのため、奴が生み出したモンスターの生態はこれまでずっとアップデートされることなく、単調な動き(……人間を見ればがむしゃらに襲ってくる)をしていた。しかし、善神が復活したことによって、モンスターの動きがより人間を苦しめるものに変化してきている……ということなのだろう。


「そして……冒険者ギルドとしては『このモンスターの変化は魔王シンクによるもの』という見解で一致しているようだ。」


「えぇ~? ……でもまぁ、普通そう考えるか。」


 とんだ濡れ衣だが、きっとこれも善神の策略なのだろう。全部終わったら、善神を名誉棄損で訴えてやる所存だ。


「それでシンク、これからどうするの?」


「それなんだが、あまり悠長にしていられない。フィー達は真っ直ぐここを目指しているようなんだ。それと、フィーが率いている軍勢の規模は300人程度。全員近衛騎士か、それ相当の実力者らしい。」


「う~ん、フィーさん達が街に着いちゃったら、街の人達やこの宿のおじいさんに迷惑かかっちゃうよね。こっちから近づいて行って、合流する?」


「そうだなぁ……どうするにせよ、フィー達には1度会っておかないといけないよな。」


 フィー達に大人しく捕まるのも手だ。しかし、モンスターは畑や家畜を荒らしており、討伐難易度も上がっている。それらが元に戻らなければ、近いうちに人々の生活が困窮することになる。そうなれば『元凶を殺せ!』と主張する者は少なからず出てくるだろうし、そういった声が膨れ上がれば最終的に、死刑は免れないものになりそうだ。


「まず、”魔王”スキルを検証するよ。その上で、フィーとノーネットとカッツェだけにこっそり会ってみよう。」


「”魔王”スキル?」


「せっかく”魔王”なんてスキル手に入れたんだ。どんなことができるのか、ちょっとワクワクしないか?」


 最初こそ戸惑ったが、正直、魔王って響きにはワクワクする。

 それこそ、RPGが出だしのころは、魔王といえば『世界を征服する悪い奴』で、大体の場合においてラスボスだ。

 しかし昨今のゲームやラノベでは、魔王といえば『強さの象徴』みたいなところがある。悪役っぽいけど、任侠ヤクザの大親分とでも言おうか……堅気には手を出さず、無意味な迷惑行為はせずに、己が信じる信念をもって事にあたる。そんなイメージがある。

 というわけで、俺の中では魔王という単語には、そこまで悪いイメージはないのだ。


「……”魔王”なんてスキル、物騒なだけじゃないかな?」


 不安げなルイスの隣で、マリユスも難しい顔をしている。

 ……この世界ではきっと、テロリストの親玉みたいな感じなんだろうな。


「何か不測の事態において、有効打になり得る可能性がある。」

「”魔王”とは何なのかを知る必要がある。」

「”魔王”スキルを知ることによって、善神の狙いが分かるかもしれない。」


 等々、言葉を言いつのって2人を説得し、”魔王”スキルの確認のため、潜伏している街から少し離れた森へやってきた。

 では、早速試してみよう。


 魔王Lv1 魔王覇気 ……威圧効果による行動阻害。対象がレジストに失敗すると恐怖、混乱のバッドステータス付与。


 普通に強いな! 行動阻害はターン制ゲームでは致命的だ。『威圧され何もできない!』とかなるやつだな。

 これは……侮ってきた相手に「くっくっく……」とか笑いながら、魔王覇気を全力で解放してビビらせたりとかしてみたいな。……そこらの盗賊でちょっと試してみよう。


 魔王Lv2 魔の祝福 ……対象にかかっているバフを打ち消す。


 ブレスや魔法剣など、魔術的なバフを完全に打ち消せるようだ。

 相手は能力を上げられず、こちらはやりたい放題……か。手強い相手でも、レベル差が僅かならこのスキルとブレスだけで埋められそうだな。


 魔王Lv3 魔動力 ……手を触れずに物体を操る力。


 これは戦闘でも使えるのだろうが、日常生活で非常に重宝する能力だな……。

 試してみると、かなり大きく重い物でも動かせた。力の使い方に応じてMP消費が多くなるようだ。

 ……しかし、いつもテレビのリモコンが微妙に手の届かない位置にあるの、あれは何故なんだろうな?


 魔王Lv4 魔王眼 ……鑑定、過去視効果。対象がレジストに失敗すると麻痺、石化のバッドステータス付与。


 おぉぉ、鑑定! これは素晴らしい。試しに手元の武器を調べると、武器の名称、素材はもとより、特性や由来までもが細かく表示された。対象が人やモンスターでも同様だ。割と何でも鑑定できるみたいだな。

 過去視効果というのは、MPを消費することで対象となる相手や場所、道具などの辿ってきた過去の出来事を見られるということらしい。俗にサイコメトリーと呼ばれるやつだな。

 そして魔眼的な効果もあるようだ。麻痺や石化対策を取っていない者なら、見るだけで倒せそうだ。


 魔王Lv5 漆黒闘衣 ……纏うことで物理・魔法ダメージ70%カット。命中阻害。全バッドステータス完全耐性。


 ……このスキルだけでほとんど防具がいらんのでは? 命中阻害は、実際にいる場所と僅かにずれて見える効果だ。”僅かに”というのがミソで、完全に別の場所になると気配やにおいなどでバレる可能性が高くなるところ、僅かにずれているだけなのでそれらで気付かれることがなくなる。急所への攻撃命中率を大幅に下げられる、ってことだな。

 やっぱり、魔王には状態異常攻撃は効かないもんだよね。


 魔王Lv6 闇器 ……闇を形にし、任意の形状の武器を作成できる。武器には武器・防具破壊効果付与。


 これは各種攻撃スキルを持つ俺にはかなり有用だな。

 この世界の強い金属には魔素が多く宿っている。破壊効果というのはそれをこそぎ落として、強度を極端に下げることのようだ。


 魔王Lv7 空間転移 ……任意の場所へ瞬時に移動できる。


 転移先を直接視認しなくても行けるようだ。例えばだが、「1km先にいるモンスターの気配のところまで」なんて移動も可能だ。

 複数人で一度に飛ぶこともできるし、距離の制限も無さそうだ。むちゃくちゃ便利だな。


 魔王Lv8 魔王闘気 ……自身のステータスを2倍。他バフと併用可。発動中、全ての攻撃に耐性・防御無視効果付与。


 ステータス2倍って……エグいな……他バフとも併用可能なら、Lv131の俺のステータスは3000に達しそうだ。ガン〇ム相手でも素手で戦えそうだな……いや、流石にちょっと言い過ぎかな? ザ〇Ⅱくらいならいけるか?

 耐性を無視できるのなら、麻痺でも睡眠でも暗黒術の効果が期待できそうだ。魔王覇気と魔王眼を併用すると、恐ろしいことになるな。


 魔王Lv9 魔王城 ……魔王城となる迷宮を作り出すことができる。


 任意の形、色、大きさの魔王城を作れるようだ。しかも、落とし穴や回転床などのトラップを好き勝手につけられる。特殊効果も条件次第では付与できるようだ。特殊効果というのは『魔法が使えない』とか、『金属の装備品を装備していると動けない』などだな。強力な特殊効果ほど、要求される条件も厳しくなるみたいだ。

 こんなスキルがあるってことは、この世界でも『魔王といえば迷宮の奥にいるもの』なのだろうか? 


 魔王Lv10 魔王軍 ……モンスターを作り、操作する。


 MPを消費してモンスターを作ることができる。モンスターのランクはMP消費量に比例するようで、ドラゴンすらも作れるみたいだな。しかも、1度作れば倒されるまで消えないらしい。時間をかければ、まさに軍団を作ることができるだろう。

 驚きなのは、これで作ったモンスターを倒しても経験値が入ることだ。ということはだ。キングでメタル的なモンスターを作れば……経験値ウッハウハはなのではないだろうか?


 ふぅ……一通り検証できたな。

 いやあ、自分で言うのもなんだが、魔王が俺で良かった。普通にこの世界に魔王が誕生していたら、到底討伐なんて叶わなかっただろうからな。余りにもチート過ぎる。


「空間転移ができるのなら、いざという時でもすぐに逃げられそうだね。」


「あぁ、おかげでフィー達に合流するのも簡単そうだ。……何となくだけど、フィーの居場所は感じ取れるんだ。大体ここらへんだな、って。」


 何やら奇妙な感覚なんだよな。フィーが今どこにいるのか、何となく分かる。気配を感じているのではなく、ただ『必ずそこにいる』というのを、目でもない耳でもないどこかの感覚が伝えてくる、とでも言おうか……。


「ふふふ、成る程ねぇ。」


 ルイスが何故か、意味ありげな顔をして笑ってくる。


「な、何だよ?」


「離れていても通じ合うなんて、2人の愛の力だなぁ、って思ってね。」


 ……いや、多分そんな甘い話じゃないと思うぞ、ルイス。

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