第116話

「そっちも終わったのかい?」


 背後から、デシデリア様の声が聞こえた。振り向いて答える。


「はい、片付きました。」


「とびきりの上位魔人を、ひとりで圧倒かい? 『神の使徒』ってのは凄いもんだね。」


『神の使徒』というよりも、チートなガチャと、輝虎師匠に教わった甲斐成田流のおかげだ。

 他に敵がいないことを確認すると、デシデリア様は頭を押さえ、その場に座り込んだ


「あたたた……全く、年は取りたくないねぇ。」


「はぁ、久々に頑張ったからかな。疲れた……。」


 お義父さんも呟きながらその場にへたり込み、フィーが慌てて駆け寄る。


「デシデリア様! お父様! 大丈夫?」


 2人とも少し顔色が悪い。


「封印解放はね、その性質上、より強く力を引き出せばその分デメリットも大きいんだ。……これは当分、剣を握れそうもないな。」


 ふるふると震える手を見ながらお義父さんは言った。デシデリア様も頷く。


「シロ、クロとの同調も、あんまり強く長くやると自我が崩壊しちまうんだ……ノーネットも肝に銘じておきな。それからね、あたしがやったことを今の実力で試してみようなんて、間違っても考えるんじゃないよ?」


「……う、うん。分かった!」


 その、返事するまでの微妙な間……ノーネット、試す気満々だったな。


 デシデリア様とお義父さんは疲労が濃く、これ以上の戦闘は難しいだろう。しばらく休息が必要だ。

 時間もあることだし、その間に公爵と王女様に”聖域”と”再生”をかけてみることにした。


「”聖域”」


 俺が唱えた魔術により、2人を中心とした半径数メートルの空間に、清浄な光が満ちてゆく。公爵は明らかに、王女様は僅かに顔色が良くなった。


「シンク、どうなの?」


「恐らく効果があったと思う。一応”再生”も掛けておこう。」


「お待ち。そんなに高位の魔術を連発して、大丈夫なのかい? 大体あんた、極術も使ったばかりだろう?」


「”MP超回復”のスキルがありますので……。」


 俺の返答に、デシデリア様は呆れたように大きなため息をついた。


「……心配して損したよ。もうあんたの行動にはいちいち突っ込まないことにするよ。」


 2人の後、お義父さんにも”再生”をかけてみたのだが、疲労は回復されないようだ。”再生”で効果がないということは、”エステティック”の効果も期待できないだろう。

 憶測だが、封印解放は魂に何かしらの影響を及ぼしているのではないだろうか? ……あまり多用すると、寿命を縮めそうだな。


 さて、既にガストーネとエラルドの目的は果たされてしまった。禁足地の封印――目の前にある扉も開け放たれてしまっている。こうなっては手ぶらで帰れないし、今の禁足地の状態を確認する必要があるだろう。

 敵の気配は今のところ感じられないが、何が起こるかわからない。禁足地の奥の調査は俺が単独で行き、残りのメンバーはここに残ってもらうことにした。


 開け放たれた門をくぐり、魔力の照明を先行させて奥へと進んでいく。

 禁足地の床や天井、壁には入口の扉同様、模様が刻まれている。”魔法陣作成”スキルのおかげか、ここからさらに奥……どうやら禁足地の中心部に向かって魔力が集約するよう計算されているらしいことが分かる。それを辿り、中心を目指して暗い道をひたすら行く。

 しばらく進むと、かなり大きな、天井の高い部屋に出た。広さだけなら体育館ほどはあろうか? ここも至る所に模様があり、部屋の中央に向けて流れるように刻まれている。模様の終着点には大きな祭壇らしきものがあり、そこへ魔力が集約されるようなっていたのだろう。


「禁足地全体が、ひとつの魔力装置みたいなものなんだろうな。……しかし、祭壇には何もなし、か。ここにあったモノが、魔人達の目的だったのか?」


 大仰な封印に、祭壇……ここに一体何があったというのだろう?


(完全に封印が解けているわね。)


 不意に響いた声に、思わず飛び跳ねそうになった。


「うぉっ!? ラグさん! いたの?」


(いるわよ。何よ? いたら悪いの?)


「……そんなことないけどさ。」


 余りにも姿を見せなかったので、いないのかと勘違いしてしまった。

 いつも魔人が出たらギャーギャー騒ぐのに、今日は静かだったからな……。

 ――はっ! それはそうと、グスタフ級の魔人を討伐したのだ。それに、メテオスォームを使って2万近くのモンスターを倒した。これはカルマ値がプラスに……いや、万単位のプラスになっていてもおかしくない働きじゃないのか?

 気付いてしまってはもう確認せずにはいられない。さっそく携帯を取り出し、カルマ値の画面を開く。


 ―10,000


「え!?」


 驚きのあまり2度見、3度見をしてしまう。確か前が-60,000だったから……あれだけ倒したのに、プラス5万止まりってこと? 


「ちょ、ちょっとラグさん。カルマ値がまだマイナスなんだけど……。」


(そうね、まだマイナスね。)


「いやいや、おかしくない? グスタフ倒して60,000くらいのプラスだったじゃん。それと同等レベルの魔人を倒したんだよ? それに2万近くのモンスターの群れも倒したし……。」


 はぁ、とため息をつき、ラグさんが続けた。


(いいこと、シンク。良く聞きなさい。例えばだけど、貧しくて食べ物もろくに買えないような人が、手持ちの僅かな食料を他の飢えた人間に分け与える場合と、お金持ちが豪華なディナーを飢えた人間に施す場合。どちらがより多くを成しているかで考えれば、当然お金持ちの方でしょう。けれど、より善なる行為と言えるのはどちらかしら?)


「あぁ、うん。前者かな?」


(そうね。ギリギリの状況下で、自分を顧みず他者を救おうとする。徳の高い行為よね。つまり……)


「高い能力があるってことは、それだけ求められることが大きくなる?」


(まぁ、そんなところよ。2万のモンスターっていっても、あんたはメテオスォームを使っただけじゃない。その術だって、もともと女神様から頂いたお力でしょ? その辺の事情を鑑みて、あのモンスター群については1匹1カルマ値くらいでざっくり計算したの。)


 言われてみれば、確かにそうだ。俺はガチャで引いたスキルを使っただけだものな。

 しかし、ドラゴンとかの強モンスターも1カルマ値分か……ざっくりし過ぎじゃないだろうか?


(甲斐成田流は、スキルの力で習熟を早めてはいたけど、シンクが努力して得た能力よ。加えて、一度殺された相手に再度立ち向かうのは、心身共に大きな負担がかかったことでしょう。更に、グスタフには弱点と呼べるものがなく、戦闘経験も非常に豊富な相手だった。だから60,000というカルマ値だったのよ。)


 確かにあの時は、師匠の元で修行しても尚、ギリギリの勝利だったな。


(ガストーネはランクで言えばグスタフと同じ上位魔人だった。奴の”死の雲”はその昔、一晩にして数万の人間を街ごと滅ぼしたこともある恐ろしい能力だったけど……戦闘経験はグスタフと比較にならないくらい少なかった。あなたの今のレベルを加味すると、カルマ値30,000ってところね。)


 レベルね……お、見てみるとLvが131になっている。何となく99が上限だと思っていたが、”限界突破”のスキル効果だろうか?


(けれど、ガストーネはここで叩けて本当に良かったわ。エラルドもだけど、広い場所で戦っていたらまた違う結果になっていたかもしれない。転移でどこかに逃げられたら、厄介なことになったでしょうね。禁足地の周辺は転移が無効化されてしまうから、それで助けられた面もあったわね。)


 確かに、建造物の内外も好き勝手に転移できるのであったら、そもそも鍵なんて探す必要ないものな。


「ところで、さっき『完全に封印が解けてる』とか言ってたけど、ここには何が封じられていたの?」


 これだけ大がかりな設備で封印しなくてはいけない存在なんて、嫌な予感しかしないのだけど。


(ここについては私の独断では教えられないわ。女神様にお伺いを立てないと。ちょっと待ってなさい――うん? 女神様と連絡が取れない……こんなこと、初めてだわ。)


 ラグさんが焦ったようにその場をぐるぐると動き回る。


「どうした? 何かトラブル? そういう時こそ落ち着いた方が良いよ。ほら、深呼吸でもして。」


(そ、そうね。……シンク、私はちょっと確認してくるわ。すぐには戻れないかもしれないけど、心配しないで。)


 ラグさんはそう告げると、煙のようにすーっと消えていった。


「大丈夫かな。まぁ、俺が心配しても仕方ないか。」


 ひとまずこの場所に危険がないことは確認できた。

 だが……ガストーネ、エラルドの討伐には成功したものの、王命は失敗に終わってしまった。禁足地自体の封印は勿論、その奥にあったもの――ラグさんの言った『封印されていた何か』だ――が、無くなっている。王女様と公爵を救えたのが、唯一の救いだ。

 俺は一旦引き返し、王城に戻る前に全員で再度この場所を確認することにした。


「こいつは凄い設備だね。」


 禁足地の奥にたどり着くと、デシデリア様は驚くのもそこそこに、鋭い目で周囲を見回した。


「この術式……ふむ、随分と大層なもんを封印していたようだね。」


「お祖母ちゃん、これだけの設備で封印しなくてはいけないものが、解き放たれてしまったってこと?」


 普段、こういう魔術絡みの設備で大はしゃぎするノーネットが、青ざめた顔でデシデリア様に問いかける。


「その通りだよ。成る程ね、王家が必死で守護するのも頷ける……これは急いで帰った方が良いね。」


 俺達は王城へ引き返した。

 行きと同じく、デシデリア様をお姫様抱っこである。フィーは王女様を背負い、お義父さんが公爵を背負っている。お義父さんの体調が心配だったが、随分顔色が良くなり「少し休めたからだいぶ良くなったよ」と笑顔を見せてくれた。


 王城に着き、早速王様のもとへと向かう。王は出発前と同じく会議室にいた。人払いを済ませ、掻い摘んで報告を行う。


「そうか、禁足地の封印は解かれ、その奥もまた同様、か……。」


「王命を遂げられず、申し訳ございません。」


 俺が頭を下げると、王様はゆっくりと首を振った。


「公爵の洗脳、モンスターの襲来、そして王女の誘拐……全ては入念に仕組まれた計画であろう。我らは完全に後手に回ってしまっていた……そんな中でも王都の臣民、そして我が弟と娘の命が救われたのだ。今はそれを喜ぶとしよう。」


「王よ、あの奥にあった封印の設備は何だい? どんな厄介な物が封じられていたんだい?」


「それについては正確な記録が残っていない。あの地を守るというお役目はもともと、古来この地を治めていたエルフから引き継いだものなのだ。あの封印の中身を知るため、各地に残るエルフの遺跡の解析をさせていたのだが、今のところ有力な手掛かりはない。」


 そういう事情なら、エルフの遺跡の守護を近衛騎士団がやっていたのも納得だ。王すら知らない重大な秘密のヒントが、ぽろっと出てくる可能性があったのか。

 しかし、エルフから引き継いだ役目……か。マリユスなら、何か知っていることがあるかもしれないな。


「後日、褒美を渡す」と言われ、俺達は退室した。


 退室の際、公爵の容態を確かめたいと申し出ると、王様は快く応じてくれた。侍女さんに案内され、公爵が休んでいるという部屋に向かう。

 公爵は現在、一時的に職務と権限を更迭されている。完全に洗脳が解けたのを確認でき次第、復帰させる予定とのことだ。

 部屋の前に着くと、中から複数の人の気配がした。扉の向こうに控えていた別の侍女さんがちょうど扉を開けるタイミングだったので、用件を告げてそのまま中に入れてもらう。「しばし、お静かに願います」と囁くように言われたのだが、理由はすぐに分かった。部屋の奥に設えられた寝台の枕元に、アナベラ様とカテジナ様がいたのだ。カテジナ様は公爵の手を取り、心配そうに公爵の顔を見つめている。


「……うぅ、うん。」


「あなた!」


 公爵はほんの僅かに目を開け、手を握っているカテジナ様を見た。

 その瞳には、感情の抜け落ちたような暗い濁りは見えず、眩しい物を見るような、そして安堵したような穏やかな光が見えた。


「ああ、カテジナ……。」


「気が付いたのですね。」


 アナベラ様が公爵の頭を撫で、優しく語りかける。


「母上……夢を見たのです。恐ろしい悪夢を……私が魔人に操られ、カテジナとフェリクスをこの手に掛けようとするのです。……兄王にもご迷惑を、それに、シャルロット……」


 公爵はまだ意識がはっきりしていないのか、うわ言のように呟く。懸命に記憶を辿ろうとするその表情は、苦悶に満ちていた。

 カテジナ様は強く公爵の手を握り、ゆっくりと言い聞かせるように言葉をかける。


「あなたは、長い夢の中にいたのですよ。辛かったのですね……けれどもう、その恐ろしい夢から醒めたのです。フェリクスも私も、無事でいますよ。大丈夫、これからは私達が、ずっとあなたの傍にいます……安心して、お休みになってください。」


 カテジナ様は公爵の苦しみを理解し、流れる涙を必死に堪えている。だが僅かに声は震えていた。


「……済まなかった……カテジナ。ありがとう、あり…がとう……。」


 公爵は心底安堵したような表情になり、安らかに寝息を立て始めた。


(……もう、大丈夫そうだな。)


 公爵の洗脳は完全に解けたと見てよいだろう。マチルダ様とカテジナ様の2人には危険は無い。俺はそっとその場を後にした。


 俺はその足でマリユスを探す。

 来た道を折り返すと、控えの間でルイスと一緒に待っていた。

 周囲に人がいないことを確認し、早速禁足地について質問すると、マリユスは何とも困ったような顔をした。


「……あの封印か。済まんが、少し時間をくれないか。何、そんなに長くは待たせない。あの封印を説明するには、少し準備が必要なのだ。」


 慎重に言葉を選びながら話していることが伝わる。それだけデリケートな内容ということだろう。


「伝え方、話し方を間違えると、酷い誤解を与えかねないのだ。」


「……分かった。マリユスの準備ができたら教えてくれ。ルイスも、それでいいよな?」


「うん! 難しい話は分からないかもしれないけど、僕にできることがあったら何でも言ってね。」


 それもそうか、とルイスの言葉に納得してしまう。

 もう封印とやらは解けてしまったのだ。何が封印されていたか探るよりも、何が起ころうと全力で対処する意気込みでいたほうが良いよな。


 数日後。王様の言葉通り、今回の俺達の働きに褒賞を与える場が設けられた。

 場所は叙爵した時と同じく謁見の間で、今日も同じように貴族がたくさんいる。

 見ればフィー、ノーネット、カッツェにルイス、マリユスも末席に並んでいる。

 デシデリア様とお義父さんと俺は、謁見の間の中心で王の前に片膝をつき、顔を上げていた。


「王都に迫るモンスターの襲来により、建国以来最大の国難が訪れた。しかし、『神の使徒』シンク伯爵の活躍により、それを退けた。」


 俺達の功績が読み上げられると、参列している貴族から「おぉ!」と驚きの声が上がった。

 主に国王派の貴族は俺に対し好意的だ。反対に、反国王派と呼ばれる人達は苦々しい表情で俺を見ている。


「教会関係者に扮した魔人の襲撃により、シャルロット王女殿下、公爵閣下が連れ去られたが、魔人を討伐し、無事保護した。」


 ワッと歓声が上がった。

 教皇ガストーネと大司教エラルドは魔人であった。それは間違いないのだが、教会に属する人間のほとんどは魔人ではなく、真っ当に表向きの教義を信じている人々だった。

 それに加え、教会は社会基盤として一般市民の間で受け入れられているという現実がある。

 とりあえず、今回の件については教会側に「王国に訪れた教皇ガストーネと大司教エラルドは、魔人にとって替わっていた」と伝え、後の対応は教会の内部に任せることにしたのだ。今は『本物』のガストーネとエラルドの捜索中となっているようだ。


「その活躍を称え――」


 来たぜいよいよご褒美タイム! などと胸を躍らせた、その時。

 謁見の間に、厳かな声が響き渡った。


『傾聴せよ!』


 皆、ざわつき、声の主を探そうと首を巡らせている。声は男性のもので、声音の強さから厳格さと厳しさを感じた。声は尚も響く。


『我は善神なり。エセキエル王国の者達よ。邪悪なる者に騙されてはならぬ。』


「神だと!?」「善神とは、スキルをお与えくださった!?」


 参列している貴族の中からそんな声が聞こえてくる。

 そういえば、『邪神がモンスターを作り、それに対抗するため善神が人々にスキルを与えた』なんて話、あったな……ていうか、邪悪なる者って誰の事だ?


『そこにいるは『神の使徒』なれど、邪神の使徒なり。』


 信じがたいその声に、謁見の間の視線が一斉に俺へと集まる。

 ちょっと待て! 邪神!? ……確かに、『善良なる光の女神』はいかにも邪神っぽい見た目で、ヤンキー口調だけども!


『真偽を見定める目を王に授けよう。』


「――これは、スキル! スキルを与えることができるということは、やはりこの声の主は善神だというのか?」


 王の言葉に皆どよめく。


『その目を用い、見定めよ。』


「……な! シンク伯爵のカルマ値、-10,000だと!?」


 のぉぉぉぉ!! そこだけ切り取って見られれば、極悪人と思われても仕方がない。たぶんこの場にいる誰よりも悪い値だろう。それも桁違いで……。

 釈明の仕様がないな……どうしたらいいんだ?


『その者の咎は、邪法によりスキルを不正に得たこと。』


 邪法……うう、ガチャについては完全にチートだものな。邪法と呼ばれてしまえばそれまでだ。

 一応、これも『善良なる光の女神』に与えられた力なのだが……この声の言うことを信じるならば、『善良なる光の女神』は邪神、ということになる。


「やはり、邪悪な手段が存在したのだ! その若さで”再生”に至るなど、あり得ない!」


 以前晩餐会で絡んできたイーサン子爵が、ここぞとばかりに主張する。


「確かに、あの若さで誰も修得したことのない”再生”を……」「地の極術も使えるなど、どう考えてもおかしい」「ひとつ極めるのですら不可能に近いというのに……」


 貴族達がざわつき、俺の異常性に改めて注目しだした。

 まずいな……非常に立場が悪い。


 今になって思えば、女神は『善良』を謳ってはいたが、『善神』とは名乗っていなかった。

 ……え、ってことはマジで『邪神』なのかな? ラグさんに訊きたいところだが、禁足地で消えてから不在のままだ。

 ただ、女神は魔人側と完全に敵対していた。エルフを作ったのも女神だという。……あれ? そうすると、この自称『善神』こそが『邪神』なんじゃないのか?


『鑑定のスキルを持つ者を呼ぶがよい。その者の真の姿を見ることができよう』


「……鑑定持ちを呼ぶのだ。」


 王の言葉に従って、場が動きだす。

 近衛騎士達が集まり、俺を囲んだ。まだ剣は抜かれていないが、最大の警戒をされている。


(どうしたものか? そして、この自称『善神』とやらは何者か?)


 ここはひとまず流れに身を任せ、一切抵抗しないでおくのが良いだろう。

 その上で、俺が知る全ての真実を、スキル”嘘看破”持ちの前で語って聞かせるしかない。

 仮に『善良なる光の女神』が本当に邪神だったならば、俺は騙されていたんだ、と言い張って切り抜けられるだろうしな。


 ――そんな算段をしていたら、不意に目の前に携帯が現れた。


(な、何だ?)


 念じているわけじゃないのに、勝手に出てくるなんて初めてのことだ。戸惑っていると、携帯の画面がひとりでに切り替わり、ガチャの画面が開かれる。

 今の俺はカルマ値がマイナスのため、引くことができない筈だ。なのに、これまた勝手に動きだす。


(――何が起きているんだ!?)


 ガチャが引かれ、真っ黒な画面に真っ青な宝石が降ってきた。


(え、青!? URは赤い宝石の演出じゃ……?)


 背筋がぞわりとした。

 真っ青な光と共に宝石が弾け飛び、文字列が現れる。


 レアリティUR ”魔王”


(……は?)


 驚き固まっているうちに、次々とガチャが引かれていく。


 レアリティUR ”魔王”

 レアリティUR ”魔王”

 レアリティUR ”魔王”

 レアリティUR ”魔王”

 レアリティUR ”魔王”

 レアリティUR ”魔王”

 レアリティUR ”魔王”

 レアリティUR ”魔王”

 レアリティUR ”魔王”


 ”魔王”スキルがあっと言う間にLv10になっていた。


(何だっていうんだ、一体……勝手にガチャが引かれるなんて、今まで1度も――って、このタイミングは非常にまずい!!)


「鑑定スキルを所持する者を連れて参りました。」


 騎士の1人に伴われ、鑑定スキル持ちが謁見の間に入ってくる。


「シンク伯爵を鑑定せよ。」


「は! ……こ、これは! シンク伯爵の所持スキルに『魔王』と!!」


 ……これはもう、あれですわ。完全に嵌められているな……。


「魔王だと!」「そのような邪悪な存在だと言うのか!」


 たちまち、謁見の間が剣呑な空気で満ちる。『善神』だか何だか知らないが、とりあえず、俺をどうにかしようしていることだけは分かった。


「近衛騎士よ、シンク伯爵を捕らえよ。――決して殺してはならん。」


 近衛騎士が一斉に剣を抜き、俺に向かって構える。

 万事休す。幸い王様が「殺すな」と言ってくれていることだし、大人しく捕まるしかないな。だが、捕まったその先はどういう方向に転がるか分からない。いよいよ命が危なくなったら、その時は逃げるが……


 デシデリア様とお義父さんはその場から一度退き、近衛騎士が囲む輪から離れていった。

 その2人と入れ替わるようにして、ルイスとマリユスが俺の前に駆け寄ってきた。


「ちょっと待ってください! シンクは何も悪いことはしていない。この国を救うために戦ったじゃないですか。こんなの、こんなのおかしいよ!」


 ルイスの声が謁見の間に響く。

 近衛騎士達の剣が若干下がったように思えた……見ると、下がった剣の持ち主はそれぞれ、見知った顔だった。俺が治療し、現役に復帰した人達だ。

 貴族達の声を”鋭敏聴覚””聞き分け””並列処理”を用いて確かめると、『善神』の声に疑問を感じる者や、「確かに現時点でシンク伯爵は何も悪行をしておりませんな」と擁護する声も聞こえる。

 デシデリア様とお義父さんはフィー達に「今は状況が悪い。この場は堪え、打開策を模索するよ」と声をかけているようだ。

 ……よくよく見れば、王様の表情も苦渋に満ちたものだ。娘と弟の恩人に褒賞を与えるつもりが、捕らえなきゃいけない立場になっているからな。

 この場の全員がいきなり敵になったわけじゃない。『善神』か……どんな思惑があるのか知らないが、俺がそいつに嵌められつつあることだけは確かだ。だが、まだ巻き返しが可能だ。


(ここは大人しく捕まっておくのが――)


 抵抗しない、という意思表示のため、両手を上げる。その途端、不意に俺の視界がぐるりと回転した。

 反射的に目を閉じ、眩暈のような感覚が収まったところでそっと開ける。目の前には、謁見の間の絨毯ではない、草に覆われた地面があった。目を上げればすぐ傍に、驚いた様子で周囲を見回すルイスとマリユスがいる。

 俺達3人は、広い草原の中に立っていた。

 ……本当に、次から次へと何なんだ? でも、これって……


「しまった!」


「えーっと、これはシンクがやったの?」


「違う、あの場で逃げるのは悪手だ。逃げずに正当性を訴えるチャンスを待つべきだったんだ。くそっ……これじゃ、悪事がバラされて逃げたと思われても仕方がない。」


 イーサン子爵を始めとした反国王派の貴族により、弁明ができない状態で一方的に悪者にされてしまうだろう。


「この転移は『善神』の仕業だろうな。恐らくだが、あの神の目的はシンクと人々を争わせることにある。」


「マリユス、『善神』について何か知っているのか?」


「……こうなるのであれば、禁足地に封じられている者について早く説明すべきだったな。」


 呟き、意を決したようにマリユスは俺達に話し始めた。


「『善神』とは、この世界の創造神様により生み出された、『善』を司る闇の神のことなのだ。」


 うん……うん? 『善』なのに闇なの? 普通、『善』って言ったら光じゃない? パブリックイメージだけど……。


「ある時、『善神』はこう提唱した。『人は傲慢で、醜く、愚かだ。善なる存在ではない。』と。そうして、善なる存在でないことを理由に、この世界から人間を排除しようとしたのだ。」


 ……善神の主張には、大きく頷けてしまう部分がある。そりゃ善じゃないだろうな、人間は。だが、善じゃないから排除しよう、ってのは凄い極論だな。


「それに対抗されたのが女神様だ。……女神様は創造神様より、『邪』を司る光の神として生み出された。」


 ……あの女神、やっぱ見たまんま邪神だったのか。


「女神様は『人の醜さ、愚かさもこの世界の一部。全ての存在を認めるべきだ。』と善神を諭したが、折り合いがつかなかった。善神はついには魔人、モンスターまで生み出し、人間を滅ぼそうと強硬手段に出た。女神様はそれを止めるべく戦われ、善神を封印なさったのだ。」


「成る程な。禁足地の封印がそれだった、ってわけか……。」


「そのひとつだった、というのが正確だな。封印は全部で5つあったのだが、長い年月をかけて魔人たちの手により全て解かれてしまったのだ。」


 経緯は分かったが、打開案が見えてこないな。とりあえず、善神が人間達を滅ぼそうというのならどうにかしなくちゃいけないが……何しろ相手は神様だからな。何をどうしたらいいのやら。

 すぐにでもラグさんや女神に相談したいけど、こちらから連絡する手段がないしな……。


「ねぇ……神様に『いらない』って言われちゃったら、僕達はどうしたらいいのかな?


 ルイスが泣きそうな顔で言う。落ち着かせるように、軽く肩を叩いてやった。


「『善神』って奴は『いらない』って言っているけど、『邪神』の女神は『いる』って言っているんだ。それに、そこは今考えても仕方ないんじゃないか? 問題は、これからどうするかだな……。」


 俺達はとりあえず、落ち着いて休める場所を探すことにした。

 何はともあれ、疲れた。疲れていては良い考えなんか浮かばないからな。一度美味しいごはんを食べて、お風呂入って、寝たい。考えるのはそれからだ。

 謁見の間からここへ飛ばされたので、ろくなアイテムを持っていない。帯剣を認められていたので刀は無事だが、防具が無いな。食料はマリユスに分けてもらうにしても、早めに町なり村なり探さないとだ。


 しばらく近辺を彷徨い、小高い丘から見下ろす位置に街道を発見した。街道をしばらく歩いて到着した街にこっそり侵入し、適当な名前で宿を取った。あの状況で姿をくらました俺は当然、場合によってはルイスとマリユスも同様にエセキエル王国から手配されてしまっているだろうから、馬鹿正直に身分証明書は使えない。


 ひと息ついたところで、情報収集を開始した。エセキエル王国の動向や、『善神』の動きを探るのが狙いだ。

 だが、程なくして街を飛び交うようになったある噂に、俺達は言葉を失うことになる。


「――『勇者フィーリアが、魔王シンク討伐のため出立した』……!?」


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