第115話
■シンク視点
俺達はデシデリア様に連れられ、またもや会議室に集まっている。
「神の使途、シンク様。その偉大なお力で、王都は危機から救われました。民の代表として感謝申し上げます。」
王様がへりくだった言い方をするので、慌てて訂正する。
「どうか、ただのシンクと……俺自身に『神の使徒』という自覚はありません。確かに他の人よりもできることは多いかもしれませんが、鑑定に現れた『神の使徒』にどんな意味があるのか、それも定かではありませんから。」
本当に、どういうことなんだろう? あの女神のことだから、大した意味は無いと思いたいところだが……それに、いつの間についたのだろう?
所持スキルが多くなり過ぎて、しっかり全部チェックしてなかったのが裏目に出たなぁ。一段落したらログで確認しないとな。
「今の俺はこの国の貴族であり、あなた様の臣下であります。この国の民を護ることは、この国の貴族として当たり前のことでございます。」
そう言って、俺は王様に臣下の礼をとる。
第一、王様にまでそんな態度取られたら、俺はどこでどうやって暮らせばいいのだ?
「王よ。シンク伯爵はあんたに乞われ、あんたの下につくことを受け入れたんだ。やれ神の使徒だ、極級魔術の使い手だ、で態度を変えられちゃあ立場が無いだろう? ちゃんと臣下として扱ってやんな。」
デシデリア様がフォローしてくれる。しかし、王様に対してもこの調子なんだな、この人。
「……確かに、その通りだな。シンク伯爵、この度の働き、大儀であった。続けて苦労をかけるが、王女の捜索にも尽力してくれ。」
「――かしこまりました。」
問題はそこである。シャルロット王女は、どこへ連れ去られてしまったのか?
王女様が連れ去られたのは、モンスターの襲来で混乱していた頃、今からおよそ2時間前のことだと判明した。
近衛騎士と従者が王女様を安全な場所へお連れしようとしている途中、現れた教会の人間――教皇ガストーネと大司教エラルドに行く手を阻まれ、気が付いたら全員眠らされていたらしい。
地面を突き上げるような衝撃(メテオスォームの着弾によるものと思われる)で目を覚ました彼らにより、大慌てで報告がなされたようだ。
教会の、他でもないトップ2人が犯人ってことは、そいつらはもう魔人と見て間違いないだろう。
会議室で捜索について議論していると、慌てた様子で伝令が入ってきた。
「禁足地の砦より、魔道具にて連絡あり! 公爵閣下とシャルロット王女殿下、それに殿下を誘拐したと思われるタリウス教の教皇ガストーネと、大司教エラルドの4名が姿を現したとのことです!」
「何と! 見つかったのか!」「ならば至急、兵を派遣して……」「いや、砦の近衛騎士に捕縛を命ずれば……」
議論に同席していた貴族達は報告に幾らか安堵した様子で、口々に王女様奪還の方策を述べる。
そんな中で、王様の表情はどういうわけか、みるみる青ざめていった。
「まさか、目的は最初からあのペンダントだったということか……? 弟までも同行しているとなると……かの地の防備を固めれば確定情報を与えることになりかねないと考えていたが、最早猶予はないか。――デシデリア殿、ジョアキム卿、シンク伯爵。」
「何だい?」「ハ!」
デシデリア様は普段の調子で、お義父さんは流石にかしこまって居住まいを正す。俺もお義父さんに倣って同じ姿勢を取る。
「至急禁足地へ赴き、教皇ガストーネと大司教エラルドの両名を討伐せよ。最優先とすべき事項は、禁足地の封印の守護だ。もし公爵および王女がその障害となった場合、2人の身体、生命の安全は放棄して構わぬ。――急げ!」
その言葉に一同がざわめく中、俺たちはかしこまって拝命した。
……公爵と王女様の生死は不問、か。容赦ない命令だが、王様の表情を見れば苦渋の決断であることは窺い知れる。なるべく助けられるよう努力してみよう。
仲間達をどうするかで悩んだが、お義父さんが「極級相当なら戦力として問題ない。連れて行こう。」と言ってくれたので、皆で行くことにする。
『急げ』と言われたので、とにかく早さ重視だ。近衛騎士団が馬車を出してくれるとのことだったが、モンスターの気配からのメテオスォームの影響で、馬がすっかり怯えてしまっているらしい。落ち着くのを待ってはいられないので、全員徒歩……というか走る。
魔術系の人間を走らせるにはさすがに厳しい距離とのことなので、走れる人間がおぶって行くことになった。
ノーネットをマリユスが、ルイスをカッツェが、まではすんなり決まったのだが、デシデリア様をフィーが受け持とうとすると、本人から待ったが入った。
「シンク伯爵は誰がおぶってやるんだい?」
「デシデリア様、俺は剣も極級なんですよ。」
「はぁあ!? ……あんた本当に、何でもありなんだね。」
呆れ果てたような顔をされた。
その上で、「どうせなら若い男が良い」と言われたので、俺が、しかも何故かお姫様抱っこでデシデリア様を抱えることになった。
「変なところ触ったらタダじゃ置かないよ?」
そう思うのなら、おとなしくフィーに背負われて頂きたかったんだが……。
「いや、触らないし、触りたくもないですよ……。」
うっかり本音を漏らすと、デシデリア様は手に持った杖で俺の頭を『ガン!』と叩いたのであった。
さて、禁足地だが、王都の南西にある。
王都周辺は緑豊かな土地なのだが、禁足地を中心とした一帯は草が生えず、土が露出した荒野になっている。
その乾いた土地の中央にポツンと丘があり、その丘の中に禁足地が存在しているのだという。つまり、地面の下だ。そこへ通じる地下通路の入口に、目的とする守護砦があるらしい。
魔術で素早さを上げられるだけ上げ、王都から走り出して10分程で丘と砦の外観が見えてきた。丘というよりも平たい山と言った方が近いかもしれない。見た感じ、オーストラリアのエアーズロックみたいな場所だ。
(それにしても熱いな……。)
正午をとうに過ぎている。メテオスォームの余波で付近の雲が吹き飛ばされたために陽光がさんさんと降り注ぎ、地面からの照り返しもキツイ中を走っているのだ。しかもデシデリア様を抱えているのだから尚更だ。
到着したら汗を拭きたいな……などと思っていたら突然、ドンっと地面が揺れた。
「何だ!?」
地震か? 立ち止まり周囲を確認する。立っていられない程ではないが、揺れはゴゴゴゴゴと音を立てて不気味に継続している。
「あ、あれ!」
カッツェに背負われているルイスが、禁足地のある丘を指した。
ギシッ! ビシリ!
丘全体が震え、亀裂が走っていく。
ドカーン!!
遂には轟音と共に丘の頂点部分が吹き飛び、そこから光の柱が天に向かってそびえ立った。驚きの声が上がる中、光は次第に弱まり、それと呼応するように地面の揺れも収まっていった。
「……これは悠長にしてられないね。急ぐよ!」
デシデリア様の声で我に返った一同は一路、禁足地へ向かい再び走り出した。
禁足地への地下通路をふさぐ砦に到着すると、正面の大きな門は開け放たれていた。
幸いな事に、さっきの地震の影響は小さかったようだ。門の先も崩落することなく保たれている。
「禁足地へと続く封印された扉が、ここの一番奥にあるって話さ。あたしも見たことは無いんだけどね。」
「この砦には近衛騎士が駐留している筈ですよね?」
「ここに配備された近衛騎士団は、砦に近づく者を問答無用で攻撃できるのさ。あたし達が門まで来てるのに何も反応が無いんだ。残念だが、やられちまったんだろうね。」
魔力の灯りを点け、内部へ入っていく。階段を下ってしばらく通路を歩くと、やや広い空間の奥に大きな扉が見えた。
青い石の扉には複雑な模様が刻まれており、何か魔術的な意味があるのだろうと思われるが、今は効力をなくしたのか、無防備に開け放たれている。
扉から奥は灯りらしいものは見えず、中を窺うことはできない。
「封印は解かれちまっているようだね……。」
「あそこ! 公爵とシャル様が!」
フィーが指さした先、扉の陰にもたれかかるように2人の姿があった。
近づき、”診断”スキルで容体を確認する。
……目立った外傷はなし、呼吸も正常だ。気を失っているだけのようだな。
「一旦、退きますか? この様子では、封印はもう……。」
「そうだね……。」
迷っていると、扉の向こうに広がる闇から何者かの気配が近づいてきた。
「敵影2! 扉の奥から!」
俺が全員に注意を促す。
即時に戦闘態勢を整える。ここは扉が大きく、扉の前の空間にはそこそこの広さと高さがある。ちょっとした広間ぐらいの規模になっているから、武器を振り回すのも十分可能だ。
気絶している公爵と王女様は俺達の後ろまで運び、公爵は縄で縛っておく。敵が迫っている中、悠長に”聖域”やら”再生”を試している時間はない。
現れたのは白髪の老人と、黒髪の男だった。晩餐会で見知ったその顔は紛れもなく、教皇ガストーネと大司教エラルドだ。
「おや、もうここまで追って来たのか。……と言っても、一足遅かったな。我らの目的は既に達成された。」
「『勇者』を誕生させぬために、永らく水面下で画策してきたが、その不自由も今日までよ……デシデリアとジョアキムが首を揃えているとは好都合。お前達の命、我らが神の供物にしてやろう。」
「……『勇者』って?」
いきなり何だ、そのファンタジー定番用語は? この世界にもいるのか? そしたら、魔王なんかもいたりするのだろうか?
「そういう称号があるって噂さ。あんたの『神の使徒』と同じようなもんだよ。とんでもなく強い敵と戦うために誕生する、ってね。」
「『人に望み絶える時、神の加護を受けし勇者現れん』っていう、古い言い伝えがあるんだよ。」
デシデリア様とお義父さんが補足してくれた。
「でも、人類の歴史において『勇者』の存在は確認されたことがないのだけどね。」
「当たり前だ。誕生させないよう、我々が管理してきたのだからな。」
お義父さんの言葉を受け、ガストーネが答える。
「今更、つまらん問答は無用だ。お前達皆、ここで死ぬがいい!」
ガストーネの掲げた手から、黒い靄が噴き出す。……どんな効果があるか分からんが、ここは阻止しておこう。
「甲斐成田流、”空波”!」
俺の放った剣閃が、靄を形成する魔素ごと切り裂く。黒い靄は瞬時に消え失せた。
「――馬鹿な!?」
ガストーネが目を見張る。まさか靄が、その効果ごと破壊されるとは思ってなかったのだろう。
「ガストーネは俺が受け持つ。皆はエラルドを頼む!」
勘だが、あの靄は危ない。こいつを自由にさせると、あっという間に形勢が決まってしまいそうだ。グスタフの時と違って、奴の身体のどこに核があるのか分からないからな。間合いを詰めて一撃を食らわせるにしても、カウンターであの靄を食らいかねない。慎重に相手をしよう。
■フィーリア視点
「ああ言っているが、あんたんところの婿は大丈夫なのかい?」
「彼の剣の腕は、僕より確かですよ。」
「はぁ~、それ程なのかい? 恐れ入ったねぇ……なら、あたし達はこいつに集中しようじゃないか。」
デシデリア様とお父様は油断なく構えながらも会話している。
エラルドは静かに佇み、こちらの隙を窺っているようだ。
ならば若輩者の私たちが切り込み、崩し、デシデリア様とお父様にとどめを刺してもらうのがベストだろう。
「私達が行きます。」
私の宣言に、皆が無言で頷く。対グスタフ戦を想定して練りこんできた連携が通じるかもしれない。まずは試してみよう。
「よし、フォローは任せなさい。フィーリア、君達の成長を見せておくれ。」
「相手は魔人だよ? しかも飛び切り上位の魔人さね。それを分かっているなら……うまくおやりよ。」
エラルドからはグスタフと似たプレッシャーを感じる。だとすれば確かに、圧倒的に強者であろう。
まずは遠距離攻撃で様子見だ。
「
魔人となれば、天級以下の攻撃は無効化されてしまう。
以前モイミールで魔人退治に使った技ならば無効化こそされないが、極級スキルより威力が劣るし、速度も遅い。
私達はまだ極級Lv1なのだ。
未熟は十分承知だが、今はこれで攻めるしかない。
今、ノーネットが放った魔術は”広域化”をかけていない。単発だが”魔力圧縮””魔力強化”の2つを併用し、威力と速度を増したものだ。
当然、エラルドは避けるか防ぐだろう。しかし、それでいいのだ。
この魔術をどのように捌くかで、エラルドという魔人の情報を引き出すのが目的だ。
ギュン!
凄まじい速度の水弾が、エラルドへ迫る!
「ふん……。」
エラルドはつまらなそうに片手を上げた。同時に、手の前に黒い渦のようなものが現れる。
迫り来る水弾はその黒い渦に吸い込まれるようにして勢いを殺し、消滅した。
(あの黒い渦はかなり危険ね。……手をかざす必要があるのか、任意の位置に出現可能なのかで対処が変わる、か……。)
勿論、皆も同じ結論に至ったことだろう。
続いてルイス君が仕掛ける。
「精霊さん!」
今回は”精霊降ろし”を使っていない。あれは威力が高いけれど、MPの消費が激しいから短期決戦用だ。
相手がどういう理屈で攻撃を防いでいるのか、こちらが理解できていないうちに使っては、無駄になってしまう可能性が高い。
バババン!
ルイス君の指示で、精霊が連続して雷を落とす。
雷の軌跡は精霊の力でコントロールされ、四方からエラルドへ迫った。
エラルドは先程と同じように手の前に黒い渦を発生させた。すると全ての雷は吸い寄せられるようにねじ曲がり、黒い渦の中へ消えていった。
(あの渦がある以上、遠距離でいくら攻撃しても無駄ね。)
エラルドはほとんどの意識をデシデリア様とお父様へ割いている。私達の攻撃は、ついでのようにさばいているだけだ。まだまだ余裕がある。
カッツェとマリユスにアイコンタクトを送り、一斉に攻撃に移る。
マリユスが正面、私が背面、カッツェは横手から攻める。
私たちの動きに、エラルドもまた違う動きを見せた。
「”
片足を地面にトンっとつけると、そこから放射状に黒い闇が広がっていく。
(――これに触れるのはまずい!)
勘に任せて飛び退いたが、闇の先端は私を追いかけるように地面から伸びてきた! 剣を振るい闇を払おうとするが、磁石のような強い反発で剣の軌道が変わる。当てることができない!
(捕まる!)
ズバッ!
そう思ったその時、お父様の剣が私に迫る闇を切り裂いていた。
「何!?」
「フィーリア、ここまでだ。こいつの相手はお父さん達に任せておきなさい。」
「そうだね、ちと荷が重いようだ。後は任せておきな。」
動揺するエラルドをよそに、お父様は剣を構えた。
カッツェとマリユスを見ると無事のようだ。2人とも同じように闇に捕まりそうになったところを、お父様とデシデリア様に助けられたようだ。
(ここにいてもあの闇に対抗できない……お父様の邪魔になる。)
一合も剣を交えることなく負けてしまった。それだけ実力差があるということだ。悔しい……悔しいが、退くしかない。
私たちは後ろに下がり、お父様とデシデリア様の戦いを見守る。
「……私の混沌を切り裂くとはな。」
「混沌? この小汚い色をした水だか泥みたいなのが、そんな大層なものかね?」
エラルドの言葉にはお父様ではなく、デシデリア様が答える。
「ッ――そう思うなら、食らってみろ!」
デシデリア様の挑発に乗せられたのか、エラルドの操る闇がデシデリア様に迫る!
パシッ!
間に入るようにお父様がその闇をまたも切り裂いた。
あれを切り裂けるのだから、やはりお父様は凄い!
「くっ!」
お父様が苦し気に声を出す。
見ると、硬度や切れ味を上げるために魔染されている筈のお父様の剣が、魔染されていない状態に戻っている。あの闇を切り裂いたときに剥ぎ落とれてしまったようだ。
「どうだ、我が混沌の力は。」
幾度か闇を切っただけで魔染を剥がされてしまうなら、このまま攻撃を受け続ければ、防ぐことができなくなってしまう。
「……ジョアキム、やるよ。」
「やりますか。娘の前でカッコ悪い姿は見せられませんしね。」
デシデリア様とお父様は各々の武器を構え直した。……2人の集中が目に見えるようで、場の空気がひりつく。これは――
「ミロワール家に伝わりし守り神。 悠遠の彼方より此方へ来たりて魔を滅ぼせぇ! 封印開放! 来い、クロ! シロ!」
叫ぶデシデリア様の杖に、ミロワール家の紋章が浮かぶ。
空中に2つの魔法陣が現れるや否や、そこから天使のような翼を生やした真っ白な猫と、こうもりのような羽の真っ黒な猫が現れた。
「アイルーンの血よ! 磨き鍛え抜かれし技の記憶よ! 銘銘集いて魔を切り裂け! 封印開放!」
お父様の言葉と共に、剣にアイルーン家の紋章が浮かび、青白い光が刀身を包む。
封印解放――それは魔人と戦ってきた一族の記憶。連綿と続く戦いの中で一族の血に刻まれた技を解放するものだ。
アイルーン家のそれとミロワール家のそれは微妙に違うようだが、流石に他家の封印解放について詳細を尋ねるわけにもいかないので、詳しいことは知らない。
以前ノーネットが軽く教えてくれたところによると、ミロワール家のそれはケット・シーと呼ばれる2体の悪魔に一族の血を吸わせ続け、魔力を同調させやすくして扱うものなのだとか。
私の使った封印解放では、天級の動きと威力を出すのがやっとだった。しかし、お父様は極級にも勝るとも劣らない動きを見せた。
「こけおどしを、これでも食らえ!」
エラルドが放つ凄まじい速度の闇を、お父様は次々と切り裂いていく。
「僕は剣術・極級に至った時に、スキルの限界を感じた。縮地以上の踏み込みは無く、魔染の濃度も、幾らレベルを上げたところで劇的には上がらない。」
闇を切り捨てたお父様が、ふと優しい目で私を見つめる。
「……尊敬していた兄が死んで、家族を失う絶望を知った。愛おしい娘が生まれ、生きる希望を得た。それを失い、またあの絶望を味わうわけにはいかない……ならば絶望に抗うために、更なる技を磨けば良い。僕のフィーリアに対する愛が詰まった剣、誰にも負けないよ!」
……お父様の剣技は凄いのだけど、それが私への愛だと言われるとちょっと恥ずかしいな……。
「ならばその娘を殺し、絶望の中でお前も殺してやろう。”
エラルドの足元から数十本の闇の触手が生え、私達を襲う。
お父様が次々と切り裂いていくが、キリがない。剣を逃れた数本が、後方の私達めがけて迫る!
「シロ、クロ、行くよ。……”虚無”!」
デシデリア様が杖を振るう。すると私達に迫った闇の触手が消え去った。
「何!? 魔術で消し去っただと! しかも詠唱をせずに!」
エラルドは驚きの声を上げる。確かにデシデリア様は詠唱らしい詠唱をしていない。一体どうやっているの?
「あんたらだって詠唱してないじゃないか。人間にはできないなんてどうして思うんだい? 頭硬いね、禿げるよ?」
「お祖母ちゃん凄い! 詠唱無しで魔術なんて! そこに痺れる憧れるぅーっ!」
ノーネットがキラキラした瞳でデシデリア様を見つめている。
「流石にあたし1人じゃ無理だけどね。高位の魔術は魔素を処理する工程が多過ぎる。だけど、完全に同調できる者が3人揃えばできなくもない、ってわけさね。……まぁ、何もかも吹っ飛ばすド派手な魔術作ろうとしたら、何もかもが消え去るド地味な魔術になっちまったんだけどね。上手くいかないもんだ。」
そう言うと、かっかっかっと笑った。
「さて、さっさとあんたを消し飛ばすとするかね。」
「ぬかせ!」
デシデリア様の挑発に、エラルドは更に闇の触手を増やした。その数は100本に迫るかのように見える。
「大技使うよ。ジョアキム、それまで時間稼ぎな。さっきみたいに怠けるんじゃないよ?」
「おや? バレましたか?」
「娘がどうのこうのあれだけ言っといて、娘のピンチにのんびりしてたじゃないか。馬鹿でも分かるよ?」
「デシデリア様の秘儀を見る機会なぞ、そうそうありませんので。」
「そんなに見たいならとっておきを見せてやるから、しっかり守りな。」
デシデリア様は集中に入る。
お父様が前に出て、100本近い触手に対応する。お父様の動きはすさまじく、次々と切り飛ばしていく。
「ぐぬっ……これならばどうだ!」
エラルドは更に闇の触手を増やした。先ほどの3倍はありそうだ。これは流石のお父様でも厳しいのでは――私はそう思ったのだが、お父様は不敵に笑っていた。
「おやおや。では私も、とっておきをお見せするとしますか。」
お父様がそう言うと、構えた剣が眩いばかりに光を放った。
「”クラスター・オブ・スター”!」
キンッ! キンッ! キキキキンッ!
目の前に現れたのは、無数の光の粒……それは眩い星の群れにも似ていた。数千、数万という光の輝きに、触手が怯むような動きを見せる。
瞬く間に、闇の触手は全て星の群れに呑み込まれ、消え失せていった。
「ば、馬鹿な……!」
「アホ面晒して呆けていていいのかい?」
驚くエラルドにデシデリア様が語り掛ける。
「く、くそ! くそが!!!」
エラルドは闇から触手を生み出そうとする。
「バカのひとつ覚えだね。あんた、戦闘経験少ないだろう? 初見殺しのその技だけで大体片付けてきたんだろうね。一方的な虐殺ではない、お互いの命のやり取り……戦闘と呼べる戦闘は、これが初めてなんじゃないのかい?」
「うるさい! 死ねぇ!」
闇から生み出された触手がデシデリア様に迫る。
「――あんたがね。これで終いだ。”虚数空間”」
気が付くとエラルドを中心に、デシデリア様、シロ、クロが3方から囲っていた。デシデリア様の杖から光が放たれ、シロ、クロを繋ぐように大きな正三角形の空間が現れる。
パンッ!
弾けるような音が響き、反射的に瞬いた。その一瞬で、闇の触手とエラルドは、三角の空間もろとも消え失せていた。
……これで、倒したのだろうか? あっけないというか、何と言うか……。
「やっぱり地味だねぇ。」
デシデリア様が首元を揉みながら、そんな感想を口にしていた。
■シンク視点(少し時間は遡ります)
ガストーネが靄を放ち、俺が”空波”で打ち消す。
そんな戦いが続いている。
”空波”は連続して放てる技ではない。近づいて別の剣技で攻撃しようにも、靄に触れてしまう可能性が出てくる。
俺自身は防げたとしても、今、エラルドと戦っている仲間に被害が及ぶかもしれない。
「ふむ、成る程。我が”
死の雲……名前からして、やはり即死系の技なのだろうな。
「剣技で打ち消された時は驚きもしたが、それならばやりようはある。」
ガストーネは靄――死の雲を、左右上下から俺に向かって放ってきた。
「むむ!」
俺はこれを回避しながら、1つずつ”空波”で消していく。
「ならば、これはどうかな?」
まるで俺をいたぶるように、次々と死の雲を放ってくる。
「ほれ、のんびりしているとお仲間が危ないぞ?」
そう言いながら、俺に向けていた死の雲の1つを、エラルドと戦っている仲間に向かって放つ。
「”聖域”!」
戦闘しながら唱えていた魔術を解き放つ。すると、場に出現している全ての死の雲が消え去った。十中八九いけるだろうとは思っていたが、案の定だったな。よかった。
「ああ、そうか、お前は神聖術Lv9だったな。……だが、詠唱も間に合わぬ速度で連続で攻撃されては、どうするかな?」
次々と押し寄せてくる死の雲。
それに対応すべく”空波”を放つ。だが、このままやり合っていても埒が明かない。何か突破口を……”空波”の連撃は不可能でも、せめて技の間隔をもう少し短くできれば!
(もっと早く!)
念じながら次の”空波”を放つ。一撃一撃の合間を、少しだけ短くすることができた気がする。
――そうか、グスタフの時と……いや、修行の時と同じだ。やれるかもしれない!
(もっとだ! もっと、もっと早く!)
全身の感覚が研ぎ澄まされる。踏み込む毎に、剣を振るう毎に、経験値1000倍の効果で、技が熟成されていく。動きが洗練される。予備動作の無駄な要素を悉く削ぎ落して、瞬時、視界が開けるような感覚が起こった――ここだ!
「――”空波・連”!」
ついに、2連撃を出すことに成功した。
「連続で放った!? 手を抜いていたというのか!」
目を見張るガストーネ。いやいや、たった今編み出したんだよ。
「おちょくりおって……ならば一気に勝負を決めてやろう!」
先程よりも素早く、たくさんの死の雲が迫ってくる。
迎え撃つ俺の技は刹那の間にさらに熟成し、3連、4連と連撃数を増やしていく。そして――
「”空波・乱”!」
縦横無尽に走る剣閃!
俺を取り囲む死の雲を、ガストーネもろとも千々に切り裂いた!
「ば、馬鹿な……!」
これだけ切り刻まれれば最早、核がどこにあったのかは問題ではない。
ガストーネは魔素となり、消えていったのだった。
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