第114話
■シンク視点
「「「シンク伯爵万歳! エセキエル王国万歳!」」」
北壁の兵士達の歓声が、城まで届いてくる。
極術など使ってしまえば、恐れられ、やがて迫害される――必ずそうなると俺は思い込んでいたが、少しネガティブ過ぎたのかもしれない。
「ほら、聞こえるでしょう? ……皆、シンクに感謝している。もっと誇っていいと思うわ。」
フィーは笑顔で俺に優しく言葉をかける。
「現場の兵士にとっては、貴族なんて総じておっかない連中だからな。『気に食わない』ってだけの理由で無礼打ちに遭うことも珍しくない。彼らにとって、貴族が自分や家族の命をどうこうできる存在だというのは、今更言われるまでもない事実なんだ。」
隣に立ったカッツェが現実的な見方を述べると、にかっと笑った。
「……だからきっと、シンクのことは、『目の前の脅威を取り払ってくれた恩人』としか思わないだろうな。」
(……それもそうなのかもしれない。で、あっちはといえば……)
ちらりと振り向くと、テラスの扉の向こう側にいる貴族達は、依然としてこちらを遠巻きに見ているだけだ。その視線には先程までとは明らかに違う、隠しようのない恐れの色が加わっている。
(自分達の立場を脅かす者がほとんどいなかった世界に突如、俺という得体の知れない奴が現れた、ってとこか。)
それも仕方がないことだろう。
追々、無害であることを理解していってもらうしかないかな? 幸いなことに、俺には神聖術がある。恐れられたまま、会話する機会も得られず孤立する、なんてことは無いだろう。
「シンク、すっっっごい魔術だったね! ……身体とか大丈夫? 痛いところはない?」
ルイスが心配そうに目を向けてくる。
「どこも悪くないよ、大丈夫だ。……MPはすっからかんだけどな。」
安心させるよう、ドンっと胸を叩いて答えてみせる。
マリユスだけは未だに周囲を警戒しているようだ。もう大丈夫だと思うんだが……という俺の心の声が聞こえたわけでもないだろうが、マリユスはふと肩越しに振り向くと、こう言った。
「気の緩んだ時が一番危ないからな。」
確かにその通りだな。俺も気を引き締め直そう。
「あんなに巨大な魔法陣をいくつも……あれらは一見、各々が独立し展開しているように見えましたが、互いに巨石の質量を補い合っているようにも感じられました。だとすれば、魔法陣の出現箇所にも規則性が隠されて、いやいや、あるいは何か特性が……そもそも最初の光の筋が現れた空間の座標から……」
ノーネットはしゃがみ込み、何やらブツブツ言いながら一心不乱に書付へ筆を走らせている。
君は本当にブレないね。血走った目を見ていると、「導いた仮説を検証したいので、もう1発撃ってください!」とか言い出しそうで怖い。
「いんやぁ、極術っていうのは凄まじい威力だねぇ。」
デシデリア様が感嘆の声を上げながら近づいてきた。
「……孫が失礼したね。こんなんじゃろくな護衛にならなかったろう。まあ、魔術に関わる者として、あんなもの見せられたら奮起しちまうのはよく分かるんだけどね。正直、このあたしも極術取得目指してみようか、って気にさせられちまった。まったく、血が騒いでしょうがないよ。シンク伯爵には今度うちの領地に来たときにでも、是非ともあの術をもう1、2発撃って見せて欲しいもんだね。」
孫ではなくお祖母ちゃんの方が言い出した! いや、流石に冗談だよな……? 戸惑う俺の様子に、デシデリア様は実に楽しそうに笑っている。
「さて、頼み事ばかりで悪いのだけど、ちょっといいかね?」
デシデリア様は一転、真剣な顔をして声を落とした。その雰囲気に、皆もデシデリア様のもとへ集まってくる。
「シャル嬢ちゃんが、姿をくらましたそうだ。」
シャル嬢ちゃん? ……あぁ、シャルロット王女のことか! 姿をくらましたって、一体どういうことだ?
「どうやらシャル嬢ちゃんは、何者かに連れ去られたらしいのさ――」
■3人称視点
禁足地の守護砦――禁足地を守るため近衛騎士の一隊が常駐するその砦で、伝令の声が響いた。
「王都から魔道具により連絡あり。王都の北に迫るモンスター群の全滅を確認、とのこと。」
「「「――おぉ!!」」」
騎士達の間から喜びと驚きの声が上がる。
「それは何よりだ。」
報告を受けた騎士団長はほっと息を吐いた。
「例え王都が火の海になろうとも、ここから援軍は出せませんからな。」
「うむ。」
初老の参謀の言葉に、齢40を越えた騎士団長は頷く。
「例え王族だろうと、許可無き者が禁足地に立ち入ろうとしたら速やかに排除する。それが我らの役目だ。万に一つも無いことではあるが、もしもここを手薄にして落とされたとなっては、国家反逆罪もあり得るからな。」
この地を守ること……それが常駐する近衛騎士団に課せられた使命であった。この禁足地に何があるのか、騎士達は誰一人として知らない。しかし、それはエルフによる統治が成されていたころから続く、最も重要な任務であった。
「――報告! 接近する人影あり、数は4。その中に、公爵閣下とシャルロット王女殿下の姿があるとのことです!」
「公爵閣下と王女殿下だと? 至急王城へ確認せよ。無許可の場合、防衛ライン手前で警告。それに従わず、防衛ラインを越えるようなら――その時はやむを得ない、攻撃して排除せよ。」
「り、了解!!」
防衛体制は瞬く間に整った。砦正面、防衛ラインの手前に部隊を展開する。
大型の盾を持った重装騎士が前面に、そのすぐ後方には槍を持った騎士が配置され、重装騎士の隙間から攻撃できるよう構える。
砦の上には弓兵と魔術で士が配置され、いつでも射撃できるよう狙いをつけていた。
その間に王城への確認に返答があり、接近する一団の誰にも許可が下りていないことが判明した。
参謀が重装騎士よりさらに前に立ち、尚も禁足地へ近づこうとする一行へ向けて、制止の声をかける。
「止まられよ! これより先は如何なる人物、如何なる理由があろうと立ち入りは許可されない。早々に立ち去られよ!」
「近衛騎士か……ここは私がやろう。お前達は後ろに下がっていろ。」
大司教エラルドの言葉に、教皇ガストーネは頷いた。公爵と王女は黙って従い、後ろに下がった。
公爵はまだ意思を感じられる動きだが、虚ろな目をした王女はまるで夢遊病者のようで、その動作からは全く意思を窺えない。
(こいつら、王女殿下を操っているな!?)
参謀にはそれが見て取れたが、あえて口に出さなかった。口にすれば人質が有効であると相手に勘繰られ、盾として使われる可能性があるからだ。
無論、盾として使われたとしても、王女ごと排除することを躊躇う者はこの砦を守る近衛騎士の中には存在しない。しかし、王女を進んで排除したいと思う者もまた、存在しよう筈がないのだ。
エラルドは1人、悠々と歩みを再開する。エラルドの足が、定められた防衛ラインを越えた――その瞬間、近衛騎士たちは指示を待たずして攻撃を開始する。
「
「
砦の上から、弓術と魔術が一斉に放たれる。
しかし、エラルドは焦ることなく片手を一振りした。
するとどうだ! 今まさにエラルドへ届かんとしていた矢と魔術が、悉く消え失せたのだ!
「エラルド、あまり時間がないぞ。……まさかあの質と量のモンスターを、この短時間で討伐されるとは思わなかったからな。」
「分かっている。おそらく極術使いがいたのだろう。おおかた、デシデリアか……だがそれも、我らが神が復活されればどうということもない。さっさとここを片付け、先に進むとしよう。」
ガストーネの言葉にエラルドは答え、片足をトンっと地面につけた。
「”
エラルドが地面につけた足元から、闇が地に溢れ出す。漆黒の水にも似た闇は瞬く間に放射状に広がっていき、騎士達の足元を覆った。
「くっ! 何だこれは!?」「足が動かぬ!」「し、沈むぞ!」
闇は騎士たち捕らえると、あっと言う間に呑み込んでいく。
「うわ!?」「た、助け……!!」
砦正面に構えていた騎士達は僅かに抵抗することもできず、姿を消し去っていた。
「砦は私が受け持とう。」
ガストーネの言葉に、エラルドは「頼む」と短く答えた。
「”
ガストーネが言葉と共に手を掲げると、そこから靄が噴き出した。靄は濃い霧のように周囲に立ち込め、砦を覆っていく。
「今度は何だ!?」
砦の上から地上の仲間がやられていく様子を見ていた弓兵と魔術師達は、その雲を警戒する。しかし、それらはまるで無意味であった。ほんの僅かでもそれを吸引した者が、次々とその場に倒れていく。
「何!?」「死んでいる!」「――いかん、靄を吸い込むな!」
死んだ者と靄との関連性は明らかだ。しかし、吸うなと言われても部隊は既に靄に取り囲まれていた。
「息を止めて砦の中へ! 急げ!」
生き残った者達は急ぎ、砦の中へ避難する。しかし、靄は砦の扉や石壁の合間、ほんの僅かの隙間を見逃すことなく入り込み、砦の内部を侵していく。
程なくして、階段から回廊、砦の中心部にある大部屋から厨房に至るまで、石造りの床は倒れ伏す兵士達で埋め尽くされた。
最後の生存者――地下に設えられた倉庫の番をしていた者が、上階で何が起きたのか知ることなくその場で絶命するまで、ものの数分とかからなかった。
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