第113話

 ■3人称(少し時間は遡ります)


 王都を囲む外壁、その北側。側防塔の見張り台に、モンスターの動向を監視する兵士の一団があった。北壁に展開されている部隊は常日頃から王都の守護を司る。北側に広がる森にも定期的に偵察部隊を派遣し、必要に応じてモンスターの間引きを行うこともあった。

 王都の人間の中で、最も北の森の地形や生態をよく理解している集団。そんな彼らが、迫り来る脅威に立ち尽くしていた。


「あの森には、あんなに強いモンスターは存在しない筈……なのに、何故!?」


 その問いに答える者はいない。ただ呆然と、溢れてくるモンスターを眺めているばかりだ。青ざめた兵士が、悲鳴に近い叫び声を上げた。


「み、見ろ、あそこ! ドラゴンがいるぞ!!」


 ドラゴンの姿、形を知らない者はいない。そして、その圧倒的な強さも……。


「だ、大丈夫だ。今、王都にはジョアキム卿やデシデリア様がいらっしゃる!」


 兵士の1人がそんなことを口にする。この国最強の剣士と、最強の魔法使い。『あの2人がいれば、ドラゴン1体くらいならきっと倒せるのではないか。』そんな希望が一時、兵士たちの胸に訪れる。


「――あぁ! ドラゴンがあっちにも!」


 希望はその一声にたちまち潰えた。1体ですら、確実に勝てるかどうか分からない相手なのだ。それなのに――


(最強と謳われるお2人といえど、2体を相手にするのは厳しいのではないか?)


 彼らの心に強い不安が圧し掛かる。


「見ろ! 西寄りの窪地にいるあれは、キングキマイラじゃないか?」


 ドラゴンと同列に語られるモンスターのひとつだ。キマイラの上位種で、巨体に似合わぬ俊敏な動きをし、空も自在に飛び回る。炎のブレスや毒を操るモンスター。

 一介の兵士なぞ、鋭い爪を持つ前足の一振りで肉塊と化してしまうだろう。


「その奥側! まさかあれはサイクロプス……いや違う! ギガントだ!」


 ギガントもまた、ドラゴンと並び評されるモンスターである。

 体長10メートルを超える人型の巨体。手には巨大な槌を持ち、その一撃はこの王都の外壁すら、やすやすと破壊するだろう。


「もう駄目だ……あんなの、勝てるわけがない。」


「……。」


 兵士達から気弱な声が漏れる。部隊を統括する騎士も、本来ならばそれを叱咤する立場でありながら、目の前に現れた強敵の数々に掛けるべき言葉を失っていた。

 その時、城からの早馬が到着した。


「伝令! 伝令! 城からの合図で全部隊、防御魔術を出力全開で展開せよ! とのこと!」


 息を切らせる伝令に、騎士は疑問を投げかける。


「攻撃はしないというのか? だが全力で防御魔術を展開したところで、あの群れを相手にどれだけ持ち堪えられると――」


「そ、それが、シンク伯爵がモンスターを一掃する強大な魔術を使うとかで、その魔術の余波を防ぐため、防御魔術の展開をせよとのことでして……。」


「シンク伯爵だと? あのお方は”再生”の使い手ではないか。一体どういうことだ?」


 騎士はシンク伯爵についてはよく知っている。仲間の1人が治療を受け、現役に復帰したばかりなのだ。


「それが、”地術極 メテオスォーム”という術を使える、とのことで……。」


「地術極……まさか、それはあの極術と呼ばれるものか!?」


 騎士は驚き、声を上げた。


「極術!?」「1軍を滅ぼしたというあれか?」「極級の更に上? そんなもの本当に存在するのか!?」


 極術という響きに兵士の間からどよめきが起こる。


「陛下の御裁可があり、これからシンク伯爵により行使されます。既にシンク伯爵は城で準備に取り掛かられております。」


「陛下の御裁可があるのならば、否は無い。総員! 最大出力での防御魔術展開準備!」


 騎士のその言葉を受け、兵士たちは慌ただしく動き出す。

 先ほどまでの絶望に染まった表情とは違う。極術という伝説の力が自分達を――この王都を救ってくれる。そう信じて――いや、そう願って行動している。


「な、なぁ、その極術ってやつで、あのモンスターは全て倒せるのかな?」


 兵士の1人が不安げに同僚へ話しかける。


「さぁな……しかし、あんな遠くの森に放つ魔術の余波を心配するくらいなんだから、それなりに効果があるんじゃないか? 全ては無理でも、半分くらいどうにかなってくれたらな。」


「そうだな! それだけ減ればだいぶ違うな!」


「あぁ。ドラゴンやキングキマイラ、ギガントみたいな化け物だけでも倒してくれれば、外壁もあるし、どうにかなるだろう。籠城してりゃ、他の街から援軍も来るだろうしな!」


 兵士たちは自らを安心させるようにそんなことを言い合った。


「無駄口を叩くな! 急げ!」


 兵士たちの会話に騎士が割って入る。兵士たちは慌てて作業に戻っていった。


(本当に、それだけの威力があればいいのだがな。)


 兵士達と違い、騎士はそこまで楽観はしていなかった。

 騎士の生まれは貴族であった。故に歴史にそれなりに明るい。だいたいの歴史において、為政者による脚色は付き物だ。極術で1軍を滅ぼしたという話も、国が見栄のために成果を誇張して伝えていたとしても、何もおかしくない。


(うん……何だ?)


 騎士はある異変に気が付いた。どこからともなくグーンと、低く唸るような音が聞こえてくる。


「何だ、この音は?」「風か?」「王城の方から聞こえてくるようだぞ?」


 兵士達も気が付いたのか、その音の出所を見つけようと首を巡らせている。


「見ろ! 森の上の空!」


 そうこうしているうちに次の異変が起きた。モンスターの群れから1000メートル程の上空、その空中にシュン、シュンっと風を切るような音を立て、幾重もの光の線が走っていく。


「でかい!! それがあんなに!」


 光の線は空中を疾走し、みるみるうちに数十の巨大な魔法陣を描いていく。


「こ、これが極術……!」


 余りにも荘厳な光景に、騎士も兵士たちも思わず手を止め、その光景に見入ってしまった。

 無数の魔法陣それぞれの中心に、黒い空間が穴のように開く。そこからゆっくりと、赤黒く明滅する巨石が顔を出した。


「――いかん!!! 準備急げ! 余波で王都がふっ飛んじまうぞ!!」


 一切余裕のない騎士の言葉に、兵士たちはハッとして行動に移す。

 幸いなことに防御魔術は元々、緊急事態において即時に使えるよう設計されていた。程なくして準備は完了した。


 バァァァァーン!


 魔法陣から生まれ出た巨石と大気がぶつかり、何かがはじけ飛ぶような音が響いた。

 音の衝撃は外壁まで届き、ビリビリと騎士の身体を駆け抜ける。


(合図はまだなのか!?)


 騎士には、それはモンスターの群れなどより質が悪い破壊の意思に思えた。魔法陣から次々と姿を現す巨石が、あたかも裂けた空から迸る血しぶきのように見えたのだ。

 城を注視していた兵士が声を張り上げ、振り返った。


「城からの合図を確認!!」


「よし! 防御魔術、全力展開!! 手の空いた者は耐衝撃体勢を取れ!」


 それだけ指示を出すと、騎士はその場にさっと伏せた。


 轟音と閃光、激しく突き上げる地面の揺れ。

 騎士はまるで生きた心地がしなかった。今日のこの瞬間ほど、外壁に設置された防御魔術を心許なく思ったことは無い。天級魔術であれば数十発でも余裕で耐え切る強度があるのに、だ。


 ようやく揺れが収まり、轟音に潰れたと思われた耳に少しずつ音が戻ってくる。

 立ち上がり周囲を見回すと、兵士達は倒れ伏せ頭を抱えていた。

 見たところ、重傷者や死者はいないようだ。

 モンスターの群れを確認しようにも土煙がたちこめていて、視界が確保できない。

 防御魔術を確認すると、余波の衝撃のためかほとんど機能停止に陥っており、今、まさに役目を終え、完全に消え去った。

 兵士達も次第に立ち上がり、状況を把握していく。

 とりあえず点呼を取り、全員の無事を確認したあと、目視による観測に移る。

 しばらくの時間を要して、ようやく土煙が晴れた。モンスターの影は、一切確認できなかった。


「も、モンスターの群れの、殲滅を確認……。」


 ”遠見”のスキルを持った観測士から、報告が上がる。


「助かった……のか?」


 兵士の1人が呟いた。

 兵士達は目を凝らしてモンスターがいた場所を見つめる。


「モンスターが本当にいないぞ?」


 鬱蒼とした森だった場所は無残に破壊されていた。巨石の直撃した地面はことごとく深く抉られ、土の色を見せている。そんなすり鉢状の窪地が無数に広がる合間に、なぎ倒された木々や岩山の残骸は確認できたが、あれだけいたモンスターの集団は確かに影も形もなくなっていた。

 巨石の陰や倒木の隙間を何度となく確認し、どうやら本当にモンスターがいなくなったらしいことを、ようやく把握していく。


「助かった……助かったぞ!」「やった! やったぞ!」「うぉぉぉ! 極術すげぇ!」


 ドラゴンなどという、話でしか聞いたことのないモンスターの出現。そこへ、もはや伝説と言っていいほどの存在である極術の発動。それらを目の当たりにし、兵士たちの思考は混乱していた。

 ただ純然に『助かった』という事実が、兵士たちの心を少しずつ正常に戻していく。

 やがて、兵士達の歓声は次第に、この奇跡をもたらしてくれた人物を称えるものとなっていった。


「「「シンク伯爵万歳! エセキエル王国万歳!」」」


 兵士達の喜びの声はやがてひとつに唱和され、大きなうねりとなって外壁を揺らす。

 そんな歓喜の声の中、騎士は助かったことに安堵しつつも、少し苦々しく思っていた。


(何が『1軍を滅ぼした』だ。事実は正確に書きやがれ! こんなの、1国が亡ぶわ!)


 余波で死にかけた心地がしたことを恨むあまり、極術の中途半端な脅威の伝え方に、当時の歴史の編纂者に向けて心中で悪態を吐いたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る