第112話

 アナベラ前王妃との会談を終えた翌朝、俺はその情報を仲間とお義父さんに共有した。


「成る程……。”再生”よりも”聖域”という魔術の方が、可能性は高いのか。」


 お義父さんはそれを王様達と共有するため、すぐに出掛けて行った。

 しかし、夜になって帰ってきたお義父さんの表情は優れなかった。


「公爵は常に王の隣にいる。……補佐なのだから当たり前だけど、今はほんの僅かの間すら傍を離れない。”聖域”の件を報告書の書面に紛れ込ませようとしたけど、今日に限って王に渡す前に公爵が全ての書面をチェックしていたよ。アナベラ前王妃も、王と接触を図ろうと動いてくださっているようだけど、今は実権が無いからね……なかなか難しそうだ。」


 勘付かれたか? まぁ、公爵の目の前で神聖術Lv9の”再生”を使って見せたのだから、俺がLv8の”聖域”も使えるのは、自ずと分かることだ。

 王への報告をチェックしているのは、内容を把握するのは勿論、自分に不都合な上申を退ける目的もあるだろう。これは逆に言えば、”聖域”で治療できる可能性が高いということだ。そうでなければ、警戒する必要性がないからな。

 とはいえ、こうも警戒が厳重では手が出せない。公爵は騎士団を持てないなど、実権の部分では弱いのだが、立場としては王に次ぐ位だ。王の判断を飛び越えて手を出すわけにはいかない。……何か、上の判断が無ければ何もできないなんて、サラリーマンみたいだな。


 お義父さんやアナベラ前王妃が頑張ってくれている間、俺はというと治療に明け暮れている。

 国の判断で治療するべき人――こちらは貴族や有力者が多い――と、それから一般市民の治療も、日に数人程度だが俺の裁量で行っている。後者については有料で、ギョンダーの時と同じ料金を取っている。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「これは奇跡か……!」

「何とお礼を言ったら良いか!」


 俺の評判はすこぶる良い。

 中にはイーサン子爵が言ったように『この若さでどうやって神聖術Lv9の”再生”を?』と疑問に思う人間もいるだろうが、それらの不信感以上に実利があるし、既得権益をほとんど害していない、というのも大きいだろう。

 自分自身が不利益になるわけでもなく、実利があり、神聖術なので害になることは無い。


(これが攻撃魔術系統だったり、武器系スキルで極級だった場合は違うのだろうな。)


 お義父さんやデシデリア様の場合は、長年国家に仕えた実績や信頼、出自などでの信用がある。だが、平民が強力な武力を背景に貴族になったならば、騎士団の中には面白く思わない人も出てくるだろうし、領民の評価を得ていない貴族は殊更に疎ましく思うことだろう。

 お金取って治療しているのに、誰からも感謝され喜ばれる……美味しい、美味し過ぎる! 

 前世の医者だとこうはいかないよな。ちょっとミスがあるとすぐに訴訟問題に発展するものな。


 さて、俺が治療している間、他のメンバーは何をしているかというと……


「シンクが貴族になったなら、僕も”礼儀作法”のスキルあった方がいいよね~。」


 と、ルイス。うーん、そうなのか?


「俺達の間だったら、別に今まで通りでいいと思うけど。」


「だめだよ、シンクにも立場があるでしょ? 他の貴族さんの前だったらちゃんとしないといけないし、それに……僕はシンクと、この先もずっと友達でいたいから。」


 そう言って、にっこりと笑った。……ほんと、こいつはえぇ奴やな。

 生まれ故郷の村を出てすぐにルイスと出会い、ここまで一緒に旅をしてきた。

 色んな事があったけど、俺だって、ルイスとはずっと友達でいたい。

 ……ついこの前、死んだばかりだから余計に思う。伝えられる時に伝えるべきだと。

 今までルイスと一緒にやってこられた事への感謝を、今ここで伝えておこう。


「なあ、ルイス。前にエルフの遺跡で命懸けでカッツェを助けた時、ルイスが『俺のおかげ』って言ってくれたの覚えているか?」


「うん。『もしカッツェを助けることができなかったら、シンクを失望させちゃうかも』って。そう思ったから頑張れた気がする、ってね。」


「実はな……、俺も、お前のおかげで命張れたんだよ。」


「え?」


「グスタフとの闘いに命懸けで挑めたのは勿論、フィーや皆を助けたいっていう願いからだった。けど、今にして思うとそれ以上に『ルイスの前でカッコ悪い姿を見せられない』って気持ちも強かったんだよ。ルイスは以前俺が言った通りに、命懸けでカッツェを守っただろう? 守れって言った本人が、まさかルイスの前でカッコ悪いマネできないからさ。」


 死ぬのは怖い。辛い。

 それでも命を懸けることができたのは、フィー達への思いもあるが、最後の最後はルイスに対する見栄や意地だった気がするのだ。

 俺は臆病だし、怠惰な人間だ。見栄や意地が無ければ、命を懸けるなんて絶対にできなかった気がする。


「だから、ありがとう、ルイス。グスタフに勝てたのも、ルイスのおかげだと思っている。……これからも、よろしくな!」


「うん! こちらこそ!」


 そして、ルイスはマリユスに”礼儀作法”を習い始めた。……貴族が3人、いや、俺を入れたら4人もいるのに、何故マリユスなのか?

 その貴族である筈のカッツェもまた「私も自信が無い」と言い張り、ルイスと一緒になって教わっている。

 それを聞きつけたノーネットも「じゃぁ私も……」と、何故か生徒側で参加しているようだ。


 そんな感じで何日か過ぎた頃、お義父さんは王とどうにかコンタクトを取ることに成功した。

 そして本日、公爵に魔術をかける段取りがついに整ったのだ。

 季節は夏。

 厳しい日差しが降り注ぎ、焼けた石畳に陽炎が揺らめく。

 日陰では猫が少しでも冷えた場所を求めるように、身体を長く伸ばして寝転がっている。


(いよいよ公爵へ”聖域”をかけに行くわけだけど、効かなかったらどうしよう?)


 懸案事項と夏の暑さで俺の歩みは鈍い。。

 城門から見上げると、降り注ぐ陽光をくまなく浴びる白い石造りの城は、いかにも熱そうに輝いている。


「ほら、行くわよ。」


 俺は数歩先を行くフィーに呼ばれ、再び歩き出した。


 今日の参加者はフルメンバーである。魔人側の妨害があった場合への備えなのだが、流石に王様と公爵の待つ部屋に入れるのは俺とフィー、そしてお義父さんだけだ。他の皆はその間、控えの部屋で待機になる。


 俺達は王様の執務室へ通された。


「ジョアキム卿、それにご息女と、その婚約者殿ですな。陛下に一体何用か? 本日、そのような予定はなかった筈だが?」


 公爵が手元の書類を確認しながら尚も苦言を述べようとするのを遮り、王様が口を開く。


「彼らを呼んだのは私だ。」


「陛下が? ……どこかお身体にご不調でも?」


 他に理由が思い当たらないのか、公爵は王様と俺を見比べるように視線を往復させる。王様はゆっくり首を振り、公爵を見据えた。


「いや、私に不調はない。シンク伯爵には、お主の治療を頼んだ。」


「私が? 私も不調はございませんが?」


 御冗談を、と嘲笑うような声に重なって、執務室の扉が勢いよく開いた。先頭に立っているのはアナベラ前王妃だ。続いてカテジナ様とデシデリア様も入室してくる。


「とぼけるのはお止めなさい。あなたが洗脳されているという、確かな情報があります。」


「……これはこれは、母上。洗脳とは、穏やかではありませんな。」


 あくまで白を切ろうとする公爵に、耐えかねたように声を張り上げたのはカテジナ様だ。


「洗脳でないと仰るならば、何故、陛下の反対派閥に入ったのですか! 人一倍家族思いだったあなたが何故、血を分けた息子であるフェリクスや、妻である私を害そうとなさったのですか!?」


 この中で一番しんどい思いをしたのはきっとカテジナ様だろう。愛しい人が豹変し、自らの命だけではなく、息子の命も狙ってきたのだから。

 猟奇ホラーの世界だよな。リアルでやられたら堪らない。


「お前……まさかカテジナか?」


 首を傾げながら、淡々と問う。確かにカテジナ様の外見は、この場にいる人間の知るそれとはかなり変わっているだろう。だが、公爵にとっては他でもない妻だ。自分の妻とこんなに近くで言葉を交わしながら、分からないということがあるだろうか……いや、違う。きっと、カテジナ様が以前のままの姿で現れたとしても、同じように淡々とした言葉で問うのだろう。カテジナ様の悲痛な叫びに心を揺らす様子も、逆に怒りや憎しみを向ける様子も、公爵の表情からは一切窺えない。


「弟よ。お主にはシンク伯爵の”聖域”と”再生”、両方の治療を受けてもらう。」


 両手で顔を覆って嗚咽を漏らすカテジナ様に苦しそうな視線を向けていた王様が、場を仕切り直すように宣言した。

 だが、公爵はそれを受けて慌てるでもなく、いっそ不気味なほどに落ち着いていた。


「ふむ、……それよりも、このような茶番を演じている場合ではないと思いますがな。」


 まるで公爵の言葉に合わせたように、執務室の扉が激しくノックされた。


「……入れ。」


 只事ではない様子に王様が許可を出すと、慌てたように扉を開けて近衛騎士が1人入ってきた。


「申し上げます! 現在、王都北側の森より多数のモンスターが出現! その数、およそ1万! も、モンスターの群れの中には、ドラゴンと思しき個体も複数存在しております!」


 完全に礼を失った報告であったが、この場にそれを咎める者はいなかった。

 もたらされた報告は晴天の霹靂と言っていいような内容だ。


「何!? ――至急、王女を安全な場所へ! その際、いつも着けているペンダントを忘れぬようにと伝えよ! ……それと、皇太子を会議室へ呼ぶように。」


 王様は顔色を変え、各人に指示を出す。それを聞き、公爵は不敵に笑っているようだった。


 ■3人称


「王都の北に、1万ものモンスターが!?」


 シャルロットの元を訪れた近衛騎士は、続けて言う。


「陛下より、シャルロット王女殿下には安全な場所へ避難するよう、ご指示がありました。また、いつも身に着けていらっしゃるペンダントをお忘れなきように、とのことです。ご準備が整い次第、案内いたします。」


「準備……ですか?」


 シャルロット付きの侍女は戸惑う。王女としての体面を保つためには、それなりの準備が必要だ。しかし、急がなければ主人に被害が及ぶ可能性がある。


「構いません、このまま向かいましょう。ペンダントも身に着けています。」


 シャルロットは侍女と近衛騎士に向けて頷いた。


「この大事において、余計な時間をかけるわけにはいきません。さぁ、案内なさい。」


 近衛騎士はあからさまにほっとした顔をした。

 体面の重要性も分かるが、近衛騎士としては何をおいてもシャルロットの身の安全を守らねばならい。場合によっては担いで避難するつもりであった。

 王女一行は移動を開始する。緊急事態とはいえ、王女が猛然と走るわけにはいかない。何故ならば、王女が走れば、それだけの危機が迫ってきていることを周囲に知らしめてしまうからだ。今それを行えば、騎士はともかく、城にいる一般の使用人たちが動揺し、パニックを起こしかねない。

 近衛騎士の案内で、いつもと変わらぬ速度で城内を進む。避難用の隠し通路に入りしばらく進むと、行く手を塞ぐように2つの人影が現れた。


「何者か! こちらにおわすが王女殿下と知っての狼藉か!」


 近衛騎士が誰何の声を上がる。


「緊急事態になれば、真っ先に『禁足地の鍵』の安全を確保する……か。うまくいったな。」


「まさかシャルロット王女が持っていようとは。」


 言葉と共に暗がりから現れたのは、教皇ガストーネと大司教エラルドだ。


「教会の方とお見受けする。しかし、如何なる人物とて王女殿下の道を遮るにあたわず! 退かれよ!」


 近衛騎士が職務を全うするため、前に出る。


「やれやれ、これ以上騒がれてはかなわんな。」


 エラルドは手を横に振るう。

 近衛騎士を始めとした王女一行は、うめき声と共にバタバタとその場に倒れ伏した。


「殺したのか?」


「いや、眠らせただけだ。『禁足地の鍵』の使用に、王家の血を必要とする可能性もあるからな。」


 エラルドはそう言うとシャルロットに近づき、首元に光るペンダントを確認して肩に担いだ。


「ならば、私は公爵を回収してこよう。王家の男が使用せねばならない、という制約があるやもしれぬからな。」


 2人とシャルロットの姿は、煙のようにかき消えたのであった。


 ■シンク視点


 王の執務室から、場所を会議室へと移していた。渡り廊下の窓から見えた空は、いつのまにか分厚い雲に覆われている。

 公爵は次々と来る伝令の対応に追われているうちに、いつの間にか姿を消していた。

 そちらも気になるが、今は公爵よりも1万を超えるモンスターの大群に注力すべきだろう。


「シンク、どうするの?」


 移動中、フィーがこっそり聞いてきた。


「……どうするかな~。」


 フィーの質問の意図は分かっている。この局面で”地術極 メテオスォーム”を使うのかどうか、だ。

 グスタフとの戦闘でレベルが上がったから、今の俺なら必要MPを用意できる。そう、使おうと思えば使えるのだ。

 だが、今の今まで使ったことは無い。何せ威力が不明なのだ。文献によれば、極術は1軍を滅ぼすだけの威力があるらしい。そんな威力ならば、どこで使うにしたって副次的被害は免れないだろう。


 現在、この国での俺に対する認識は『神聖術を使うだけの無害な人間』だ。しかし、”地術極 メテオスォーム”を使えるとなると、話は違ってくるだろう。

 その気になれば一都市を破壊できるほどの(想定)威力のある術だ。それを使う俺がどんな人間かなんて、他人には分からない。「もしかしたら、ちょっと気に食わないくらいの出来事でも破壊をまき散らすような奴かもしれない」……こんな風に思われたって、全く不思議ではないのだ。

 そんな危険な人間が隣にいるとなれば、恭順し保護を願うか、その危険人物を排除しようとするかのどちらかだろう。

 俺だって隣にそんな奴がいたら正直、「どこか別の場所に行って欲しい」と願う。


(今ここで力を示せば、この王都で培ったものは全て失われるかもしれない。)


 俺が思い悩んでいると、フィーがこう言った。


「……あなたが一緒なら、そこが私の居場所よ。シンク。この国の、この世界の、誰があなたの事を嫌おうと、私は常にあなたの傍にいる。……忘れないでね。」


 その言葉に、俺は覚悟を決めた。



 会議の席は紛糾した。

 次々と舞い込んでくる凶報。

 やれ、偵察部隊が壊滅しただの、モンスターの中にドラゴンに並ぶ強敵を別途発見しただの、モンスターの数が正確には1万5千を超えるだの。

 ひとつとして事態を好転させるものは無かった。

 それでいて、貴族の大半はいかにして自分達が助かるかばかりを考えている

 王都の民全てを助けようと考える騎士団と、お互いの認識が合う筈もなく、要らぬいがみ合いを発生させる。


 俺は、どこか期待していた。

 誰かが良案を出し、それで事態が好転することを。

 しかし、現実は違った。

 中には、この国の最高戦力――デシデリア様、お義父さん、俺がチームを組んでモンスターに突っ込み、その間に貴族たちが逃げ出す……なんて意見もあったくらいだ。

 因みにその意見にはデシデリア様が、「あたしらは生き残るだろうが、他の人間は全滅することになるよ?」と言ったのを受けて却下された。


 意見が出尽くし、重苦しい沈黙が流れる中、俺は決意し立ち上がった。


 俺の「”地術極 メテオスォーム”が使える。」という話は、最初はスルーされた。

 意味が伝わらなかったためだ。極術なんぞおとぎ話レベルの話で、実際に目にしたことのある人間は今ここに存在していないからな。

 俺がしつこく繰り返し主張することで、次第に浸透していった。

 ”嘘看破”で真偽が試された。さらに俺はスキル鑑定紙も提示した。さすがに全てを出力するととんでもない量になってしまうので、今はステータスと【極スキル】のみの開示だ。


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 名前:シンク 


 Lv61


 HP  917/917

 MP  631/631


 力   451

 魔力  443

 素早さ 501

 器用さ 419

 体力  436

 精神  397



【極スキル】

 極剣技 龍殺斬

 極棒技 釈迦五行

 地術極 メテオスウォーム

 極・鍛冶 神具複製

 極・成長 一粒万倍

 極・強化 限界突破


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 それでも、にわかに信じられないのか、なかなか話が進まない。

 最後には”鑑定”スキルを持った男が現れた。


「これは……何てことだ……確かに”地術極 メテオスォーム”は使えるようです。――ハッ!!」


 ステータスを読み取っていた”鑑定”スキル持ちの男が、何を思ったか突然その場で跪いた。


「どうした? 何事だ?」


 近くにいた貴族の問いに”鑑定”スキル持ちの男は答える。


「シンク伯爵の……、いえ、シンク様の鑑定結果に、『神の使徒』と……!」


 男は震える声でそれだけ伝えると、土下座するように俺に向かって頭を下げ続けた。

 一同が驚き固まる。フィーが隣で目を丸くしているが、それを見る俺も同じような顔をしているだろう……俺も驚いたのだ。


(えっ、何だその称号みたいな奴は? ……いつの間についたんだろう?)


 今すぐ携帯を取り出し、ログを確認したい衝動に駆られるが、黙って成り行きを見守っていた王様がついに口を開いた。


「『神の使徒』シンク様。どうか、この国をお救いください。」


 王様は俺に向かい、粛々と頭を下げたのであった。


 そこからは話が早かった。

 魔術を使うため、王城の北側にある広いテラスを一時的に明け渡された。

 魔術を使用する間の護衛にパーティメンバーを求めても、誰も嫌とは言わなかった。

 女性陣は貴族だからともかく、ルイスやマリユスはどこの馬の骨とも知れぬというのに文句ひとつ上がらない。『神の使徒』とやらが本気で信じられているのか、はたまた、もはや藁にも縋る気持ちなのか、正直俺にも分からない。

 これまで俺を持ち上げていた貴族の大半が遠巻きに眺める中、仲間達の様子は全く変わらなかった。


「護衛は任せておけ。」

「後になって、『実は命懸けの魔術だったんだ』とか言わないでよ? 僕も護衛、頑張るからね!」

「また、お前に全て任せるのか……モンスターだろうが人間だろうが、私の前で絶対に邪魔などさせない。安心して魔術を唱えていろ。」

「むっはぁーーー!! ついに、ついにこの目で見られるのですね!! あ、じっくり隅から隅まで観察したいので、護衛はできないかもです。誰か私の分もフォロー願います。」


 マリユスは力強く頷き、ルイスは少し心配そうに、カッツェは相変わらず少し悔しそうだ。

 正直、ノーネットの態度が一番ほっとするよ。


「シンク、準備はいい?」


「あぁ、任せておけ!」


 フィーの言葉に、俺は力強く頷き返した。

 王城のテラスからは敵影が見える。雲で陽が遮られている上にまだかなり距離があるので、はっきりと見ることはできない。

 いや、スキルを使えば詳細を目視することもできるのだが、今回はその必要がない。

 敵がいるほぼ中央に、魔術をぶち込めばいいのだ。


 魔術の詠唱を開始する。


「……”宙に在りし、小さきもの、悠久の旅人よ、我が呼びかけに耳を傾けよ”」


 ごっそり身体からMPが抜かれていく感覚がある。グーンっと、低い唸り声のような音が辺りに響く。


「”我は標、汝らの生末を示すもの、この世界に、この星に、理あり”」


 モンスター群の頭上、1000メートル程の高さに、風を切るような音を立てて幾重にも光の線が走っていく。


「”我は救い、時の牢獄、奇跡の欠片、毒の道、闇の彼方へ、破滅の音へ”」


 光の線は空中を疾走し、みるみるうちに数十の巨大な魔法陣を描き出す。


「”我は終焉、我が眼前に虚空あり、理の檻にいる者達へ、己が業を示せ”!」


 轟音と共に、魔法陣それぞれの中心に穴のような黒い空間が開く。そこから地表に向け、赤黒く明滅する巨石が顔を出した。


「”メテオスォーム”!!!!」


 バァァァァーンっと音を立て、大気が悲鳴を上げる。

 巨石は幾重にもモンスターの上に降り注ぐ。


「今よ!」


 フィーの号令で、北側の城壁では一斉に防御魔法が展開される。

 事前に展開してなかったのは、短時間に集中して最高出力で放つためだ。

 メテオスウォームの威力が全く読めなかったので、苦肉の策である。まさか自分の魔術の余波で死人が出てはたまらない。


 巨石が地面に着弾する。


 辺りは轟音と閃光、煙に包まれた。

 防御魔術で遮られてなお、ぐわんぐわんと歪んだ音が王城まで響いた。

 地面も激しく突き上げるように揺れる。俺もまっすぐ立っていられず、テラスの床に膝をついた。


 ――全てが収まった後。

 巨石の降り注いだ跡地に、モンスターの影は存在していなかった。



――――――――――――――――――――

■あとがき

詠唱の一部は『秘境探検ファム&イーリー』という漫画のパク・・・オマージュです!

田中久仁彦先生の作品で他作品に『一撃殺虫ホイホイさん』とかもあります。

私が一番好きなライトノベル 冴木忍先生の『卵王子カイルロッドの苦難』の挿絵を担当されており、凄く良いの、機会がありましたら是非読んで見てください。

冴木忍先生の他作品で『風の歌 星の道』という話があります。これもとても面白いのでお勧めです!

田中久仁彦先生について、普通に一般的な紹介をすると「ゼノギアス」と言うゲームのキャラデザをやられていた方ですね。

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