第119話
俺の大怪我は、自身に”再生”を使うことで治療できた。
早速、フィー達の置かれている状況をルイス、マリユスと共有する。
「フィーさん達が洗脳されている!? そんな、酷いよ!!」
ルイスは驚きと怒りを顕わにした。
「神命……そのような手段まで!!」
マリユスはギリッと歯を食いしばり、怒りに顔を歪めている。
「解除条件はただひとつ、俺――魔王の討伐のみ。それ以外の方法では、解除不可とのことだ。」
ルイスがガバッと俺の方を向いた。
「”聖域”は!? 公爵様はあれで解除できたよね?」
「そうだな……試すだけ試してみるか。正直、望み薄だが。」
「無理そうなの?」
ルイスは不安げな顔で俺を見る。俺は無意識に頭を掻いた。
「何しろ、鑑定結果に『それ以外の方法で解除不可』とハッキリ出ていたからなぁ。」
「じゃあ……もしも”聖域”でもダメだったら、どうする? フィーさん達から逃げるの?」
「それも案だな。ひたすら逃げ回っていれば、とりあえずどちらも死なずに済む。」
空間転移があるから、逃げ回るのはそれほど苦ではない。
「しかし、それではフィーやノーネット、カッツェは洗脳されたままになってしまう。」
「そうか……そうだよね。」
マリユスの指摘にルイスも顔を曇らせる。
それにしても、今の状況には不可解な点が多い。
「……善神の狙いは何だ? 人類を滅ぼすことが目的なら、それこそ全人類に対して『自殺しろ』とでも神命を下せば手っ取り早いだろう。それを、何だってわざわざフィーを”勇者”にして俺を退治させようなんて、回りくどい事をするんだ?」
何がしたいのかが良く分からん。
「神は下界への干渉を制限されている、と聞いたことがある。善神といえど、直接命を奪うような行動はできない筈だ。」
マリユスは顎に手を当て、記憶を手繰るように口にした。ルイスが首を傾げる。
「うーん? でも現に、フィーさんにシンクの命を奪うように命令しているよね?」
確かにそうだ。……直接命を狙うような命令はできない……だから命令できる状態にした?
「……俺が”魔王”だから、じゃないか? 恐らくだが、この”魔王”というスキルは善神により俺に与えられたものだ。俺はそもそも『神の使徒』、つまり邪神である女神様側の人間だ。だから排除したい。しかし善神が自ら手を下すことはできない……そこで、言わば苦肉の策で俺を”魔王”に仕立て、”勇者”として神命を与えたフィーに殺させようとしている……そんなところかな?」
俺を神命で洗脳すれば話は早かったと思うが、既に女神様の『神の使徒』だった俺は善神の影響を受けない身体になっているのかもしれない。
マリユスはエルフだから、俺と同じく女神様側の存在だ。ルイスに関しては、強力な精霊に守られている。王城から俺達3人だけが転移させられたのは、善神が力を及ぼすのに都合の悪い存在をまとめてその場から排除したかった、ってことなのかもしれないな。
「あくまで人類を救うため、勇者に命令を出した……という体裁を整えているわけか。」
マリユスが頷き、納得を示す。ひとつ納得はいったが、新たな疑問が発生した。
「しかし、誰に向かっての体裁なんだ? 善神は今更、俺達人間からの評価なんて気にも掛けないだろう?」
「恐らくだが、創造神様に対してではないだろうか?」
「創造神て……あれ? 邪神である女神様と善神の他にも、神様っているの?」
ルイスが疑問を口にする。
「エルフに伝わる話では、創造神様がこの世界をお造りになり、女神様と善神に管理をお任せになったそうだ。」
「成る程な。どれだけ人間が気に食わない存在だったとしても、自分より上の立場である創造神が造った存在には違いない。管理を任されているとはいえ、善神の一存でどうこうできるものではない……それで、こんな回りくどいことをしているわけか。」
推測の積み上げだが、そう考えれば筋が通る。あながち間違ってもいないんじゃないかな。
「ひょっとしてスキルも、もともと創造神様が作っておいたものを、管理者である女神様が許可を出しただけなのかもしれないな。モンスターから人類を救うためだけだったら、”魔王”なんてスキルはそもそも不要な筈だ。」
どの機能を解放するか、それを任されているだけなのかもしれない。善神もおそらく、元から用意されていたモンスターの機能を解放しただけなのだろう。モンスターの行動を見るに、ある程度の改変――アップデートするくらいは可能なんだろうけど。
そうすると新たな見方もできるな。
「今回の善神の狙いだが、フィーに俺を殺させることにあるんじゃないか?」
「女神様の『神の使徒』だから排除する、ってこと?」
「それもあるだろうが、いわゆる『闇落ち』狙いじゃないかと思う。」
「やみ……おち?」
まぁ知らないよね。昨今のラノベとかゲームに触れていれば、ありがちな展開なんだけど。
「自分で言うのもなんだが……俺とフィーは、まぁその、相思相愛……だ。」
こんなこと、自分から宣言するのはかなり恥ずかしい。
2人が真剣な様子で聞いているだけに、余計そう感じる。
……か、軽く冷やかすくらいしてもいいのよ?
「でだ。フィーの洗脳状態を解除するために、俺がわざと殺されたとしよう。すると、その後でフィーはどうなると思う?」
「それは……。」
「悲嘆にくれることだろうな。」
「うん。そこで善神は、俺が死んで宙ぶらりんになった『魔王』スキルをフィーに与えるんだ。その上でこう囁く。『魔王を……、シンクを倒せと声高に主張したものは誰だ? その者に復讐したくないか?』ってね。」
2人の顔に疑問符が浮かぶ。そもそも主張したのは当の善神だろう、という顔だ。
「最初に倒せと主張したのは善神だけど、それに同調して後押しした人間は大勢いる。そいつらが冷静になって、ちゃんと話を聞いていれば、違う結果になったかもしれない……と、多少でも思わせることができたらいいんだ。心に種を撒くがごとく、小さな不信を植え付けてやればいい。」
表でどれだけ否定しようが、「そうかもしれない」と思ってしまえばアウトなんだ。手詰まりになればなるほど、その可能性を考えずにはいられなくなる。
「勿論フィーのことだ。最初は善神を倒そうとするだろう。しかし、相手は神でどうあっても手の届かない場所にいる。いっぽう、人類は新しく生まれた魔王であるフィーを倒そうとする。フィーは怒りで善神を狙うが、世間はフィーを狙うんだ。身に覚えの無い罪で責め立てられるだろうし、フィーを罠にはめるため、おびき寄せるエサとしてフィーに近い者が狙われるかもしれない……今後生まれるフィーの弟か妹とか、な。そうなればフィーは、自分や彼らの身を守るために人間を倒さなくてはいけなくなる。心はどんどん擦り減っていく。」
今現在、俺がそうなっているのだから、フィーもなるだろう。
俺の家族はド田舎にいるから、今現在狙われる可能性は低い。しかし、この先フィーから逃げ回ることを選択してある程度時間が経てば、俺を呼び寄せるためのエサにされる可能性は高まるだろうな。
「フィーはこう思うだろう。『善神の言うことなんて聞きたくない。けれどシンクが死んだ責任の一端は人間にある。人間が私を追い立てる。私の大事な家族を襲う。そんな人間達が憎い……』と。こうして、撒いた種が発芽する。」
人間の行動は複雑のようで、その実は単純だ。1つの事象に対し、選択の幅というのはそれほど多くない。経験が少ない若い人間なら尚更だ。
怒りや憎しみをぶつけられた人間は、だいたい怒りや憎しみで返す。全てを赦して愛のみを返せる聖人みたいな人間は、ほとんどいないだろう。
「そこへ甘い言葉を投げかけるんだ。『お前は悪くない。全ては醜い人間が悪いのだ。さぁその手で邪悪な人間を根絶やしにするのだ』ってな。『善神の言いなりになるつもりは毛頭ないが、それとは別に、人間などという醜い生き物はこの世界に要らない。』フィーがそう結論付ければ、”勇者”で”魔王”の誕生だ。誰も止めることはできないだろう。善神のもともとの狙い通り、人類を滅亡させることができるってわけだ。」
ブラックフィーリアさんの誕生である。黒フィーとか略されちゃうぞ。
「成る程ぉ。」「可能性は高いな。」
2人とも納得してくれたようだ。
「じゃあその展開を防ぐために俺がフィーを倒せばいいのかというと、結局はそれも同じところに行きつくと思う。俺がフィーを倒せば、俺の親族や親しい人間が次々と勇者になって、俺の前に現れるだろうからな。」
そのパターンの場合は、俺が『闇落ち』するまで続けたりするんだろうな。
俺がフィーを倒すにしても、フィーが俺を倒すにしても、どのみち善神の思うつぼ……というわけだ。
「それじゃあ……手詰まりってこと?」
ルイスが尋ねる。……考えが全く無いわけではないが……う~ん、どうしたものかな。
「あ、そうだ!」
「何かいいアイデアでも思いついたか? ルイス。」
「シンクがフィーさんにキスすればいいんじゃない? ほら! 童話で王子様のキスで目覚めるとか、よくあるでしょう?」
いやいや! 剣術・神級を使ってくる相手の隙をついてキスをするって、難易度ヘルモードどころじゃないだろ!
それはそれとして、意識のない抵抗できない相手にキスをするとか、童話の王子様は最高にゲスいと思うの。
「とにかく神命をどうにかしないことにはな……魔王討伐で解除、か。う~ん、”聖域”を始めとして幾つかアイデアがあるから、とりあえず片っ端から試してみるか。……まずは、それを試せる環境を作らないと、な。」
■フィーリア視点
――魔王シンクが、ギョンダー近くの平野に拠点を構えた。
その報が私達一行に届けられたのは、野営中に受けた魔王本人単騎での奇襲から1ヶ月が過ぎた頃であった。
勇者である私には、魔王の気配を追うことができる。
奇襲からしばらくは、ひとつの場所に留まらずにあちらこちらを飛び回っているようだったが、ようやく観念したのか動きを止めたのは察知していた。
報告によれば、魔王はその場所に城を建造していたらしい。
(城ならば、攻城戦になるか……現有戦力で可能かしら?)
今は伝聞情報しかなく、城の規模や構造も分からない。けれど。
(可能、不可能ではない……必ず殺すんだ。)
心を占めるのは魔王討伐、それのみ。
空腹時に食事のことを考えるような感覚だ。飢えにも似た欲求。それに突き動かされて、身体と頭は魔王を求めて動く。だが……
魔王を討つ――揺るぎないその一心の裏側で、ほんの僅か、微かな違和感のようなものがちらついている。それは大海に投じた小石のようなもので、意識すると同時に儚く消え失せてしまうぐらい些末な……それなのに、妙な引っ掛かりを感じるのだ。
ギョンダーに到着し、必要な休息や補給を行う。目的は魔王討伐だ。あまり急いで疲労しきっては意味がない。
突き動かされるものの、理性はこの通りキチンと働いている。
(私は落ち着いている。いつも通り、冷静に判断できている。だけど……この心の引っ掛かりは、一体何なの?)
――ザッ……
(……この身に余るほどの目標を善神様から賜って、気が昂っているだけ。きっと、そう。)
自分で納得のいく答えを得られ、私は満足する。これ以上はもう考えないことにした。僅かでも思考が揺らげば、魔王討伐の邪魔になる。
”魔王”が拠点としている平野へ到着した。
そこには報告の通り、本当に城がそびえ立っていた。奇妙なことに外壁や掘などはなく、城そのものが、ただそこにぽつんとあった。
魔王の居城なのだから、暗くおどろおどろしい佇まいで、闇の中に浮かび上がるように存在している……そんな情景を思い描いていたのに、目の前の城はその正反対と言ってもいいくらいの色形だった。真っ白な石造りの壁は滑らかで、左右非対称に並ぶ塔は皆、王城のそれよりも細身で遥かに高さのある三角の屋根を戴いていた。晴れ渡った空の下、深い青色の屋根と白い壁の城が平原の風を受けて佇んでいる様子は、美しくもどこかわざとらしい絵画のようで現実味がなく、何とも奇妙な眺めだった。
正面には大扉がある。遠目に見てまさかと思ったが、近づいてみるとやはり開け放たれていた。
(罠か?)
例えそうであったとしても、先に進むしかない。罠ごと打ち破れば良いだけと考え直し、進軍する。
「全軍、我に続け!」
”勇者”である自ら先頭に立ち、指揮を執る。罠やモンスターの襲撃に備え、偵察隊を出すのが常道だが、”勇者”スキルは前線で戦闘していないと機能しないものが多い。
”魔王”は恐ろしく強い。”勇者”スキルが無ければ、この場にいる多くの兵がほとんど抵抗できず命を落とすことは明らかだ。
入口から、広く長い通路が続く。奥へ誘い込まれている? だが確実に”魔王”へ近づいている。
通路を抜けると広間に出た。部屋の正面奥には階段があり、四隅には別の部屋へと通じているのであろう通路がある。警戒しながら部屋の中央まで進むと、四隅の通路からわらわらとモンスターが現れた。
先頭に立っているのは巨大な
案の定、崩れた隊列を狙い撃つように、
広間はあっと言う間に混戦の様相を挺していた。
「”勇者”様、ここは我らが。”魔王”を頼みます。」
国王陛下が魔王討伐の遠征に付けてくださった近衛騎士だ。幾人かが私をかばうように立ちつつ、階段への道を拓いてくれる。
「これは”勇者”様の損耗を狙ったものでしょう。ならばその狙いを挫くことが重要かと思います。どうぞ先へ!」
「分かりました。ここは頼みます。」
「ご武運を!」
近衛騎士の一隊が階段を守るように陣形を組む。これで挟み撃ちになることを防げる。
「行きましょう、フィーリア。」「フィー様、彼らを信じよう。」
ノーネットとカッツェに促され、階段を上っていく。
正面からの襲撃は今のところない。……分断が狙いだったのだろうか? いや、分断させるにせよ、消耗させるにせよ、どちらでも良かったのだろう。それに、”魔王”さえ倒せば全てが解決する――
……解決する? 何が解決するのだったろうか?
――ザッ―――……ザッザザッ――
いや、そんなのは決まっている。”魔王”という驚異がこの世から消えれば、平和が訪れるということだ。
階段を上がると、また長い廊下が続く。しばらく進むと、今度は小部屋に出た。
独立した部屋というよりも、通路を扉で区切って空間を作ったような構造だ。更に奥へと通じる扉は、見たところ閉ざされている。
小部屋に私達全員が入るのを見計らっていたように、バタンと音を立てて入口側の扉が閉じた。
同時に、部屋の中心に魔法陣が浮かび上がる。
「罠!?」
身構えたが、清浄な光が部屋を満たしただけだった。これは……”聖域”?
魔法陣は効力を失い消えていった。それと同時に入口と出口、両方の扉が開く。
「これは何が狙い?」
「”聖域”によるバフの解除でしょうか?」
今は支援魔法はかけていない。”魔王”の目論見は外れた、ということだろうか?
魔王以外が設置したとも考え辛いが、その割にやけに手緩く思える。部屋ごと爆破するような魔術を仕込むことも可能だった筈なのに、何故……。
疑問は尽きないが、ここで考えていても仕方がない。先へ進むことにする。
小部屋を抜け、階段を上り、また広間に出る。
そこにはルイス君とマリ――
ザッッ――ザザザッ―――
そこには魔王の手先が2人、待ち構えていた。
2人のうち背が低い方は、光輝くローブを着て、腕にはいくつも腕輪をつけている。恐らく魔道具だろう。
背の高い大きな方はオリハルコン製の盾と鎧を装備し、手にはメイスを持っている。
魔王の姿は見受けられない。
「……聖域はやっぱり、効果がなかったみたいだね。」
背の低い方の言葉に、背の高い方が黙って頷く。
「フィーさんだけなら、この先に行っていいよ。通り過ぎるまで、僕達は何もしないから。」
……魔王は一騎打ちを狙っているということかしら?
「フィーリア、この2人は手強そうです。……何を企んでいるのかは知りませんが、通してくれるというのなら好都合。先に行ってください。私達はこいつらを倒した後、すぐに追いかけますから。」
”勇者”スキルは対”魔王”に特化している。それ以外の敵と戦うのに、十分な効果は得られない。
魔王の手先の2人と戦えば、消耗は避けられないだろう。……余力を残して勝てるかどうかも怪しい。
「分かったわ。2人とも、気をつけて。」
ノーネットとカッツェを広間に残して、魔王の手先達の間を通り過ぎる。手先の2人は約束通り、何もしてこなかった。
そのまま階段を上る。
長い階段を上ると、その先が最上階――玉座の間だった。歩を進める毎に、全身総毛立つような感覚が強くなる。……いる。すぐそこに、奴が。
”魔王”は壇上で玉座に腰掛け、こちらを見下ろしていた。
手先達とは違い、真っ黒な衣装にマントを羽織っていた。マントは闇夜を思わせるような深く濃い紫色だ。
「”魔王”、ここまでよ! お前の命、この私が貰い受ける。」
告げながら剣の柄に手を掛けると、”魔王”は、何故か少し不思議そうな顔をした。
「フィー、俺の名前は? ”魔王”シンク、って前は呼んでくれていたのに、”魔王”だけ?」
「馴れ馴れしく私の名を呼ぶな! お前の名など、もとよりどうでもいい。私は神命を果たすべくここに来たのだから。お前を――”魔王”を討つ、そのために!」
「あれ、もしや、時間が経つと洗脳が進むのか? これは失敗したかな?」
”魔王”は顎に手を当てて考えるような素振りを見せる、……洗脳?
「何を言っているの?」
「まぁ、いっか。では仕切り直しで……。」
”魔王”は突然立ち上がり、こちらを見ながら両手を広げると、朗々と語りだした。
「ようこそ、”勇者”フィーリアよ! わしは待っておった。そなたのような若者が現れることを。もし、わしの味方になるのならば、世界の半分を”勇者”フィーリア、お前にくれてやろう。どうじゃ? わしの味方になるか?」
「世迷言を! そのような言葉になびく”勇者”とでも思ったか! 見くびるな!」
”魔王”は私の拒絶の言葉に頷きながら、「人生の中で言いたい台詞のうちのひとつが言えた」とか何とか呟いている。
「どうあっても、俺を倒すと?」
「無論!」
「何で?」
「何を今更! さっき世界の半分をどうのと言っていたじゃないの!」
「あぁ、うん、そうっすね……しまった、いらんこと言わなきゃ良かった……。」
「問答無用! 死ね、”魔王”!」
私は抜剣し、次々と”勇者”スキルを使用する。
”魔王”による威圧効果をレジストする”鼓舞”。
”漆黒闘衣”を吹き飛ばす”聖輝”。
ステータスを大幅上昇させてくれる”聖闘衣”。
そして、”魔王”に対しダメージ200%アップの効果を剣に付与する”聖刃”
”魔王”は腰の刀をゆっくりと抜き放ち、両手で構えた。
まずは様子見で、極級で剣を振るう。
私の剣と”魔王”の刀がぶつかる。
キィィィン
”魔王”は剣の勢いをそのまま外へ逸らすように弾く。敢えてそれに逆らわず、流されたフリをする。”魔王”からは私の体勢が崩れたように見えることだろう。
(追撃に合わせてカウンターを入れる!)
そう準備していたが、”魔王”は攻撃を流しただけで、追撃をしてこなかった。
(読まれていた?)
「フィー、俺とお前が出会ったのは、6歳の……」
……ザザッ――――
”魔王”が何か語り掛けてきている。揺さぶりか?
「……………――――――」
ん? 何か喋っているように見えるが、一切聞こえてこない。それとも、わざと口をパクパクしているだけなのかしら?
何を企んでいようと、私がやることは変わらない。”魔王”を倒す、それだけ。
その後、何度剣を振るっても流されるだけだった。やはり、極級の剣術では一切通用しない。そして”魔王”は追撃せずに、相変わらず口をパクパクさせているだけ。術の詠唱……というわけでもなさそうだけど、何がしたいのかしら?
(様子見? こちらも様子見ではあるけど、それにしては変ね。)
”魔王”は口をパクパクさせながらも私をじっと見ている。正確には、私の目を見つめている。まるで心の内側まで覗き込もうとしているようだ。
剣術・神級は身体への負担が大きい。確実に決められるタイミングで使いたかったが、最早そうも言ってられない。
神級の剣術を用い、”魔王”へ連続して剣を放つ。
キキキキッィィイン
それを悉く受け切って見せる”魔王”。
(ならば!!)
”勇者”スキルを解放する!
「
”魔王”は剣を受け流しに来る。しかし、このスキルは相手の防御――武器も鎧も透過し、確実に一撃を加えることができる。
私の剣が”魔王”をとらえた! 横凪ぎに胴を一閃する!
ザシュ!!
パキーーン
どこか場違いな音と共に”魔王”の胸元から何かが落ちる。これは、ミドリキノコのネックレス――蘇生アイテム!? しまった! スキル発動後の硬直で、すぐには動けない!
しかし、”魔王”はまたも追撃をしてこない。こちらをじっと見つめてくる。
「やはり、すかさず蘇生したんじゃ討伐にはカウントされないか……。」
”魔王”はひどく残念そうに呟いた。
硬直が解けた私は一度”魔王”から距離を取った。
「ふぅ……残るは最後の作戦だけか。」
”魔王”は何やら緊張した面持ちで、刀を鞘に戻した。本来、戦闘中に鞘に戻すものではない。しかし、この”魔王”の場合は違う。最速の剣技が抜刀術なのだ。
(相手が最速の技なら、私も最速の技を!)
この段になれば小細工は無い。
私は剣を刺突の型で構える。
魔力を練り、最速が出るよう圧縮を行う。
「神技・シュネルシュトース!!」
私は剣術・神級Lv1のスキルを放った。必殺の突き技。剣先に集まった魔力は光の帯を残しながら”魔王”へ迫る。
その時――”魔王”は抜刀術の構えを解いていた。
「な!?」
私は思わず驚きの声を出していた。心臓を狙っていた剣が僅かに逸れる。
ドシュ!!
剣は半ばまで”魔王”の身体に突き刺さった。
「ゴフッ!」
内臓までダメージを与えたようで、”魔王”は口から血を吐き出した。
しかし、”魔王”の目は死んでいない。”魔王”は刀から離した手で、私を抱き寄せた。
「な、何を……!?」
ズブリ
剣が魔王の身体を更に深く貫く。
ズブブ
剣はとうとう、柄を残すまでとなった。
「……フィー、目を覚ましてくれ。」
”魔王”は囁くように言うと、私の口にキスをした。
――薄闇に染まるギョンダーの街
――1人にしない
――ずっと一緒に
(何……なの、この記憶は!?)
頭が、頭が痛い! 何か、とても大事なことを忘れている気がする――!!
ザザッ――ザ――――、……ザザザザザ――――ッザーズズ、ザ――ザザ――ザザザ―ザッザザッ――ズザー……ザッザッザッ―――――ザ―
スキル硬直が解けた私は、剣の柄をしっかりと握り、”魔王”を蹴り飛ばした。
ズシャ
剣が抜けたことにより”魔王”の身体から血が舞い飛ぶ。
「……ガフッ! ゲホッ! ハァ、ハァ……ルイ……スのやつ、騙した……な。効果……ゲフッ、ハァハァ、無い……じゃん。」
「”魔王”、死ねぇ!」
私は床に転がっている”魔王”の心臓めがけて剣を突き立てた。
「グハッ!」
”魔王”は一度ビクンっと身体を震わせ、それ以降動かなくなった。剣を抜き、しばらく観察する。”魔王”の顔から生気は完全に抜け落ち、青い顔をしてる。まさに死に顔だ。蘇生アイテムは他に所持していなかったようだ。
確実に、完全に、”魔王”を倒すことができたのだ。
――スキル取得 魔王を討伐せし者――
――スキル解除 神命――
今、何か感じた気がする。何かしら?
うん? そう言えば、そもそも、私は――何を――?
頭の中にぼんやりと靄がかかっているようで、思考がうまくまとまらない。
一度頭を振るい、深呼吸する。
……あれ? 目の前にシンクが倒れている?
どうして血だらけなの? こんなに深い傷、一体何が――
ガラン
音を立てて、私の手から血塗れの剣が滑り落ちる。
え……私が、殺した? 何で? 嘘だ、何で死んでいるの――シンク!!
私は横たわるシンクの元へ駆け寄った。
シンクの身体に触る。冷たい……その感触にビクッと震えてしまう。
「シンク! シンク、起きてよ! 嘘……本当に、私……私が……?」
ぐったりした身体を揺さぶるが、一向に目覚める気配がない。当たり前だ。死んでいるのだもの……私が、殺したのだもの。
どうして……? 何で……、何でこんなことに!!
「シンク――!!」
涙がとめどなく溢れてくる。
私はシンクを抱き締めて、さめざめと泣いた。
■シンク視点
――――――シンク!!
フィーの声が聞こえる。
えーっと、頭がぼんやりするな……。どうしたんだっけ?
ぽたぽたと顔に温かいものが落ちてくる。
涙? あぁ、フィーが泣いているのか。
そりゃ泣くか。逆の立場だったら俺も泣くな~。
うぅん、思考がまとまらない。
がっつり死んだからかな? そう、死んだからだな。死んだ……死んだ?
あ!!
「フィー!!」
「ふへ!?」
突然大声を出した俺に驚いたのか、フィーが変な声を出した。
意識と視界がはっきりすると、涙と鼻水で凄い顔になっているフィーが目の前にいた。
まぁ、何はともあれ確認だ!
「”魔王眼”!」
……おぉぉやった!! 神命スキルがなくなっている!
「いや~、良かった良かった。洗脳が解けたんだな!」
ポンっとフィーの肩に手を置く。フィーは目をぱちくりさせながら鼻を啜った。
「へ? あれ? ……シンク?」
「おう! フィーにシンクって呼ばれたの、随分久しぶりな気がするな。」
「あぁ、うん、ごめん。……じゃなくて! な、何で生きてるの?」
「”魔王城”のおかげだな。」
意味が分からないと顔に書いてあるフィーに、俺は意気揚々と説明した。
「種を明かすと、こうだ――」
”魔王城”には特殊効果を設定することができるのだが、実はこれ、設定する特殊効果の内容によっては条件の設定が不可欠なのだ。設定したい特殊効果に合わせ、同等の条件が要求される仕組みになっている。
例えば、『魔法が使えない』空間を作り出す場合は、『防衛側の物理防御低下』などの条件を付ける必要がある。一方的に有利な環境は作り出せない、ってことだ。
そこで、俺は2つの特殊効果を”魔王城”につけた。
まず1つ目が『神からの干渉を受けない』というものだ。これは破格の条件を要求されるかと思ったのだが、案外すんなり通った。そもそも「神から干渉を受ける状況」というのが平素ではあり得ないので、それを阻害する環境というのはほとんど意味をなさない、と判定されたようだ。
2つ目が『討伐判定を受けたのちに完全復活する』というものだ。これは条件が厳しかった。『防衛側攻撃力0化』『防衛側HP半減』『防衛側MP半減』『防衛側各種バッドステータス耐性低下』を合わせて、ようやく実現した。
その”魔王城”を舞台装置として、今回、神命を解除するために考案した作戦が、以下の6つである。
1つ目が『神からの干渉を受けない』この魔王城だ。この城に入ると同時に神命が解除される、という流れを狙ったのだが、結果は失敗だった。既に干渉下にある者は解除されないようだ。
2つ目が”聖域”の罠だ。これは本当にダメ元だったが、やっぱりダメだったな。
3つ目が揺さぶりである。フィーと戦いながら思い出話を語って聞かせたのだが、まったくもって効果がなかった……少し、いや、かなり寂しい。
4つ目がミドリキノコのネックレスによる蘇生だ。俺はこの地に魔王城を建設する少し前、トビアスの親父さん(商業ギルドの理事)にこっそり会って、事情を全て説明した。その上で、どうにかツケで、ミドリキノコのネックレスを融通してもらえたのであった。……まぁ、結局効果はなかったんだけどね。
5つ目……ルイスがどうしてもと言って聞かないので、しぶしぶ組み込んだキス作戦。スキル硬直時でかつ、確実にキスするためにあえて刺突を食らうという捨て身。そして「フィーが正気に戻った際は捨て身の行動であった事実を鑑みてもらい、強引にキスしたことについて大目に見てもらう!」という打算のもと作戦は決まった。はい、見事に失敗ですわ……いざ怒られる時になったらルイスも道連れにしてやる。
6つ目。設定した特殊効果『討伐判定を受けたのちに完全復活する』……これが本命だ。ミドリキノコのネックレスでダメだった場合、討伐判定が下るまで死んでいる必要がある。ただ、その判定がどのタイミングがで下されるのかさっぱり分からない、というのが懸案事項ではあった。場合によってはいつまでも判定が発生せず、永眠していた可能性もある。どうにか成功したようで本当にほっとしている。
これはこの世界のシステムのバグを利用したものだ。魔王城を使った実例が無い限り、このバグは発見しようがない筈なのだ。マリユスに確認したのだが、伝承などはあるものの、魔王そのものが過去にこの世界に生まれた記録はないという。ならば成功する確率は高いと踏んでいたが、どうにかなって良かった。
「……ごめん、ごめんね。」
話を聞き終わり、再び涙を流しながら謝罪するフィー。俺はハンカチを取り出してフィーに渡す。
「いや、フィー。ここは笑うとこだぜ? みんな助かったんだ。泣く必要は無いよ。それに……その、俺はフィーの笑顔を見たくて頑張ったんだ。だから、笑ってくれないかな?」
フィーはハンカチを受け取り、それをぎゅっと握る。眉は下がって、目に涙をたっぷりと溜めているけど、口角を上げようと頑張ってくれた。
「……シンク、ありがとう。」
フィーがぎゅっと抱き締めてくれた。
……それにしても痛い。何がって? フィーは鎧を着たままなのだ。その状態でぎゅっと抱き締められているものだから、金属が容赦なく当たって痛い。
本来だったら柔らかい感触があって然るべき場所が、ぐりぐりとひたすら痛い。
……もし仮に次があったら、何かの拍子に鎧は壊しておこうと誓うのであった。
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